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2007年 07月 30日 ( 1 )
Summer (The First Time) by Bobby Goldsboro その1
タイトル
Summer (The First Time)
アーティスト
Bobby Goldsboro
ライター
Bobby Goldsboro
収録アルバム
Summer (The First Time)
リリース年
1973年
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◆ 1970年代前半という時代 ◆◆
ボビー・ゴールズボロといえば、なにはさておきHoneyでしょう。あれも話の長い曲でしたが、本日とりあげるSummer (The First Time)もかなり長い歌詞です。話の長いのはお互い様で、文句をつける筋合いではないのですが、歌詞がなくても話が長くなるのに、長い歌詞が相手では、どうなることかと、われながら先が思いやられます。

このブログを少年少女が読んでいるとは思えないのですが、万一ということもあるので申し上げておきます。今回は「大人の歌詞」です。露骨ではありませんが、強く暗示する歌詞になっていますので、わたしもその点にふれざるをえません。未成年の方は、ここでこのページを閉じるようにお願いします。成人の方でも、そういう内容の歌詞を好まない方もいらっしゃるでしょうから、同様に、ここで切り上げるようにおすすめします。

さて、タイトルは「夏(はじめての時)」とありますが、これはそのまま受け取ってくださってけっこうです。「そういう」歌です。70年代に入ると、その種の歌詞をちらほらと聴くようになりましたが(たとえばアル・クーパーのThe First Time Around)、この曲もそういう時代の流れのなかで生まれたものです。

ビリー・ポールの不倫の歌Me and Mrs. Jones(三角関係の歌というのは60年代にも山ほどありましたが、"We've got a thing goin' on"といった細部に、三角関係などという間接的なことではなく、「情事」の生なムードが表現されていました)のナンバーワン・ヒットも、そういう時代だから生まれたものでしょう。テリー・ジャックスのチャート・トッパーSeasons in the Sunも、死の床についた男が妻とその愛人(男の親友)に語りかけるという、なるほど、フランスもの(ジャック・ブレル作)のカヴァーらしいや、と思わせる歌詞でした。

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その背景のひとつは、ウーマン・リブ、つまり、フェミニズム運動の高まりでしょう。当時「女の自立」ということがいわれていましたが、それは小説や映画などのフィクションだけではなく、音楽にも影響をあたえました。直接的には、たとえば、ヘレン・レディーのI Am Womanようなものが生まれたわけですが(この曲にかわってトップに立ったのがMe and Mrs. Jones)、間接的な影響も大きかったと思います。男の側から女性を描くのであっても、主体性のある相手と対峙するような形にしたり、強い自我をもつ存在として描く必要が生じ、60年代のような、外見だけの人形みたいな存在に恋する男の歌はつくりにくくなりました。

ジョニ・ミッチェルのHelp Meは、フェミニズムを訴えているわけではありませんが、「おたがい、こうして愛し合っているのは好きけれど、自由と交換するほどじゃないものね」(We love our lovin' but not like our freedom)という調子で、ramblin' and gamblin' and sweet-talking lady's manと表現される、女たらしの遊び人と対等に渡り合うわけで、男にもたれかからない(同時に、男にもたれかからせない)女性像が当たり前のように歌のなかに登場するようになったのが、70年代前半という時代でした。

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どうせ長話になったし、ついでだから、もうひとつふれます。フェミニズムと表裏一体のものとして、ゲイの自由を叫ぶ声も高まっていきました。『スケアクロウ』『狼たちの午後』といったアル・パチーノの70年代前半の映画はそういう文脈にありました(そして『クルージング』へとつながるのですが)。

音楽では、さすがにそういうものはすくないのですが、最後まで聴くと、なんだ、一杯食わされた、となってしまうものの、途中まではゲイの歌かと思わせる、ジム・スタフォードのMy Girl Billという曲がありました(ヴィレッジ・ピープルのY.M.C.A.は79年のヒット。ラジオではじめて聴いたとき、ベッドから転げ落ちました)。たとえジョークであっても、60年代なら、こういう曲はヒットしなかったでしょう。

