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The Best of Earl Palmer その17

お寒うございます。南関東のなかでも温暖なことで知られる当地でも、今日は昨日よりさらに冷たい烈風が吹きすさび、わが家の「外猫」であるクロは、「これが男の生きる道」の「福神漬けヴァース」での植木等みたいなショッタレた顔をして、クシュン、クシュンといいながら、鰺の残り物をしっかり食べ、愚痴は言うまい、コボすまい、という背中の演技で去っていきました。

前々回でふれた、エルヴィン・ジョーンズ=アール・パーマーのドラム・ソロのヴィデオに対するコメントというのを、かなり下のほうまで読んでみました。何人か、これはアール・パーマーがあとからオーヴァーダブしたものであり、エルヴィン・ジョーンズのプレイではない、といっている人がいます。

その直後には、「まさか、そんなはずはない」などという否定のコメントや、「わたしもアール・パーマーの伝記でそのことを読んだ」といった支持のコメントがあるものの、バックログなど読まない人が大部分なので、結局、エルヴィン・ジョーンズはすごい、という話に戻ってしまうのが、笑えるというか、哀れというか、世の中はいずこも同じトラジ・コメディー、『アルジャーノンに花束を』みたいなもので、一瞬だけ利口になって、あとは白痴の一生です。われわれの世界を象徴していますな。

◆ Nino Tempo & April Stevens - Deep Purple ◆◆
ここから63年の楽曲に入ります。

当家では、この大ヒット曲についてすでに、Deep Purple その1その2その3と、3回にわたって詳述しています。その1は歌詞を読むだけで終わっていて、ニーノ&エイプリル盤については、おもにその2で書いています。

ニーノ・テンポの回想では、この曲は予定になかったもので、あまった時間を利用し、その場のヘッド・アレンジで、ほんの短時間で録音したということになっています。この種の話は、わたしはそのまま買わないようにしていますが、たいした時間がかかっていないというのは、たしかにそのとおりだろうと思います。

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管や弦とは異なり、リズム・セクションというのは、ふつう、自分のパートは自分でアレンジすることになっています。リハーサルのあいだにそれぞれのプレイをまとめていき、譜面を固定するのです。ドラムの場合、ベーシックなリズム・パターンからはじめて、個々のフィルインも、たいていの場合は固定し、譜面にしたようです。すくなくともハル・ブレインは、いつも自分で書いた譜面に忠実に従ってプレイしたといっています。

リハーサルのあいだに自分のパートをアレンジする、という時間の使い方ができなかった場合、どうしたってフィルインは僅少、もっぱらベーシックなリズム・パターンを繰り返すだけになる可能性が高いでしょう。Deep Purpleのアール・パーマーはそういうプレイをしています。

こういうトラックはドラマーの代表作にあげるべきではないかもしれませんが、毎度申し上げるように、スタジオ・プレイヤーの場合、大ヒット曲のストゥールに坐った実績は大事ですし、わたしはニーノ&エイプリルのDeep Purpleが大好きなのです。

◆ Jan & Dean - Surf CityおよびDrag City ◆◆
1962年は「アール・パーマーの年」でした。心技体ともに充実し、大ヒット曲、大物シンガーのセッションが相次ぎ、代表作といえるものがたくさん生まれました。

それに対して、1963年はハル・ブレインの年です。正月早々にSurfin' USAを録音したことが、この年のハル・ブレインを象徴しています。これを皮切りに大ヒットにつぐ大ヒットで、60年代に入ってからじわじわとスタジオで活躍するようになったハルが、ついにトップに立ったのがこの年でした。

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同じ土地で、ほぼ同系統の分野で仕事をしているのだから、ハル・ブレインとアール・パーマーは何度も同じセッションでプレイしています。しかし、ハーブ・アルパートのThe Lonely Bullボビー・ヴィーのThe Night Has a Thousand Eyesで書いたように、ふつうはどちらか(62年まででいえばアール)がトラップに坐り、もう片方(62年まではハル)はティンパニーなどのパーカッションをプレイしました。このアール・パーマー特集では取り上げませんが、64年のマーケッツのOut of Limitsでは、立場が逆転して、ハルがトラップに坐り、アールがティンパニーにまわります。

62年まではアールが主役、64年からはそれが逆転、では、その中間の63年は、白か黒かどっちなのか? じつはオレオ・クッキー状態、つまりアールとハルの両方がトラップに坐った、キングの揃い踏みとなるのです。いや、むろん、ジャン・ベリーの意図はキングの揃い踏みを聴かせるなんてことではないのですが、後年の目で見ると、ちょうど潮目が五分五分の時期なので、思わず、これぞ天の配剤、といいたくなります。

何度か書いていますが、わたしはダブル・ドラムがあまり好きではなく、好みのドラマーが揃い踏みをしたこのSurf Cityについても、タイムのズレが気になる瞬間があります。しかし、ジャン・ベリーが意図した厚み、奥行きということでいうと、冒頭のダブル・キック・ドラムの響きは、なるほどと思います。

