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The Best of Earl Palmer その14

前々回にふれた、当家のお客様であるOさんに、アメリカ議会図書館サイトのJazz on the Screenというデータベースを教えていただきました。ここでアール・パーマーを検索すると、伝記のフィルモグラフィーにあげられている映画より多くの作品がヒットします。

それで、アールがいっていたことを思い出しました。余裕があれば、このベスト・オヴ・アール・パーマーはサントラ篇までいくつもりですが、明日のことはわからないので、さきに書いておきます。

アールが生涯でもっともむずかしかった仕事のひとつとしてあげているのは、『ザカライア』という映画のサントラです。このサントラについては、画面に映っているドラマーがプレイしたと誤解している人が大部分らしく(無理もないのだが!)、You Tubeでもまちがったクレジットになっているし、海外のジャズ関係のサイトでもまちがった記述をしていたので、伝記から原文を引用します。正しいことを書いているサイトは見あたらず、本を読まない人が多いことを痛感しました。

f0147840_23401453.jpgAugust 1970 (SIX DATES) - Zachariah, MGM. That's the hardest session I ever did. They made a movie called Zachariah, a real hokey satire on cowboy days. Elvin Jones played a gunslinger. In his big scene, instead of saying "Draw," he says, "Gimme them drumsticks" and plays a big solo.
Jimmy Haskell was the composer. Jimmy's a guy that did a little bit garbage of anything. "Oh yeah, we can do that." Probably at a lesser price, too. That kind of guy works the shit out of you, because he's aiming to please. He'll go past breaks, rush you, come in with the score half-written and write the rest right there. One of the last times I worked for him, Jimmy was sitting there eating peanuts from his pocket writing the score.
Anyway, somehow or other the sound got messed up. The drum solo had to be played all over again. Jimmy told the producers, "Oh yeah, we can do that."
I said, "Wait a minute. I'm not going to do this. I'm not going to fucking do this, man."
Haskell said, "Why?"
"Do you know who this is? I can't match Elvin, nobody can. The man is a genius." Finally I said, "All right. Give me two hours." I took my lunch and a Moviola machine and some music paper, went across the alley into a little room, and transcribed Elvin's whole solo. Took me two-and-a-half hours to write out a five-minute solo. Then I played it. I not only got paid overtime, I got a bonus when they realized how hard that was and how near it came to being perfect.

--Tony Scherman "Backbeat: Earl Palmer's Story," p.138-39

書き写しただけで疲れてしまったので、逐語訳は勘弁願います。かいつまんでいうと、『ザカライア』という映画でエルヴィン・ジョーンズがドラム・ソロをやるシーンがあったのですが、現場での同録に失敗して、オーヴァーダブしなければならないことになり、ここでは「安請け合いのなんでも屋」と書かれているジミー・ハスケルが、この仕事をアール・パーマーに依頼しました。

そんな馬鹿なことができるか、あれをだれだと思っているんだ、エルヴィン・ジョーンズだぞ、エルヴィンの真似ができるドラマーなんかいるもんか、といった、アールとしてはいちおういわなければならないことをいい、結局、彼はソロをすべて譜面に起こし、みごとに欠落したサウンドトラックを完成した、というお話です。

英文解釈の補助として三点申し上げます。Gimme them drumsticksのthemは、目的格ではなく、thoseという意味です。ブッキッシュに書き直すと、"Give me those drumsticks"となります。works the shit out of youは、「人使いが荒い」「とんでもないことをやらせる」といったあたりでいいでしょう。

また、Moviolaというのはフィルム編集機で、ジョグ・ダイアルでDVDのフレームを前後に行ったり来たりするように、自在にフィルムを行ったり来たりすることができます。かつては、これがないと、ドラムソロの映像だけを頼りに譜面を起こすなどということはとうていできませんでした。いまでは、ディジタル・システムを使うケースもあるでしょうが、依然としてフィルム編集の主力はムヴィオラだろうと思います。

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ふつう、ムヴィオラというと、上の写真のようなフラットベッド(デスク)タイプを思い浮かべるが、それでは「ランチとムヴィオラと五線紙をもって、廊下の向こうの小部屋にこもった」というアール・パーマーの話と矛盾する。調べたら、下の写真のようなアップライト・タイプもあることがわかった。これなら移動不可能ということはないだろう。

さて、こうした苦行の結果、どんなものができあがったか見てみましょう。



You Tubeは微妙にシンクがずれるのですが、ちょっと見たぐらいでは、これがべつのドラマーによるオーヴァーダブだとわかる人はまずいないでしょう。だから、エルヴィン・ジョーンズを絶賛して、サンプルとしてこの画像を埋め込んでいたアメリカのブロガーをあげつらうのは酷なのですが、でも、人間の判断力というのは、その程度の頼りないものなのだということを証明する実例であることは間違いありません。

