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2007年 09月 26日 ( 1 )
Shine on, Harvest Moon by the New Vaudeville Band
タイトル
Shine on, Harvest Moon
アーティスト
The New Vaudeville Band
ライター
words by Jack Norworth, music by Nora Bayes and Jack Norworth
収録アルバム
Finchley Central
リリース年
1967年(初演は1908年)
他のヴァージョン
Miss Walton & Mister MacDonough, Chet Atkins, Carmen Cavallaro, Ten Tuff Guitars, Mary Ann McCall, Leon Redbone, JoNell & Stephen Aron
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昨日取り上げたニール・ヤングのHarvest Moonのほかにもう一曲、タイトルにハーヴェスト・ムーンが入っているものがあるので、今晩はそれを取り上げます。

一世紀前に書かれた曲ですが、そのころのヴァージョンは古すぎてよく聞こえないので、ニュー・ヴォードヴィル・バンド盤を看板に立てました。この曲の来歴や、この「バンド」のことは後段で書きます。

◆ 「メイド」といってもアキバ版とはちょとちがう ◆◆
この曲には前付けのヴァース(歌詞を見るかぎりでは、コーラス部分を前にもってきただけに思われる)があるようですが、ここはニュー・ヴォードヴィル・バンド盤に依拠して、通常のヴァース、第一連から入ることにします。

f0147840_311505.jpgよけいなことですが、こういうときに、いちいち、verseという言葉の、ポピュラー・ミュージックにおける二つの主要な意味のうち、どちらで使っているかを断らなければならないところに、研究すべきテーマ(どの時点で意味のズレが生じたか、など)が隠れていると、わが直感がしきりに訴えているのですが、日々の課題に追われて、手がつけられずにいます。

それではファースト・ヴァースの前半。

The night was mighty dark so you could hardly see
For the moon refused to shine
Couple sitting underneath the willow tree
For love, they pined

その夜は月が隠れて真っ暗闇だったので、ほとんどなにも見えず、柳の木の下に坐ったカップルは嘆いた、といったあたりでしょうか。pineなんて動詞はあまり見かけないのですが、そのへんが一世紀前の曲らしいところなのかもしれません。

つづいてファースト・ヴァース後半。

Little maid was kinda 'fraid of darkness
So she said, "I guess I'll go"
Boy began to sigh, looked up at the sky
Told the moon his little tale of woe

女の子はちょっと暗闇が怖くなり、「帰ろうかしら」といった、男の子はため息をつき、空を見上げて、その悩みを月に訴えた、といった意味でしょう。pine同様、woeなんていう名詞もあまり見かけませんねえ。辞書には、古語、文語と注記があります。「悩み」ではなく、「懊悩」なんて語をあてておくべきかもしれません。

f0147840_3203146.jpgこういうmaidも古い用法で、近年は英語でも、「冥土喫茶」もとい「メイド喫茶」のような使い方がふつうです。昔の政治的にインコレクトな言葉でいうところの「女中」のことですな。辞書にも「《文》 娘, 少女 (girl); 《古》 未婚の女, 処女, おとめ」とあって、古い用法であることをこれでもかと強調しています。ああ、思いだしましたが、Iron Maidenという有名なメタル・バンドの名前はこちらのほうの用法です。「鉄の処女」なんて、あなた、そんな恐ろしいものは勘弁してください。あれに抱きつかれたら、ふつう、死にますよ。ハリネズミが裏返ったような拷問道具なんですから。

辞書には「Maid of Orleans」という言葉もあって、これは「Joan of Arc」すなわちジャンヌ・ダルクのことだと書いてあります。わたしはニューオーリンズの少女とはなんだろう、なんて思いました(ウソ)。ニューオーリンズは旧フランス領で、「新オルレアン」だったのですね。アレクサンドル・デュマのどれかの長編(『王妃の首飾り』?)に、新大陸からパリに戻ってきた人物が登場しますが、わたしはきっと「オルレアン」にいってきたにちがいないと思いました。

◆ スプーン、ネック、ペット ◆◆
彼の懊悩の内容がそのままコーラスになっています。

"Shine on, shine on harvest moon up in the sky
I ain't had no lovin' since January, February, June, or July
Snow time, ain't no time to stay outdoors and spoon
So shine on, shine on harvest moon for me and my gal"

