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2008年 02月 02日 ( 1 )
American Pie by Don McLean その2
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
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バディー・ホリーのことを取り上げたとたん、体調が悪くなって、こりゃ祟りか、なんて思いました。しかし、お岩さんの祟りなら四谷にお詣りすれば回避できることになっていますが、バディー・ホリーの祟りは、どこへいって仁義を切ればいいのかわかりません。まあ、あまりにもヘヴィーな歌詞に、こちらの体力が追いつかなくなっただけでしょう。まだ元気いっぱいではありませんが、幸い、熱はないので、匍匐前進でつぎのヴァースを読むことにします。

いうまでもないことを、いまさらのようにいいますが、歌の解釈は人それぞれです。つまるところ、われわれは自分が聴きたいことを聴き取るだけなのです。

American Pieは、1950年代から60年代いっぱいの音楽の変化と同時に、アメリカ現代史をうたっています。わたしには、あの時代を生きた、アメリカ音楽が大好きな日本の子どもとしての記憶と知識しかないので、解釈はもっぱら音楽史に偏りがちです。公民権運動をめぐる出来事や、学生運動をはじめとする、社会史に属することへの知識は一握りしかありませんし、実感にいたってはまったくありません。ワッツ暴動やシカゴ7にもふれているのだ、としている記事をウェブで読みましたが、そのへんはわからないので、下手にふれるのは避けました。そのあたりをお含みおきください。

◆ ディランと転がる石 ◆◆
コーラスをはさんでつぎのヴァースに入ります。

Now for ten years we've been on our own
And moss grows fat on a rollin' stone
But that's not how it used to be
When the jester sang for the king and queen
In a coat he borrowed from James Dean
And a voice that came from you and me

「この十年のあいだずっと、ぼくらはだれにも頼れなかった、そして、転がる石に苔が厚くむしていった、でも、ジェイムズ・ディーンに借りた上着を着て、きみやぼくの声で、道化師がキングとクウィーンのためにうたった時代には、そんなことは起こらなかったものだ」

この十年のというのは、当然、1959年からの十年間、バディー・ホリーが不在だった時期のことです。転がる石からストーンズを連想する方もいるでしょうが、直後にジェイムズ・ディーンが出てくることから、Like a Rolling Stoneをうたったボブ・ディランのこととわかります。

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「転がる石に厚く苔がむす」というのは、「転石苔むさず」ということわざの逆なので、ありえないことが起きたといっていると解釈できます。ありえないこと、というのは、フォーク・シンガーがロックンロールをうたうことでしょうか?

f0147840_033292.jpgしかし、「道化師」すなわちディランが王と王女のためにうたったころには、そんなことはなかった、というのだから、「ロック転向」以前のディランのことと解釈可能です。王と王女とはだれにことかわかりませんが、ウェブでは、ピート・シーガーとジョーン・バエズのことだといっているところがありました。わたしは、キングといえば、当然、エルヴィスを思い浮かべますが、ドン・マクリーンはフォーキーだったのだから、やはりここはピート・シーガーと解釈するほうが据わりがいいようです。レコード・デビュー以前、マクリーンはシーガーの世話になっています。

◆ 王と道化師 ◆◆

Oh, and while the king was looking down
The jester stole his thorny crown
The courtroom was adjourned
No verdict was returned
And while Lennon read a book of Marx
The quartet practiced in the park
And we sang dirges in the dark
The day the music died

「王が見下ろしているあいだに、道化師は茨の冠を盗んだ、法廷は審理を延期し、陪審員はだれももどらなかった、レノンがマルクスを読んでいたあいだ、カルテットは公園で練習し、ぼくらは暗闇で葬送歌をうたった、音楽が死んだあの日に」

道化師が茨の冠(当然、キリストへの言及)を盗んだというのは、ディランが王座を奪ったと解釈できますが、王はだれかという問題はやはり残ります。ピート・シーガーが「見下ろして」いたのなら、フォーク・ミュージックのオーセンティシティーへのこだわりのことでしょうか。王がエルヴィスであっても、似たようなことかもしれません。60年代のエルヴィスはステージに立たず、映画でしか顔を見せませんでした。

