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2008年 02月 29日 ( 1 )
It Might As Well Be Spring その2 by the Singers Unlimited
タイトル
It Might As Well Be Spring
アーティスト
The Singers Unlimited
ライター
Oscar Hammerstein II, Richard Rodgers
収録アルバム
The Singers Unlimited with Rob McConnell and the Boss Brass
リリース年
1979年
他のヴァージョン
Joanie Sommers, Percy Faith & His Orchestra, Billy Eckstine, Blossom Dearie, Dick Haymes, Margaret Whiting, Doris Day, Johnny Mathis, Joni James, Julie Andrews, Sylvia Telles, Cheryl Bentyne, Django Reinhardt, Louanne Hogan, Anita Gordon, Frank Sinatra, George Shearing, Connie Francis
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本日もゲストライターTonieさんによる「日本の雪の歌」特集に割り込んで、レギュラープログラムをお送りします。Tonieさんからは、内金のように、原稿の一部が送られてきたので、あと少々で特集を再開できるでしょう。

それでは、昨日の前半部分に引きつづき、本日はIt Might As Well Be Springの後半です。

◆ 各種ヴァージョン1「ファンシー」 ◆◆
この曲はスロウまたはミディアム・スロウで、しんみりとうたうのが主流ですが、そういうのは、数が多いこともあり、おおむね退屈なので、あとまわしにし、鶏群の一鶴のように目を引く変わり種のほうから先にみていくことにします。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_2054193.jpgなによりも目立つのはシンガーズ・アンリミティッド盤です。このグループのスタイルをご存知の方なら説明の要がないことですが、声の重ね方そのものが、音響的に気持ちがいいのです。ふつう、コーラス・グループの魅力のひとつは、ヴォイシングにあるのですが(ミルズ・ブラザーズやフォー・フレッシュメンはヴォイシングの新しさを売りものにした)、シンガーズ・アンリミティッドの魅力は、ヴォイシングよりも、その声の「物量攻勢」、アコースティカルな響き、身も蓋もない「音」そのものにあります。

彼らのIt Might As Well Be Springは、テンポは尋常ですが、他のヴァージョンとはまったく異なった響きをもっています。とくに低音部の厚さ(何人分重ねたのかよくわからない)は、ちょっとほかに例のないサウンドです。

それにしても、4人しかいないのに、これだけの声を作るには、すくなくとも5、6回のオーヴァーダブが必要で、じつにもってご苦労様なことです。当然、先にヴォーカル・アレンジをしてから、録音手順を考えたのでしょうが、レコーディング・シートは恐ろしく複雑になったにちがいありません。想像すると頭痛がしてきます。でも、これだけスタジオ・ギミックを駆使すると、ライヴでは世にも貧弱で、まるでお話にならないグループだったのだろうと想像しますが!

歌詞からいったら、この曲には軽快なアレンジのほうが合うのではないかという気がするのですが、そう考えたアーティストまたはベンチはきわめて少なかったようで、例外は2種しか知りません。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_21262861.jpgシルヴィア・テレスの1966年のアルバム、The Face I Loveに収録されたIt Might As Well Be Springは、テレスがブラジルのシンガーなので、当然ながら、ボサ・ノヴァです。そちらの方面では有名な人ですが、ボサ・ノヴァ黎明期から活躍していたという背景よりも、実力というか、雰囲気のあるシンガーで、「女王」と呼ばれるだけのものをもっています。アレンジとしては、複数のフルートによるオブリガートが印象的で、バッキングも好ましいものです。

もうひとつ、マンハッタン・トランスファーのシェリル・ベンティーンのTalk Of The Townに収録されたIt Might As Well Be Springも、ブラジル音楽的アレンジで、こちらはテンポが速く、ボサ・ノヴァというより、サンバ的グルーヴです。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_2127284.jpgマンハッタン・トランスファーというのは、テレビでライヴを見たら、ピッチが不安定で、時代が下るとヴォーカル・グループの技量もずいぶん落ちるものだなあ、と呆れ、以後、スタジオ・ギミックに依存したグループにすぎないと考えています。スタジオ・ギミックに支えられたにせよ、ハイ・ロウズの流れであるシンガーズ・アンリミティッドにはおよぶべきもありません。あとになって、インクスポッツのCandyを聴き、なんだ、昔の曲を知らないこちらの無知につけ込んだだけかよ、と索然たる思いをしました。

