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2007年 11月 20日 ( 1 )
Rainy Night in Georgia by Brook Benton
タイトル
Rainy Night in Georgia
アーティスト
Brook Benton
ライター
Tony Joe White
収録アルバム
40 Greatest Hits
リリース年
1970年
他のヴァージョン
Tony Joe White, Ray Charles, Johnny Rivers
f0147840_23385526.jpg

この曲は明示的な秋の歌ではありません。人によっては冬や春の歌と感じるかもしれませんが、わたしは昔から晩秋を想定した歌だと考えてきました。

◆ 寂寥深し雨の夜 ◆◆
まずは歌詞を見てみます。ファースト・ヴァースとコーラスをまとめて。

Hoverin' by my suitcase
Tryin' to find a warm place to spend the night
Heavy rain fallin'
Seems I hear your voice callin' "It's all right."
A rainy night in Georgia
A rainy night in Georgia
It seems like it's rainin' all over the world
I feel like it's rainin' all over the world

「スーツケースのそばに縮こまり、夜を過ごす暖かい場所を見つけようとしている、ひどい雨のせいで「大丈夫よ」と呼びかけるきみの声が聞こえるような気がする、ジョージアの雨の夜、まるで世界中が雨に降りこめられたみたいだ」

ホテルに泊まることもできないようなので、よほどの落莫の身とわかります。ホームレスというより、ホーボーでしょうか。漂泊の気配があります。世界中で雨が降っているような気がする、というところに、語り手の行き場のなさが表現されていると感じます。

セカンド・ヴァース。

Neon signs a-flashin'
Taxi cabs and buses passin' through the night
A distant moanin' of a train
Seems to play a sad refrain to the night

f0147840_23533193.jpg「ネオン・サインが瞬き、タクシーやバスが夜の闇を走り抜ける、遠くに聞こえる列車の呻きが、夜に向かって悲しいリフレインを奏でているように聞こえる」

ここは好きなヴァースです。目に見えるものと耳に聞こえるものがいっしょになって、語り手の視覚と心象風景が、聴くものの脳裏に鮮明な像を形づくります。

◆ ギターを持った渡り鳥 ◆◆
最初のものをすこし変えただけのコーラスをはさんで、ブリッジへ。

How many times I wondered
It still comes out the same
No matter how you look at it or think of it
It's life and you just got to play the game

「何度も考えてみたけれど、答えはやはり変わらない、どう見ようと、どう考えようと、これが人生というもの、ゲームをつづけるしかないんだ」

ここはストレートすぎて、表現になっていないと感じます。しかし、こういう直裁なラインがあるほうが、チャート・アクションはよくなるのでしょう。

サード・ヴァース。

I find me a place in a box car
So I take my guitar to pass some time
Late at night when it's hard to rest
I hold your picture to my chest and I feel fine

「貨車に場所を確保し、ギターを弾いて時間をつぶす、遅くなっても眠れないときは、きみの写真を胸に抱いて安心する」

f0147840_23542196.jpgbox carというのは、日本でいう「ワン・ボックス・カー」のことではなく、箱形になった有蓋貨車のことです。映画でよく無賃乗車のシーンが出てきますが、あれです。やはり、語り手はホーボーで、これは伝統的なホーボー・ソングの現代版であることが、このヴァースで明瞭になります。find me a placeは、たんに貨車を見つけたというより、先客がいるところに入りこんでいき、仁義をきって、隅に居場所を確保した、というニュアンスではないかと想像します。

ここもまたコーラスがあり、そのままアドリブしながらフェイド・アウトします。

◆ みごとなヴォイス・コントロール ◆◆
歌詞もそうですが、曲も、そしてサウンドも、なんとも寂漠たるムードが横溢し、そくそくと寒さが身に染みる曲です。そのいっぽうで、自己憐憫のほのかな甘みもあります。この甘みがなければ、大ヒットはしなかったでしょう。

この曲のヒットは70年のはじめ、冬から早春にかけてで(このころはFENばかり聴いていたので、タイムラグはなかった)、ウッドストックの翌年だから、こちらの気分とはかけ離れたものでしたが、逆にそのせいで、ラジオから流れると、ものすごく耳に立ちました。

Rainy Night in Georgiaがピークの4位になったときのトップは、サイモン&ガーファンクルのBridge Over Troubled Waterです。上位には、スライ&ザ・ファミリー・ストーンのThank YouやテンプテーションズのPsychedelic Shackのようなファンク系の曲、サンタナのEvil Waysのようなハード・ドライヴィングな曲もありますが、いっぽうで、エディー・ホールマンのHey There Lonely Girl、ホリーズのHe Ain't Heavy, He's My Brother、ティー・セットのMa Belle Amieなどもあります。