エルヴィン・ジョーンズ・ファンが、このアール・パーマーのプレイを聴いて、すごい、すごい、と騒ぐのなら、彼らはアール・パーマーのファンにもならなければいけないはずです。そうなっていないのなら、それはたんに聴いたことがないからか、プレイを聴いて判断しているのではなく、有名なドラマーのことを、たんに有名だという理由で「素晴らしいドラマー」と呼んでいるにすぎないことになります。いうまでもなく、すぐれていることと、有名であることは、混同してはいけないことのはずです。

f0147840_23583362.jpgそもそも、ドラム・ソロを基準にしてドラマーを評価するのは間違いです。そんなこともわからずにドラマーの善し悪しをあれこれいうのは、それこそ原始的な「ファン気質」にすぎず、聞くに足る言説とはいえません。ドラムという楽器は、本質的に単独でプレイするようにはできていないのです。アンサンブルのなかで生きる楽器です。だから、プレイの善し悪しもアンサンブルのなかで見なければいけないのです。

エルヴィン・ジョーンズは、アールがいうように「天才」とは思いませんが(タイムで比較するなら、ジム・ゴードンのほうがずっと精密だし、バディー・リッチに劣る。天才というのは、この二人のほうにふさわしい言葉だろう。まあ、モダン・ジャズではタイムを軽視するのだろうが)、ジャズ・ドラマーのなかでは「叩ける」部類の人だと思います。ライドのプレイには独特のムードがあり、その点は賞美できます。

なんだか、エルヴィン・ジョーンズ・ファンをやり玉に挙げた格好になりましたが、痛感するのは、「無心」は至難だということです。禅坊主の言いぐさみたいで恐縮ですが、われわれの精神構造は、どうしても先に「名前」「ラベル」のほうを見てしまい、虚心坦懐に「裸の中身」に無の状態で接することはできないようになっているのでしょうね。音楽、映画を問わず、ハリウッド人種が仕掛けるインチキな「罠」にはまったエルヴィン・ジョーンズ・ファンたちの勘違いは、わたしにとってはひとごとではなく、チビってしまうほど肝を冷やした「他山の石」でした。

◆ B. Bumble & The Stingers - Nut Rocker ◆◆
さて、ベスト・オヴ・アール・パーマー、ハリウッド篇、本日は1962年、アール・パーマーの生涯最良の年に入ります。

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B・バンブル&ザ・スティンガーズというパーマネントなバンドは存在せず、これはスタジオ・プロジェクトで、トラックによってメンバーは変動します。そのへんの舞台裏は、The Complete Al Hazan Storyという、アル・ハザンのじつに楽しく、また示唆に富んだサイトの、B. Bumble and "Nutrocker"というページに詳述されていますので、ご興味があれば、そちらをどうぞ。ただし、1962年秋の録音というのは、ハザンの記憶違いでしょう。62年春にはもうヒットしているので、それ以前に録音されたことになります。

前回、ユナイティッドの響きと、そのエンジニアたちの仕事ぶりを絶賛し、ボビー・ヴィーなどの完璧な音を聴いていると、そこらの盤はバカバカしくて聴けない、なんて大束なことを書いてしまいましたが、ピアノを弾いたアル・ハザンによれば、このNut Rocker(いうまでもないだろうが、原曲は「くるみ割り人形」)は、スタジオではなく、ランデヴー・レコードのオフィスで録音されたそうです。

同じプレイヤーたちの仕事とはいえ、世界でも最先端を行くユナイティッドのようなスタジオで、名匠ビル・パトナムの薫陶を受けた、手練れのプロフェッショナルによって精緻に録音された曲と、そこらのオフィスで素人が録音した曲が同居してしまうのだから、ヒット・チャートというのは面白いものです。ここらが、ポップ・ミュージックならではの味わいといえるかもしれません。

ただし、どこかの家の居間で録音されたという、?&ザ・ミステリアンズの96 Tearsは、ドラムがろくに聞こえない、素人丸出しのひどい録音でしたが、こちらは素人とはいえ、レーベル経営者、さすがに、いわれなければオフィスで録ったとは思えない仕上がりになっています。ピアノのハンマーに画鋲を打って、古めかしいミュージック・ホール的なサウンドを再現したことも、ヒットかミスかの最終結果に影響する工夫でした。

アールは両手でスネアを叩くトレードマークのスタイルで、終始一貫、ホットなプレイをしています。いま聴いても、いかにもヒットしそうなトラックに思えますが、その理由はアル・ハザンとアール・パーマーの熱いパフォーマンスでしょう(プレイヤーたちは時間買いではなく、印税払いだったそうで、それも温度を上昇させる役に立ったのかもしれない!)。中間部でのルネ・ホールーのギターも好みです。

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アル・ハザン。Nut Rockerではエンディングのグリサンドを繰り返したために、しまいには「流血の惨事」になったという。

アル・ハザンは、現場に行くまでなにをやるのか知らず、他人の盤をコピーすることからはじめたので、まだ練習不足で、不満足な仕上がりだといっています。しかし、この企画の推進者であるランデヴーのオーナー、ロッド・ピアースがいうように、そういうラフ・エッジが残っている段階でテープを廻したことにこそ、勝因があったにちがいありません。

