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2008年 06月 03日 ( 1 )
Fly Me to the Moon その3 by the 50 Guitars
タイトル
Fly Me to the Moon (a.k.a. "In Other Words")
アーティスト
The 50 Guitars
ライター
Bart Howard
収録アルバム
In a Brazilian Mood
リリース年
1967年
他のヴァージョン
別掲
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昨日、当家では、ことのついでのように、バディー・リッチにふれたのですが、右のリンクからいける、オオノさんの「Yxx Txxxを聴こう」でも、リッチが取り上げられていました。こいつは奇遇、というほどでもありませんが、しからばというので、You Tubeの画像を見てみました。

久しぶりにリッチのドラミングを見ましたが、いや、やっぱりすごいものです。ちゃんとシンバル両面打ちもやっていて、いよ、待ってました、でした。いやはや、ドラム・ソロなんてものは、それほど面白くないものと相場は決まっているのですが、バディー・リッチとジム・ゴードンはべつです。

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この異様に低くセットされたシンバルが両面打ちを喰らう。バディー・リッチのセットはスリンガーランドだと思っていたが、これはラディック。晩年はセットを替えたのか、たんなる宣伝用ショットなのか。

リッチのタイムのよさというのは、生来のものかもしれませんが、ビッグバンドでプレイしてきたことも、やはり影響しているのではないでしょうか。ジャズに関しては、スウィング時代のほうが、いいドラマーが多いと感じます。モダン・ジャズの時代になると、有名なドラマーでも、タイムの悪い人が多く、額に青筋が立ちます。マックス・ローチなんてのをはじめて聴いたときは、うっそー、とひっくり返りました。ぜったいにバックビートは叩けないタイプで、どんなロック・バンドのオーディションにもパスしないでしょう。

これは個々のドラマーの責任というより、時代の、いや、正確にはモダン・ジャズという狭いゲットーのパラダイムだったのだと考えています。

クラシックのピアニストなんか、タイムがどうこうなどという尺度を当てはめることができません。ソロの場合、自分の感覚だけでプレイしているので、タイムは揺れに揺れまくります。一定のタイムでプレイするようには、はなからできていないのです。

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ハイハットも異様に低くセットされている。8分を刻むのが目的ではなく、装飾音に使っていることがセッティングにも如実にあらわれている。

モダン・ジャズもやはり、タイムを重視しない音楽だったのでしょう。そうじゃなければ、あんなタイムのひどいドラマーがうじゃうじゃ湧いて出たことの説明がつきません。タイムの面では、スウィング時代より大きく後退してしまったのです。モダン・ジャズはダンス音楽ではなかったのだから、スウィング時代よりタイムが悪くなったのは、考えてみれば当たり前の現象なのかもしれません。

そう考えると、ダンスも馬鹿になりません。わたしは踊るのを好んだことは一度もありませんが、つまるところ、音楽を聴けば、つねに頭のなかでは踊っているのでしょう。だから、その頭のなかのステップが踏みにくいグルーヴがいちいち疳に障り、このバッド・グルーヴの責任者、出てきて謝れ、てえんで、クレジットをにらみつけちゃったりするのです。馬鹿ですな。今年の盤ならともかく、半世紀昔の盤をつかまえて怒っても、しようがないでしょうに!

◆ 50ギターズ ◆◆
馬鹿の反省はほどほどにして、今日はFly Me to the Moonのインスト・ヴァージョンをできるだけたくさん聴いて、この曲の棚卸しを終えます。

看板には50ギターズを立てました。いつも50ギターズなので、今日はべつのものにしようと思って、けっこうしつこく聴いたのですが、どれかひとつとなると、やっぱりトミー・テデスコを差し置くほどのものはありません。

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ガットを弾くトミー・テデスコ。こんなにブームが長いのには相応の理由があるのだろうが……。

そう、Fly Me to the Moonにかぎっていえば、50ギターズというアンサンブルではなく、トミー・テデスコの個人プレイの魅力なのです。トレードマークの超高速ランを駆使しちゃっていますからねえ。トミー・テデスコここにあり、というプレイです。

