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2008年 01月 29日 ( 1 )
It's Now Winter's Day by Tommy Roe
タイトル
It's Now Winter's Day
アーティスト
Tommy Roe
ライター
Tommy Roe
収録アルバム
Greatest Hits
リリース年
1966年
f0147840_23424579.jpg

なにしろ、ドン・マクリーンの「あの曲」をやるとなると、グレイトフル・デッドの曲以上に長い準備期間が必要で、このところ、その時間の捻出に四苦八苦しています。2月3日はもうすぐそこまできているのに、まだ1行も読めていないのだから、絶望的な状態です。

今日も時間稼ぎの簡単な曲はないかとあれこれやっているうちに、未完成の原稿が積み重なっただけでした。トミー・ローなら、せいぜいハル・ブレインが叩いたぐらいで、ほかに面倒ごとなんかないだろうと思ったのですが、ちょっと調べたら、またカート・ベッチャーだなんて「トラブル」が飛び込んできました。

今日はゴチャゴチャいっている時間がないので、簡単に片づけますが、カート・ベッチャーという人に、わたしは興味をもったことがありません。したがって、このあと、彼についてなにか持論を展開するなどということはないので、そういう興味でいらっしゃった方(つまり、このささやかなヒット曲のことを、トミー・ローの曲というより、「カート・ベッチャーの曲」と認識して当ブログを訪れた方)は、ここでこのページを閉じていただいたほうがいいと思います。あくまでも、歴史的重要性が皆無で、長ったらしい話にならない「楽な冬の曲」として取り上げただけです。

◆ 氷点下23度のフリーズ・ワールド ◆◆
それでは冒頭、独立した前付けの独唱部なのか、はたまたコーラスを先に出しただけなのか、よくわからない部分。構成のあいまいな曲なのです。

Everyone is warm inside their houses in the snow
The mercury is dropping down to minus ten below
Outside it's chilling, but inside it's thrilling
With fireplaces burning and records that keep turning

「雪の降るなか、だれもが家に閉じこもって暖かくしている、水銀柱は華氏マイナス10度になろうとしている、外の空気は刺すように冷たいけれど、部屋のなかでは、暖炉の火が燃え、レコードの音楽が流れつづけて、すごく楽しい」

f0147840_0105779.jpg華氏←→摂氏換算式というのをスプレッドシートに入れてあって、ここにマイナス10と入れたら、摂氏マイナス23.3333333度と出ました。これが合っているなら、むちゃくちゃな寒さで、伊豆の某所にあったアトラクション「フリーズ・ワールド」並みです。たしか、記憶では、あそこはマイナス20度の寒さを体感する、といっていたと思います。入口で防寒具を渡され、ヘラヘラ笑いながら入りましたが、最後は小走りになって飛び出しました。南関東に生まれ育った人間には、まず1秒と立ち止まっていられない寒さです。

暑いほうの極端としては、昨夏、ボビー・ゴールズボロのSummer (The First Time)を取り上げました。あの曲は摂氏43度という、風呂だったら熱くて入れない人もいるという気温でした。今日のIt's Now Winter's Dayは、たぶん、わが家にあるもっとも寒い曲です。2曲のあいだの温度差はじつに66度! わたしが住む南関東の年間気温差は35度あたりにすぎず、こうして数字にしてみると、愕然とします。

室内はthrillingだといっていますが、暖炉が暖かくて、音楽が流れているくらいのことで、興奮する人間はいないので、もちろん、理由はほかにあることが暗示されています。

つぎはたぶん、ファースト・ヴァースにあたるであろうパート。

Gone is the green grass, the trees have turned brown
The sky has gone gray, it's now winter's day
The parks they are empty, no squeaks from the swings
No kids are at play, it's now winter's day

「青々とした芝生は消え失せ、木々は枯葉色、空はどんより、もう冬になった、公園には人影もなく、ブランコがきしむ音もしないし、子どもも遊んでいない、もう真冬なのだ」

f0147840_0132050.jpgときおり、季節感というか、その表現について、彼我の落差を強く感じることがあります。真冬に枯葉が残っているか? 残っている場合もあるでしょうが、それを冬の表現に利用することは、日本の文化にはないだろうと思います。茶色くなった葉を季節表現に利用するとしたら、晩秋のことでしょう。「冬木立」を広辞苑で引くと、「冬枯れの木立。葉を落とし、さむざむとした木立」と出ています。冬には緑色の常緑樹と葉を落とした裸の木があるだけ、というのが平均的な日本人の感覚でしょう。

