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The Best of Earl Palmer その12

当家のおなじみさんでも、もうほとんどご記憶がないでしょうが、以前、『荒野の用心棒』の記事のときに、ジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグが共演した『黄金の男』にふれたことがあります。音楽が印象的で、いまだにメロディーを覚えている、でも、その後聴くことがなく、ウェブで試聴もできなかった、どなたかお持ちだったら、ご喜捨願えないだろうか、と書いたのです。

f0147840_23433646.jpgその時点ではどなたからも連絡はいただけませんでしたが、最近、当家を訪れたという未知の方から先日ご連絡があり、四十年ぶりにあの曲を聴くことができました。やはり、どんな曲でも、あるところにはちゃんとあり、もっている方はもっているものなのですねえ。

70年代後半に同時代の音楽にウンザリし、一度は遠ざかったのに、80年代にまた復帰したのは、60年代に聴いた曲を思い出しては、もう一度聴いてみたいな、と思ったからであり、また、ライノの登場によって、80年代にそういうものの広範なリイシューがはじまったからです。そういう傾向が本格化するのはCDが中心になってからのことですが、LP時代末期にはすでに、リイシュー・ブームははじまっていました。

それから四半世紀、「もう一度聴きたい」と思った曲の99パーセントは入手したと思います。しかし、ものごとというのはなかなか完璧にはいかないもので、また、そこに味があるのですが、わずかに「取り逃がした曲」があります。そのひとつがこの『黄金の男』のテーマまたは挿入曲(Generiqueというタイトルだということをはじめて知った)でした。こういう風に、数十年ぶりに再会する曲というのが、なんといっても嬉しいもので、ブログをやっていてよかったとつくづく思いました。

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ジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグの共演というと、ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』のほうが圧倒的に有名。でも、わたしは、映画史的な価値なんかには興味がなく、どっちのジーン・セバーグがセクシーだったかという比較しかしていないので、『黄金の男』のほうがいい映画だったと思う。ゴダールは若者向きの監督であり、わたしは高校時代に新宿アートシアターで立てつづけに十数本を見て、それっきりで興味を失い、成人以後は一本も見ていない。『男性・女性』なんか、いま見ると面白いかもしれないと思わなくもないが、年をとるといよいよ気が短くなるので、最後まで坐っていられないだろうと思う。

それにしても、人間の記憶というのはなかなかどうして馬鹿にならないものですが、同時に、かなりいい加減で、当てにならないものですねえ。Generiqueのスキャットのヴォーカルは、映画館で見たときに一発で記憶しましたし、今回、聴き直しても、ちゃんと覚えていたことがわかりました。

問題はプレイとサウンドです。これが記憶にあるよりずっと派手で、ビックリしてしまいました。ドラムは叩きまくりだし、ベースはフェンダーだしで、思ったよりずっと力強いサウンドだったのです。たぶん、女性のスキャットに愛嬌があり、記憶はそれに寄り添ってしまい、ソフトなほうへと頭のなかでサウンドが変形していったのでしょう。

ファイルを送ってくださった未知のOさんに重ねてお礼を申し上げます。これに味をしめて、いずれ、がんばってみたけれど、ついにいまもって入手できない曲の特集というのをやってみようか、なんてイケ図々しいことを思いました!

◆ Bobby Vee - Rubber Ball ◆◆
ベスト・オヴ・アール・パーマー、ハリウッド篇、本日は1960年のトラックです。

ボビー・ヴィー自身がベスト盤のライナーで、すごいメンバーだったといっていますが、彼のセッションは、しばしば「オール・ブラック・リズム・セクション」でおこなわれました。すなわち、ドラムズがアール・パーマー、ベースがレッド・カレンダー、ピアノがアーニー・フリーマン(アレンジもしたので、しばしば片手でストリングスをコンダクトしながらのプレイだったらしい)という精鋭です。白人では、ハワード・ロバーツがいくつかのトラックでギターをプレイしたことがわかっています。

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ボビー・ヴィーのプロデューサーは、ご存知のようにトミー・“スナッフ”・ギャレットですが、60年代はじめ、ギャレットの大ヒット連発を支えたアレンジャーはアーニー・フリーマンです。きれいに分けられるわけではありませんが、フリーマンがギャレットのアレンジャーのあいだは、彼のセッションではアール・パーマーほかの「プリ・レッキング・クルー」がプレイし、64年ごろに、アレンジャーがリオン・ラッセルに交代すると、プレイヤーもハル・ブレインを中心とした若手に切り替わります。流行り廃りの世界だから、いたしかたないのです。

ボビー・ヴィーはキャリアの長いシンガーで、ヒット曲もたくさんあるので、ひいきの曲を投票したら、票が割れるでしょう。わたしはこのRubber Ballが彼の代表作ナンバーワンだと考えています(もちろん、このあとには、The Night Has a Thousand Eyes、Take Good Care of My Babyが、僅差でつづく)。その理由を重要性の低い順にあげていくと、3)わたしにとって、ラジオではなく、盤として手元において聴いた最初のアメリカン・ポップ・チューンだった、2)楽曲も朗らかだし、アレンジ、サウンドにも、あの時代のアメリカらしい軽さと明るさがある、1)アール・パーマーが白人ポップ・チューンでのプレイに開眼した曲だと考えられる、という三つです。

ボビー・ヴィーの最初の大ヒットはDevil or Angelで、こちらでもアールはストゥールに坐っています。しかし、これはちょっと湿度の高いバラッドで、最初に聴いた曲がこちらだったら、わたしはボビー・ヴィーのことは忘れてしまったでしょう。なんせ小学校三年かそこらなので、ノリのいい曲にしか関心がなかったのです。いま聴いても、子どもにとっては、Rubber Ballのほうが圧倒的に魅力的だと思います。

