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2008年 05月 16日 ( 1 )
Hickory Wind その2 by Gram Parsons
タイトル
Hickory Wind
アーティスト
Gram Parsons
ライター
Gram Parsons, Bob Buchanon
収録アルバム
Grievous Angel
リリース年
1974年
他のヴァージョン
The Byrds, Emmylou Harris
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今日の曲であるHickory Windにも、グラム・パーソンズにも、ぜんぜん関係のないことですが、フィル・スペクターの諸作でエンジニアをつとめ、後年、A&Mの録音部門をあずかり、A&Mのスタジオを設計したラリー・レヴィンが亡くなったことを、右のリンクからいけるO旦那のWall of Houndで知りました。

f0147840_23314979.jpgラリー・レヴィンというと、どうしてもフィル・スペクターの話になってしまい、A&Mのことがないがしろにされがちですが、A&Mがゴールド・スターなどを使っていた初期はともかくとして(いや、そのときにはレヴィンはゴールド・スターのエンジニアだったのだから、これも無視はできない)、60年代後半以降のA&Mの音は、直接間接にラリー・レヴィンの影響下にありました。ブログをはじめてみると、レヴィンのA&Mでの仕事も非常に気になってきて、そういうインタヴューはないものかと思っていた矢先の死でした。

享年八十とのことで、つらつら勘定してみると、ラリー・レヴィンはフィル・スペクターのひとまわり上ということになります。意外にお年を召していたことになりますが、エンジニアは経験がものをいうので、三十代以後の仕事が知られているのは、考えてみれば当然です。

なにはともあれ、一時代を築いたエンジニアに合掌。

◆ Hickory Windヴァージョン一覧 ◆◆
さて、昨日は歌詞の検討をするだけで終わってしまったので、今日はHickory Windの各ヴァージョンを見ていくことにします。コードは三つだけのシンプルな曲なので、勝負はどのようにレンダーするかにかかっています。

まず、オリジナルのバーズ盤があり、これは現在までに2種類がリリースされています。第一はもちろん、オフィシャル・リリース盤。それから、近年リリースされたLegacy Editionという、Sweetheart of the Rodeoの拡大版に収録された別テイクがあります。さらに、ブート同然のハーフ・オフィシャル盤ですが、ひところ、しばしば見かけたLive at Piper Clubに収録されたライヴ・ヴァージョンもあります。

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The Byrds with Gram Parsons, 1968. (l-r) Kevin Kelley, Gram Parsons, Roger McGuinn, Chris Hillman

グラムのソロ・レコーディングとしては、まず、遺作Grievous Angelに収録された、ライヴをよそおったスタジオ・ヴァージョンがあります。さらに、これまた近年リリースされた、The Complete Reprise Sessions収録のヴァリアントもあります。ソロ・デビュー盤のプロモーション・ツアーにおけるラジオ出演時のライヴ・パフォーマンスを記録したアルバムもリリースされていますが、このときはHickory Windはやらなかったようです。

エミールー・ハリスは、グラムの相方としてデビューしていて、Grievous Angel収録のリメイク・ヴァージョンのHickory Windでもハーモニーをつけています。そしてグラムの死後、カントリー・スターとなったエミールーは、折に触れてGP作品を取り上げています。代表作であるHickory Windも当然、かなり早い段階で録音し、ライヴでもしばしばうたっているようです。

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Gram Parsons with Emmylou Harris on "Fallen Angels" tour, 1973.

Hickory Windは、現在では押しも押されもせぬカントリー・クラシックなので、その後、山ほどカヴァー・ヴァージョンが生まれていますが、年代的に守備範囲ではないので、今回は、バーズのオリジナルとアウトテイク、GPのセルフ・カヴァーとそのアウトテイク、そしてエミールー・ハリスのカヴァーだけを検討します。

◆ Sweetheart of the Rodeoとバーズ ◆◆
バーズは、The Notorious Byrd Brothersの制作中にデイヴィッド・クロスビーを馘首したため、トリオになってしまいました。たんなるツアー用ドラマーで、音楽的にはなにも貢献していなかったマイケル・クラークもその直後に抜けました(スタジオでは、デビュー盤はハル・ブレインがプレイした。バーズの主張とは裏腹に、シングルのみならず、アルバム・トラックの大部分もハル。セカンド・アルバム以降はいまだに資料が出てきていないが、わたしは多くがジム・ゴードンのプレイと考えている。そろそろ材料が出るのではないだろうか。御用伝記作者がいくら隠しても、真実はいずれ顕れる)。

デュオではリップ・シンクのテレビ出演すらままなりません。グラム・パーソンズが加入する直前のバーズは、なんでも吸い込む真空状態にあったのです。グラムとクリス・ヒルマンのマネージャー(姓名からフィル・スペクターの養子ではないかと思うが、確認できず)が同じだったため、その縁からグラムが生き残りのバーズとセッションをし、その場で雇われることになりました。

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The Byrds at the Troubadour, LA, 1968, with Gram Parsons and Roger McGuinn in front.

