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The Best of Earl Palmer その7

アール・パーマー特集は、本日でニューオーリンズ篇を終わるので、ニューオーリンズ時代の最終的なソング・リスティングをお目にかけることにします。

1. Fats Domino - The Fat Man (1949)
2. Tommy Ridgley - Boogie Woogie Mama (1949)
3. Joe Turner - Jumpin' Tonight (1950)
4. Tommy Ridgley - Looped (1950)
5. Jewel King - 3 x 7 = 21 (1950)
6. Dave Bartholomew - That's How You Got Killed Before (1950)
7. Lloyd Price - Lawdy Miss Clawdy (1952)
8. Smiley Lewis - Big Mamou (1953)
9. Earl King - I'm Your Best Bet Baby (1954)
10. Fats Domino - I'm In Love Again (1955)
11. Smiley Lewis - I Hear You Knockin' (1955)
12. Antoine 'Fats' Domino - My Blue Heaven (1955)
13. Little Richard - Tutti Frutti (1955)
14. Little Richard - Long Tall Sally (1956)
15. Little Richard - Slippin' And Slidin' (Peepin' And Hidin') (1956)
16. Roy Montrell - (Every Time I Hear That) Mellow Saxaphone (1956)
17. Charles Brown - I'll Always Be In Love With You (1956)
18. Roy Brown - Saturday Night (1956)
19. Little Richard - Rip It Up (1956)
20. Art Neville - Oooh-Whee Baby (1956)
21. Amos Milburn - Chicken Shack Boogie (1956)
22. Little Richard - Ready Teddy (1956)
23. Shirley & Lee - Let the Good Times Roll (1956)
24. Lee Allen - Rockin' At Cosmo's (1956)
25. Richard Berry - Mad About You (?)
26. Little Richard - Lucille (1957)
27. Little Richard - Jenny Jenny (1957)
28. Antoine 'Fats' Domino - I'm Walkin' (1957)

◆ Little Richard - Ready Teddy (1956) ◆◆
f0147840_23534319.jpg今回もまたリトル・リチャードだらけになってしまうのですが、この曲もやはりオミットできません。楽曲としても重要ですし、アールのプレイもいいのです。いまわが家のHDDを検索したら、バディー・ホリー、エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノンのヴァージョンがありました。数は少ないものの、まさに最精鋭、錚々たる顔ぶれです。「錚々たる」に入れるべきか否かは見方が分かれるでしょうが、ローカル・ヴァージョンとしてはクリフ・リチャードのものもあります。

アールのプレイとしては間奏がみごとです。この時期の共通した傾向で、間奏の入口、間奏からの戻りのフィルインが派手で冴えているのですが、この曲は一点だけ変わったところがあります。それはリー・アレンの間奏が24小節とこの時期としては異様に長く、そのため、前半と後半の仕切りで、アールはいつもよりひとつ多くフィルインを入れているのです。

入口、中間、出口、どのフィルインがベストかというと(速いシャッフルなので、フィルインもロールに近い高速の四分三連で、それ自体、すでにチャレンジングなのだが)、中間のものです。三連を叩けるギリギリのテンポで、三つともアクロバティックなのですが、この中間のフィルインだけは、すべての音符がきれいにキマっています。こういうアクロバティックな綱渡りというのは、ヴェテランになるとしなくなるもので、才能ある若いドラマーに特有のプレイといえるでしょう。自信と若さのみが生み出すプレイです。

◆ Shirley & Lee - Let the Good Times Roll (1956) ◆◆
同題異曲が多く、ややこしいのですが、わが家にはコリンズ・キッズの生き生きとしたライヴ・ヴァージョン、アニマルズのやや不似合いなヴァージョン、サーチャーズの高速シャッフル・ヴァージョン(この鮮やかな三連を叩いているドラマーはだれ? サーチャーズ・スタジオ不在説の有力な傍証となる強力なドラミング)、さらにはニルソンのものやら、さらにさらには、リンク・レイのド下手小学生バンド風ヴァージョンなど、じつにヴァラエティーに富んだカヴァーがあります。当家にはないカヴァーも山ほどあることでしょう。また、ハリウッド録音ですが、アール・パーマー自身も、自己名義のアルバム、Drumsvilleでこの曲をやっています。

