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The Best of Earl Palmer その16

2008年11月18日追記
大いなる勘違いがあったため、サム・クックのベース・プレイヤーに関する記述を修正しました。


前回の記事で、ナット・キング・コールのRamblin' Roseのセッションに関する当方の記憶にあやふやなところがあり、仲間内に助けを求めたところ、前回の記事のコメントにあるように、オオノさんがわたしが探していた典拠を発見され、その部分をDVDから吸い出して、You Tubeにアップしてくださいました。それが以下のシークェンスです。



先日のわたしの記述は大筋で合っていたのですが、勘違いもありました。最初のアレンジではペダル・スティールが使われていたのを、ビリー・ストレンジの提案でギターに変更した、と書いたのですが、そういうことではなかったようです(考えてみると、これでは非常に危険な提案になってしまう。現場でそんなことをいったらケンカになるだろう)。

元のアレンジは不明で、とにかくうまくいかず、カントリー・スティール・ギターを加えようとビリー・ストレンジが提案し、これが座礁しかけたセッションを救い、ナット・コールに最後のトップテン・ヒットももたらした、ということでした(つまり、結局はスティール・ギターの代用として、ボスがフェンダーでカントリーっぽいオブリガートを入れたということ)。

このナレーションで、ビリー・ストレンジがネジを巻き上げ(wind up)、つまり、本気になり、セッションをtake over=乗っ取る(というか、わたしは品のない流行り言葉はあまり好かないが、テレビ屋から出て80年代に一般に広まった「仕切る」のニュアンス)という表現が出てきますが、アールは、ビリーはそういうタイプの奴だと伝記のなかでいっています。そういう意味でも「ボス」なのです。

スタジオのなかには、人種差別や性差別はなかったそうですが、だからといって、仕事を離れて、白人プレイヤーと黒人プレイヤーが親しくつきあうようなことは、当時はなかったとアールはいっています。つねに一線があったのだそうです。

キャロル・ケイは、アールとはじめて仕事でいっしょになったときに、走っているぞ、と注意され、それが恥ずかしくて、メトロノームを相手に必死にタイムを矯正したそうです。だから、若いプレイヤーに注意するのは義務と心得、ジョン・グェランが走っているのを指摘したら、猛烈に腹を立てられて驚いたといっています(グェランはあとで謝罪し、指摘に礼をいったという。でも、キャロル・ケイのように、必死にタイムの矯正などしなかったことは、その後の彼のプレイを聴けばはっきりわかる。それとも、矯正の努力はしたのに、ぜんぜん改善しなかったという情けない話なのか?)。

なんの話をしているかというと、人種差別と性差別のことです。アールは、キャロル・ケイが女性だから、「走っているぞ」と注意を与えたのではないでしょうか。もしも相手が白人の男だったら、トラブルを招く危険は犯さなかったのではないかと考えます。

そして、ジョン・グェランが、たとえば、ビリー・ストレンジに、「フィルインで喰ってるぞ、もっとリラックスしろ」とキツくいわれたら、なんせ、相手は名にし負う大男のカウボーイ、腹を立てずに、じっと耐えて、指示に従おうと努力したのではないでしょうか(グェランには正確なフィルインなど金輪際叩けるはずがないので、どちらにしろ無意味な努力)。女性に指摘されたから、腹を立てたのだろうと想像します。

わたしはしばしば、音楽を聴いていて、その場に自分がいたらどうだろう、と想像してしまうオッチョコチョイです。音楽も、人間たちの日々の小さなドラマが積み重なって生みだされているのだから、現場の人々のありように想像力を働かせるのも、まんざら無駄ではなかろうと思うのですが、どうでしょうかね……。

◆ Sam Cooke - Twistin' the Night Away ◆◆
今日はあまり時間がとれなかったので、1962年の曲をひとつだけ補足しておきます。その11の記事にあげた楽曲リストに入れ忘れてしまったものです。

f0147840_23524257.jpgあと知恵にすぎないのですが、1964年にすでに完結しているサム・クックのキャリア全体を見渡すと、このTwistin' the Night Awayは、大きなポイントになる曲であり、サウンドだったと思います。リリース順に聴いてくると、この曲で、やった、ついに金脈を掘り当てた、と手を叩いてしまいます。この路線があれば、ビートルズ旋風もイギリスの侵略も楽々と乗り切ったはずだ、と感じます。残念ながら不慮の死を遂げてしまい、結果は確認できないのですが、没後リリースが1965年にヒットしたことから、この路線は有効だったのではないかと想像できます。

じっさい、1962年という時期を考えても、サム・クックがR&Bシンガーではなく、メインストリーマーであることを考えても、このTwistin' the Night Awayの重めのビートは異例といっていいほどです。そして、この曲がトップテンに到達したのも、いま聴いても古びて聞こえない理由も、その重さ、強さにあります。この重さ、強さを生んでいる最大の要素は、イントロから大活躍するアール・パーマーのタムタムのハードヒットであり、ベースのプレイです。

サム・クックのボックス、The Man Who Invented Soulには、抜けはあるし、ひどく読みにくいものの、とにかくパーソネルが書かれていて(こういう「自分で解読しなさい」というパーソネルほど腹の立つものはない)、Twistin' the Night Awayのベースはジョージ・カレンダーとなっています。もちろん、レッド・カレンダーのことです。アールのみならず、レッド・カレンダーのソリッドなプレイも、この傑出したトラックの素晴らしいグルーヴを形成する大きな要素になっています。

これでようやくのことで1962年を完了し、次回は変化の年、1963年へと進みます。
by songsf4s | 2008-11-16 23:59 | ドラマー特集