人気ブログランキング |
2008年 01月 31日 ( 1 )
American Pie by Don McLean その1
タイトル
American Pie
アーティスト
Don McLean
ライター
Don McLean
収録アルバム
American Pie
リリース年
1971年
f0147840_23301033.jpg

きたる2月3日は、バディー・ホリー、リッチー・ヴァレンズ、ビッグ・バッパーの命日です。偶然、重なったわけではありません。音楽史上、有名な事件ですが、なにしろ半世紀近い昔のことなので、本題に入る前に、まずはこの出来事のおさらいをしておきます。といっても、半世紀前には、わたしはまだ小学校にもあがっていないので、以下はたんなる「見てきたような」講釈にすぎません。

f0147840_23375345.jpg1959年1月23日から2月にかけておこなわれた、バディー・ホリーをヘッドライナーとし、ミネソタ、ウィスコンシン、アイオワ、オハイオ、イリノイなどの中西部諸州をめぐるパッケージ・ツアー「Winter Dance Party」は、バスによる即日移動が多く、しかもバスにはヒーターがなかったため、凍傷をわずらうプレイヤーまで出る難儀なものでした。2月2日夜のアイオワ州クリア・レイクのショウがはねたあと、ホリーらは、寒いバスでの移動を嫌って、軽飛行機をチャーターすることにしました。

当初はホリーのほかに、彼のバンドのギタリスト、トミー・オールサップ(後年、ヴェンチャーズのPlay Country Classicsでリードを弾く)と、ベーシストのウェイロン・ジェニングス(もちろん、後年のカントリー・スター)が同行する予定でしたが、話を聞いたビッグ・バッパーは、ウェイロン・ジェニングスからこころよく席を譲り受けました。リッチー・ヴァレンズも飛行機に乗りたがりましたが、オールサップのほうは席を譲るのをしぶり、結局、コイン投げでヴァレンズが勝ったと伝えられています。

3人が空港に着いたとき、飛行機会社には若いパイロットしかいませんでした。このパイロットは夜間飛行の資格がなく、ビーチクラフト・ボナンザの計器には不慣れでしたが、社長は留守で、無謀なフライトを制止することができませんでした。若いパイロットは、突然、ロックンロール・スターたちがそろってあらわれたことに興奮し、自制することができなかったのではないでしょうか。

f0147840_23414160.jpgどうであれ、2月3日午前1時前、吹雪のなか、空港を飛び立ったビーチクラフト・ボナンザは、数時間後、5マイルほど離れたトウモロコシ畑に墜落しているのを発見されました。パイロットと3人の乗客全員が死亡していました。

本日の曲は、その1959年2月3日を「音楽が死んだ日」とうたった、ドン・マクリーンによる「墓碑銘」にして、1972年はじめのチャート・トッパーです。シングルでは、パート1とパート2に分け、AB両面を使ったほど長い曲ですし、なにを指し示しているのかよくわからないところがあるので、一回では終わらず、少なくとも2回、ひょっとしたら3回にわたることになるでしょう。

◆ 魂の凍る二月 ◆◆
では、長い前付けのヴァースの冒頭部分。

A long, long time ago
I can still remember
How that music used to make me smile
And I knew if I had my chance
That I could make those people dance
And maybe, they'd be happy for a while

「はるか昔のこと、音楽を聴いてどれほど楽しい気分になったか、いまでもよく覚えている、そしてぼくも、みんなを踊らせ、できるなら、しばらくのあいだ幸せな気分にすることができたらいいのにと思ったものだ」

「はるか昔」とは、もちろん1950年代後半、とくにバディー・ホリーが活躍した1957年から59年はじめまでのことを指しています。

But February made me shiver
With every paper I'd deliver
Bad news on the doorstep
I couldn't take one more step

「でも、二月にはふるえあがった、ぼくが届ける新聞の一部一部が、ドア・ステップに悪い知らせを届けることになってしまった、足がすくむような思いだった」

調べてみると、ドン・マクリーンは一時期、じっさいに新聞配達をしていたそうです。前付けヴァースはさらにつづきます。

I can't remember if I cried
When I read about his widowed bride
But something touched me deep inside
The day the music died

「未亡人になった彼の花嫁のことを読んだとき、ぼくが泣いたかどうかは覚えていない、でも、あの音楽が死んだ日は、ぼくの心の深くに痕を残した」

事故のとき、バディー・ホリーはすでに結婚していて、夫人のマリーア・エレーナのお腹には彼の子どもがいました。事故の直後かどうかはわかりませんが、彼女は流産したそうで、「彼の花嫁のこと」というのは、それを指しているように思えます。widowed bride、すなわち「未亡人になった花嫁」といっているのは、まだ結婚してまもなかったからでしょう。

f0147840_2349936.jpg

◆ 今日こそ俺の死ぬ日 ◆◆
以下の一節は前付け部分の最後に出てきますが、その後、何度も繰り返されるコーラスです。

So bye-bye Miss American Pie
Drove my chevy to the levee
But the levee was dry
And them good old boys were drinkin' whiskey and rye
Singin', "This'll be the day that I die
This'll be the day that I die."