f0147840_23554647.jpgこの曲でのアール・パーマーはドラム・ストゥールに坐っただけでなく、アレンジもしています。アールは複雑な和声に対する強い嗜好をもっていましたが、それもハリウッドを目指した理由のひとつだろうと思います。オーケストラでプレイしたかったのでしょう。すぐれたドラマーにはよくあることですが、アールもまた和声からのアプローチをリズム、グルーヴに適用する「メロディックなドラマー」だったのです。

アール・パーマーは正規の音楽教育を受けています。その意味でも、60年代のアメリカを支えたドラマーたち、ナッシュヴィルのバディー・ハーマン、ニューヨークのゲーリー・チェスター、そしてハリウッドのハル・ブレインといった、音楽学校出身のプレイヤーたちの先魁でした(チェスターにいたっては、自身も晩年は後進育成に携わる)。

バディー・ハーマンやゲーリー・チェスターについてはわかりませんが、第2次大戦に従軍したアール・パーマーと、朝鮮戦争に従軍したハル・ブレインは、復員兵援護法、すなわちGIビルの奨学金によって音楽学校に行っています。こういう社会的事情が音楽やその他の芸術分野に思わぬ影響を与えていることも案外多いものです(リンゴ・スターとデイヴ・クラークは、60年代はじめのブリティッシュ・ビート・グループ大簇生の理由を、彼らが徴兵を受けなかった最初の世代であるためとしている)。

f0147840_23572897.jpg音楽学校でアールは編曲を学びました。ロックバンドのドラマーだったら、そんなことがあったとしても、どうでもいい脚注にすぎないのですが、スタジオ・プレイヤーの場合は、重要なバックグラウンドといえます。キャロル・ケイもハル・ブレインも、彼らの重要な仕事のひとつは、自分のパートをアレンジすることだったと明言しています。いわゆる「レッキング・クルー」は、プレイヤーのゆるやかな集団であると同時に、アレンジャーたちのグループだったというのです。

プレイヤーの能力というのは、わたしの考えでは、フィジカルな部分とメタフィジカルな部分、すなわち、譜面なりデモなりを読み取り、そこからプレイを設計する能力の2種類からなっていて、この両者のバランスのとれた人が、超一流として歴史に名を残すのです。やがてハリウッドで、the dean of the studio playersといわれることになるアール・パーマーが、ニューオーリンズ時代にすでに、アレンジャーとしてヒット曲を生んでいたことは重要な実績だと考えます。

◆ Lee Allen - Rockin' At Cosmo's (1956) ◆◆
候補曲リストではRockin' At Cosimo'sと書いたのですが、その後、いくつかの盤の表記を確認したところ、どれもみな間違いに思われたRockin' At Cosmo'sというタイトルになっていたので、Cosmoと訂正します。しかし、いずれかの盤のライナーでもいっているように、これは「コジモのスタジオでロッキン」という意味のタイトルだったにちがいありません。すでにふれたように、コジモ・マターサのJ&Mでの録音だからです。ニューオーリンズで録音され、ハリウッドのレーベルからリリースされるまでの過程のどこかで、Cosimo'sがCosmo'sというまちがったタイトルに化けてしまったのでしょう。

リー・アレンは50年代のJ&Mのセッションのほとんどすべてでテナー・ソロをプレイしたといっていいくらいの人です。もちろん、アルヴィン・“レッド”・タイラーをはじめ、ほかにもサックス・プレイヤーはいたのですが、ソロに関してはアレンの一手販売でした。アレンは譜面が読めなかったそうなので、ちょうど後年のグレン・キャンベルのように、「ワイルドなソロの専門家」だったのでしょう。アンサンブルより、インプロヴを期待されていたのです。

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じっさい、この時代のニューオーリンズR&Bに関するかぎり、読譜能力は無用でしょう。どの曲も三つのコードでできていると思っておけばまちがいありません。ただ、サックスの場合、ギターとちがって、半音移調されただけで一大変化なのですが、そのへんは、話がややこしくならないように、BbやEbあたりをキーにしてもらえばいいだけのことで(これはどこでもごくふつうにやる)、譜面を読めないプレイヤーが生きていくのはさして困難ではありません。

アール・パーマーはこの曲ではいかにもニューオーリンズらしい、独特のシャッフル・ビートをプレイしています。それにしても、こういう右手もスネアというプレイを、アールはどこからもってきたのでしょうか?

