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2007年 10月 21日 ( 2 )
(Ghost) Riders in the Sky その1 by Vaughn Monroe
タイトル
(Ghost) Riders in the Sky
アーティスト
Vaughn Monroe
ライター
Stan Jones
収録アルバム
Sentimental Journey: Pop Vocal Classics Vol.2 1947-50
リリース年
1949年
他のヴァージョン
Bing Crosby, Peggy Lee, Burl Ives, Kay Starr, Dean Martin, Johnny Cash, Marty Robbins, Frankie Laine, the Ramrods, the Ventures, the Shadows, Baja Marimba Band, Dick Dale
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多少は盤を集めると、だれでも、イヤでも集まってしまう曲というのがあります。この(Ghost) Riders in the Skyもその典型で、わが家のHDDを検索した結果を見て、うんざりしました。こんなにもっているとは知りませんでした!

だれか有名な人を看板に立ててもいいのですが、もっとも代表的なヴァージョンとされるヴォーン・モンロー盤にしました。このヴァージョンは1949年のチャート・トッパーだそうです。歌詞もヴォーン・モンロー盤に依拠することにします。

◆ 幽霊牛と幽霊カウボーイ ◆◆
それではファースト・ヴァース。ゴースト・ストーリーなので、そのつもりでお読みください。

An old cowpoke went riding out one dark and windy day
Upon a ridge he rested as he went along his way
When all at once a mighty herd of red-eyed cows he saw
A'plowin' through the ragged skies and up a cloudy draw

f0147840_0115916.jpg「ある風の強い曇った日に、老いたるカウボーイが馬に乗って出かけた、途中、とある尾根で休んでいると、突然、赤い眼をした牛の群があらわれ、雲が折り重なる空の谷間を耕すように走っていった」

ragged skiesはよくわかりません。ぼろぼろの、ぼさぼさの、という意味から、厚みのある雲が折り重なっているのだろうと考えました。「雲の渓谷」は、そのもくもくと折り重なる雲のあわいをいっているのでしょう。腰を据えて検討していられるほど短い歌詞ではないので、先を急ぎます。

Yi-pi-yi-ay, Yi-pi-yi-o
Ghost riders in the sky

というのが、コーラスとみなしていいようです。イーピアイエイ、イーピアイオーというのは、カウボーイが牛を追う時のかけ声でしょう。子どものころは、EPIA、EPIOに聞こえ、なにかの略称を繰り返しているのだと思っていました。

最初のコーラスだけは、Ghost herd in the sky、「空を行く幽霊牛の群」と歌っているヴァージョンもいくつかあります。さきに幽霊カウボーイを出すのは、演出上、ぐあいがわるいという考えなのでしょう。

Their brands were still on fire and their hooves were made of steel
Their horns wuz black and shiny and their hot breaths he could feel
A bolt of fear went through him as they thundered through the sky
For he saw the riders comin' hard and he heard their mournful cry

f0147840_0142263.jpg「焼き印はまだ燃えていて、ひづめは鉄、角は黒光りし、熱い息がすぐそばで感じられるほどだった、牛の群が雷のように空を駆け抜けると、恐怖が電撃のように彼を撃った、カウボーイたちが彼のほうに向かって疾駆し、彼らの苦悶に満ちた叫び声が聞こえたのだ」

たしかに、ridersはここではじめて登場させるほうが効果的かもしれません。ファースト・コーラスでridersを登場させてしまうと、目撃しているカウボーイの恐怖が伝わらないでしょう。

どんどんいきます。サード・ヴァース。

Their faces gaunt, their eyes were blurred, and shirts all soaked with sweat
They're ridin' hard to catch that herd but they ain't caught them yet
They've got to ride forever in that range up in the sky
On horses snortin' fire, as they ride on, hear their cry

f0147840_0164884.jpg「カウボーイたちの顔はやつれ、目はどんよりし、シャツは汗でびしょびしょだった、彼らは群を捕まえようと必死に駆けていたが、まだ捕まえられずにいる、あのカウボーイたちは、空のあの放牧地で、永遠に群を追いつづけなければならないのだ、火のように息を荒げ、悲鳴を上げる馬の背にまたがって」

フォースにしてラスト・ヴァース。

As the riders loped on by him, he heard one call his name
"If you want to save your soul from hell a' ridin' on our range"
"Then cowboy change your ways today or with us you will ride"
"A-tryin' to catch the Devil's herd across these endless skies."