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ザ・レジェンズ 左からジム・スタフォード、ケント・ラヴォア(のちのロボ)、ひとりおいてグラム・パーソンズ。まさしく伝説のバンド。

時代が変われば、歌にもそれが反映されるという、当然のことにすぎないのですが、とにかく、そういう時代になったのだということをご承知をおきください。

◆ 長く暑い導入部 ◆◆
それでは、長い歌詞を見ていきます。はしょりにくいので、斜め読みで対処なさってください。まずはファーストおよびセカンド・ヴァース。

It was a hot afternoon
Last day of June
And the sun was a demon
The clouds were afraid
One-ten in the shade
And the pavement was steaming

I told Billy-Ray
In his red Chevrolet
I needed time for some thinking
I was just walking by
When I looked in her eye
And I swore it was winking

「6月最後の日の暑い午後だった、太陽は悪魔のようで、日陰で43度という気温に人々はおそれをなし、舗道からは陽炎が立ちのぼっていた」というのがファースト・ヴァースです。43度はないだろうといいたくなりますが、深南部の話なんでしょうね。

それにしても、そんな気温になったら、うちで横になっているしかないでしょう、ふつうは。でも、だれでも正気ではなくなり、ふだんならしないことをする、という意味で、この尋常でない設定は、その後の出来事を正当化するのに役立っています。

And the sun was a demon「太陽は悪魔だった」というラインは、「悪魔のようだ」などとしていないところがけっこうだと思います。暑さが伝わってきます。

「ビリー=レイの真っ赤なシヴォレーに乗っているとき、ぼくは“ちょっと(ひとりになって)考えたいんだ”といった。(車から降りてその後)何気なく歩いていて、彼女と目が合った。誓っていうけれど、あれはウィンクだった」

以上、むやみに補足説明を入れなければならないほど、セカンド・ヴァースの展開はめまぐるしくなっています。導入部をさっさと終わりにしたかったのだと想像します。

ビリー=レイのように、ハイフンでつないだファースト・ネームというのは、南部に多いのだということをなにかで読んだ記憶があります。南部の話だということをはっきりさせる意図で使われたものでしょう。

ヒロインに出会うまでにずいぶん手間取りましたが、とにかくヴァースのうちに会えて幸いでした!

◆ 危ない年齢どうし ◆◆
つぎはブリッジ。起承転結の「承」です。

She was 31 and I was 17
I knew nothing about love
She knew everything
And I sat down beside her on the front porch swing
And wondered what the coming night would bring

「彼女は31歳、ぼくは17歳、ぼくは愛のことなどなにも知らず、彼女は知り尽くしていた、フロント・ポーチのぶらんこの彼女のとなりに坐り、ぼくは、夜になったらなにが起きるのだろうと思った」

この年齢の組み合わせは危険だなあと、かつて17歳だったことがあるわたしは思います。かつて31歳だったこともありますが、女だったことはないので、そのへんはよくわからないものの、想像するに、女の31歳もちょっと危ない年齢なのじゃないでしょうか。いや、ホントにたんなる想像で、そう考えてしかるべき過去がわたしにあるわけじゃありませんよ。

フロント・ポーチというところにもちらっと南部を感じますが、そこにブランコがあるというところで、いよいよ南部の色彩が強まるように感じます。映画で見ただけですが。

長くなったので、今夜はこのへんにして、またしても分割させていただきます。気をもたせるようですが、R指定になるようなラインには今回はたどり着けませんでした。6月30日の歌なので、ひと月遅れになってしまいましたが(先月の月末はペトゥラ・クラークの6月31日があったもので)、明日中になんとかします。
by songsf4s | 2007-07-30 23:33 | 六月をテーマにした歌