◆ Richard Berry - Mad About You (1956?) ◆◆
候補曲の段階ではリストアップしなかった曲を追加することにします。かつて、アール・パーマーの伝記に合わせて、同じBack BeatというタイトルのCDがリリースされました。3分の2以上はもっている曲だったので、わたしは買わなかったのですが、親切な友人がCD-Rに焼いてくれました。このMad About Youは、そのアルバムに収録された未発表曲です。(初稿では、ここにこのCDが売り切れであるという趣旨のことを書きましたが、まだ入手可能だということを確認したので、該当部分を削除しました。)

f0147840_061455.jpgこの曲が当時はリリースされなかった理由は自明です。楽曲もべつに面白くないし、ベリーのヴォーカルも、はじめからずっと音をはずしっぱなしで、かなり不快です(ベリーはかのLouie Louieの作曲者で、その点を考慮すると、音をはずすほうが「それらしい」ような気もするのだが!)。しかし、アール・パーマーのドラミングという観点に立つと、これはちょっとしたプレイで、Back Beatの編集者がこのトラックをとった気持ちはよくわかります。

わたしがこの曲をとった理由は二つ。まず第一は、アールがシンバルで8分を刻んでいることです。残念ながら、この曲の正確な録音デイトは不明なのですが、1956年6月30日、すなわち、リトル・リチャードのLucilleより早く録音されたものだった場合、「8ビートが誕生した日」は書き換えなければならないことになります。ただし、当時はリリースされなかったというのは、やはり弱いといわざるをえません。歴史は正規リリース盤によって書かれるべきのような気もします。

そういう「メタな」ことから離れて、純粋にアールのプレイとして聴いても、これはちょっとしたもので、それがこの曲をとった第二の理由です。この時期の恒例によって、やはり間奏の入口のフィルインがきわめて魅力的です。間奏の中間部では、わざとはずしたリズムも使っています。ハリウッド移住以後はやらなくなるプレイなので、そろそろ見納めです。

◆ Little Richard - Lucille (1957、録音は1956) ◆◆
前項に書いてしまいましたが、「正史」としては、やはりこの曲によって「エイト・ビートは誕生した」というべきでしょう。Mad About Youではアールの右手だけが8ビートなのに対して、Lucilleは全身これ8ビートの塊とでもいうようなリズムになっていて、その点でも8ビートの誕生日はやはり1956年6月30日とするべきかもしれません。どれくらい「全身」かというと、アールのハイハット、ベース、そのオクターヴ上で同じフレーズを弾くギター、さらにはサックスまでもが、同じ8分のフレーズをプレイしているという念の入れ方で、まさに全身これ8ビートなのです。

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アール・パーマーは、この8ビートへのシフトは、リトル・リチャードの右手のせいだといっています。リチャードが8分を連打する以上、それに逆らってプレイするわけにはいかなかったというのです。まあ、そうでしょうね。当然ながら、「やった! 俺たちは8ビートを発明した!」なんてことは、爪の先ほども思わなかったにちがいありません。たんに、「その楽曲にふさわしいリズム・パターンの案出」という「日常業務」のレベルでとらえていたことでしょう。あとになって「8ビート」などといわれて、びっくりしたでしょうなあ。こういうスタジオの日常性というのは、わたしは大好きです。小津映画みたいじゃないですか。「目に見えない緊張をはらんだ平穏な日常」です。

