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2008年 01月 22日 ( 1 )
A Winter Romance by Dean Martin
タイトル
A Winter Romance
アーティスト
Dean Martin
ライター
Sammy Cahn, Ken Lane
収録アルバム
A Winter Romance
リリース年
1959年
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またしても、クリスマス・ソングとの境界線上にある冬の歌です。この曲をタイトルとしたWinter Romanceというディーン・マーティンのアルバムには、クリスマス・ソング特集でとりあげた、White ChrismasLet It Snow! Let It Snow! Let It Snow!Baby It's Cold OutsiedeI've Got My Love to Keep Me Warmなどなどの曲が収録されています。

録音は1959年7月終わりから8月はじめにかけて、リリースは同年11月16日となっています。フィル・スペクターのクリスマス・アルバムなどでもそうですが、夏に録音するのは、典型的なクリスマス・アルバム制作手順ですし、11月中旬のリリースも同様です(だから、ペギー・リーのWinter Weatherはクリスマス・ソングとして録音されたわけではないといったのです)。

アルバムA Winter Romanceには、明らかなクリスマス・ソングがあるいっぽうで、そうではない曲もいくつかあって、ということは、ボーダーライン上の曲は、こちらで勝手に分類していいような気がします。カヴァーがなかったおかげで、この曲を収録したクリスマス・アルバムは見たことがないので(いや、ディノ自身のChristmas with Dinoには収録されていますが!)、とりあえず、いまのところは冬の曲とみなしても問題ないでしょう。いや、もう書いちゃったのだから、支障があっても、知ったことではありません。

◆ 幸運な偶然の奇妙な確率的偏差についての一考察 ◆◆
それではファースト・ヴァース。

I never will forget the station where we met
You dropped your skis, a happy circumstance
No one would have guessed we had started
Started a winter romance

「ぼくたちが出逢ったあの駅のことはけっして忘れないだろう、きみはスキーを落とした、なんて幸運な出来事だったろう、あのとき、ぼくたちの冬のロマンスがはじまったことに、だれもひとり気づかなかったにちがいない」

ファースト・ヴァースを聴いて思うのは、これはディノにあてて書かれた曲だということです。彼のキャラクターを前提にしないと、こういう歌詞はリアリティーをもたないでしょう。

なぜ、あなたやわたしの場合、こういう幸運な出来事が起こらないのか? そんなことは、つもってみればわかろうというものです。偶然などではないのですよ。意図的、intentional、わざと、あえて、ま、なんでもよろしいが、ディノのような男の場合、向こうから「偶然」が転がり込んでくるのです。

その証拠をご覧に入れましょう。上のと同じジャケットですが、小さいと人物がどこを見ているかわからないので、大きくしてみます。

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おわかりかな? あるいは、こういうジャケットもあります。

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アーティストがDean Martin、アルバム・タイトルがPretty Baby、いやはや、なんともわかりやすいデザイン!

この場合も、彼女がディノを見ているのは「偶然」などではないのですよ。これで、happy circumstanceなんていうのは、ウソの皮だということがおわかりでありましょうな。エースや絵札はディノのような男に過剰に集まるのです。その結果として、それ以外の場所では過剰な欠如現象が起こるのですな。いまさらいうまでもないことですが、人生はゼロサム・ゲームなのですよ。

◆ 越冬可能なロマンス ◆◆
つづいて、セカンド・ヴァース。

And all the way to Maine
On that enchanted train
The passing scenery didn't get a glance
We held hands completely light hearted
Off to a winter romance

「メインに向かうあの夢のような列車の旅では、通りすぎる景色には目もくれなかった、ぼくらはなんの曇りもない楽天的な気分で手を握り合っていた、冬のロマンスに向かって」

景色に一瞥もあたえないことを、The passing scenery didn't get a glanceというように、人間ではなく、景色のほうを主体として、「目もくれてもらえなかった」としているところはちょっと笑えますが、あとはもう、勝手にしろ、というヴァースです。