50ギターズ盤Fly Me to the Moonのテンポは、ほかのインストものにくらべて遅めです。50ギターズでは、ソリスト以外のギタリストは、ほぼつねにトレモロ・ピッキングをしているからではないでしょうか。テンポが速すぎると、トレモロがきれいに聞こえないだろうと思います。それと同時に、この曲の場合、テデスコの高速ランに合わせたテンポだとも感じます。

ガットを弾いているときのトミー・テデスコは、クレジットがなくてもすぐにわかります。高速ランが出てこなくてもわかるのです。ヴィブラートでわかるのです。言葉でいうと、ただ非常に強いヴィブラートとしかいいようがないようですが、明確に理由を分析できていないだけで、じっさいには、それだけのことではないのかもしれません。とにかく、トミーのガットが流れれば、これはトミーにちがいないと感じます。

たとえば、エルヴィスのMemoriesをお持ちの方は、お聴きになってみてください。あのガットギターはトミーのプレイです。あのプレイを何度か聴いて、トミーのムードが理解できれば、もうそれだけで、他のトラックでトミーがガットを弾いているのを聴いても、すぐにわかるようになるでしょう。それくらい明確な特徴のあるプレイなのです。

50ギターズは、アンサンブルも面白いのですが、やはり、トミーのプレイの魅力も大きく、それがあるので、つぎつぎと聴きたくなってしまうのです。

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50ギターズのプロデューサーとソリスト。スナッフ・ギャレット(手前)とトミー・テデスコ。

◆ ローリンド・アルメイダ ◆◆
50ギターズの最初の2枚でリードをとった、ローリンド・アルメイダのFly Me to the Moonもあります。トミー・テデスコとちがって、高速ランなどという派手なことはまったくしないギタリストで、子どもが聴いても、どこが面白いのかまったくわからないというタイプです。

トム・ジョビンがアメリカにくるや、たちまち受け容れられた素地は、アルメイダがつくったのだと書いているものを読んだ記憶があります。アルメイダがハリウッドにいたおかげで、すでにボサノヴァというものが知られていたからだというのです。

f0147840_23544586.jpg当然、ローリンド・アルメイダのFly Me to the Moonは、ストレートなボサノヴァ・アレンジです。冒頭のコードワークなんか聴いていると、うまい人だなあ、と感じるのですが、ソロというのをしないので、ギターを聴きたい人間としては、ちょっと戸惑います。よほど目立つことが嫌いだったのだとしか思えません。

たいした数を聴いたわけではありませんが、わたしが知るかぎり、だれが聴いてもすぐにうまいとわかるようなプレイはまったくなくて、じつに渋い、あまりにも渋すぎるプレイばかりです。そのぶんだけ、アンサンブルを重んじていたのだろうと思います。たしかに、気分よく聴けるヴァージョンですが、あまりにもBGM的すぎて、盤としてゆっくり聴くという感じにはならないところが、わたしには物足りなく感じられます。

◆ ギターもの3種 ◆◆
ほかにもギターものがいくつかあります。まず、ニューヨーク版エレクトリック50ギターズといったおもむきのプロジェクトである、テン・タフ・ギターズのヴァージョン。このアルバム全体についていえることですが、Fly Me to the Moonも、面白いような、物足りないような、なんとも微妙な出来です。

f0147840_23575491.jpg数多くのエレクトリックギターを並べて、そのアンサンブルで盤をつくろうというアイディアそのものは、ギター・アンサンブル・ファンとしては、そういうのはぜひやってちょうだい、という大歓迎企画です。しかし、その実現となると、やはり楽じゃないですねえ。アレンジが完璧にうまくいったと感じるトラックはないのです。もうすこし楽しめるアレンジができたのではないかと、隔靴掻痒の思いをさせられます。

ただし、このドラマーはおおいに好みです。ほかの曲もかなりいいプレイをしていますが、Fly Me to the Moonは、テンポがちょうどよかったのか、とりわけいいプレイです。

f0147840_05341.jpgまたハリウッドに戻ると、TボーンズのFly Me to the Moonもあります。リードギターはたぶんトミー・テデスコだろうと思うのですが、Tボーンズでのトミーは、いや、テレキャスターのときのトミーは、じつに不精というか、譜面のとおりに弾くだけで、インプロヴなんかめったにやりません。ドラムはハル・ブレインでしょうが、これまた、芸を見せてくれているとはいいかねます。ベースはなにをするというわけでもありませんが、非常にいいグルーヴです。CKさんかもしれません。