ロジャー・マギンはグラム・パーソンズの加入について、キーボード・プレイヤーを雇ったつもりだったのだが、その正体はじつはハンク・ウィリアムズだった、とボヤいています。クリス・ヒルマンはもともとブルーグラス・バンドのマンドリン・プレイヤーだったので、グラムがバーズに持ち込んだものは、my kind of musicだといっています。マギンはもとフォーキーではあるものの、カントリーへの傾斜は、バーズ時代にはウィンク程度も見せたことがありませんでした。

マギンにいわせれば、グラムは「モンスター」だったかもしれませんが、どうであれ、その時点では、マギンはGP的音楽観に目を開かれた気がしたにちがいありません。グラムと出会って以降、しばらくはカントリー・ステーションばかり聴いていたというのだから、短いあいだではあったものの、新しい地平が開けた思いだったのでしょう。いくらグラムとクリスがそちらの方向へ引きずり込んだといっても、マギンが全面的に拒否すれば、あんな結果にはならなかったはずです。

そして、Sweetheart of the Rodeoという、ロック・バンドによる「もろ」のカントリー・アルバムが録音されることになります。

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◆ マギンとGPの確執 ◆◆
Sweetheart of the Rodeoから、最終的にグラムのトラック(自作曲、カヴァーともに)の多くが抹消されたり、マギンやヒルマンのヴォーカルに差し替えられた経緯については、ナンシー・シナトラのSummer Wineのときに、流布されている説を書いておきました。簡単にいえば、グラムとリー・ヘイズルウッドの会社LHIの契約がまだ有効で、CBSがグラムのヴォーカルをリリースすることは法律的に禁じられていたというのです。

f0147840_010237.jpgしかし、じっさいには、それほど単純な問題でもなかったようです。LHIとバーズのレーベル、CBSとのあいだで交渉がもたれ、この問題は解決しているのです。金銭でケリをつけたか、または、ヘイズルウッドがCBSに貸しをつくる(小さな会社のオーナーとしては、十分に利益を期待できる)ということで解決したと推測できます。じっさい、手打ちになっていなければ、グラムがリードをとった一部のトラックだって、リリースできないはずなので、解決していないはずがないのです。

f0147840_0145067.jpgこの時期のバーズのプロデューサー、ゲーリー・アシャーは、晩年のインタヴューでべつの観点を提示しています。簡単にいうと、バーズがあまりにもバーズらしくなくなるのを防ぎたかった、ということです。グラムのヴォーカルが減らされ、マギンとヒルマンのヴォーカルが増やされたのは、これが理由だったとするほうが、契約トラブル説より筋が通っているように思えます。

のちに、グラムがヨーロッパ・ツアーの途中で、南アフリカへのツアーを拒否し、結果的にバーズを抜けることになった遠因はここにあるのでしょう。グラムは、Sweetheart of the Rodeoがあのような形になったことの責任はマギンにあると考え、しばしばそのことを口にしていたと伝えられています。つまり、アシャーとマギンが共謀して、グラムのプレゼンスを極小に抑えたということです。たぶん、これが正解ではないでしょうか。

いや、アシャーとマギンの措置を非難しているわけではありません。このときのバーズはマギンとヒルマンのバンドであり、グラム・パーソンズはたんなる雇われメンバーです。マギンがバーズとしてのアイデンティティーを保とうとしたのは当然のことです。ただ、あの時点でもっとグラムのトラックがリリースされていれば、Sweetheart of the Rodeoの価値はいっそう高まったにちがいないと思うだけです。

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Roger McGuinn and Gram Parsons. ロジャー・マギン(手前)とグラム・パーソンズ

