人気ブログランキング |
2007年 08月 04日 ( 1 )
Somebody to Love by Jefferson Airplane
タイトル
Somebody to Love
アーティスト
Jefferson Airplane
ライター
Grace Slick
収録アルバム
Surrealistic Pillow
リリース年
1967年
他のヴァージョン
live versions of the same artist
f0147840_23512037.jpg

◆ 長めの前史 ◆◆

本日も、商売人たちが仕組んだ、お調子者のためのサマー・オヴ・ラヴ40周年便乗のそのまた便乗をつづけます。いちおう、それらしい曲を看板に立てましたが、あくまでも看板で、周辺のことも書きます。

ビートルズのRevolver(66年)のときから、なにか変な感じがしていました。同じころに大ヒットしたビーチボーイズのGood Vibrationsも、そのまえの(という時間感覚で記憶していますが)Sloop John B.とはだいぶようすの違う曲に聞こえました。

f0147840_23524297.jpg当たり前じゃんか、というのはリアルタイムでご存知ない方です。たとえいまは古典の地位を獲得した曲であっても、同時代にあってはヒット・チャートをにぎわしている「流行歌」なのです。同じ流行歌だけれど、それぞれスタイルがちがうにすぎません。まえのSloop John B.は、わたしはキングストン・トリオのヴァージョンでもっていたので、「そういう曲」と理解していましたが(両者とも、ストライプのボタンダウンのシャツを着たパブ・ショットが有名で、ある意味で「同じくくり」にできなくはなかった)、そこから考えると、Good Vibrationsは、まったく異なるカテゴリーの曲でした。

f0147840_2354303.jpgあ、それ以前にもう1曲、ちょっと引っかかったものがありました。ヤードバーズのHeart Full of Soulです。クラプトンのヤードバーズではなく、先鋭化したジェフ・ベック時代のヤードバーズです。あのとき、リアルタイムでHappening Ten Years Time Agoを聴いていれば、ギターの扱いにもっと驚いていたと思うのですが、幸か不幸か、Heart Full of Soulしか知らなかったので、なんか変な曲だ、と思っただけでした。

そのつぎに引っかかったのは、ラジオで2、3回聴いただけの、エレクトリック・プルーンズI Had Too Much to Dream (Last Night)です。これはHeart Full of Soulどころではなく、イントロのギター(というかサウンド・イフェクト)からして、すごく変だ、と思いました。

f0147840_2356239.jpg「ミュージック・ライフ」には、マーシャルのアンプを数台、直列につなげてギターの音をつくった、といった紹介があり(つまり、フィードバックさせたといいたいのかもしれません)、このころはまだハイプをまともに信じる子どもだったので、すごいなあと、マーシャルのアンプがどんなものかも知らないのに感心しちゃいました。マーシャルはたぶんジミヘンが有名にしたのであって、それ以前は、ギターアンプの最高峰はフェンダー・トゥイン・リヴァーブでした。いまでも、そっちのほうがいいという人は、わたしを含めていっぱいいることでしょう。大きな会場での出力の問題もあって、マーシャルが増えていったのではないでしょうか。えーと、どこからここに迷い込んだのだったか……。

プルーンズの「今夜は眠れない」(原題は「昨夜は夢ばかり見てよく眠れなかった」という意味だから、きっと今夜も眠れないだろう、なんだ、考えオチかよ、という邦題です)は、いろいろなイフェクトが入っていて、8分でリズムを刻むといったような常識的なギターではなく、なんだよ、これは、と思いました。

今夜はこの曲を取り上げようかな、と思ったのですが、セッション・プレイヤーが多数混入または百パーセント混入の疑いが強くて、「またか」といわれるのも業腹なので、これはリンボーの闇に転送しました。ひとつだけいっておくと、あのプロフェッショナルたちが、先鋭的なガレージ・バンドみたいな音をつくったことに、いちだんと尊敬の念を深めます。恐るべきプレイヤー集団です。