「カウボーイたちが彼のそばを駆け抜けようとした時、ひとりが彼の名を呼んだ、『俺たちの地獄の放牧地で馬を駆るようなことになりたくないなら、今日はべつの道を行くことだな、さもないと、俺たちといっしょに、あの悪魔の牛の群を捕まえようと、この果てしない空を永遠に駆けつづけることになるぞ』」

◆ 幽霊船と幽霊猟師 ◆◆
いったい、なにをやらかしたために、この幽霊カウボーイたちがこんな無間地獄に落とされたのかわかりませんが、さながらシジフォスの神話か、さまよえるオランダ人というところです。じっさい、ソングライターの頭には、このどちらかがあったのかもしれません。

しかし、もっと直接的な近縁性があるのは、北欧伝説のWild Hunt、「幽霊猟師」なのだそうです。H.R. Ellis Davidsonという先生の講演をもとにしたという記事によると、これはスカンディナヴィアの北からスイスにおよぶ地域につたわる民話だそうで、面白そうなので、ちょっと読んでみます。民話のつねで、さまざまなヴァリエーションがあるようですが、大筋では以下のような話だそうです。

f0147840_0361343.jpg夜の森で、大きな吠え声と叫び声が聞こえ、馬に乗った黒い人影が、犬を連れて、宙をものすごい勢いで駆け抜け、そのうしろから奇妙な魔物の群がついていく、そして、騎手は頭がないことがあるのだそうです。行列のなかの野獣のひづめと眼からは火が噴き、馬と犬は二本脚または三本脚のこともあり、知っている新仏も列のなかに混じっていることが多いのだとか。

このすさまじい群は、たまたま遭遇した人間にとっては非常に危険ですが、ときには褒美を与える場合もあるのだそうです。賢明な旅人は、この行列に出会ったら、うつぶせになって道に伏せ、運がよければ、冷たい犬の脚に踏みつけられるだけで、無事に切り抜けることができますが、愚かな者は、宙にさらわれ、家から遠く離れた場所におろされるか、ときには命を失うことになります。

◆ またしてもオーディン、ウータン ◆◆
この記事では、「ユール・ログ」、クリスマスに暖炉に入れる大きな薪が出てくるので、地域によっては、これはクリスマスの物語なのかもしれません。ご存知のように、クリスマスもまた怪談や妖精物語の季節です。

f0147840_0382110.jpgいっぽうで、騎手の首がないというところで、スリーピー・ホロウの首なし騎手の物語も連想します。この伝説があの物語に流れ込んでいるのかもしれません。

北欧伝説ですから、これが神話にむすびついていることもあり、この騎手がオーディンだとか、ウータンだとかに措定されることもあるのだとか。またしても、ワーグナーの歌劇にたどり着いてしまいました。

ワーグナーなんかにジャンプしてしまっては、とうてい他のヴァージョンの検討などするどころの騒ぎではありません。クライマクスは目睫の間に迫っているので、延長戦などしたくないのですが、これだけたくさんヴァージョンがあっては、どうにもなりません。不本意ながら、音楽的な検討は明日以降に持ち越しとさせていただきます。
by songsf4s | 2007-10-21 23:51 | Evil Moonの歌
Bad Moon Rising by Creedence Clearwater Revival
タイトル
Bad Moon Rising
アーティスト
Creedence Clearwater Revival
ライター
John Fogerty
収録アルバム
Green River
リリース年
1969年
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日本人の感覚には合わないのですが、十月下旬は怪談の季節ということになっています。ご存知のように、音楽にもその系統のものが昔からあります。といっても、どちらかというと、コメディーのほうに傾斜してしまう傾向があるようで(恐怖と笑いが隣り合っていることは昔から多くの論者が語るところです)、サウンドトラックは別として、本気で怖がらせようとしている曲、ほんとうに怖い曲はありません。

また、つぎの満月はハンターズ・ムーン、狩猟月でもありますので、月のもうひとつの側面、凶相ないしは魔術的な面をうたったものも適当に織り込んで、これからクライマクスのジャック・オー・ランターンの日までを過ごそうと思います。そのイントロダクションとして、この曲は適切なのではないでしょうか。

◆ 時代の暗喩としての天象 ◆◆
では、どういうふうに悪い月なのかを見ていくことにします。ファースト・ヴァース。

I see the bad moon arising
I see trouble on the way
I see earthquakes and lightnin'
I see bad times today