◆ Little Richard - Jenny Jenny (1957) ◆◆
Lucilleは、20世紀の音楽上の発明のなかでも最重要の歴史的大事件だった、などという認識が彼らになかったのは当然ですが、客観的に見ても、それをこのJenny Jennyが裏付けています。8ビートへの移行を仮に「進歩」とみなすならば、という仮定のうえでの話ですが、そのような立場にたつと、このJenny Jennyは「微妙な退歩」といえるでしょう。

Jenny Jennyのリズムは折衷的なもので、8ビートのような気もするいっぽうで、シャッフルのような気もしないではない、という感じなのです。アール・パーマーがいう「ニューオーリンズ独特の8ビートとシャッフルの中間的なビート」なのでしょう。なぜそう聞こえるかというと、アールの右手が8分なのか4分なのかよくわからないからです。4分のような気もすれば、8分の表拍を強く叩いたために4分に聞こえるような気もするのです。間奏では8分のように聞こえるのですがねえ……。

アールのシンバルがよく聞こえないのは当時の技術上の制約だから仕方ないとして、Lucilleのように、ベースをはじめ、他の楽器も8ビートなら、どちらともつかない、などとあいまいなことはいわないのですが、この曲ではアール以外のプレイヤーは4分を基本にしたプレイをしているので、全体としてはやはりシャッフルに聞こえるのです。

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彼らが「8ビート」を20世紀の大発明だと考えていたら、このJenny Jennyも明快な8ビートになっていたはずで、そんなことはつゆほども思わなかったから、この曲では、従来からあった折衷的なリズムを採用したのでしょう。このように、その時点ではだれもことの成就に気づかない革命、というのもあるのですな。

それはそれとして、わたしはリトル・リチャードというと、Jenny Jennyを思い出します。それもあって、この曲をオミットできませんでした。日本でもローカル盤がリリースされたと思いますが(鈴木やすしでしたっけ?)、記憶しているのはリトル・リチャード盤です。もっとも、リリースのころ、わたしは幼稚園にもあがっていないので、知っているはずがなく、おそらく、60年代にリヴァイヴァルがあったのではないかと思います。近所のレコード店の前で何度か聴き(あの白塗りの顔のポスターまで記憶しているのだが、これはべつのときのことを混同しているのだろうか?)、忘れられない印象が残りました。

◆ Antoine 'Fats' Domino - I'm Walkin' (1957) ◆◆
これで終わりということはなく、このあとにも、アール・パーマーのニューオーリンズ録音はつづくのですが、LA移住以前に録音されたものとしては、やはりこの曲がもっとも「幕引き」にふさわしいでしょう。

前々回のThe Best of Earl Palmer その6で取り上げた、ロイ・ブラウンのSaturday Nightと同系統の、ただし、あれよりはややテンポの緩やかな「ロコモーティヴ・リズム」ですが、ファッツのピアノのせいもあって、かなり印象は異なります。また、イントロのキックのパターンには、ニューオーリンズの味が横溢していると感じます。

全体として、楽曲もアールのプレイも完成度が高く、ヒットは当然と感じますが、アールのプレイには、かすかながら、繰り返しによる惰性が感じられなくもありません。まあ、あと知恵でそう見えるだけかもしれませんが、変化の機運は外的にも内的にも熟していたのではないでしょうか。

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以上をもって、ベスト・オヴ・アール・パーマー、ニューオーリンズ篇を終わります。だいぶ息切れがひどくなっていますが、這ってでもハリウッド篇まで完遂するつもりでいます。ここまでで終わっては、アール・パーマー=ニューオーリンズのドラマーという、旧弊な偏見から一歩も抜け出したことにならず、かえって予断を補強するだけになってしまいます。

そういう予断の否定が重要だと考えたことが、このブログをはじめた動機のひとつでした。「ハリウッドのドラマー」としてのアール・パーマーの巨大な影響力と歴史的貢献を書かなければ、この特集の意味がなくなってしまうのです。とはいえ、楽曲のリストアップすら終わっていないので、後半のスタートまで、また少々お時間をいただくことになるかもしれません。どうか気長におつきあいを願います。


by songsf4s | 2008-10-20 23:57 | ドラマー特集