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これがメインに向かう列車

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そしてこれがメインのスキー場

つづいてブリッジ。

We danced that night by candle light
The world was white with snow
The way we felt we never felt
The snow could melt and go

「あの日の夜、ぼくらはろうそくの灯に照らされて踊った、あたりは一面、雪で真っ白だった、あんな感じを感じたことはそれまでになかった、雪なんか溶けて消えそうだった」

歌うと、nightとlightの韻はいい響きです。The way we felt we never feltも、サミー・カーンの技を感じます。日本語にすると、ちょっと変で、やはり、語を重ねるのに向いていない言葉だと思いますが、まあ、ここは直さずにおきます。

しかし、この二人、なにしにスキー場にやってきたのやら。目的と行動が乖離しているように感じますが、それは第三者的見解にすぎず、たぶん、これで十分に目的と行動が一致していると当人たちは感じているのでしょう。

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これが二人に溶かされる前の雪の状態。溶かされたあとの雪は……そんな写真はない! しかし、この傾斜から考えて、雪崩を惹起したであろうことは想像に難くない。げに恐ろしきは愛の力なり。

サードにして、最後のヴァース。

But though the snow is gone
The romance lingers on
And those who said it didn't stand a chance
Will know when they see us together
That love's not been controlled by the weather
And all of our summers
We'll have our winter romance

「でも、雪は消えてもロマンスは残る、生き残る可能性なんかないといった連中は、ぼくたちがいっしょにいるのを見て、ぼくらの愛は天候に左右されるものではなかったことを思い知るだろう、そして、ぼくらは夏のあいだもずっと冬のロマンスをつづけるのさ」

f0147840_0365525.jpgなんだか、妙に理屈っぽいヴァースで、やや理に落ちる感なきにしもあらずです。作者のサミー・カーンは、じっさいにこういうことを周囲からいわれたことがあって、江戸の仇を長崎でとったのかもしれませんが。

love's not been controlled by the weather、愛は天候に支配されない、という表現はちょっと笑えます。夏の終わりの歌を特集したときに、ずいぶんたくさん、このたぐいの歌を見ましたが、それを冬にもってきたわけですな。夏の歌の場合は、夏の恋は秋風とともに終わる、という観念を肯定するもの、否定するもの、いずれもたくさんありますが、冬の歌ではめずらしいので、ひとつの趣向、耳目を惹く仕掛けにはなっています。

◆ ディノ・ヴァレンティーノ ◆◆
スキップ&フリップの片割れであり、バーズやフライング・ブリトーズにも在籍したことのあるスキップ・バッティンのソロ・アルバムに、Bye Bye Valentinoという歌があります。

f0147840_0414579.jpgリーノでルドルフ・ヴァレンティーノの映画を見た、という変な歌で、「Bye bye Valentino, I saw your movie in Reno, you've got a girl and conquer the world and I got tired and went to bed」すなわち「バイバイ、ヴァレンティーノ、リーノであんたの映画を見たぜ、あんたは女を手に入れ、世界を征服し、俺はうんざりしてベッドに入った」というのがコーラスになっています。好きでディノを聴いているのに、なんとなく、Bye Bye Valentinoを思いだしてしまいました。

ディノのような幸運偏在時空、ツキの特異点(『2001年宇宙の旅』に出てくる、モノリス発掘地点は「TMA-1=Tycho Magnetic Anomaly」すなわち「ティコの磁気特異点」なので、混同なさらないように)は、じつは運でもなんでもない、必然なのだと書きました。しかし、突き詰めて考えると、つまり、発生の段階までさかのぼれば、やはり、確率の悪魔の裏をかく幸運特異点なのです。

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こちらが月のティコ・クレイターにあるご存知TMA-1でのモノリス発掘現場