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ピート・シーガー(上)と若き日のディラン

あのころ、ディランやシーガーやエルヴィスをめぐって大きな裁判があったという話は読んだことがありません。ウェブでは、ジョン・F・ケネディー暗殺犯とされたオズワルドの審判が、オズワルド自身も殺されたためにうやむやになったことだ、といっているところがあります。音楽の外に目を向ければ、たしかにあれは、60年代前半でもっとも注目を浴びた法廷だったでしょう。シカゴ7のことだという意見については、わたしには判断する知識がありません。

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法廷から出るリー・ハーヴィー・オズワルド(中央)と銃を突きつける男

And while Lennon read a book of Marxのところを、Lenin read a book of Marxと聴き取っているところがあったので、ビックリしてしつこく聴き直してみました。音としてはレーニンである可能性もなしとはしませんが、ここにレーニンが出てくる意味がわからないので(60年代アメリカ史の登場人物ではない)、やはりLennonということにしておきます。

しかし、ジョン・レノンが左翼化するのは60年代終わりのことなので、ここに「マルクスを読んでいた」と出てくるのは、それはそれでちょっと違和感があります。初期のビートルズに左翼的なところは皆無なので、カール・マルクスではなく、グラウチョ・マークスのことだとでも解釈しないかぎり、64、5年の話だとすることはできません。64年2月にビートルズがはじめてアメリカの土を踏んだとき、いまでも映像を見ることができる爆笑の記者会見の結果、彼らは「マルクス兄弟の再来」と呼ばれました。ジョン・レノンは当然ながら、史上最高の皮肉屋グラウチョ・マークスに擬されるでしょう。

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カール(左)とグラウチョ。ジョンはどっちのマルクスを読んだ?

「カルテット」はビートルズ、「公園」とは、ビートルズがツアーに使った全米各地のball parkすなわち球場のことでしょうか。シェイ・スタジアムやキャンドルスティック・パークでの写真や映像をご覧になったことがあるでしょう。後者はビートルズの最後の公演地として有名です。

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暗闇で葬送歌をうたった、というのは、バディー・ホリーほど心を捉えるパフォーマーには出会わなかったことをいっているのでしょう。もちろん、ケネディー暗殺に対する思いも重ねていると思われます。

◆ さまざまな夏 ◆◆
またコーラスを繰り返して、つぎのヴァースへ。

Helter skelter in a summer swelter
The birds flew off with a fallout shelter
Eight miles high and falling fast
It landed foul on the grass
The players tried for a forward pass
With the jester on the sidelines in a cast

「炎暑の夏の大混乱、鳥たちは核シェルターとともに飛び去った、8マイルの高さまで達し、急速に落下している、それは草地に激突し、プレイヤーたちはフォーワード・パスを試みた、サイドラインの道化師も巻き込んで」

f0147840_0325241.jpgビートルズにHelter Skelterという曲があるということはよろしいでしょう。ベヴァリー・ヒルズのロマン・ポランスキー邸を襲い、シャロン・テイトたちを惨殺したチャーリー・マンソンは、のちに、この曲に啓示を受けたと主張したことも、常識の部類でしょう。まあ、少なくとも、われわれリアル・タイム世代には。オウム真理教の事件があったとき、マンソンとテイト=ラビアンカ事件を思いだした方もたくさんいらっしゃることと思います。

f0147840_0355455.jpg「鳥たち」は、直後に「8マイルの高さ」が出てくることから、Eight Miles Highというドラッグ・ソングと目される歌をつくった、バーズを指していることがわかります。

夏の大混乱が指すものはなにか。ここでいう「夏」は、「サマー・オヴ・ラヴ」すなわち1967年の夏と思われます。この年の夏に開かれた「モンタレー・インターナショナル・ポップ・フェスティヴァル」にバーズは出演しています。あの夏はまさしく「大混乱」のときでした(ワッツ暴動があった1964年夏のことを指しているとする記事を読みましたが、わたしにはそのへんのことはわかりません)。

しかし、マンソンへの言及を考えると、同時に1969年の夏のこともいっているように思われます。マンソンがロマン・ポランスキー邸を襲ったのが69年8月8日、その直後の8月16日にウッドストック・コンサートがはじまります。こちらの夏も「大混乱」でした。

「核シェルター」とはなにか。とりあえず思いつくのは、「フォーク・ロック」というジャンルです。フォーク・ロックの定義は差し控えますが、一般的に「フォーク・ロック・ブーム」といわれるものは、きわめて短命でした。日本のような地の果てにいると、なんだか、はじまったときにはもう終わっていた、ぐらいの印象です。「急速に落下している」から、わたしはそのことを思い浮かべます。

Itという代名詞が指すものは、核シェルター、すなわちフォーク・ロックと考えられます。「草地」から、だれでも「グラス」「葉っぱ」を連想するでしょう。フォーク・ロックはドラッグ文化のなかで雲散霧消した、という解釈はいかが?