◆ オリジナルHickory Wind ◆◆
Sweetheart of the Rodeoは、おおむねナッシュヴィルで録音されたということになっています。しかし、セッション・メンバーから考えて、ハリウッドで、すくなくともオーヴァーダブはおこなわれたと考えられます。当時のCBSの売り方は、ロック・バンドが「オーセンティックな」カントリーをやった、ということに力点を置いているので、建前として、ナッシュヴィル録音を強調したにすぎないでしょう。しかし、そのへんはどうでもいいことで、重要なのはグラムの曲とヴォーカルのみ、あとはいまになると贅肉です。

高校生の耳にも、Hickory Windはきわめて印象的で、Sweetheart of the Rodeoのなかでもっとも際だったトラックでした。ただし、すでにフライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー盤を聴いていたので、はじめからバーズのアルバムとは思わず、「グラム・パーソンズがいるバンド」のアルバムとして聴きました。グラム・パーソンズ作品がたった二曲しかなかったのには失望しましたが、そのどちらもがすぐれたトラックだったので、いちおう満足しました(もう一曲はOne Hundred Years from Now。クラレンス・ホワイトのストリングベンダーのプレイも合わせて、こちらもやはりクラシック)。

シンプルなコード進行とワルツ・テンポ、そしてなによりも、茫洋たるグラムのレンディションのせいでしょうが、はじめて聴いたときから、ノスタルジーの美が濃厚な曲だと感じました。

ケヴィン・ケリーだったにせよ、だれかセッション・ドラマーだったにせよ、サイドスティックは正確なタイムできれいなプレイをしています。ベースはこの曲にはやや不向きなプレイで(ミックスのせいもある)、おそらくはクリス・ヒルマン自身でしょう。

このヴァージョンを印象深いものにしているもうひとつの要素は、途中から加わってくるハーモニーです。すくなくとも二人のハーモニー・シンガーがいることが聴き取れますが、マギンの声のような感じはせず、クリス・ヒルマンの印象しかありません。ひょっとしたら、ヒルマンのダブルの可能性もあると思います。グラムの声とよくマッチしていて、ここにブリトーズでのグラムとクリスのデュエットの原点があります。

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Chris Hillman (left) and Gram Parsons, 1969.

すべてを合わせて、これがグラム・パーソンズの代表作とされているのも当然というヴァージョンでしょう。

◆ ある夜のオプリーでの出来事 ◆◆
バーズはナッシュヴィルでのセッションの途中、グランド・オール・オプリーに出演しました。最初にうたった曲は、デッドもカヴァーしたマール・ハガードのSing Me Back Homeだったそうです(のちにブリトーズでグラムはふたたびこの曲をうたっている)。

Sing Me Back Homeが終わって、MCに「つぎの曲は?」ときかれ、Life in Prisonといったら、MCは「またマール・ハガードの曲だね」とよけいなことをいったそうです。つまり、カントリー界では重要なレーベルだったCBSの強引ともいえる推薦があったにせよ、長髪の若僧たち(じっさいには、彼らはこのとき、それまでより髪を短くしていたが)をライマン・オーディトリアムのステージに上げるにあたっては、オプリーにふさわしい曲をやる、という事前の合意があったということでしょう。

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The Byrds at the Grand Ole Opry with Gram Parsons singing lead.

ところがそのとき、グラムが脇からマイクをとり、「よくグランド・オール・オプリーを聴いていた、うちのおばあちゃんに捧げる曲をやります。Hickory Windというタイトルで、ぼくが書きました」といったのだそうです。これは打ち合わせになかったことで、他のメンバーはやむをえず合わせるハメになりました。この一事をとっても、グラム・パーソンズというのが、いかにバンドの一員となるには不向きな人間かということが、じつによくわかります!

これで話はメチャクチャになりました。「合意」が守られなかったのだから、当然です。グラムはのちにいっています。Hickory Windをうたっている最中にも、MCたちがステージの袖で、叫び、床を踏みならし、怒っていたのが見えた、と。カントリー音楽界のボス的存在だったロイ・エイカフにいたっては「ひきつけを起こしていた」とまでいっています。この2曲だけで、バーズはステージから引きずり下ろされたとしているソースもありますが、これは定かではありません。

グラムの独走は、けっして褒められたことではありませんし、わたしがバーズのメンバーだったら、楽屋に戻ったあとで、グラムに二、三発喰らわせずには収まらなかっただろうと思います。でも、Hickory Windの「封切り」がオプリーだったというのは、愉快でもあるし、象徴的でもあると思います。
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オプリーは、さまざまなことがらに加えて、ほかならぬグラム・パーソンズ(カントリー・ミュージックの救世主といってもいいはず)の傑作を最初に世に紹介する名誉も得たのだから、いまからでも遅くない、グラムの墓に詣でて、あのときの非礼を謝っておくべきです。とくに、グラムがオリジネーターとなった、いわゆる「ならず者カントリー」の歌い手としてのちに売り出した、このときのMC、トムポール・グレイザーは、グラムに大きな借りがあります。