「光り輝け、ハーヴェスト・ムーンよ、一月、二月、六月、七月からずっと恋人なしだったんだよ、雪の季節は外で愛し合うわけにはいかないんだから、光り輝け、ハーヴェスト・ムーンよ、ぼくと彼女のために」

「ain't had」にはちょっと恐れ入っちゃいますが、英語には、日本の学校で教えている堅苦しい表現とは異なる、「闇の大陸」が広がっているわけで、これくらいで考えこんでいると歌なんか聴いていられなくなるから、自動的に「have not had」に置き換えておしまいにします。

f0147840_3245648.jpg「spoon」も学校では教えてくれません。遠慮会釈のないリーダーズ英和辞典は「pet, neck」と同意語2連打でダメを押しています。この2語を見てもピンとこない方は、うしろに-ingをつけて、声に出して読めば納得されるでしょう。どうしてそういうことをspoonと表現するかというと、わたしの理解しているかぎりでは、男女が2本のスプーンを重ねたような状態になるからです。そんなことを歌、しかも一世紀前の歌でいっていいものか、なんて思いますが、わたしが生まれるはるか以前の異国でのことだから、いまさら文句のつけようもありません。

また、オリジナルの歌詞では2行目の月の列挙が異なっていたようで、古いものは「since April, January, June or July」と歌っています。時期を飛び越してAprilが先頭にあるのにはなにか意味があったのでしょうが、それがわからなくなって、後世のカヴァーでは、よりリーズナブルと思われる(やっぱり、思えませんかね)一月、二月、六月、七月に変化したのだと想像します。どなたか、この「数秘学」的問題に挑戦なさってみませんか? 意外な真実が隠されているかもしれませんよ。

ふと思います。果たして、月の光が必要なのでしょうか? まあ、女の子が家に帰ってしまっては話にならないので、彼女を安心させたい一心でしょうが、それにしても、どうも違和感があります。20世紀初頭の譜面を眺めていて、「Mister Moon Man, Turn Off The Light」という曲があるのに気づいたのですが、「お月さんよ、灯を消してくれないか」というほうが、恋人たちとしてはノーマルじゃないでしょうか。謎ですなあ。

◆ 延長戦 ◆◆
ニュー・ヴォードヴィル・バンド盤は、あとは間奏やら、コーラスの繰り返しやらだけで、もう新しい言葉は出てこないのですが、本来はヴァース、コーラス、ヴァース構成の歌で、ちゃんとセカンド・ヴァースがあります。うちにある戦後のものは、みなセカンド・ヴァースを略していて、またしても「品川心中」と同じ運命をたどった歌を見つけた、とニヤニヤしています。出来が悪い部分は、後代になると、削除されてしまうのですね。

この曲の発表直後のカヴァーと思われる、Miss Walton & Mister MacDonoughのヴァージョンでは、セカンド・ヴァースは以下のようになっています。

Can't see why a boy should sigh
When by his side is the girl he loves so true
All he has to say is
"Won't you be my bride for I love you
Why should I be telling you this secret
When I know that you can guess"
Harvest moon will smile, shine on all the while
If the little girl should answer "yes"

となりには心の底から愛する子がいるのに、なんだってこの男の子は嘆いているのか理解できない、「愛しているよ、結婚してくれないか、こんなこと、いわなくたって、わかっているだろう?」といえばいいだけじゃないか、彼女が「ええ」とこたえれば、ハーヴェスト・ムーンは微笑み、以後ずっと光り輝きつづけるだろう。

f0147840_3282853.jpgなんてえあたりで、見るからにボツです。「語り手」がしゃしゃり出てきて、「俺は理解できないねえ」なんていうんですから、聴くほうは目がハーヴェスト・ムーンになります。落語で、途中から突然「地噺」になって、噺家が客に語りかけたりしたら、すくなくとも昔気質の客はムッとなります。

小説でも、「ここで作者は読者に問いたい」なんてことを、大昔の作家は書いたものですが、昨今ではまず見かけません。たまにそういうくだりがあっても、それは意図的に古めかしさを粧ったものです。現代小説は、そのような表現を一掃してしまいました。