「バイバイ、ミス・アメリカン・パイ、シェヴィーに乗って堤防に行ったけれど、堤防は乾いていた、昔なじみ連中はスコッチとライを飲んで、『今日こそ俺が死ぬ日だ、今日こそ俺が死ぬ日だ』とうたっていた」

この意味不明のコーラスが何度も繰り返されるのだから、わからないといって通りすぎるわけにはいかず、困ったものです。まずいっておくべきことは、意味以前に、音韻がよく整っていて、口ずさみたくなるラインになっていることです。それがこの曲のヒットにおおいにあずかったことはまちがいありません。

f0147840_23445222.jpgここで別れを告げる対象があるとしたら、バディー・ホリー、彼の音楽、あるいはマクリーンの主観にしたがえば、大文字の「音楽そのもの」ぐらいで、「ミス・アメリカン・パイ」とは、とりあえず「音楽」だと解釈できます。

わからないのは、なぜ「ミス」なのか、です。たとえば、ここで「バイバイ、ミスター・アメリカン・ミュージック」とうたっては、むくつけで、詩にならないことは明らかだから、言い換えが必要です。そこまではいいのですが、なぜ「パイ」で、しかも、なぜ女性にしたのか? 「アップル・パイ」がアメリカを象徴するものだというのはご存知のことでしょう。わたしは、「アメリカン・パイ」から、そのことを連想します。パイは女性のつくるもので、家庭と結びついている、ということはいえるでしょう。

詩とかぎらず、どんな創作の分野でも、シンボルを使う場合、単純な構造をとるとはかぎりません。しばしば、二重三重のシンボリズムになります。われわれの頭の構造がそうなっているからです。きわめて単純な例をあげれば、「桜の花びら」といったとき、われわれは、その美しさだけでなく、生の盛りと、さらには死を、そして再生を連想します(さらにいうと、「桜田門」すなわち警視庁をシンボライズする場合すらある。赤瀬川原平『櫻画報』を想起されよ)。桜をシンボルとして利用する場合、そうした複数の連想の糸を前提とすることになります。

ミス・アメリカン・パイは、バディー・ホリーであり、アメリカ音楽であり、アメリカという国そのものであり、マクリーンの少年時代であり、要するに、あらゆるものを包含しているのではないでしょうか。バディー・ホリーの死とともに、マクリーンの心のなかでも、なにかへの訣別があったことをうたっているのでしょう。

f0147840_0294895.jpgつぎは「堤防」ですが、これはさっぱりわかりません。土手か船着き場のあたりに、マクリーンの仲間の溜まり場があって、そのことをうたっているのかな、などと当てずっぽうしか出てきません。dryもなんのことやら。堤防は川ではないのだから、乾いていてあたりまえです。それとも、ひと気のないことをいっているのでしょうか。

The Billboard Book of Number One Hitsによると、1968年、マクリーンはニューヨーク州芸術審議会によって、「ハドソン川の吟遊詩人」に任命され、6週間にわたって、週に5日ステージに立ち、ハドソン川の全流域をまわったそうです。彼のAmerican Pieまでのキャリアに登場する「堤防」「土手」は、このハドソン川ぐらいです。

また、マクリーンの生まれ育ったニューヨーク州ロシェールの近くに、レヴィーという町があるそうです。leveeが土手ではなく、固有名詞である可能性も考慮する必要があるかもしれません。もっとも、こういうあれこれがわかっても、歌詞の解釈にはつながらないのですが。

Them good ol' boysのthemは、thoseと置き換えてかまわないので、「あの連中」ぐらいの意味ですが、これまただれのことやらわかりません。マクリーンの友人たちをいっているのなら、みな酒を飲んで「今日こそ俺が死ぬ日だ」と、バディー・ホリーの替え歌をがなっていた、というあたりでしょうか。

f0147840_0424586.jpg

バディー・ホリーは、thisではなく、That'll be the day when I dieとうたっています。ビートルズ最古の録音が、ジョンがリードをとるThat'll Be the Dayなのはご承知のとおり。

Oldが、「馴染み」ではなく、そのまま年齢のことをいっているという解釈もあるでしょうが、年寄りにバディー・ホリーの代表作を歌わせる意味がわかりません。

◆ ピンクのカーネーションとピックアップ・トラック ◆◆
やっとドラムとベースも入ってきて、最初のヴァースへ。

Did you write the book of love
And do you have faith in God above
If the Bible tells you so
Do you believe in rock'n'roll
Can music save your mortal soul
And can you teach me how to dance real slow?