そのマンハッタン・トランスファーのメンバーであるベンティーンも、やはりとくにうまいわけでもなければ、声にめざましい魅力があるわけでもなく、このヴァージョンのよさはアレンジのアイディアに尽きます。やっぱり、人がやらない方法を試してみるべきなのです。シルヴィア・テレス盤をスピードアップしただけの二番煎じともいえますが、やはり、他の無数のヴァージョンと並べると、歌のつまらなさより、サウンドの新鮮さのほうが耳に立ちます。

◆ 各種ヴァージョン2「インストゥルメンタル」 ◆◆
わが家にはこの曲のインストゥルメンタルは2種類しかありません。ひとつは、ジャンゴ・ラインハルト盤です。いやもう、すごいのは重々承知していますが、やっぱりすごいなあ、というプレイです。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_21334769.jpgそれっきりで絶句しちゃうのですが、あえて書くと、昔の人らしく、後年とはタイムに対する考え方がちがうというか、クラシックのソリストのように、「自分のタイム」でプレイしていると感じます。ドラム、ベース、ピアノというバッキングがあるので、クラシックのソロ・ピアノのように、完全に「タイム・フリー」にはなりえようもないのですが、小節単位では合わせてくるものの、そのなかでの音符の並び方はジャストにはほど遠いもので、時間が伸び縮みしています。はじめのうち、この人のプレイになじめなかったのは、これが理由だったのだと、いまになってわかりました。

もうひとつのインストゥルメンタル盤は、ジャンゴ・ラインハルトの対極にあるパーシー・フェイス・オーケストラ盤です。ドラムレスで、飛び跳ねたくなるような浮かれ気分のスプリング・フィーヴァーではなく、「春愁」のニュアンスのアレンジです。弦や管のカウンター・メロディー、とくに左チャンネルの、何と何を重ねたのかわからない(フレンチホルンとなにかのような気がする)オブリガートには繊細なタッチが感じられますが、眠いといえば、眠いヴァージョンです。

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2種類では寂しいので、ジョージ・シアリング盤を試聴してみました。まあ、「ああいう人」なので、「ああいうプレイ」です、としかいいようがありませんな。しかも、ドラムもベースもない、ただのピアノ・ソロで、わたしとしては「あちゃあ」でした。毎度申し上げているように、残念ながら、わたしはピアノに対する感性を持ち合わせていないのです。やっぱりインストは「グルーヴ命」。

◆ 各種ヴァージョン3「オーソドクスその1」 ◆◆
この曲はもともと1933年の映画State Fairのために書かれたもので、1933年版のほうは知りませんが、1945年版と1962年版の2種類のリメイクのサントラ盤は聴きました。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_22591026.jpg1945年版にはルーエイン・ホーガンによる2種類のIt Might As Well Be Springが収録されていて、このヴァージョンでアカデミー最優秀主題歌賞を得ています。オリジナルではなく、この時点からスタンダードへの道を歩みはじめたのでしょう。キャストを見ると、ルーエイン・ホーガンの名前はなく、だれか歌が不得手な女優のスタンドインとしてうたったのだと思われますが、ホーガンという人のキャリアはわかりません。スタジオ・シンガーだったのでしょうか。

1945年ヴァージョンの段階で、すでにゆったりしたテンポのアレンジで(いや、そういう時代だったにすぎないのですが。アレンジとコンダクトはアルフレッド・ニューマン)、これが後年のヴァージョンに甚大な影響をあたえたことがわかります。あるいは、1933年ヴァージョンもそういうアレンジだったのかもしれませんが。

同じルーエイン・ホーガンによる短いリプリーズのほうは、歌詞も笑えるし、歌い方もメリハリがあって、好ましい出来です。「You know our air-conditioned patent-leather farm house on the ultra modern scientific farm, we'll live in a stream-lined heaven」とかなんとかうたっているようで、これは映画のプロットと関係しているのでしょう。State Fairというのだから、当然、田舎の話で、農場が舞台になっているのは、見なくても想像がつきます。