◆ 冬が「暖かい」のにはわけがある ◆◆
コーラスなのか、ブリッジなのかはっきりしないパート。多少のチェンジアップ効果はあるので、たぶん、ブリッジなのでしょう。

And here we are snuggled warm in each others arms
Listening to silent sound as the snow packs the ground
Perfumed hair that I smell, essence that I like so well

「そしてぼくたちは、ここでお互いの腕のなかで暖かくし、雪が降り積もっていく音のない音に耳を澄ませている、香水をつけた髪の匂い、ボクの大好きなエッセンス」

冬が楽しいという歌は、まず例外なしにこのパターンです。60年代中盤まで、すなわちサイケデリック以前のポップ・ミュージックというのは、クリシェの世界なので、パターンを踏み外した曲というのはめったにありません。

つぎはセカンド・ヴァース、だろうと思うのですが!

You are my winter, the days and the nights
In our hideaway, it's now winter's day
Our love will grow stronger, a minute has chilled
Inside we will play, it's now winter's day

「きみはぼくの冬の日、そして冬の夜、隠れ場所のなかで真冬の日、ここでぼくらは愛は強まり、時は凍りついた、部屋のなかでぼくらは楽しく過ごす、もう真冬なのだ」

a minute has chilledがなんだかよくわかりません。直前が未来形、ここが現在完了形というのが引っかかります。たんに作詞家がヘボ、といって悪ければ、どうせだれも気にしないセカンド・ヴァースだというので、苦吟を回避しただけでしょうけれど。

あとは冒頭の前付けヴァースのようなものを繰り返してフェイドアウトします。

◆ 匿名的サウンド ◆◆
トミー・ローというと、わたしの記憶にあるのは、Dizzyだけです。あの曲は明らかに「ハル・ブレインのゲーム」で、印象に残っているのは、ドラムを中心としたイントロの構成の仕方です。シングル盤ではイントロがいかに重要かを示す恰好の例です。あとは、ストリング・アレンジメントがちょっと変わっていること(アレンジャーはジミー・ハスケル)、転調をうまく使ったことが、チャート・トッパーになった理由でしょう。

f0147840_0191973.jpgそれよりも以前のヒットが、本日のIt's Now Winter's Dayで、リリース時点ではそんなことはわからないのですが、結果的に、割を食ったかたちになり、オブスキュアなヒットとなりました。いま、この曲をタイトルにしたアルバムがCD化されているのは、たぶん、裏方重視の現代的流行の結果なのだと思います。われわれの世代にとっては、あくまでもDizzyが代表曲、われわれより上の世代でも、Sheilaをあげるのではないでしょうか。

It's Now Winter's Dayは、その中間の時期、2曲のチャート・トッパーであり代表曲のあいだにはさまって生まれたマイナー・ヒットです。66年の12月にリリースされ、ピーク・ポジションの23位に達したのは67年2月のことです。「もう真冬になった」としきりに歌っているので、ちょっと時機を逸した感がありますが、なんせマイナス23度だし、ヒットしたのも年初なので、結果的にちょうどいいタイミングだったのではないでしょうか。

ボンヤリとしてとらまえどころのない構成とサウンドで、取り柄は、冬のムードだけは横溢していることでしょう。音による季節表現というのはむずかしいもので、下手にやると、馬鹿馬鹿しいギミックに堕してしまいます。どうやってつくったかは推し量りかねますが、この曲の電子的な冷たい風の表現は悪くないと感じます。

f0147840_0145877.jpgわが家にあるCDのクレジットでは、この曲のプロデューサーはスティーヴ・クラークとなっていますが、Spectropopでは、じっさいにはカート・ベッチャーがやったのだといっています。そういうこともしばしばあったはずで、それがまちがっているなどというつもりはありませんが、この程度の曲なら、あえて手柄争いするほどのものではないでしょう。非常に匿名的な仕上がりだと思います。

作家的視点ばかりでなく、マニエリスムも考慮に入れておかないと、バランスを失した末梢的な議論に陥りがちだと、いまになって自戒しています。ポップ・ミュージックというのは、本来、匿名的につくられるものでした。フィル・スペクターを語るように、そこに作家的視点だけを持ち込んでも、それはそれで、やはり本質から遠ざかっていくことになる、ということにも、そろそろ気づくべきだと感じます。
by songsf4s | 2008-01-29 23:55 | 冬の歌