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2007年 07月 29日 ( 1 )
Theme from A Summer Place by the Lettermen
タイトル
Theme from A Summer Place
アーティスト
The Lettermen
ライター
Max Steiner, Mack Discant(歌詞追加)
収録アルバム
The Hit Sounds of The Lettermen
リリース年
1965年
他のヴァージョン
The Ventures, The Tornados, Percy Faith and His Orchestra
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◆ あまーい秘密 ◆◆
だれが考えたのか知りませんが、あれほどの大ヒット曲をインストのまま放っておくのは資源の浪費であるという、ひどくまっとうなビジネス・センスを働かせた人がいて、パーシー・フェイスのヒット曲は5年後の夏、こんどは歌ものとして再ヒットすることになりました。

わたしはコーラス・グループを大の苦手としているので、レターメンのパフォーマンス自体にはまったくなんの意見ももっていません。右の耳から左の耳へと、なんの痕跡も残さず、きれいに通り抜けていきます。こういうものはバック・トラックを聴くために買っているにすぎないのです。バック・トラックについてはあとで見ることにして、まずは泥縄でつくられた歌詞を見てみます。

There's a summer place
Where it may rain or storm
Yet I'm safe and warm
For within that summer place
Your arms reach out to me
And my heart is free from all care
For it knows

Summer placeを「避暑地」と訳してよいかどうかは微妙なところで、夏のヴァケーションでいく場所、という意味にすぎないでしょう。暑いところにいく人だっていますよね。とはいえ、「夏の場所」では相撲かと思ってしまうので、ここでは「サマー・プレイス」を使うことにします。

f0147840_21165948.jpgで、そのサマー・プレイスは、雨が降ったり、ときには嵐になったりすることもあるけれど、そこにいるかぎり、つねに暖かかくて安心である、なぜならば、いつもきみがすぐそばにいるから、ぼくの心はなにものにもわずらわされない、とまあそんな感じで、ここまでは映画の中身ととりたてて矛盾するところはないように思われます。

最後のFor it knowsはなんだって? For it knowsぐらい、まけときねえ、といっては、「千早振る」のサゲになって、この記事は終わってしまいますが、なんだかよけいだなあ、シラブル合わせじゃないの、なんて思います。itは当然heartのことでしょうが、knowのあとに目的語がないので、「心は知っている」ってなんだよ、ただ自分で納得して、前の行を肯定しただけじゃん、てなもんです。なにか見落としているのかもしれないので、背後からの致命的なひと突き、大歓迎です。

コーラスでは、「愛に祝福された者の眼には陰鬱な空などありえない」という、しらふの人間にはつきあいきれないようなことが語られ、つぎで、わたしにとっては意外な展開になります。

And the sweet secret of a summer place
Is that it's anywhere
When two people share
All their hopes
All their dreams
All their love

サマー・プレイスの甘い秘密は、二人の男女が希望を、夢を、そして愛を分かちあいさえすれば、そこがどこであろうとサマー・プレイスになるということなのだ、とくるわけです。そんな脳天気な映画じゃなかったぞ、と怒るのは、AIP風ビーチ・ムーヴィーを期待して、みごとにうっちゃりを食ったわたしだけだから、歌としてはこれでいいのでしょう。こういうグループというのは、クラブやホテルが稼ぎ場ですから、そういう客に受ける曲じゃないとぐあいが悪いんですよね。あまーいラヴ・ソングがじゃなければいけないのです。

◆ いつものメンバー ◆◆
レターメンはハリウッドで録音しているので、この曲もおなじみさんばかりがプレイしているはずです。ドラムはブラシなので判断できませんが、まあ、この時期ならハル・ブレインと考えておけば安全です。フェンダー・ベースはキャロル・ケイです。キャロル・ケイのオフィシャル・サイトのディスコグラフィーにちゃんとリストアップされています。プロデューサーは、かの「チッキン・サックスマン」スティーヴ・ダグラスですから、ほかのメンバーもハリウッドのエースたちにちがいありません。

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こういうことがあるのは重々承知しているので、たとえレターメンにまったく興味がなくても、いちおう押さえておかねばならないわけで、プレイヤー研究というのは、アーティストの好き嫌いはいえないつらい作業なのだということは、よくおわかりいただけるでしょう。

この曲のトラックの出来は、可もなし不可もなし、というあたりです。ハリウッドのコーラス・グループはおおむね大編成のトラックをつけることになっているので、スケール感だけはあります。しかし、ヴォーカルの邪魔にならないようにという配慮なのでしょう、フレンチ・ホルンが入っていないのがちょっと残念です。

◆ ヴェンチャーズ盤 ◆◆
ヴェンチャーズのヴァージョンは、アルバムHawaii 5-Oに収録されているものです。コンボ編成で、弦のかわりにオルガンというのがちょっといただけません。

f0147840_21191264.jpgこのアルバムのタイトル・トラック自体は、トミー・テデスコがリードを弾いたことが彼の自伝からわかっています。でも、だれとかいう知らないプレイヤー(ツアー用ヴェンチャーズとも無関係な、この曲以外では見たことのない名前の人で、例によって忘れちゃいました)が、譜面を読めなかったために、オーケストラがスタンバイしているのに、ギタリストがプレイできないという緊急事態となり、トミーのところにSOSの電話がいっただけなのだそうです。

