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2008年 04月 28日 ( 1 )
$1000 Wedding by Gram Parsons その1
タイトル
$1000 Wedding
アーティスト
Gram Parsons
ライター
Gram Parsons
収録アルバム
Grievous Angel
リリース年
1974年
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今月は「馬鹿ソング」特集などという、馬鹿がこじれてしまったようなことをやってきましたが、本日をもってこの特集もラクとなります。

馬鹿ソングなどという、季題とはいえないもので特集を組んだのは、季題にこだわっていてはどうにもしようのないアーティストをなんとかしたかったからです。おかげで、ラスカルズデイヴ・クラーク5ポール・バターフィールド・ブルーズ・バンドライ・クーダー、さらには古川ロッパまで登場させることができて、席亭として欣快に堪えません。

しかし、まだまだこんなものじゃない、というと変ですが、わたしがブログをやっていて、どうしてこの人が出てこないのか、摩訶不思議というしかないアーティストがのこっています。

わたしはドラム馬鹿、ギター好きなので、シンガーはつねに二の次、三の次なのですが、それでも、好きな歌い手というのはやはりいます。たまにシンガー・ベスト3なんていうゲームをやるのですが、これはあまり変動がありません。ジョン・レノン、スティーヴ・ウィンウッド、そして今日の主役、GPことグラム・パーソンズです(次点はブライアン・ウィルソン、ボビー・ジェントリー)。

昔は、グラム・パーソンズなんていってもだれも知らず、雑誌記事にグレアム・パーソンズと誤記されたくらいですが、各国のブログなどを見ると、いまではかなりの頻度で取り上げられています。没後35年にして、エミールー・ハリスをはじめとする信奉者たちの広報の努力もあって、彼が生前望んでいたであろう場所に位置づけられたといっていいでしょう。

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◆ 荒れる花婿 ◆◆
意味のよくわからない歌詞は、原則として避けるのですが、GP作品とあってはやむをえません。以下、書いているわたし自身がよくわかっていないのだということをご承知おきください。構成もいくぶん不可解なところがありますが、以下はファースト・ヴァースないしはセカンドと合体したものです。

Was a $1000 wedding supposed to be held the other day
And with all the invitations sent
The young bride went away
When the groom saw people passing notes
"Not unusual," he might say, "But where are the flowers for my baby?
I'd even like to see her mean old mama
And why ain't there a funeral
If you're gonna act that way?"

「このあいだ、1000ドルをかけた結婚式が開かれることになっていた、招待状もすっかり配ったというのに、若い花嫁が逃げだしてしまった、列席者がメモを廻しているのを見て、花婿はいったらしい。『べつにめずらしくもない。でも、俺の花嫁への花束はどうなっているんだ。あのイヤな母親にだって会いたいぐらいだ。どうしてそんな風に振る舞うんだ、葬式でもあるっていうのか?』」

まあ、ここまではとくに問題はないでしょう。二重引用符は、ここにあるであろうとみなして、わたしが付け加えたものです。そうしないと話の流れが見えなくなるからです。not unusualも、花婿のセリフと解釈しました。小説では、このように会話文と会話文のあいだに、he saidなどをはさむのはふつうのことで、それと同じことを歌詞でやったのだと考えます。

以下はブリッジと思われるもの。

I hate to tell you how he acted when the news arrived
He took some friends out drinking
And it's lucky they survived

「知らせが届いたときの彼の行状はあまり話したくない、花婿は数人の友人を飲みに連れ出した、彼らが生きてもどったのは幸運というしかない」

まあ、結婚式当日に花嫁に逃げられたら、花婿としては飲んで誤魔化すぐらいしかないでしょうな。これって、ひょっとしてマイク・ニコルズの『卒業』を反対側から描いた話だったりして? わたし、あの映画を見て、二人の幸福な顔より、取り残された人びとのその後のほうが気になりました。

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Gram Parsons on stage with Emmylou Harris, possibly 1973.