これでこのセカンド・ヴァースが、品川心中後編化した理由は満月に照らされたごとく明瞭でしょう。

◆ メガとマイクロ、どっちの音が大きい? ◆◆
f0147840_3474673.jpgニュー・ヴォードヴィル・バンドは、1966年のビルボード・チャート・トッパー、Winchester Cathedralだけが知られている、典型的な「ワン・ヒット・ワンダー」です。それも道理で、バンドとはいっていますが、実体はジェフ・スティーヴンズというソングライター(彼の作でもっとも有名なのはThere's a Kind of Hush)のスタジオ・プロジェクトにすぎず、彼以外はみなスタジオ・プレイヤーです(のちにプロコール・ハルムに入るデイヴ・ナイツがプレイしているということが、当時からいわれていたが、じっさい、音を聴いてもまさにハルムのベース)。

デンマーク・ストリート(イギリスのティン・パン・アリー。レイ・デイヴィーズがDenmark Streetというそのものズバリの曲を書いている。ランディー・ニューマンのVine Streetと好一対)にあるスティーヴンズのオフィスにかかっていたカレンダーに、ウィンチェスター聖堂の写真があって、そこからカテドラルの出てくる歌を書こうと思い、もともとヴォードヴィル時代の音楽が好きだったので、そういう曲を書いたのだそうです。

f0147840_349564.jpgスティーヴンズは結局、自分で歌うことにしたのですが、この曲をお聴きになった方ならお気づきのように、彼はメガフォンを通して歌っています。ヴォードヴィル時代、マイクロフォンのかわりにメガフォンを使っていた(スウィング時代にも、一部ではそういうことをしていたらしい)ことを踏襲し、古い時代の雰囲気を再現しようとしたわけです。たぶん、これがこの曲の成功に結びついたのでしょう(ここでオールド・タイマーは、デイヴィッド・マクウィリアムズの「パーリー・スペンサーの日々」The Days of Pearly Spencerを連想するわけですな。モンキーズもなにかの曲で使っていたような記憶あり。Tapioca Tundra?)。

このShine on Harvest Moonはまさにヴォードヴィル時代の曲なので、スティーヴンズのお気に入りだったのでしょう。ここでもやはりWinchester Cathedralと同じように、スティーヴンズはメガフォンを使って歌っています。『モンティ・パイソン』に「女装もの」といでもいうべきコントがよく出てきましたが、スティーヴンズは、maidのセリフのところを、あんな感じで歌っていて(レイ・デイヴィーズもHoliday Romanceで同じことをしている)、なかなかの役者ぶりです。もともと出たがりだから、自分で歌ったのでしょうが、たしかに、素人にしては上出来のパフォーマンスです。

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The New Vaudeville Band。といっても、たぶん、フォト・セッションのみのメンバーでしょう。この写真はウェブでは見つけられず、わが家にある本のノドを割ってスキャンしました。お持ち帰り用に(アルファベット表記にしたのは、海外のお客さんにも画像検索で見つけられるようにするための深謀遠慮)、当ブログにしては高画質かつ大きなサイズにしましたので、ご用の方はどうぞご自由にご自分のところでお使いください。どちらにしても、わたしが撮った写真じゃないんですけれどね!


◆ 他のヴァージョン ◆◆
f0147840_434237.jpg戦後のものとしては、ほかにリオン・レッドボーン盤が比較的人口に膾炙しているようです。ライ・クーダーとトム・ウェイツが合体したような雰囲気ではじまり、コーラス、ストリングス、バンジョー、アコーディオンなどが加わってきますが、全体にグッド・タイム・フィーリングにあふれたヴァージョンで、この曲はこうやるしかないだろう、と感じます。彼の歌は好みが分かれるところでしょうけれど。

f0147840_444232.jpgカーメン・キャヴァレロ盤は、さすがに工夫が凝らされています。ミディアム・テンポではじまり、セカンド・ヴァースでベースだけが倍テンポに変化し、さらにほんとうのテンポ・チェンジで高速化し、またスロウ・ダウンするという構成で、これぞインスト盤のアレンジのお手本。フルアコースティックのジャズ・ギターをアンプラグドして、コードを弾く昔風のやり方は好きなので、それだけでも及第点です。

f0147840_453547.jpgチェット・アトキンズといえば、グレッチのギターということになっていますが、この曲はどう聴いてもグレッチではありません。これが話にきく、ロス・インディオス・タバハラスと同じリゾネイター・ギターの音でしょうか。