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こちらがご存知DLA-1、すなわち、ディノ幸運特異点

しかしまあ、わが身を振り返るなどという、なんの益もないことさえしなければ、ラッキーな「拾いもの」のことをヌケヌケと歌うディノは、やっぱり好ましいキャラクターです。はたから見れば、極楽鳥もはだしで逃げだすような、お気楽な身分に見えるけれど、それが仕事となれば、そうそう笑ってばかりもいられないだろうと思うことにしておきましょうや、ご同輩諸兄。

◆ レコーディング記録 ◆◆
当方も、ヴァレンティーノの映画を見たあとのスキップ・バッティンのように、疲れてベッドに入りたいところなのですが、よくよく考えたら、まだ歌詞を見ただけで、音にはなにもふれていませんでした。

むやみにくわしいデータを見つけてしまったので、そこからA Winter Romanceのセッション・メンバーを抜き出しておきます。1959年8月4日のセッション記録です。スタジオはハリウッド&ヴァインのキャピトル・スタジオ(あのタワーのなかにある)、プロデューサーはリー・ジレット、リリースにはテイク10が使われたとあります。

Dean Martin: Vocals
Gus Levene: Leader
Hy Lesnick: Contractor
Joseph R.(Bobby) Gibbons: Guitar
George Sylvester 'Red' Callender: Bass
Louis 'Lou' Singer: Drums
Ray I. Sherman: Piano
Kurt Reher: Cello
Eleanor Aller Slatkin: Cello
Kathryn Julye: Harp
Donald Cole: Viola
Alvin Dinkin: Viola
Virginia Majewski: Viola
Victor Bay: Violin
John Peter DeVoogt: Violin
Nathan Kaproff: Violin
Joseph Livoti: Violin
Daniel 'Dan' Lube: Violin
Erno Neufeld: Violin
Jerome 'Jerry' Reisler: Violin
Ralph Schaeffer: Violin
Gerald Vinci: Violin
Arnold Koblentz: Oboe
Mahlon Clark: Saxophone
Arthur 'Skeets' Herfurt: Saxophone
Edward Kuczborski 'Eddie' Kusby: Saxophone
Ronald Langinger: Saxophone
Emanuel 'Mannie' Klein: Trumpet

ちょっと説明しておくと、AFM(アメリカ音楽家組合)の支払い記録には、本名のフル・ネームを書くことが多いのです。正規の記録だからでしょう。ミドルネームがたくさん出てくるので、このリストはAFMの支払い伝票をもとにしたものだとわかります。

f0147840_132811.jpgレッド・カレンダーの本名が、ジョージ・シルヴェスターだっていうのが、なんだか妙に笑えました。レッド・カレンダーのほうがずっと大物っぽい名前です。じっさい、とんでもない大物ですからね。姿形からして大物なので、写真を出しておくことにします。

エリナー・スラトキンのミドル・ネームはめずらしい名前で、読めません。固有名詞発音辞典には、ドイツの川ならば「アーラー」と発音すると出ているので、そのあたりの音かもしれません。ほかの曲のクレジットを見ると、ご主人のフィーリクスもこのアルバムに参加しています。

◆ ハリウッド戦中裏面史 ◆◆
ハリウッドの歴史を読んでいて、ほう、そうだったのかと思ったことがあります。第二次大戦勃発直前ぐらいから、ナチスの迫害を逃れて、多くのユダヤ人がハリウッドにやってきたというのです。映画、文芸、その他の諸芸など、分野は広範かつ多様なのですが、当然、音楽家もたくさんやってきたことが記されています。ほかのセクションを見ていても、それほど強く感じないのですが、ストリング・セクションの名前を見ていくと、このリストにかぎらず、ほとんどがユダヤ人ではないかと感じます。

f0147840_1105034.jpgハリウッドは元来、WASPで構成される東部エスタブリッシュメントの追求(カメラ、映写機、フィルムの著作権ないしは使用料を徴収された)の手から逃げてきた、ユダヤ系の映画人がつくった町ですし、加うるに、音楽、芸能の世界にはもともとユダヤ系が多いので、このへんのことがまぎれてしまうのですが、このリストを見て、ストリング・セクションの何人かは、過去十数年のあいだに、ヨーロッパからやってきた人たちではないかと感じます。そういう視点からハリウッドを読むのも、なかなか興味深いものです。ビッグ・ショットがいっぱいやってきて、まるで筒井康隆の『日本以外全部沈没』みたいな騒ぎですから。