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それは主としてアールとベース(レッド・カレンダーか)が生みだす軽快なグルーヴのおかげですが、ほかの面でもこの曲はよくできています。ボビー・ヴィー自身が少なくとも2回はヴォーカルを重ねていますが、ハーモニーになったり、掛け合いになったりという、そのヴォーカル・アレンジにも非凡なものがありますし、フリーマンのストリングスも効果的で、教科書に最適な理想的プロダクションになっています。プロデューサーがこのように自在に音作りができるのは、アレンジャーからドラマーにいたるまで、すべての手駒がそろったときだけなのを、われわれは長いハリウッド音楽史を通じて知っています。

◆ Julie London - By Myself ◆◆
長年にわたってハリウッドのスタジオで活躍しつづけた木管プレイヤーのバディー・コレットは、貴重な証言を本にして残してくれました。コレットは、アールがハリウッドにやってきたその当初から、ライヴやスタジオでアールを起用しています。レッド・カレンダーやアーニー・フリーマンがプレイすることも多かったようで、ポップ系セッションの常連たちによるジャズ・コンボという意味で、興味深いものがあります。

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コレットの本のなかに、チャーリー・ミンガスがアール・パーマーに食ってかかったエピソードが出てきます。コレットはセントラル・アヴェニュー育ちで、ミンガスとは幼なじみであり、それゆえにバイアスがかかっている可能性はある、ということを先にお断りしたうえで、そのくだりを引用します。ステージに上がるまえに、ミンガスがしばしばリハーサルを繰り返し、あれこれと手直ししていく、ということが書かれたあとで、

そうこうするうちに、ミンガスとドラマーのアール・パーマーが衝突した。ある晩、われわれのグループはミンガスとジャム・セッションをした。彼がミンガスとプレイしたのはこのときがはじめてだったが、ミンガスは彼のビートが気に入らなかった。「あいつは荒っぽい!」というのだ。わたしの目にも、彼らはお互いにまったく無関係にプレイしているように映った。セッションのあと、われわれは大きなレストランで夕食をとったが、そこでも二人はにらみ合っていた。

「おまえ、女房を殴るんだろ」とミンガスがいった。
「なんだと!」
「おまえはドラムを手荒に扱っている、ああいう荒っぽい奴は、きっと女房をぶん殴っているにちがいないさ」
「いったい、なにがいいたいんだ!」

わたしは、二人に頭を冷やせといった。これは、じっさいにステージに上がったときに、アールがさらにいいプレイをするようにと仕向ける、ミンガス一流のやり方だった。

いや、わたしはそうは思いません。アールのビートが気に入らないから、おまえのプレイは不愉快だ、失せやがれ、とアール・パーマーと彼が象徴するロックンロールにケンカを売っただけです。これを読んだときは、ったくもー、ジャズ屋はこれだからな、自分だけが「正しい音楽」をやっていると思いこんでやがる、と不愉快な気分になっただけでした。ドグマを救うものは死しかありません。

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Buddy Collette with Steven Isoardi "Jazz Generations: A Life in American Music and Society"

しかし、ジュリー・ロンドンのアルバム、Julie at Homeを聴いて、なるほど、ミンガスもただのネズミではない、ちゃんと聴くべきものを聴いて、アールにケンカを吹っかけたのだな、とそれなりに納得のいくものがありました。

このアルバムはブラシのプレイで埋め尽くされています。ジュリー・ロンドンの夜のムードだから当然です。それで思うのは、この時期のアール・パーマーの最大の欠点は、「弱さの欠如」だということです。

ドラミングを形成する最大の要素は、タイムと強弱と設計です。設計は好みに左右されるので、どういうドラミング・デザイン、リズム・アレンジメントがすぐれているとはいいかねますが、タイムと強弱は客観的に判断できます。この時期のアールは、強さにおいては抜きんでていましたが、弱さに対する理解が浅かったのではないか、と感じます。ブラシでは、スティックの場合より、弱さに依存する部分が大きくなり、もっとソフトに叩いたほうがよい、と感じる場面が、このアルバムにはしばしば出てきます。

弱さの欠如はなぜ起きるかというと、たいていの場合、左手首(左利きの場合は右手首)の硬さです。ソフトであるべきビートの弱さの度合いを精密にアジャストするのは、手首だからです。こういう弱点というのは、経験を積むことで相応に補正することができます。ハリウッドにやってきてしばらくのあいだ、アール・パーマーはまだ「若かった」のでしょう。バディー・リッチですら、ブラシのプレイに素晴らしい味が出るのは、最晩年のことでした。

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Buddy Collete Septet "Polynesia" ドラムズのアール・パーマーだけでなく、レッド・カレンダー、ジーン・チープリアーノ、アル・ヴィオラといったおなじみの名前が並んでいる。

このジャズ・オリエンティッドなヴォーカル・アルバムでは、スロウな曲に関するかぎり、アール・パーマーをナンバーワン・ロックンロール・ドラマーに押し上げるうえで最大の武器になった、「左手のハード・ヒット」が裏目に出た感じで、強すぎる箇所がすこし気になります。

しかし、アップテンポのトラックではアールらしい軽快なグルーヴが感じられます。アール・パーマーのジャズ系のプレイはあまりもっていないので、そういう方面を代表させる意味で、このBy Myselfを選びました。攻めのドラミング、強さのドラミングが、この曲ではいいほうに作用しています。

まだたった2曲できただけですが、力尽きたので、今日はここまでとさせていただきます。アール・パーマーのキャリアは、いよいよピークへと向かいます。


by songsf4s | 2008-11-07 23:58 | ドラマー特集