ギターものFly Me to the Moonはもうひとつ、ウェス・モンゴメリー盤があります。いわゆるイージー・リスニングにシフトしてからのウェスの盤は、痛し痒しです。毎度、ドラムがヘナチョコで、なんだよこれは、と例によって額に青筋なのです。

f0147840_095317.jpgいや、本日の長い枕で書いたように、いわゆるモダン・ジャズのものなら、タイムは気にしていないのだろうと、ほうっておきます(すくなくとも、こちらも気にしないように「努力」する)。でもねえ、これはもうジャズではないでしょう。ポップです。ポップでは、こんなプレイをしちゃダメです。フィルがみな、舌足らずの横着プレイで、ちゃんと叩けよ、なんのためにスティックをもっているんだと、ぶんむくれになります。正しくないビートを、小手先でゴチャゴチャやって誤魔化すドラミングほど腹の立つものはありません。

こういうのは生活習慣病なのです。ジャズの世界で甘やかされて、正確なビートを叩く努力をせず、周囲も精度を要求しなかったから、小手先で誤魔化す習慣が身に付いてしまったのです。ポップの世界では、いい加減な仕事をすると、翌日から食えなくなるので、こういうプレイヤーは生き残れません。

晩年にいくにしたがって、ウェスのオクターヴ奏法はすごみを加えていきます。トーンが澄んでいくのです。だから、ギタープレイとしては非常に面白いのですが、サウンドとしては、もう耐え難いまでに田舎臭くて、ハリウッドの洗練されたサウンドとプレイに馴染んでいる人間としては、なにが悲しくてこんなダサいバンドを聴かなければならないのだ、ブログなんかはじめなければよかった、とまで思います。

痛し痒しだというのはそこなのです。ウェスはいいけれど、ベンチがアホで、サウンドとしてはまるで形ができていません。ポップをナメたらいかんよ。商売というのは、お芸術なんかよりはるかにきびしいのだよ>ウェス・ベンチ。

◆ イーノック・ライトとアル・ハート ◆◆
f0147840_0154018.jpgギターもの以外で面白いインストというと、まずイーノック・ライト盤でしょう。ボサノヴァのようにはじまりながら、じつは速いチャチャチャみたいなところもあり、マンボのようになってしまうところもありで、「ラテン闇鍋」とでもいうようなアレンジです。こういうゴチャゴチャとにぎやかな飾りつけのアレンジは、エスクィヴァルと共通しています。プレイヤーも共通しているのではないでしょうか。

イーノック・ライトの盤は、彼自身がつくったコマンドというレーベルから出ています。ライトはエンジニアリングに一家言があり、コマンドも機材に金をかけたそうですが、なるほど、いま聴いても手ざわりのいいサウンドです。ポップ・オーケストラというのは、録音が悪いと興趣半減なのです。

アル・ハート盤もちょっとしたものです。いつもはここまでパセティックではないのですが、Fly Me to the Moonは、アル・ハートにニニ・ロッソが取り憑いたみたいなプレイをしています。ここまで派手にやってくれれば、もはや確信犯、文句も出なくなります。

f0147840_0204822.jpgそれにしても、アル・ハートという人はじつにうまいですなあ。わたしはトランペットという楽器が好きではないのですが、その理由のひとつは、ピッチの悪いプレイヤーが多いことです。どうして、高音にいったときに、多くのトランペッターがフラットするのか、不思議でしかたありません。やっぱり、肺活量の限界とか、そういうことでしょうかね。ブラスバンドにいたとき、よその楽器にちょっかいを出したのですが、トランペットは音を出すのが面倒なのにへこたれて、ピッチがどうこうなどという、高度なむずかしさを知るところまではいきませんでした。

どうであれ、アル・ハートを聴いていると、フラットするプレイヤーが多いのは、やはりプレイヤー自身の責任なのだということがわかります。アル・ハートはどんなに高いところにいっても、きっちりしたピッチでやっています。