◆ Herb Alpert & The Tijuana Brass - The Lonely Bull ◆◆
A Taste of Honeyと並ぶ、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラスの代表作です。こちらはデビュー曲で、たちまち、インスト・バンドの定番曲になり、わたしの場合は、ヴェンチャーズのカヴァーでこの曲を知りました。ちなみに、ヴェンチャーズ盤The Lonely Bullのドラマーはハル・ブレインでしょう。

f0147840_035453.jpgで、話を混乱させるつもりはないのですが、メル・テイラーは(ヴェンチャーズ盤ではなく)ティファナ・ブラス盤The Lonely Bullでは、自分がストゥールに坐ったと主張していました。ハル・ブレインが回想記のディスコグラフィーにこの曲をあげていたのが気に入らなくて反論した、ということのようですが、TJB盤では、ハルはティンパニーをプレイしただけです(ややこしくて申し訳ないが、ハルがトラップに坐ったのはヴェンチャーズ盤The Lonely Bullのほうである!)。ラジオ番組でそれを明言し、トラップはアール・パーマーがプレイした、といっていました。

別の資料によると、ハーブ・アルパートはこの曲をどう料理するかで迷い、自宅ガレージで何度かデモを録音し、メキシコ音楽風のアレンジにたどり着いたところで、共同でA&Mレコードを設立することになる、パートナーのジェリー・モスと資金を出し合ってスタジオを押さえ、本番の録音をおこなったそうです。

これで、メル・テイラーの誤解は明らかでしょう。彼はアルパートの自宅でのデモでプレイしただけで、本番ではアール・パーマーがストゥールに坐り、ハル・ブレインがティンパニーをプレイしたのです。じっさいに音を聴いても、この繊細なスネア・ワークは、メル・テイラーのものには思えません。だれでも一流のプロフェッショナルのタッチを感じとれる、すぐれたプレイです。

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CTIのプロデューサー、クリード・テイラーをはさんで、ジェリー・モス(左)とハーブ・アルパート

ティファナ・ブラスの1962年のデビュー盤のセッションで、アール・パーマーとハル・ブレインが顔を合わせたのは、なにやら象徴的なことのように思えます。1963年になると、ハル・ブレインはつぎつぎとアール・パーマーの得意先を奪っていきますが、TJBの場合もハルがレギュラーになり、グラミーを得たA Taste of Honeyでも、ハルがプレイしていますし、日本でもっとも有名なTJBの曲であるBitter Sweet Samba(「オールナイト・ニッポン」のテーマ)もハルの仕事です。

以上ですでにおわかりのように、ハーブ・アルパートとTJBも当初は純粋なスタジオ・プロジェクトで、ツアー・グループが組まれるのは、三年後、A Taste of Honeyが大ヒットしてからのことです。トランペットは、ビリー・ストレンジをして「世界一」といわしめたオリー・ミッチェルがプレイしたといわれ、トミー・テデスコ、チャック・バーグホーファーらもTJBセッションの常連でしたが、もちろん、こうした大物プレイヤーたちがツアー・バンドに加わることはありませんでした。

◆ Duane Eddy - The Ballad Of Paladin ◆◆
たしか、邦題は「西部の男パラディン」だったと思いますが、The Ballad Of Paladinはテレビの西部劇のテーマです。

ドゥエイン・エディーは、アリゾナからスタートして、あとはハリウッドとナッシュヴィルで録音したようです。エディーのツアー・バンドにはスティーヴ・ダグラスとラリー・ネクテルというのちのスタジオのレギュラーが参加していたくらいで、ツアー・バンドそのままで録音したトラックも多いのですが、そろそろパーマネントなツアー・バンドの維持がむずかしくなる時期、つまり、それだけの費用を正当化できるほどの大きな稼ぎがなくなる時期で、アール・パーマーがエディーのトラックでストゥールに坐った背景には、そういう事情があるのではないだろうかと思います。レギュラーのツアー・バンドをもたなければ、そのメンバーに義理立てするする必要もなくなるのです。

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ドゥエイン・エディーなのだから、分類するとすれば、もちろんギター・インストなのですが、同じギター・インストでも、この曲は、いわばアル・カイオラ的なオーケストラ付きギター・インストで、アール・パーマーがプレイするにふさわしい曲調といえます。アレンジャーはかのボブ・トンプソン。当ブログは縁があるのか、よくトンプソンの曲を取り上げています。この記事のコメントなどで、トンプソンのことで騒いでおります。

リズム・セクションは、アールのほかに、ベースがジミー・ボンド、ピアノがラリー・ネクテルで、テナーサックスはプラズ・ジョンソンと、ネクテル以外は、この時期のスタジオのレギュラーです。ネクテルがスタジオ・プレイヤーになるのは、もう少し先のことでしょう。

62年のトラックはまだあるのですが、残りは次回に。

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「西部の男パラディン」の原題はHave Gun, Will Travelという。これは「拳銃あり、どこにでも参上」というガンマンの広告の文句で、西部劇ではおなじみの言葉。ドゥエイン・エディーにはHave Guitar, Will Travel、すなわち「ギターあり、どこにでも参上」というアルバムがある。



by songsf4s | 2008-11-12 23:56 | ドラマー特集