アトキンズがうまいことは、いまさらいうまでもありません。キムラセンセのいう「どう聴いてもひとりの人間が弾いているようには思えない」ハイ・テクニックは、この曲では登場しませんし、明らかにリズム・ギターがべつにひとりいますが、それでも、うまいものはうまいのであって、ただただ呆然と聴くだけであります。

なんだか、当ブログにはむやみに登場するテン・タフ・ギターズですが、何枚ももっているわけではなく、一枚しかないアルバムに、これまでに取り上げたスタンダード曲がちゃんと入っているという、ウルトラ高打率なのにすぎません。この曲は、ちょっとテンポが速すぎて、どんなもんでしょうねえ、です。途中から入ってくる混声コーラスもものすごい早口。ドラムはこのテンポでも、遅れず、走らず、突っ込まず、やはりゲーリー・チェスターでしょうか。

◆ 古い盤、昔の雰囲気を再現した盤、わけのわからない盤 ◆◆
わが家にあるもっとも古いものは、セカンド・ヴァースのところでふれたMiss Walton & Mister MacDonough盤ですが、これは「もっている」わけではなく、某所で配布しているもの(いうまでもなく、SPから起こしたもの)を拾ってきたにすぎません。ヴォードヴィル時代の音楽を聴くチャンスなどあまりないものですから、「勉強させていただきました」です。

It's Only a Paper Moonのところでもふれたメアリー・アン・マコールという女性歌手のヴァージョンは、いったいなんだろうねえ、これは、というアレンジです。なにか不気味な曲がはじまりそうなイントロですし、全体を通して、不協和音の混じる変なストリングスがずっと鳴っていて、わけがわかりません。こういうアレンジにしたからといって、突然、この歌詞の隠れた意味が浮かび上がってくる、なんてこともないと思うのですが。

f0147840_485450.jpgスティーヴン・エイロンというギタリストのオフィシャル・サイトで試聴できる、この人とジョーネル・エイロン(奥さんでしょうか。べつのところに小学校で歌を教えていると書かれていました)のデュエット盤は、90年代の録音だそうですが、なんとも折り目正しいヴァージョンで、なかなか面白く感じました。なんだか、唱歌を聴いているような気がしてきます。

古い曲というのは、いろいろなヴァージョンがあって、面白いというか、疲れるというか、ほかのヴァージョンが聴けなかったのはむしろ幸いか、なんて罰当たりなことをいいたくなります。

◆ さて、ソングライターの素性は…… ◆◆
f0147840_4115671.jpgこの曲はまたしてもブロードウェイの芝居に起源をもつもので、ブロードウェイとポピュラー音楽がいかに深く結びついているかのさらなる証左となっています。しかも、その芝居はかの『ジーグフェルド・フォリーズ』なのですから、オッと、でした。だとすると、ひょっとしたら、この曲は戦前の日本でも歌われていたのではないでしょうか(調べが行き届かず、申し訳ありません)。

作者のジャック・ノーワースとノラ・ベイズは夫婦だったそうで、ソングライターというより、どちらかというとパフォーマーとして活躍したといっている資料があります。この曲も、彼ら自身がブロードウェイ版の『ジーグフェルド・フォリーズ』で歌ったのが初演だそうです。

f0147840_4135525.jpgジャック・ノーワースの履歴を読んでいて、アッといってしまいました。彼はTake Me Out to the Ball Gameの作者なのです。こりゃまた恐れ入谷の鬼子母神。「第二のアメリカ国歌」をつくった人の曲とはつゆ知りませんでした。こういう面倒なことになるのなら、この曲は取り上げなかったのに、なんて、また罰当たりが口をつきそうになります。

古い曲はこういうことがあるから厄介、もとい、興味深いですねえ。今後は、できるだけ、60年代以降につくられた「ふつうの曲」をやろうな>俺、とまた罰当たりをつぶやくのでした。
by songsf4s | 2007-09-26 23:55 | Harvest Moonの歌