「不吉な月が昇ろうとしている、悪いことが起こるだろう、地震が、雷が見える、嫌な時代が来るのがわかる」

f0147840_1152088.jpgなんでこんな歌詞の歌が大ヒットしたかといえば、背景にヴェトナム戦争があったからでしょう。とくに、リスナーの側は、それが誤解であれ、正解であれ、ホラー映画のテーマ・ソングと受け取ったからではなく、泥沼化するヴェトナム戦争と、アメリカ社会のドラスティックな変化に対する不安を言い当てたものとして、この曲を支持したにちがいありません。

以下はコーラス。

Don't go around tonight
Well its bound to take your life
There's a bad moon on the rise

「今夜は外に出ちゃダメだ、命を取られかねないぞ、不吉な月が昇ろうとしているんだから」

ここもスティーヴン・キングの『トウモロコシ畑の子供たち』みたいな情景を思い浮かべてもかまわないのですが、同時に「命を取られかねない」戦争のことをうたっていると読んでもかまわないわけです。

◆ 不可解な「目」 ◆◆

I hear hurricanes are blowing
I know the end is coming soon
I fear rivers overflowing
I hear the voice of rage and ruin

「ハリケーンのうなりが聞こえる、終末の時は遠くないだろう、河が溢れそうだ、怒りと破滅の声が聞こえてくる」

ここも解釈上の問題が起きるところではないでしょう。I fear rivers overflowingのラインにうなずいたアメリカ人は多かったのではないでしょうか。I hear the voice of rage and ruinというラインで、この曲が一種のプロテスト・ソングであることが宣言されています。

最後のヴァース。

Hope you got your things together
Hope you are quite prepared to die
Looks like we're in for nasty weather
One eye is taken for an eye

「荷物をまとめたほうがいい、死を覚悟しておくんだな、ひどい天気になりそうだ」というところまではいいとして、最後はよくわかりません。

take forの通常の意味は、「交換する」か「とってかわる」で、逐語訳としては、たとえば「ひとつの目を手に入れるためにひとつの目をとれらる」「ひとつの目にべつの目がとってかわる」などとなってしまい、目がまわります。「ハリケーンの目」ということなら、つぎつぎとハリケーンがくる、ということになるでしょうが、最後のラインでそんなことをいうように思えず、結論はありません。

そもそも、じっさいにジョン・フォガティーがそう歌っているかどうかもわかりません。聴き取れないので、あちこちの歌詞サイトを見てみましたが、どこもこのように聴き取っています。ただし、歌詞サイトというのは、まじめなところは稀で、たいていは広告などで稼ぐために、よその歌詞をいただいてきているだけなので、同じ間違いが増幅されている可能性もあります。

いずれにしても、この1行に全体の解釈がかかっているわけではないので、不明のままでもいっこうにかまわないでしょう。

◆ わずか1年でふたたびやってきた潮目 ◆◆
CCRはとくに好きなグループではありません。主として、ドラムが嫌いだったからですが、I Put a Spell on YouやSusie Qといった初期のヒットに見られるように、全体的に重苦しい雰囲気があって、それも好みませんでした。

f0147840_1195033.jpgそれはそれとして、いっぽうで、彼らがスムーズに市場に受け入れられたのも、当然だと当時から感じていました。CCRの最初のヒット、Susie Qがリリースされたのは1968年の夏、すなわち、Summer of Loveの1年後、まだサイケデリアの嵐が収まらなかった時期です。

どんなものであれ、なにか強い力が働けば、その反作用はかならずあるものです。あの時代にも、サイケデリアの複雑、高踏的な方向性に対する反動はすでに起きはじめていたのだと思います。

f0147840_1204013.jpg68年秋のトミー・ジェイムズ&ザ・ションデルズのCrimson and Cloverのような、子どもが聴いていても、サイケデリック・サウンドを表面的になぞっただけの、インチキな代物と感じるような曲が大ヒットするということは、サイケデリアは純粋な商品となり、消費し尽くされる道を歩みはじめたことを明白に示しています。モンキーズまでサイケデリック風の音作りをするようになっては、もううんざりだという気分が主流になっても、なんの不思議もありません。

f0147840_1214777.jpgなによりも時代感覚のするどさで頂点に立ったビートルズは、こういう状況をあらかじめ見越していたかのように、なんのギミックもない、ストレートなLady Madonnaを、すでに68年の春にリリースしています。つねにビートルズの動きを読んで、そのあとについていったストーンズも、68年初夏には、やはりギミックのないJumpin' Jack Flashをリリースしています。68年夏には、サイケデリアはすでに流行遅れになる兆しが見えていたことになります。