まあ、グラム自身は、腹を立てるどころか、うたいながら、してやったりと、内心、大笑いしていたでしょうけれどね。

◆ その他のバーズ・ヴァージョン ◆◆
やっぱりこんなものがあったか、と思ったのが、2枚組CDに拡大されたSweetheart of the Rodeoに収録されて陽の目を見た、Hickory Windのアウトテイクです。ナッシュヴィル・セッションでのテイク8とあります。つまり、ナッシュヴィルではうまくいかず、結局、ハリウッドに戻ってオーヴァーダブしたものが、リリース・ヴァージョンだったことになります。

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この初期テイクの段階では、ピアノやフィドルがなく、なによりも重要なのは、ハーモニー・ヴォーカルもまだないことです。骨組だけのスカスカしゃりこうべヴァージョンで、利点はグラムのヴォーカルがよく聞こえることぐらいです。

いや、いくらGPファンでも、このナッシュヴィル録音の段階では、とうてい完成品にはほど遠いと感じます。レコード・プロダクションの観点から見れば、これではリリースできないのは明らかで、ハリウッドでのオーヴァーダブは正しい判断だったと思います。バーズ盤Hickory Windの最大の魅力は、もちろんグラムのヴォーカルですが、クリス・ヒルマンのハーモニーもやはり重要な要素なのです。

バーズのHickory Windは、もう一種類、ヨーロッパ・ツアーの途次、ローマのパイドパイパー・クラブで、1968年5月2日(ツアー・スケデュールから考えて、この日付は怪しい)に録音されたと記載されているヴァージョンがあります。

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しかし、これはどうでしょうねえ……。バンジョー(ゲストのダグ・ディラードのプレイ)が入った珍なヴァージョンで、なんなのこれは? と思います。ところどころに入るマギンの12弦もまったく場違いだし、歌も、なんだかなあ、です。そもそも、ハーモニーはクリス・ヒルマンではなく、マギンがうたっていますが、これもよろしくありません。貴重な録音といえるのでしょうが、このヴァージョンは歴史に記録されなくても、まったく差し支えないでしょう。

◆ Grievous Angelでの復活 ◆◆
ブリトーズのライヴはブートも含めて山ほどあるようですが、グラムがいた時期のものは稀で、あまり興味をもったことがありません。一枚だけ、グラムがまだいるセカンド・ラインアップのブートを聴いたことがありますが、Hickory Windはやっていません(ドラムがマイケル・クラークだというだけで、おおいにへこたれた)。グラムとクリス・ヒルマンという、オリジナル・ヴァージョンをうたった二人がいるのだから、やって当然のはずなのですが、グラム在籍時のブリトーズがHickory Windをやった形跡はないようです。

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The First Lineup of the Flying Burrito Brothers. (from upper left to lower right) Gram Parsons, Chris Ethridge, "Sneaky" Pete Kleinow and Chris Hillman.

この曲がふたたびよみがえるのは、グラムのセカンド・アルバムにして遺作、Grievous Angelでのことです。LPではB面のトップに置かれた、Northern Quebec Medleyと題するスタジオ・ライヴの一部として、Cash on the Barrelのつぎにうたわれています。メドレーといっても、短縮はせず、Hickory Windはフル・ヴァースをうたっています。

このヴァージョンを聴いて感じるのは、なによりもグラムの成長です。バーズ・ヴァージョンの5年後に録音されていますが、じつにいいシンガーになったなあ、と思います。バーズのHickory Windは、ビタースウィートなノスタルジーに重心がありましたが、グラムのリメイク・ヴァージョンは、より「重い」レンディションです。バーズ盤には、ヒコリーの風を感じれば、まっすぐ少年時代に戻れるというオプティミズムがありましたが、Grievous Angelヴァージョンでは、少年時代は文字通りfar away feelとなり、二度と戻れないのだと感じさせます。

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Gram Parsons and Emmylou Harris, 1973.