もう一度書くのは面倒なので、かつてAdd More Musicに書いた記事の注釈を参照していただこうかと思ったら、注釈ファイルへのリンクが壊れていたので、手もとの原稿から以下にペーストしておきます。これは「音楽の都ハリウッド」という記事の一部である「一瞬の光芒」という章につけた注釈です。親記事のほうはAdd More Musicで読めます。

 共産主義シンパかどうかといったこととは無関係に、この亡命者の群はきわめて印象的な集団である。
 作家、劇作家としては、ハインリッヒとトーマスのマン兄弟、ベルトルト・ブレヒト、フランツ・ヴェルフェル(妻のアルマの前夫はグスタフ・マーラーとヴァルター・グロピウスで、亡命するときもマーラーのオリジナル譜面をたずさえていた。グロピウスの作品もトランクに詰められるならもっていきたかっただろうが、あいにくバウハウスの校舎は持ち運べなかった)、ヴァルター・メーリンク、アントワーン・ド・サンテグジュペリ(『夜間飛行』を書いている最中だった)などがいた。
 映画人としては、フリッツ・ラング、ビリー・ワイルダー、オットー・プレミンジャー、ロバート・シオドマク、クルト・シオドマク、ピーター・ローレ、ルネ・クレール、ジュリアン・デュヴィヴィエ、ジャン・ルノワール(フランス映画界が丸ごと引っ越してきたような騒ぎだが、考えてみれば、このときフランスは存在しないも同然だったのだから、まさに丸ごと移住だったのだ)、音楽家としては、アルノルト・シェーンベルク、イゴール・ストラヴィンスキー、ブルーノ・ヴァルター、オットー・クレンペラー、エーリッヒ・コルンゴールトなどなどがいた。
 ついでにいえば、戦争のせいで亡命したわけではないが、それ以前からハリウッドにいて、開戦後も帰国しなかった、アルフレッド・ヒチコックやチャーリー・チャプリンのようなイギリス人もいた。

音楽関係としては、ここにはすでに名をなしていた作曲家しか登場しませんが、当然、プレイヤーたちも多かったにちがいありません。ディノのセッション記録を読んでいて、はじめてその点に思い当たりました。

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元グロピウス夫人が、アメリカにもってこようとして、もってこられなかった(かどうかは知らないが)、ヴァルター・グロピウスの設計になるバウハウスの校舎。いまではなんの変哲もない建物に見えるが、当時は革命的ともいえるほど斬新なデザインだった(のだろう、きっと)。

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結局、音そのものにはまったくふれずにすませてしまいましたが、アルバム・タイトルにもなっているし、オープナーにもなっているということは、つくった側がもっとも聴かせたい曲だということです。たしかに、作曲家としては自信作なのだろうと感じます。手が込んだ曲なのです。でも、こういうことは文字にしたところで、どうなるものではないのです。コードをとろうと思ったのに、ちょいちょいと数分でできるものではないと、すぐに投げてしまいました。

ディノが、いつもよりちょっときちょうめんに歌っているのも、タイトル・カットだという意識からきたものでしょう。アヴァンチュールのように見られがちな、旅での出逢いが永続的なものになる、という歌だから、お得意のちゃらんぽらん、ノンシャラン風の演技をすると、歌詞の主張を裏切ることになってしまうのでしょう。でも、ディノには、なにごとも向こうから転がり込んでくるツキ男のふまじめさを貫いてほしいものと感じます。われながら、撞着したことをいっていますが。
by songsf4s | 2008-01-22 23:54 | 冬の歌