CCRは、そういう気分にうまく合致するサウンド、複雑、都会的、高踏的というサイケデリアとは対極にある、シンプル&ストレートフォーワードで土臭いサウンドによって、この気分に乗って登場し、それを増幅することによってアメリカのリーディング・ロック・グループへと成長していったのでしょう。

◆ グルーヴの問題ふたたび ◆◆
子どものわたしも、世の中ではそういうシンプルな音への傾斜がはじまっていることは感じていましたし、それはそれで歓迎できると思っていました。さらにいえば、そういう潮流の新しい旗手がCCRだとも感じていました。たんに、ドラムが嫌いだっただけです。

f0147840_1233353.jpg坊主が憎くても袈裟まで憎いなどということはありませんが、ドラムが憎ければ、バンドおよびそのアーティストの音楽まで憎いのはよくあることで、CCRも当時はまったく買いませんでした。同じころ、ある意味でCCRと同じポジションについたザ・バンドも、デビュー盤を長いあいだ借りて、それなりにつきあってみましたが、まえにドライヴするどころか、うしろにドラッグするようなドラムのノリにめげただけで終わりました。

初期CCRのうっとうしいグルーヴのなかでは異質に感じたのが、このBad Moon Risingです。歌詞の内容とはまったく裏腹に(いや、つくる側の意図としては、歌詞が鬱陶しいからこそ)曲とサウンドのほうはシンプルかつ軽快で、Susie QやI Put a Spell on Youの印象とはかけ離れたものでした。

改めて彼らのアルバムを聴き直すと、シャレにならないほどひどいドラミングの曲があり、子どものわたしは正しかったと思います。しかし、ちゃんとリズムをキープしている曲もあって、警戒警報が点滅します。たんに、フロスティーのように、手の動きが悪く、パラディドルが苦手なだけで、バックビートに関しては安定している人なのかもしれません。しかし、楽曲によって、スタジオ・プレイヤーがストゥールに坐った可能性も否定できません。材料がないので、結論は棚上げにしますが。

f0147840_1244376.jpgこの曲で、印象はすこし好転したのですが、このバンドの存在そのものを肯定するところまではいきませんでした。はじめて「これはいい」と感じたのは、69年のWilly and the Poor Boysです。Down on the Cornerなどは、非常にいいグルーヴだと感じました(やっぱり、どこか変です。ふつう、そんなに極端に、同じドラマーがいいグルーヴと悪いグルーヴをいったりきたりすることはありえません)。

これで安定していいアルバムを出してくれれば、わたしはファンになったでしょうが、あとのアルバムはあまり話題にもならず、わたしの周囲の人間はみな関心をよそへと移してしまい(要するに、以後は出来のいい盤がなかったということでしょう。子どもは正直なので、一度落ちたとみなしたバンドを買いつづけたりしませんから)、ついにCCRとはあまり縁がなく終わりました。

f0147840_1354485.jpgラジオで聴いていた印象でいえば、ジョン・フォガティーがはじめからもっていた、パセティックな一面が強く出た曲、同時に、矛盾しているようですが、「抜け」のよい、明るいヴォーカルが聴けるもの、Who'll Stop the Rain、Have You Ever Seen the Rain、そして、目下の対象であるBad Moon Risingなどは、ちょっと食指が動きましたし、いま聴いても、この系統はやはりいいと感じます。

CCRというグループ、ジョン・フォガティーというソングライター/シンガーは、混沌の時代に、シンプルにイエス、ノーをいうことで受け入れられたのではないかという気がします。子どものわたしは、彼らの音楽の向こう側にある、「時代精神の方向性」を明確に読み取ることができず、ドラムがひどい(トラックもある)という表面的なことに惑わされたことになるようです。

でも、音楽ですから、ドラムのいい曲はいい、ドラムのひどい曲はダメ、というシンプルな判断基準をもつ子どもがまちがっていたとも思えませんし、なんの反省もなく、そのまま年を取ったいまのわたしもまちがっているとも思えません。ロックンロールはグルーヴの音楽なのですから。

今月も残り少なく、満月はもうすぐです。出番を待つ狼男が、舞台の袖まできているので、急がないとなあ、と反省した月齢九日の夜でした。
by songsf4s | 2007-10-21 00:45 | Evil Moonの歌