初期のブライアンはサウンド作りにすぐれていたわけではなく、たとえばSurfin' USAの音はまだまだなっちゃいないと思います。この時点では、ジャン・ベリーのほうがブライアンよりずっとサウンドに対する理解と想像力が豊かで、リヴァーブをうまく使ったスケール感のある音をつくっています。まあ、リヴァーブは、この曲でも卓に坐ったであろうボーンズ・ハウのおかげかもしれませんが、そこにいたる以前の、楽曲、楽器編成、アレンジ、サウンドの方向性はジャン・ベリーのものでしょう。

サーフィンのつぎは、その陸のカウンターパートであるドラッグ・カーをテーマにしたDrag Cityで、ジャン・ベリーは再び大ヒットを得たわけですが、アールとハルのプレイについていえば、わたしはこちらのほうがスムーズに感じます(楽曲としてはSurf Cityのほうがずっと好みだが)。

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しかし、どちらの曲も、「よくやるよ」というプレイです。なにしろ、ジャン・ベリーが望んでいたのは、二人のドラマーの大活躍ではなく、ドラムの音を厚くすることだけだったので、ハルとアールは、まるでひとりのドラマーであるかのようにプレイしなければならなかったのです。リハーサルのあいだに、どこに、どのようなフィルインを入れるかを二人が相談し、これでよしと譜面が固定したら、以後、二人はまったく同じプレイをしました。

ふつうはなかなかきれいに揃うものではありませんが、そこは二人とも筋金入りのプロ、きっちりしたプレイをしています。「まるでひとりのドラマーであるかのようにプレイする」ことが肝要だったわけですが、どちらのほうがより一体感があるかといえば、Drag Cityのほうでしょう。

以上で63年の楽曲を終わり、以下、64年の録音へと進みます。

◆ Marvin Gaye - Walk on the Wild Side ◆◆
60年代のマーヴィン・ゲイというのは、じつに可哀想だと思います。それがこの業界のつねとはいえ、これほど会社にいじられて、キャリアを迷走させられたアーティストはめずらしいのじゃないでしょうか。

63年にはPride and Joy、Can I Get a Witnessというヒットが生まれているのですが、決定的な大ヒットにはなっていません。それがまずかったのでしょう、64年には、この時期のモータウンの最大のスターだったメアリー・ウェルズの引き立て役として、デュエットの相方を仰せつかっています。

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その後、How Sweet It Is、I'll Be Doggone、Ain't That Peculiarなど、単独でヒットを連発するのですが、ちょっとヒットが途切れると(One More Heartacheのフロップが痛い。わたしはこの曲が好きなのだが)、またぞろ、こんどは格下のタミー・テレルとデュエットを組まされ、まるで山内賢と和泉雅子の扱い。つまり、ひとりではダメ、ふたリセットでやっと一人前と烙印を押されてしまいます。

こうなると悪い循環に入って、I Heard It through the GrapevineやToo Busy Thinkin' 'bout My Babyの大ヒットすら、ほとんど「なかったこと」のようなありさまとなり、シーンから消えかかったところで、What's Goin' onの大ヒットによって、70年代的な「ブラック・シンガー・ソングライター」として、起死回生を果たします。こうしてみると、不運だけれど、ガッツのあるシンガーだったとつくづく思います。ふつうなら、どこかでグレちゃったでしょう。Let's Get It onのころは、ここまで来られたか、と感無量だったでしょうね。

Walk on the Wild Sideもまた、マーヴィン・ゲイの「モータウンの色物芸人」時代の録音です。スターのお相手という音楽的ジゴロをやらされるいっぽうで(スプリームズのメアリー・ウィルソンは、自伝のなかで、若いころのマーヴィン・ゲイのことを、あれほど美しい男はほかに知らないといっている。つまり会社の扱いは「そういう存在」であり、「色子」だった)、たとえばナット・コール・ソングブックのような企画盤をやらされています。Walk On The Wild Sideは、もうひとつの企画盤、ブロードウェイ・ミュージカルのカヴァー集であるHello Broadway収録のものです。

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マーヴィン・ゲイとしては、自分のカタログから抹消したいような盤でしょうが、アール・パーマーのドラミングとしては、シナトラのSinatra and Swingin' Brassと同じような方向性で、派手なプレイを楽しむことができます。

モータウンが早い段階からLA録音をしていたことは、いまだに「常識」ではないのかもしれませんが、キャロル・ケイは63年か4年からモータウンの仕事をしているといっています。アール・パーマーも、もっとほかにモータウンの大ヒット曲でのプレイがあったはずですが、伝記では言及されていません。音楽界、芸能界は暴力の世界でもあることを思い出さざるをえません。実情をありのままにいうことをためらわせる、なんらかの事情があったのでしょう。

残る64年のトラックは次回にふれさせていただきます。


by songsf4s | 2008-11-19 23:58 | ドラマー特集