◆ 結婚式変じて葬式となる ◆◆
セカンドないしはサード・ヴァース。ブリッジの話はまだつづいています。

'Cause he told them everything there was to tell there along the way
And he felt so bad when he saw the traces of old lies still on their faces
So why don't someone here just spike his drink
Why don't you do him in some old way

「なぜなら、花婿は友人たちに、飲みながらすべてを打ち明けたけれど、彼らの表情に古めかしい嘘のあとを読み取り、ひどく腹を立てたからだ、だれか強いのを彼に飲ませ、酔いつぶしてしまえばいいのに」

最後のほうはしどろもどろというか、いわんとしているのはそういう意味だろうと想像して書いたにすぎません。字句通りには「昔ながらのやり方を彼にしてやればいいだろうに」ぐらいのあいまいなものです。

the traces of old liesもよくわかりません。荒れる酔っぱらいをなだめるときの、ああ、ああ、おまえのいうとおりだ、あっちのほうが悪い、というような雰囲気のことか、友人たちが花嫁の事情を知っていたのに隠していたのか、判断がつきませんでした。1974年以来、ずっと判断がつかないのですが!

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Gram Parsons (far right) with Emmylou Harris (far left)

つづいて、なんだかわからない2行。コーラスというにはおかしな位置にあるのですが、役割としてはそんなところです。

Supposed to be a funeral
It's been a bad, bad day

「まるで葬式みたいだ、なんともひどい一日だった」

supposed toをこのように解釈するのはやや強引かもしれませんが、文脈からほかにいいようがないと感じます。

ふたたびブリッジへ。このへんの構成、摩訶不思議。

The Reverend Dr. William Grace was talking to the crowd
All about the sweet child's holy face and the saints who sung out loud

「牧師のウィリアム・グレイス先生が会衆にむかって、神の善良なる子の聖なる顔と、高声で歌う聖人について話していた」

サード・ヴァースとコーラスのようなものをつづけていきます。肝心の結末がわたしにはさっぱりわからないのですが……。

And he swore the fiercest beasts
Could all be put to sleep the same silly way
And where are the flowers for the girl
She only knew she loved the world
And why ain't there one lonely horn and one sad note to play

Supposed to be a funeral
It's been a bad, bad day
Supposed to be a funeral
It's been a bad, bad day

「そして彼は神をも恐れぬとほうもない悪態をついた、すべてを同じ馬鹿げたかたちで横たえ眠らせることはできないものか、彼女のための花束はどこにあるのだ、彼女はこの世界を愛していることしか知らなかったのに、たったひとつの哀しい音を奏でるための一本のさびしいホーンすらないのはなぜなのだ? まるで葬式みたいだ、なんともひどい一日だった」

f0147840_23481516.jpgいろいろなことを解釈しそこなっているにちがいありません。そもそもheからして、だれを指すのか確信がありません。ふつうなら、直前に出てきた人物、つまり牧師になってしまいますが、ここではたぶん花婿だろうと思います。

そのあとがもっとも不可解。ここは花婿のセリフなのか、つまり二重引用符で囲うべきなのか、それとも語り手の主観なのかもわかりません。グラム・パーソンズの歌詞はしばしばエニグマティックですが、つねにそのむこうがわに確固たる実体があることを感じさせます。この歌も、じつは現実に経験した出来事にもとづいているような気がして仕方がありません。一説には、彼自身が途中放棄した自分の結婚式のことをうたっているのだともいわれます。

◆ 寄り道だらけのGP小伝 ◆◆
昨夏、Summer Wineのときにふれましたが、最初にグラム・パーソンズを聴いたのは、1966年の映画『アメリカ上陸作戦』でのことです。でも、このときは右の耳から左の耳、ただの退屈なカントリーソングと思っただけでしたし、そもそも、だれがうたっているのかも知りませんでした。

名前を覚えたのは、フライング・ブリトー・ブラザーズのデビュー盤、The Gilded Palace of Sinでのことです。買ったのは、39年前のちょうどいまごろ、四月の終わりのことで、リリース直後で国内盤はまだ出ていませんでした。場所はシアトルのショッピング・モールにあったレコード店。長くなるので説明は省きますが、学校の旅行の途中、1時間だけ買い物を許され、日本で見たことのないものだけを数枚買いました。広いショッピングモールのなかでレコード店を見つけるだけで時間を食い、かなり熱くなって盤を見ていったことを覚えています。