◆ さらに長めの前史 ◆◆
66年から67年はじめにかけて登場した、こうした一連の「変な曲」「変なアルバム」のおかげで、もっと変なものが出てきても、驚くというよりは、納得できる状況ができあがりました。真打ちは、プルーンズと同じ時期に登場したStrawberry Fields Foreverです。

この曲の歴史的評価はどうであれ、あの時代にあっては、もっとも先鋭的なサウンドをもつ流行歌でした。それまでの、たとえば、She Loves You的な流行歌の基準からいえば、考えられないほどアヴァンギャルドで、それがチャートを駆け上がっていき、ラジオからガンガン流れてきたのが、67年はじめという時期でした。

ビートルズが、Rovolverの路線をさらに先鋭化した方向へと傾斜しはじめたことが明らかになったのだから、いまふりかえれば、ほかのアーティストが、その方向でヒットを生む機は熟していたことになります。

f0147840_23573256.jpg反論したくてウズウズしている人もいるかもしれないので、急いで付け加えておきます。ビートルズが単独で「その方向」を開拓したのではありません。どちらかというと、彼らは、すでに伏在していた「気分」をすくいあげて、白日の世界に提示しただけというべきでしょう。ああいうものが受け入れられる素地は、すでに十分にできていたのです。そういう地下というか、表皮のすぐ下にうじゃうじゃと、「その方向」のバンドが英米の各地に簇生していたことが、PebblesやNuggetsといったコレクションに結実した考古学的研究の結果、いまでは明らかになっています。

これで、本題に入る準備がようやく整いました。極東の中学生の場合も、変な方向に飛び込んでいく下地はすっかりできていたのです。

◆ ライトショウ ◆◆
あれはいつのことだったのか、もう記憶があいまいなのですが、67年のたぶん初夏のことでしょう。いつものように、朝の番組「ヤング720」を見ていたら、とんでもないものが飛び込んできました。こんな雰囲気の絵です。

f0147840_23583380.jpg

ジェファーソン・エアプレインのSomebody to Loveという曲で、ステージではこういう幻想的な演出をしているとかなんとか紹介されました。たしか、すでにライトショウのことは雑誌で読んでいたと思います。これがライトショウというものか、と中学生は興奮しつつ(いまではべつにどうということのない演出ですが、あの時代にあってはちょっとした驚きでした)、カッコいい曲だなあ、と思ったのでありました。リード・シンガーもなかなか美人のようでしたし!

長々しい前史を書いたのは、エアプレインのサウンドとライトショウが、まったくのエイリアンではなく、どちらかというと、無意識のうちに待望されていたものが、現実として目の前にあらわれたという、当時の子どもの印象をわかっていただくためでした。

f0147840_00161.jpg最初の雨粒の大部分が、地表に届く前に蒸発してしまうように、66年のあいだは、こうした伏在する気分はなかなか表面には出てこなかったのですが、素地ができあがり、そこに乗るすぐれた楽曲がでてきたことによって、ここからは、サマー・オヴ・ラヴ的な曲が続々と登場します。いや、「続々」というのは、それを望んでいる子どもの印象にすぎないかもしれませんが、ほぼ同じころにビートルズが一年ぶりのアルバム(本来は半年に1枚のスケデュールだったので、解散説がかまびすしくなるほどの遅れだった)であるSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Bandをリリースしたところで、その気分は爆発といえるほどまでに昂まっていったのです。

◆ 尋常な歌詞 ◆◆
せっかくだから、いつものようにSomebody to Loveの歌詞を検討しますが、どうこういうようなものにも思えません。プルーンズの「昨夜は眠れなかった」にも同じことがいえます。いや、そもそも、曲自体はあちらはプロのソングライターが書いたもので、とくに時代を反映したものではなく、ただただサウンド作りが先鋭的だったにすぎません。

When the truth is found to be lies
And all the joy within you dies

ファースト・ヴァースはたったこれだけです。中身より、この尋常でない構成のほうに特徴があるといっていいほどです。「真実と思ったものが偽りとわかったとき、あらゆる喜びが死ぬ」と、これでわずか8小節。すぐにコーラスに突入します。