「きみは愛の本を書いたか? 聖書がそうしろと教えるのなら、天にまします神を信じるか? ロックンロールを信じているか? 音楽はきみの限りある魂を救ってくれるだろうか? きみはものすごくスロウに踊る方法をぼくに教えてくれるか?」

f0147840_052693.jpgそろそろ五里霧中領域に突入です。なにか思いつくことがあるとしたら、1958年にモノトーンズがBook of Loveという曲を大ヒットさせているということくらいです。このタイトルは「愛の聖書」とでもいう意味で(the good bookまたはthe bookといえば聖書を指す)、歌詞はsomeone up aboveとして神に言及しています。で、このラインの意味はなんだ、といわれると、グッと詰まってしまうんですけれどね。

f0147840_0551619.jpgラヴィン・スプーンフルのDo You Believe in Magicを連想される方もいらっしゃるでしょう。ジョン・セバスチャンもDo you believe in Rock'n'Roll?とうたっています。関係があるのかもしれないし、ないのかもしれないし、わたしには判断がつけられません。

ほかのラインについてはなにも思いつきません。とりわけto dance real slowが引っかかります。スロウなダンスというと、チークを思い浮かべますが、そういうintimateな体験のことをいっているのかなあ、ぐらいしか思いつきません。

Well, I know that you're in love with him
'Cause I saw you dancin' in the gym
You both kicked off your shoes
And I dig those rhythm and blues

「きみが彼に恋していたのは知っているさ、体育館で二人で踊っているのを見たからね、きみたちは靴を脱ぎ捨てていた、ぼくはあのリズム&ブルーズに乗ってしまった」

Youという代名詞がここで入れ替わったのか、それとも、はじめから特定の女の子を指し示していたのか、そこがよくわかりませんが、ここでは明らかに女の子に向かってyouといっています。片想いなのか、付き合っていた女の子に裏切られたのか、そのへんは微妙です。

f0147840_14080.jpg靴を脱ぎ捨てて、というのは、sock hopすなわち「《俗》 ソックホップ 《特に 1950 年代に高校生のあいだで流行した, ソックスで踊るくだけたダンスパーティー》」のことと思われますが、情熱的なダンスであることへの言及でもあるのでは、と感じます。

そして、そういう場面を目撃しながら、流れていた曲が気に入ってしまったというところは、悲しみの表現としてすぐれていると感じるだけでなく、ああ、俺と同じ魂がここにいる、と涙が出そうになります。音楽は地上の人事を超えるのです。

なぜバディー・ホリーの不慮の死を語っていた歌が、ドン・マクリーンの十代の叶わなかった恋の歌になるのだ、とお思いかもしれませんが、わたしには、これはごく自然なことに思えます。十代のときを思い起こすと、音楽は人生であり、人生は音楽であり、どんなときも音楽とともにありました。バディー・ホリーの音楽は、マクリーンにとって人生そのものだったのでしょう。また、ある重大な出来事があった日の人間模様を描くのは、フィクションでは常套的手法でもあります。

I was a lonely teenage broncin' buck
With a pink carnation and a pickup truck
But I knew I was out of luck
The day the music died

「ぼくはピンクのカーネーションをもってピックアップ・トラックに乗った、相手のいない、跳ねまわっているだけの十代の若造だった、でも、ぼくはただ運に見放されただけだとわかっていた、あの音楽が死んだ日には」

f0147840_163636.jpgなんだかわからないことだらけですが、直感的に、これは性的なラインだと感じます。男なら、ピックアップ・トラックがいっぱいになるほどの欲望を抱えた「十代の苦悩」はみな経験することです。ピンクのカーネーションの花言葉は「結婚」だそうです。ちなみに、色を限定しないカーネーションの花言葉は「哀しいわが心」(ここでクレイジー・キャッツの歌を連想すると、あらぬほうにイメージが崩れてしまうので、ご注意!)、赤ならば「純愛」、赤白まだらなら「拒絶」だそうです。

カーネーションのシンボリズムはまだまだありますが、それよりも、ピックアップ・トラックとカーネーションという組み合わせに、わたしは大人の洗練とは対極にあるものを感じます。また、音楽について語ったメタ・ソングなので、ピンク・カーネーションが出てくる歌として、マーティー・ロビンズのWhite Sport Coat and a Pink Carnationという1957年の大ヒット曲があることも、念頭に置くべきかもしれません。

まだやっと序盤、先は長いので、気長にやることにして、本日はこのへんで切り上げさせていただきます。いよいよ同時代叙事詩に入るセカンド・ヴァースは明日以降に。
by songsf4s | 2008-01-31 23:30 | 冬の歌