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The Flying Burrito Brothers "The Gilded Palace of Sin" 衣裳はハリウッドのヌーディーズであつらえたもの。ヌーディーズはエルヴィスのステージ衣裳をつくっていた店。カントリー・スターの多くもこの店で衣裳をつくった。

50ドルの小遣いしか許されなかったこの旅で買った盤は、トラフィックのセカンド(日本ではリリースが遅れた)、バターフィールド・ブルーズ・バンドのIn My Own Dream、イレクトリック・フラッグのセカンド(すでにマイケル・ブルームフィールドが辞めていたことを知らずに買ってしまった!)、そしてSuper Sessionです。

忙しい買い物の最中、隣で盤を漁っていたバンドメイトに、アル・クーパーのI Stand Aloneとプロコール・ハルムの謎の盤(Salty Dog。リリース直後だった)は、買っておけよ、といったことも覚えています。フラッグをのぞけば、友だちに勧めたものも含め、いずれもその後、熱心に聴いた盤で、いかにあの短い時間に気合いをこめて買い物をしたか、われながら感心してしまいます。小学校からの蓄積が一気に爆発した生涯最高のゲーム。

(ちなみに、その日、ワシントン大学も見学しましたが、ラリー・コリエルの学校だ、と思ったこと以外はなにも覚えていません。そして、その夜、シアトルのホテルでラジオをつけたら、ディランのLay Lady Layとメアリー・ホプキンのGoodbyeが、文字通りのヘヴィー・ローテーションで、一時間のあいだに数回かかっていました。日本のラジオではありえないことで、ビックリ仰天でした。そして、曲の合間には、「ジミー・ヘンドリクスがこの週末に故郷に帰ってくる」と何度も叫んでいました。ちょうどいい時にちょうどいい場所にいた、といいたいところですが、翌日には、われわれはシアトルを発つことになっていました。悔しかったかって? いや、それほどでも。だって、あのときは、まもなく死ぬなんて思わないし、いずれ日本にも来ると思っていましたからね。)

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Gram Parsons on stage with Bernie Leadon.

しかしですねえ、ブリトーズのThe Gilded Palace of Sinには、じつは手を焼いたのです。いや、早い話が、こんなものは買うんじゃなかったと、しばらくは後悔したのです。アメリカにいるあいだに、何度か聴いたのですが、なんせカントリーですからね、ほかの盤の選択を見ていただければわかりますが、カントリーには縁遠い子どもだったのです。

ブリトーズを買ったのは、「日本では買えないもの」という基準にしたがっただけなのです。ひっくり返したら、バーズのクリス・ヒルマンの顔があり、彼の新しいバンドなのだろうと見当をつけ(大昔の盤の再発だという心配はいっさいしないでよい時代だった)、イチかバチかで買ってしまったのです。

グラム・パーソンズのことは、このときはなにも知りませんでした。後追いのGP信徒は、そのまえにバーズのSweetheart of The Rodeoがあるじゃないかと思うでしょう。日本ではそうではなかったのです。CBSの配給権が、日本コロムビアから、ソニーに移行する時期にあたり、Sweetheart of Rodeoはこの端境期に引っかかって遅れたのだと思います。どうであれ、わたしが先に聴いたのは、The Gilded Palace of Sinのほうです。

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話が逸れましたが、日本に帰ってからしばらくのあいだ、The Gilded Palace of Sinとの格闘がつづきました。まだあの陽光を覚えていますが、五月晴れの日曜日、陽射しを浴びながら、またThe Gilded Palace of Sinを聴いていて、Hot Burrito #1にさしかかったとき、突然、グラムの声が胸に響きました。GP信徒ならだれもがふれる、あのI'm your toyの発声、あのクラッキング・ヴォイス、かすれ声です。