お芸術のつもりかなんか知りませんが、フラットしちゃあ、芸術もハチの頭もないでしょう。ちゃんとプレイできて、はじめてアーティスティックなところに入りこんでいく切符が手に入るわけで、アル・ハートのビシッとしたプレイは、そこのところをよく考えろよと、くちばしの黄色い(そしてフラットする)ジャズ・トランペッターにいっているように、わたしには聞こえます。ジャズでは「スタイル」などといって誤魔化せても、ポップは誤魔化しのきかない、その場で現金払いの世界です。うまいか下手か、それだけの区別しかありません。

どんな楽器でも、それがもつ音の可能性の限界をきわめた人は、やはり、芸術家なんかよりずっと偉いのです。アル・ハートを聴いていると、トランペットというのは、じつはこういう楽器だったのか、と目を開かれます。これだけ気持のよい音が出せるのは、芸術なんかよりずっと価値のあることです。

◆ ジョー・ハーネル ◆◆
まだ言及すべきレベルに達しているヴァージョンが残っているのですが、そろそろ梅の収穫時期となり、去年つけた梅酒のことを思いだして、試し酒をしたら、これがなかなかけっこうな出来で、つい盃を重ねてしまい、気持よくなってきたので、あとはテキトーにやらせていただきます。いっときますが、いつもしらふで書いているんですよ。今日は例外です。

昨日の「その2」のジュリー・ロンドンのところでちょっとふれましたが、ジョー・ハーネルのFly Me to the Moonは、ヒットしただけあって、なかなかよくできています。ジョー・ハーネルなんていう人は、もっていることすら知らなかったほどで(オムニバスに入っていただけ)、どういうキャリアか調べてみました。ピアニストだったんですね(おいおい、大丈夫か)。しかし、あまり面白いピアノとは思えません。ピート・ジョリーかリオン・ラッセルでも聴いていたほうがずっといいと思います。

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Joe Harnell "Fly Me to the Moon" このデザインはおおいに好み。

このヴァージョンの魅力はピアノ・プレイではなく、オーケストレーションのほうにあります。のちに交通事故に遭ってからは、ハーネルの仕事の中心はアレンジに移ったそうですが(そしてハリウッドに移り、テレビの仕事をするようになり、「バイオニック・ジェニー」の音楽を書く!)、アレンジャーとして十分にやっていける力量があることは、このFly Me to the Moonを聴いただけでもわかります。全体の構成については、かならずしも感心できないところがありますが、弦のラインは非常に面白い箇所があります。

◆ スタンリー・ブラック ◆◆
スタンリー・ブラック盤は、いいところもあるんだけどなあ、と口ごもる出来です。音だけ聴いていると、1961年か62年ぐらいかと思ったのですが、確認すると66年。うーん、イギリスの環境は劣悪だったのだなあ、66年でこの録音はまずいだろう、と感じます。

f0147840_0305838.jpgいや、ロックンロールなら、この程度でもいいだろうと思いますが、アメリカのラウンジ・ミュージックの場合、録音を非常に重視します。スタンリー・ブラック盤Fly Me to the Moonは、1959年、すなわちステレオ・ブームのど真ん中にあったアメリカにもっていっても、通用しなかっただろうと思います(ちなみに、日本でステレオ・ブームが起きたのは1963、4年というところ)。

ジョージ・マーティンが、毎年、アメリカに視察にいっていたことを書いていて、そのくだりで録音機材、とくにテープ・マシンのトラック数にふれ、アメリカに追いつくのに苦労したといっています。

そういう環境のちがいというのは、このブログをはじめて以来、しばしば感じています。それだけが理由ではもちろんないのですが、ビートルズが登場するまで、ごく一握りをのぞけば(たとえばトーネイドーズのTelstar)、イギリスの音楽がアメリカ市場では受け容れられなかったのは、録音の面からも当然だと感じます。

まだ2種のヴァージョンが残っていますが、刀折れ、矢弾尽きた感じなので、ここいらで店仕舞いにしようと思います。テッド・ヒース盤なんて、素晴らしい録音なのですが、やっぱり録音だけよくてもねえ、という感じなのです。

いや、プレイもけっこうなのですが、こういう曲をムーディーにやられても、困惑するのみなのです。わたしは「深夜のバー・カウンター」タイプの人間ではないものでしてね。そんなタイプだったら、ブログなどやらずに、いまごろバーにいるでしょうに!
by songsf4s | 2008-06-03 23:58 | Moons & Junes