Don't you want somebody to love
Don't you need somebody to love
Wouldn't you love somebody to love
You better find somebody to love

あまり意味があるとはいえないし、シンプルなので、日本語なんかにはしませんが、これまた8小節で、短いギター・ブレイクがあり、すぐにヴァースに戻ります。子どもとしては、曲がはじまったとたんといっていいほど「浅い」ところに出てくるギター・ブレイクが気になりました。

When the garden's flowers, baby, are dead, yes
And your mind, your mind is so full of red

f0147840_045741.jpgセカンド・ヴァースでやっと、サイケデリックっぽいというか、歌の世界では当たり前とはいえない表現が出てきます。庭の花が枯れれば(「死ねば」といっていますが)、あなたの心は赤でいっぱいになる、って、なんのことかわかりませんが、わからない詩はそのままにしておくにかぎります。まあ、ジョン・レノン自身の解説で、Strawberry Fields Foreverの「It must be high or low」の意味がわかったりすることもあるわけで、書いている当人は、明確な意図を持っていたのかもしれません。とりあえず、「花」と「死」と「赤」は「縁語」のようなものにわたしには思える、とだけいっておきます。

どうせ短いので、最後のヴァースも写しておきます。

Tears are running, they're all running down your breast
And your friends, baby, they treat you like a guest

文脈からいうと収まりが悪いのですが、「涙は胸を伝って流れ落ちる」というのは、それ自体、意味がわからないということはありません。なぜ、ここにそういうラインが出てくるのかがわからないだけです。「友人たちはあなたをゲストのようにあしらうだろう」というのもわかりません。guestという語に悪い意味はないはずだが、と思って辞書を引くと、「《廃》 他国者, 異国人」という使われなくなった語義がありました。このことをいっているのでしょう。唐突にでてくるところがわかりませんが、このライン単独での意味は、「よそ者のように冷たくあしらう」で通じます。

◆ 尋常ではないサウンド ◆◆
ヒットしていた当時も、その後も、この曲の歌詞のことを検討したことなどありませんでした。わかったような、わからないような歌詞であるいっぽうで、三度くり返されるコーラスはおそろしく単純で、だれにでも了解できるものです。たいていの人の印象に残るのは、このコーラスの繰り返しとサウンドだけであって、ヴァースはだれの注意も惹かなかったのではないでしょうか。

f0147840_07411.jpgもちろん、日本人の中学生も、歌詞などまったく気にしませんでした。歌詞だけ見ているとわかりませんが、この曲の構成は、正確には、ヴァース/コーラス/ギター・ブレイク/ヴァース/コーラス/ギター・ブレイク/ヴァース/コーラス/長めのギター・アウトロ、と表現するべきです。コーラス同様に、何度も短いギター・ブレイクが登場する構成が、きわめてunusualでした。中学生は、全体のサウンドの雰囲気と、ヴォーカルとギターを同列においたこの構成に強く惹かれたのです。

また、忘れてはならないのが、ジャック・キャサディーのベースです。この最初のヒット曲からして、彼のプレイが全体を支配しているといっていいほどで、この人がいたおかげで、サンフランシスコのバンド全体のレベルがあがったとまで考えています。デッドのフィル・レッシュに強い影響をあたえただけでも、彼はアメリカ音楽史に大きな貢献をしたといっていいでしょう。中学生のわたしはキャサディーの大ファンになりました。

◆ デイヴ・ハーシンガー ◆◆
その盤が録音されたのはどこのスタジオか、などということを気にするのは、健康な音楽ファンのやることではないでしょうが、ジャケットをひっくり返して、裏側の文字を読んでいると、ときに、ささやかな洞察に至ることがあります。