こういう場合、残りの曲もトミー・テデスコが引き継ぐかどうかは微妙で、避暑地の出来事のテーマについては、彼のプレイであると断じるに足るような特徴はありません。たぶん、べつのプレイヤーだろうと感じます。

また、タイトル・トラックではキャロル・ケイがフェンダー・ベースを弾いたこと、ジョン・グェランがドラムを叩いたこともわかっています。しかし、避暑地の出来事に関してはキャロル・ケイのグルーヴは感じられません。ドラムも、グェランかどうかはさておき、つまらないプレイです。はっきりいって、聴かなくてよいトラックでしょう。

◆ ジョー・ミークのトーネイドーズ盤 ◆◆
もうひとつ、わが家にはトーネイドーズ盤もあります。ヴェンチャーズに近いロック・コンボですが、さすがはジョー・ミーク、ヴェンチャーズ(のアレンジャーとプロデューサー)のように、ストリングスのパートをオルガンで置き換えるなどという手抜きはしていません。縮小再生産の方向ははじめからとらず、べつのサウンドを目指して、ちゃんと成功しています。

f0147840_21203361.jpgジョー・ミークのサウンドでもっともよく知られているのは、トーネイドーズのビルボード・チャート・トッパー、Telstarでしょう。日本ではヴェンチャーズ盤が知られていますが、プレイではなく、サウンドの質からいうと、本家のほうがずっとすごい出来です。サウンド・イフェクトなんていうものが、あれほど楽しめる盤はほかにないのではないでしょうか。それほど、イントロとアウトロのSEは強い印象を残します。ジョー・ミークとしては、じつは曲なんかどうでもよくて、SEを聴かせたくて、あんな盤をつくったのではないかとすら思います。

ミークは音の手ざわりに徹底的にこだわる人で、それはたとえば、ハニーカムズのHave I the Rightのような歌ものより、インストゥルメンタルのほうにハッキリ出るのは理の当然で、トーネイドーズの盤というのは、そういう音のテクスチャーの大カタログの様相を呈しています。

避暑地の出来事のテーマにしてもそれは同じ、いや、それどころか、なんとも気持ちのよい音で、ミークのものとしてもいいほうではないでしょうか。不思議なリヴァーブとトレモロのかかったギターの音が気持ちいいのはもちろん、どうやってつくったのかさっぱりわからない、これまた不思議な音のピアノがまた素晴らしい響きです。

◆ そして珊瑚礁の彼方のジャングルへ ◆◆
SE好きなミークは、この曲でも、オープニングとエンディングに鳥の啼き声のSEを配しています。このSE自体は、ライブラリー音源みたいなチープなもので、出来がどうこうなどというものではないのですが、ほかのSEではなく、鳥の啼き声だということから、ある連想が生まれます。エキゾティカです。

エキゾティカの代表的アーティストであるマーティン・デニーの第一印象は、わたしの場合、鳥の啼き声でした。驚いたことに、メンバーが声色でやっているのだそうですが、あれは抵抗できない魅力があります。ミークの鳥の啼き声はそういうすごいものではないのですが、エキゾティカを意識していたから、そこらのライブラリーから鳥の啼き声をコピーしたのではないか、と想像したくなります。

f0147840_212541.jpg小学校のときに、ふとした気の迷いで買ってしまった、アトランティックスというオーストラリアのサーフ・インスト・グループのBomboraというシングルがあります。このB面にAdventures in Paradiseという曲が入っていたのですが、これが鳥の啼き声のSEまで入った完璧なエキゾティカだったことに、マーティン・デニーを聴いてから気づきました。

ミークの避暑地の出来事のテーマは、アトランティックスのAdventures in Paradiseに近い手ざわりがあります(いや、ミーク・ファンの諸兄は、オーストラリアの下手くそなバンドなんかと同日に論じるな、とご立腹かもしれませんが)。これに近い感触のものとしては、鳥の啼き声は使っていないものの、エキゾティック・ギターズと50ギターズがあります。どちらもハリウッド産です。ここでわたしは混迷に陥ってしまいます。以下は支離滅裂の世迷い言なので、読まないほうがいいと思います。

ハリウッドの60年代を考えるとき、その源流として、まず第一に映画音楽とウェストコースト・ジャズを考えなければなりません。つぎに、アール・パーマーに代表される南部出身者が持ち込んだ、ニューオーリンズ・フィールがあります。わたしはかつて、この三つから60年代音楽史を組み立てようと試みたことがあります。

しかし、ハリウッドで生み出された厖大なラウンジ、エキゾティカを目の前にすると、これを無視して60年代史を組み立てられるはずがない、という気がしてきます。ラウンジ、エキゾティカは、ウェストコースト・ジャズのすぐとなりにあるのです。そして、エキゾティカが本質的にphoneyだったことは、ハリウッド映画が本質的にphoneyだったことに通底しています。さらにいうなら、60年代ハリウッド音楽もまた本質的にphoneyである、という地点にまで踏み込むことも十分に可能なのです。

かくして、エキゾティカのジャングル探検へと出発すべき条件は整ってしまったのですが……。なんだって、レターメンからこんなに遠くまできてしまったのか。道に迷った気分です。

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by songsf4s | 2007-07-29 21:45 | 夏の歌