グラム・パーソンズというのは不思議な歌手です。まず第一にピッチがあまりよくない。つぎに、よく声がかすれる。しかし、このふたつが、シンガーとしての彼の最大の武器なのです。クラックしたときに、きわめて魅力的に響く声をしているというのは、これはもうシンガーにとっては最大の財産です。訓練で獲得できることではなく、生まれたときにもっていなければ、手に入れようがない「才能」です。

ピッチの外し方が魅力的、というのも同じです。たいていの人間は、ピッチを外せば、下手に聞こえるだけなのに、ごく一握りのシンガーだけは、それを魅力とすることができます。これまた、訓練で獲得できるものではなく、もって生まれた「才能」です。凡人はピッチを安定させるのに汲々とするのに対し、GPはピッチを外す才能によって後世に名を残したのです。

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The Byrds at The Grand Ole Opry. (l-r) Kevin Kelley, Gram Parsons, Roger McGuinn and Chris Hilman.

◆ さらなる寄り道 ◆◆
あの五月晴れの神の啓示は、しかし、長くつづきませんでした。ブリトーズのセカンド・アルバムは買わないまま、ただいたずらに時間が流れ、わたしは成人してしまいました。

1973年、海軍基地のPXで買い物をする伝手を得て、バイトで稼いだ金で闇ドル(250円前後のレートだった)を買っては、基地にもぐりこみ、定価2ドル98セント、見切り品1ドル98セントという価格で盤を買いまくりました。これ、理屈のうえでは密輸にあたるので、よい子は真似しないように。わたしも、やったのはあの半年ぐらいのあいだだけ。あんまり派手に買いすぎて、PXのドアの前に自動小銃を携行した憲兵が立って、IDカードの提示を求められるようになってしまったのです。そいつは穏やかじゃありませんよ、旦那、こちらは、ただ安く盤を買おうとしているだけなんでげすから、と一八の口調になっちゃいますぜ、あの小銃てえものは。まあ、短期間に200枚ばかり買って、こちらも資金ショートして、このままいったらバイトぐらいでは追いつかないことになる、と考えていたところだったので、ちょうどよかった、てなものです。

さらなる余分な話。このときの「水先案内人」、「密輸」の片棒をかついだのは、トミーというミズーリーの農夫の五男坊にして(農家の次男坊以下が口減らしに軍隊に入れられるのは日本と同じらしい)、しきりに袖をまくって針痕を見せたがる白人水兵でした。あのころ、いろいろな水兵と話しましたが、ヴェトナム戦争当時の海軍の実情たるや、もう情けなくて情けなくて、あれで勝ったら神様に言い訳できないだろう、てなひどいものでした。

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「海に出たら全員ラリパッパさ」と断言したロックンロール・クレイジーの水兵がいました。「まさか!」といったら、「神に誓って」と胸を張ったんだから呆れます。サンフランシスコ出身のこの水兵は、「ヤングブラッズ? あいつらはボストンだ。われわれのバンドではない」といっていました。あの町の人間の郷土意識は強烈。ついでにいうと、この水兵は、大滝詠一の「おもい」を聴いて、"Oh, the Beach Boys"と軽く片づけていました。LAのビーチボーイズもあまり好きではなかったのでしょう!

三軍の最高司令官殿に進言したいのですが、ドラッグと花柳病の大供給源であるタイの基地こそが、第七艦隊を腑抜けにした元凶ですぜ。ヴェトナム戦争で勝ったのはヴェトナムではなく、タイの売人と娼婦というトロイの木馬。数人の水兵と飲んだだけで、若僧のわたしにも理解できたこんな簡単な理屈が、どうして軍首脳部と反戦活動家に理解されないのか、じつに不思議でなりません。

閑話休題。その大密輸作戦で得た一枚が、グラム・パーソンズの最初のソロ・アルバム、GPでした。お久しや、グラムさん、その後、いかがでござんしたか、でしたね。いや、これがまことにもってけっこうな盤で(GP自身は、このアルバムに不満だったが)、数年のあいだに、じつに大きなシンガーに成長したと感じ入りました。

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文字数制限のため、二回に分割させていだきます。以下$1000 Wedding by Gram Parsons その2につづく。
by songsf4s | 2008-04-28 23:56 | 愚者の船