ウェブで読んだ解釈で面白いと思ったものがあります。自然芝の球場の場合(60年代には人工芝の球場はほとんどなかったはず)、ファウル・エリアの大部分は土で、芝が敷いてあるのは、フェア・グラウンドに接したごくわずかな部分である、そこに落ちたということは、「もうちょっとでヒットだった」という意味だ、というのです。うがちすぎのたぐいですが、おもしろいうがちではあります。

f0147840_0473669.jpg「フォーワード・パス」は、地に墜ちたフォーク・ロック、ないしはフォーク・ミュージックをなんとか前進させようということでしょうか(ラン・プレイとパス・プレイのちがいは、後者は一発逆転のロング・パスがあること、というのもフットボール・ファンなら連想するでしょう)。このへんにはまったく自信なし。細かい話ではなく、音楽そのものを前進させる、でしょうかね。playerの解釈も微妙です。しばしば、「経営ゲーム」の参加者をプレイヤーと呼ぶわけで、会社側の目論見を皮肉っている可能性もあると思います。

f0147840_0562219.jpgサイドラインにいる、ということは、ゲームには参加していないことになります。道化師すなわちディランは、「プレイ」の枠外に自分をおいたということでしょうか。Blonde on Blondeのあと、バイク事故の結果、しばらく人前にすがたを見せず(このとき、のちにBasement Tapesとして世に出たものが録音された)、復帰後のJohn Wesley Hardingから、Nashville Skyline、Self Portraitにいたる時期の、非アンガジェマン的、マニエリスム的中道主義(当時はもっとひどいことをいわれましたねえ。「退嬰的」「反動的」あたりが、フォーク・ピュアリストの平均的意見じゃないでしょうか。いえ、わたしはこの時期のディランがもっとも楽しいと思っています)を指しているかもしれません。

◆ 音楽が死んだ日に明らかになった真実 ◆◆

Now the half-time air was sweet perfume
While the sergeants played a marching tune
We all got up to dance
Oh, but we never got the chance
'Cause the players tried to take the field
The marching band refused to yield
Do you recall what was revealed
The day the music died?

「ハーフタイムの空気は甘い香りがした、軍曹がマーチを演奏しているあいだ、ぼくらはみな立ち上がって踊った、でも、ぼくらにはチャンスなんかなかったのだ、プレイヤーたちが戦闘を開始しようとし、マーチング・バンドは服従を拒んだからだ、音楽が死んだ日になにが白日の下にさらされたか覚えているかい?」

「ハーフタイム」とは「サマー・オヴ・ラヴ」、1967年夏のことでしょう。「甘い香り」はあの「われわれの意思によって世界は変えられる」という楽天主義と同時に、グラスの匂いをいっているのかもしれません。軍曹はもちろん、Sgt. Pepperすなわちペパー軍曹、マーチング・バンドはビートルズでしょう。

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ここの「プレイヤー」は、エスタブリッシュメントのことを指しているように感じます。保守主義者がtake the fieldすなわち戦闘を開始しようとしたため、楽天主義は打ち砕かれた(「チャンスはなかった」)という歴史認識をいっているのではないでしょうか。個人的には、あれは自壊現象だったと考えていますが。

音楽が死んだ日に明らかになったこと、というのはわたしにはわかりません。しいて想像すると、所詮、ポップ・ミュージックはビジネスである、ビジネスの冷徹な現実の前では、音楽それ自体は無力だ、といったあたりでしょうか。

ちょっと息切れがしてきましたし、こういうエニグマティックな歌詞を解釈しても、たんに「解釈のヴァージョン」を増やすだけにすぎず、なにかいったことにはならない、というペシミズムに取り憑かれそうになります。ドン・マクリーンが解説を拒んでいる(詩人としては当然でしょう)ことだけを頼りに、なんとかあと一回がんばってみるつもりです。
by songsf4s | 2008-02-02 23:55 | 冬の歌