まずは、Somebody to Loveが収録されたジェファーソン・エアプレインのセカンド・アルバム、Surrealistic Pillowの裏ジャケをどうぞ。

f0147840_084969.jpg

ジョーマ・コーコネンの左肩には「RECORDED IN RCA VICTOR'S MUSIC CENTER OF THE WORLD, HOLLYWOOD, CALIFORNIA」とあります。ひどく大げさな名前ですが、これはハリウッドのRCAスタジオのことです。エルヴィスも使ったことがあるし、モンキーズもここで録音していました。もちろん、ほかのアーティストも多数。

コーコネンの頭の上には「RECORDING ENGINEER: DAVE HASSINGER」と書かれています。ハーシンガーは、ストーンズのハリウッド・セッションのエンジニアを務めた人です。

つぎは、グレイトフル・デッドのワーナーからのデビュー盤のクレジット。

f0147840_010165.jpg

ご覧のとおり、プロデューサーはデイヴ・ハーシンガーとあります。

つまり、サンフランシスコのバンドの先陣を切ってメイジャーと契約をむすび、のちのちまでサンフランシスコ・サウンドの代表といわれる二つのグループは、ハリウッドで録音していたということです(デッドはまもなく本拠地のウォーリー・ハイダーのスタジオを使うようになる)。

彼らがエレクトリック・プルーンズのように、スタジオ・ミュージシャンを使ったといいたいのではありません。デッドは百パーセント自前、エアプレインは、ひょっとしたら、セッション・ギタリストの助けをいくらか借りたかもしれない、といった程度です。キャシディーはうまいし、ドラムのスペンサー・ドライデンもまずまずの腕です。

そもそも、ドライデンはジャズ・ドラマーで、デビュー時のエアプレインのドラマー、スキップ・スペンスが抜けて(ギタリストしてモビー・グレイプをつくる)困っていた彼らのマネージャーに相談を受けたアール・パーマー(やっぱり「関係者」が出てきました)が推薦したのだそうで、要はスタジオ・プレイヤーと似たような立場でエアプレインの録音とライヴで叩いたのです。スタジオ・ドラマーになるほどの腕はないが、ツアーならば十分にやっていける、という意味でアールは彼を推薦したのでしょう。そうじゃなければ、スタジオ・ドラマーとして推薦します。ハル・ブレインはアール・パーマーの推薦のおかげでスタジオに入ったのであり、ジム・ゴードンはハル・ブレインの推薦でスタジオの仕事を得たのです。

よけいなところに入り込んでしまいましたが、あの「サウンド」は、いま思えば、エアプレインがつくったのではなく、ハーシンガーがつくったにちがいありません。

ちょっとアンフェアなのですが、いままでカードを一枚伏せていました。じつは、エレクトリック・プルーンズのプロデューサー/エンジニアもハーシンガーだったのです。わたしは、いまでは単純に考えています。I Had Too Much to Dream (Last Night)と、Somebody to Loveという、中学生のわたしの耳をグイと引っぱったunusualなサウンドは、プルーンズやエアプレインがつくったのではなく、デイヴ・ハーシンガーがという風変わりなエンジニア/プロデューサーが構想した音だったのだ、というように。

サンフランシスコで生まれたと考えられている「サイケデリック・サウンド」は、じつはハリウッドの職人が、時代の要請するところをうまく読んでつくりあげた、緻密なものだったのだと思います。

◆ 各ヴァージョン ◆◆
f0147840_0125085.jpg今回は、比較対象はすべて同じアーティストです。うちにあるSomebody to Loveの他のヴァージョンは、エアプレインのモンタレーでのライヴと、ライヴ・アルバム、Bless It's Pointed Little Headに収録されたライヴ・ヴァージョンだけです。

モンタレーのライヴは、録音も悪く、プレイも、テンポが異常に速くて、間合いというものがなく、出来がいいとはいいかねます。

それに対して、Bless It's Pointed Little Head収録ヴァージョンは、キャサディーとドライデンがいいグルーヴをつくっているし、グレイス・スリックの歌い方も、モンタレーのときよりずっとシンコペーションの使い方がうまくなっていて、なかなか好ましいヴァージョンです。
by songsf4s | 2007-08-04 23:57 | 「愛の夏」の歌