タイトルとは無関係になってしまったこの「替え歌」の歌詞では、「流線型の天国」というフレーズが愉快です。「流線型」がブームになったのは1930年代のことなので、1933年ヴァージョンからすでにあった歌詞かもしれません。エアコンも同じ時代の産物で、日本では、1933年暮れに開場した有楽町の日本劇場にエアコンがあった、ということをなにかで読んだ(広瀬正『マイナス・ゼロ』か)記憶があります。パテント・レザー(「人造皮革」なんて訳語がありましたな)がいつ生まれたのかは、残念ながら知りません。

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「流線型」stream lineという言葉は、はじめは空気抵抗が意味をもつ分野、たとえば航空機などの交通手段に使われた。

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とはいえ、この時代の機関車が、空気抵抗に配慮しなければならないほどの速度が出たわけではなく、流行のせいで、こういう形状にしてみただけだという。評判にはなったが、この流線型の覆いは扱いにくく、整備士には不評だったとか。

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流行となれば、本来の意味などどこかに消し飛んでしまうのは昔もいまも変わらない。万年筆の空気抵抗は無視してよいほど微々たるものだが、そんなことはもはや関係なくなってしまった。

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かくして、動かないものも流線型となった。銀座ハリウッド美容室にて。

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やがて、物体ではないものにも流線型は進出し、服部良一が「流線型ジャズ」なんて曲をつくったりもした。そして、渡辺はま子は「とんがらかちゃだめよ」という哲学にまで、流線型の流行を昇華するにいたったのだった。

でも、わたしが記憶している1950年代から60年代にかけても、まだ映画に登場するロケットは流線型だったので、昔は流行の命も長かったということでしょう。宇宙船からゴチャゴチャと構造物が突き出すようになった(というか、宇宙空間では空気抵抗はないので、流線型にしても無意味という科学知識がいきわたった)のは、1969年の『2001年宇宙の旅』以降のことです。同じ年に月面着陸をした現実のアポロ宇宙船も、司令船はともかくとして、着陸船は、当然ながら、流線型にはほど遠い、クモのようなデザインだったことも、影響しているのでしょう。

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閑話休題。フランク・シナトラのIt Might As Well Be Springは、かのSinatra & Stringsに収録されたものです。1961年11月21日の録音で、アレンジとコンダクトはドン・コスタ。なんせシナトラのセッションなので、例によってむちゃくちゃにゴージャスなサウンドで、イントロだけで圧倒されます。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_2310477.jpgしかし、わたしが好きなのは、右チャンネルのアコースティック・リズム(ギブソンなりエピフォンなりのフルアコースティックのジャズギターをアンプラグドしたものだろう。昔の呼び名でいうところの「ピック・ギター」)とブラシとベースが醸し出すサウンドのほうです。ゴードン・ジェンキンズがニルソンのA Touch of Schmilson in the Nightで多用していた音で、どうしてこの音が消えたのか、わたしにはわかりませんが、いつ聴いても好ましいサウンドです。

これだけではあんまりなので、シナトラの歌についてちょっとだけ。spinning daydreamsのあとで、spinning, spinning daydreamsと、つぶやくように繰り返すところが、なんともシナトラ的演出で、こういうところがこの人の魅力なのだと改めて思います。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_2313494.jpgディック・ヘイムズ盤は、ひょっとしたら、シナトラそっくりさん芸人なのか、と思ってしまうほど、シナトラのスタイルを模倣したものになっています。シナトラが貧乏になって、バンドの人数を半減し、二流のアレンジャーを雇ったのかと思っちゃいました(ウソ)。寄席に出る声色芸人なら一流の金を取れるでしょうが、シンガーとしてはいかがなものか、まあ、笑える芸ですけれどね。

◆ 各種ヴァージョン4「オーソドクスその2」 ◆◆
くだらないものに気をとられていないで、聴くに値するもののほうに目を移します。ブロサム・ディアリーは好みの声です。ディアリーのピアノのほかに、レイ・ブラウンのベースとジョー・ジョーンズのドラム(ブラシ)というメンバーですが、この曲についてはそれはどうでもよくて、バックグラウンド・ハーモニーのアレンジとサウンドがけっこうで、なかなかいいヴァージョンです。