ドラム=ロン・タット、ベース=エモリー・ゴーディー、ピアノ=グレン・ハーディン、ギター=ジェイムズ・バートンというエルヴィスのバンドに、、ペダル・スティールのアル・パーキンズと、フィドルのバイロン・バーライン、アコースティック・ギターのハーブ・ペダーソンが加わったメンバーも、地味ながらじつにすばらしいプレイをしています。とくにハーディンのピアノ・ブレイクが印象的です。

グラムのソロ・デビューのときから、エミールー・ハリスはハーモニーをつけていますが、ほかのどの曲よりも、Hickory Windでのハーモニーがいいと感じます。バーズ盤でのクリス・ヒルマンのハーモニーも、彼のもっとも印象的なヴォーカルのひとつですが、エミールーもまったくひけをとっていません。

近ごろはみんなそうなってしまうのですが、Hickory Windを収録したGrievous Angelも、拡大リマスター版があり、Hickory Windのオルタネート・テイクというのが収録されています。じっさいには、これは疑似ライヴにするための飾りつけをする以前の、オリジナル・ヴァージョンと思われます(バイロン・バーラインのフィドルもまだ加えられていない)。

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リリース盤のように、拍手、歓声、口笛、瓶が割れる音などの効果音がないぶん、しみじみとしたヴァージョンになっています。じっさい、しみじみが行き過ぎだったのを嫌って、グラムは疑似ライヴに仕立てて、このリメイクをリリースしたのではないかとさえ思います。聴くときの気分しだいでは、ちょっと重すぎると感じることがあるのです。

しかし、それがこの曲の本来の姿かもしれないのだから、あるいはこれを「定本」とみなすべきかもしれないという気もします。録音した時期がかけ離れすぎているので、単純にバーズ盤と比較するわけにはいきませんが、「よそのうち」で録音したヴァージョンにくらべると、このGrievous Angelヴァージョンは、すみずみにまでグラムの意志が貫徹されているのを感じます。ほんとうはこういう風にやりたかった、というヴァージョンでしょう。

作者や歌い手の意思が十全に実現されれば、それでいいものができるとはかぎらず、異なった意思が衝突し合った結果、ベクトル合成されたもののほうがよい場合もままあります。だから、どちらがいいとは断定しませんが、Grievous Angelヴァージョンも、たんなるリメイクではない、充実した仕上がりで、オリジナルに十分に拮抗するか、あるいはそれを上まわるヴァージョンだと考えます。

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◆ エミールー・ハリスのカヴァー ◆◆
エミールー・ハリスはいいシンガーだと思いますが、うちにある数枚を聴いたかぎりでは、惚れるというところまでは行きませんでした。あくまでも、グラムの衣鉢はどのように受け継がれたか、というのがわたしの関心の所在です。

正直にいうと、エミールーがカヴァーしたおかげで、楽曲の価値が変わったように思えた、というグラムの曲はありません。わたしはカントリー・ファンとはいえず、カントリー・ロック・ファンですらなく、あくまでもグラム・パーソンズ・ファンなので、当たり前のことです。

わたしが聴きたいのはあくまでもグラムの声であって、グラムがその後の音楽界にどれほど大きな影響をあたえようと、つまるところ、どうでもいいのです。したがって、ドワイト・ヨーカムだとかなんだとか、そういうシンガーたちに興味をもったこともありません。彼らだって馬鹿ではないのだから、物真似はしないだろうし、そもそも、物真似なんか聴かなくたって、グラムの声は盤に記録されています。

エミールーは、グラムから、声のクラックのさせ方、ピッチの揺らし方を学んだことが、彼女のBlue Kentucky Girlに収録されたHickory Windを聴くとわかります。彼女のグラム・パーソンズ・ソングブックのなかでは、このスタジオ録音のHickory Windは、すぐれた部類に属すと考えます。

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しかし、あえてケチをつけるなら、これは、Hickory Windは、男が少年時代と故郷に思いを馳せながらうたう曲だということを、改めて認識させてくれるヴァージョンです。女の歌ではないのです。カントリー市場に合わせたのでしょうが、エミールーのヴォーカル・レンディションはちょっとパセティックすぎて、バーズ盤、Grievous Angel盤の両方のグラムのヴォーカルにはあった、「乾いた叙情性」がなく、湿り気をあたえすぎたと感じます。

しかし、エミールーをはじめとする、さまざまなシンガーのカヴァーは、グラムがいかに素晴らしいシンガーであったことを証明する傍証なので、たまにはそういうものも聴いてみるのも悪くないと思いました。
by songsf4s | 2008-05-16 23:53 | 風の歌