疾風怒濤の60年代が終わり、ソフト&メロウの70年代初期が到来しつつあることが、このモザイク模様のチャートからうかがえます。Rainy Night in Georgiaが強く印象に残ったということは、わたしの気分も、ソフトなほうへと傾いていたのかもしれません。

f0147840_23553580.jpgRainy Night in Georgiaの甘い自己憐憫のムードを形づくっているのは、もちろん、ブルック・ベントンのヴォーカル・レンディションなのですが、サウンドのほうもよくできています。アレンジャーの名前がわからないのですが、いま聴いてもみごとなアレンジだと感じます(録音はおそらくマイアミ)。イントロのオルガンとギターのトーンも素晴らしいし(テイストが大人になりつつあった高校生のわたしは、こういうギターが弾きたいと思いました)、途中から入ってくるハーモニカも、この曲に甘さと深い寂寥感の両方をあたえています。

しかし、やはりベントンのヴォーカルが、パセティックでありながら、過度に感傷的にならない、じつに微妙なバランスをとっていることが、この曲を成功させた感じます。惻々と胸をうつヴォーカルです。

◆ その他のヴァージョン ◆◆
f0147840_23563845.jpgそのことは、作者であるトニー・ジョー・ホワイトのヴァージョンを聴くと、いっそうよくわかります。シンガーとしてPolk Salad Annieの大ヒットがある人ですが、本来はソングライターですし、Polk Salad Annieは、精緻なヴォイス・コントロール、陰影のあるヴォーカル・レンディションなど必要としない、アップテンポのノヴェルティーに近い曲でした。Rainy Night in Georgiaのようなバラッドになると、たとえ作者本人であっても、素人の歌では本来の味を伝えることができないと感じます。

逆にいうと、ブルック・ベントン盤のようなリアリティーはうっとうしい、と思うのなら、トニー・ジョー・ホワイト盤のあっさりした、ほとんど平板な味わいのほうが好ましいと感じるかもしれません。

f0147840_23573990.jpgレイ・チャールズ盤は、ヴァースのコードをメイジャー・セヴンスからセヴンスに変更して、ブルージーにやっています。うーん、どうでしょうか。こういうムードのほうが好ましいと感じる方もいらっしゃるかもしれません。わたしの好みからいうと、ヴァースがメイジャー・セヴンスのビター・スウィートな味わいになっていて、そこからコーラスの思いきりパセティックなマイナーにいくところが、この曲のよさなので、レイ・チャールズ盤はちょっと違和感があります。

f0147840_23584965.jpgジョニー・リヴァーズ盤はあまりいただけません。この人のものは、Mountain of Love以降、サウンドや楽曲の選択が楽しみなのですが、この曲は、相変わらず楽曲選択はうまいと思うものの、サウンドはいただけません。ドラムがドタバタうるさいのです。なんだか、素人がハル・ブレインの物真似をしたみたいなプレイです。

クレジットを見ると、この盤のドラマーはハル・ブレインとロン・タットの二人。はて、絶不調のハルか、駆け出しのロン・タットか? タットのタイムはハルに近く、タムのチューニングも似ている時期があります。どちらかに札を張ろうと思いましたが、やはり、なんとも判断できません。

あえてリスクを冒していうなら、ハルではない、です。ハルが使うとは思えないフレーズがあることと、もうひとつはベースです。この盤のベースはジョー・オズボーンとジェリー・シェフの二人となっています。ハルとオズボーン、タットとシェフという二つのセットで録音したという意味だと読めます。Rainy Night in Georgiaのベースはジョー・オズボーンには聞こえず、なじみのない人に思えます。ということは、この曲のベースはシェフ、だとするなら、シェフのセットのドラマーはタットだろうという道筋です。

ロン・タットだとしても、わたしが知っているかぎりでは、もっといいプレイができるはずのドラマーです。そもそも、こんなに派手に叩くことをプロデューサーであるリヴァーズとルー・アドラーが許すべきではなかったわけで、責任はそちらのほうにあります。いつもウェル・メイドな盤をつくっているジョニー・リヴァーズにしては、めずらしいミスです。

ふと、馬鹿なことを思いました。小林旭扮する滝伸次は、テーマ曲とともに生気に溢れて登場しますが、映画と映画のあいだに、ひとりさみしく、つぎの土地へと移動しているわけですよね。映画と映画のあいだ、観客に見えないところでは、落莫したすがたで、ひとりギターを「つま弾いて」いるのかもしれません。この曲に日本語詞をつけて、アキラが歌ったらどうでしょう?
by songsf4s | 2007-11-20 23:39 | 秋の歌