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ドリス・デイは、テンポはゆっくりしているものの、あまり「春愁」を感じさせない、元気のよい歌いだしをしているところがけっこうです。そういうキャラクターのシンガーですからね。愁いのあるヴァージョンが多すぎて、ちょっと食傷しちゃうのです。アレンジとコンダクトはフランク・ディヴォール。

コニー・フランシス盤は、いつものコニーです。わたしは、彼女のロックンロール系の曲があまり好きではなく、オーケストラをバックにしたもののほうが好ましく感じるので、彼女のIt Might As Well Be Springは、「好きなほうのコニー」です。大の苦手であるカンツォーネ唱法も出てきませんし。もっとも、ポップ系の曲でよくやっていた、半分笑っているような歌い方は出てきます。こちらはカンツォーネとちがって、つねに魅力的です。

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ジュリー・アンドルーズという人は、妙にお行儀のいい歌い方をするところに難があるのですが(『メアリー・ポピンズ』や『サウンド・オヴ・ミュージック』では、その堅苦しいところが役柄に合っていた)、はじめからそうだったことが、It Might As Well Be Springを聴くとよくわかります。でも、そういう人なのだということを受け入れて聴けば、これはこれでけっこうだと思います。子どものころに彼女の歌に馴染んだ人間としては、小中学校時代を思いだすような教師的雰囲気も、それはそれで懐かしく感じます。

ジョニー・ジェイムズは声はやさしいものの、ドリス・デイ同様、やや元気のよい歌い方で、これはこれでけっこう。ピアノが暴れすぎで、ちょっと疳に障りますが。

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マーガレット・ホワイティング盤は1945年録音で、今回並べたヴァージョンのなかではかなり古いほうですが、あまり愁いを感じさせないヴァージョンで、好みです。だれだかわかりませんが、ストリング・アレンジメントもけっこう。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_23245635.jpgジェリー・サザーン盤は、Coffee, Cigarettes & Memoriesというタイトルと、アルバム・ジャケットに端的にムードが表現されていて、「大人向け」の渋い仕上げです。わたしの好みからいうと、ちょっと渋すぎるというか、お婆さん声率30パーセントぐらいのところが困りますが、まあ、これが「コーヒーとタバコで嗄らしてみました」という趣向なのでしょう。悪いものではありませんが、好きかといわれると、ちょっと……。でも、ホルンをうまく使ったサウンドのほうは好みです。アレンジとコンダクトはレニー・ヘイトン。寡聞にしてこのアレンジャーのことは知りませんでしたが、今後、この人の仕事には注意してみます。

It Might As Well Be Spring  その2 by the Singers Unlimited_f0147840_23251763.jpgあとはなんだっけ、というので、プレイヤーの表示をよく見直したところ、ビリー・エクスタイン盤が抜けていました。これはまったく好みではないので、忘れてままにしておいたほうがよかったような気がします。エクスタインに同情的にいえば、It Might As Well Be Springは女性シンガー向きの曲なのだと思います。

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久しぶりに各種ヴァージョン大行進をやったら、クリスマス・ソングのころにくらべると、ひどくなまくらになっていて、甘い評価だったなあ、と反省しています。

どのヴァージョンがどうこうという以前に、古代の曲に頼らざるをえない世界というのは、一歩離れてみると、ひどく畸形なものに思えました。アクチュアリティーを失えば、生命力を失うのも当然で、現在のジャズ・ヴォーカルの堕落ぶりは、すでに半世紀前にはじまっていたことの必然の帰結にすぎないのでしょう。

いずくを見てもしずの山賊(「やまがつ」と読んでね)、いまどきの音楽の世界は、新しい地平を切り開こうという意欲がなく、ただ漫然と縮小再生産をやっているだけで、どれもこれも「ここはいつか来た道」ばかり。まあ、20世紀の中盤までに、容易に考えられるパターンは出尽くしてしまったということかもしれません。乱歩流にいえば、「ひとりの馬生」、いやちがった、「ひとりの芭蕉」の出現を待つ、というところでしょうか。わたしの耳が聞こえるうちにあらわれてくれるといいのですがね。
by songsf4s | 2008-02-29 23:48 | 春の歌