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映画のトポロジー

あとすこしでベスト・オヴ・アール・パーマーのニューオーリンズ篇が終わろうというところで足踏みしてしまい、あいすみません。このところ、音楽より映画のほうにいってしまったのが、この足踏みの最大の理由です。

音楽もそうなのですが、氷河期と間氷期のようなサイクルがあって、この十数年は、「音楽期」にして「間映画期」でした(特殊効果、とりわけCGの「圧政」にうんざりし、映画を見る姿勢がひどく自堕落になった)。ただ楽しむのではなく、見たものを文字にする意識で映画を見るのは四半世紀ぶりのことなので、やはり「馴らし」の時間が必要のようです。

音楽と同じように、映画の場合も、どこに着目するかは年齢によって変化します。ストーリー・テリングからカメラワークへ、さらに特殊効果へ、といった流れが、わたしの場合はあったように思います。CGに嫌気がさしたことによる二十年近いブランクをはさんで、今回復活してみて、どこを見るようになったかというと、「地理」と「トポロジー」です。

たとえば、中平康(なかひらこう)監督の処女作『狂った果実』の冒頭、鎌倉駅前でタクシーを降りた石原裕次郎と津川雅彦の動きです。(画面には映らないが、おそらくすでに入線している)逗子方面行きの電車に乗ろうと、二人は走って改札を抜け(切符は買わない。この時代は、車内で買う、というのがまだ通用したということか?)、「左に曲がって」階段を駈け上がり、「左に曲がって」電車に飛び込むと、進行方向に向かって左側のボックス席に腰を下ろします。

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『狂った果実』冒頭、鎌倉駅構内を疾駆する石原裕次郎と津川雅彦。列車は彼らの頭上にあるので、左に曲がって階段を駈け上がり、また左に曲がって列車に飛び込む。そこが2号車の停車位置であることは、昔も今も変わらない。

これはきわめて正確に現実の動きをなぞっています。わたしが鎌倉から逗子に行く場合でも、彼らとまったく同じ動線をたどって、彼らが坐った席が空いていれば、同じところに坐ったでしょう(現在、あの2号車のあたりにボックス席はないが、20年ぐらい前までは、車輌のタイプは異なるものの、映画と同じように横須賀寄りにもボックス席があった)。階段の下で右に曲がってしまうと、上ったところはグリーン車の停車位置で、昔もおそらくあそこは一等車ないしは二等車が停まったのだろうと思います。ついでにいうと、逗子駅で二人が跨線橋の階段を下りるショットもちゃんとあります(ここで北原三枝が登場する)。下り列車で逗子駅に降りたら、跨線橋を渡らないと改札に行けないのです。

この冒頭のシークェンスは、編集がきわめてリズミカルで、一気に見る者を引き込むようになっていますが、そのリズムは、律儀なまでに現実を忠実になぞった、人物とキャメラの動き、そして、石原裕次郎と津川雅彦の若々しい身のこなしによって裏づけられているのではないでしょうか。

あるいは、成瀬巳喜男の『流れる』における「つたの屋」の位置の問題もあります。つたの屋は柳橋の芸者置屋ですが、画面からは正確な位置を割り出すことはできませんし、美術監督の中古智のインタヴューで知ったのですが、つたの屋のある露地はオープン・セットで、現実の柳橋に存在するものではなかったのです。

しかし、もっとも重要な舞台の位置を監督が想定しないとは考えにくく、まして成瀬巳喜男ともあろう人が、家の向きすら考えずに映画を作るはずがありません。どこの露地にどちら向きで建っていると決めてから、演出プランを立てたにちがいありません。となれば、見るほうも、なんとか画面から、想定された位置を割り出す手がかりを見つけようとするわけです。

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『流れる』のつたの屋の二階。もちろんセットだが、向こうに鉄道架線の支柱が見える。浅草橋駅から両国駅側に寄ったあたりだろう。あそこの線路がこういう角度で見える場所はかぎられている。人物は田中絹代(右)と高峰秀子。

冒頭、田中絹代が道を尋ね尋ね、つたの屋に向かう短いシークェンスがあります。これが舞台の紹介になっているのですが、このときに国電ガード下の店が出てきます(いまはない藪そばが思い出され、監督の意図とは無関係に、ちょっと悲しくなる。時間のいたずらである)。これは浅草橋駅側の一廓ではなく、道路を挟んだ向かいの柳橋側にちがいありません(ただし、田中絹代は国電でこの町に来て、浅草橋駅で降りたという想定だと断じるのは危険。まだ都電のあった時代の話である)。そのように想定すると、田中絹代がどの方向に歩くかを見ていれば、成瀬巳喜男が想定したつたの屋の位置の見当がつけられます。

もはや、柳橋界隈にかつての面影はまったくなく、「川と橋だけが残った」という体たらくです(浅草橋駅プラットフォームのレール製支柱の繊細なデザインとガード下の雰囲気も昔のままだが)。まだ芸者置屋があるとしても、ほんのわずかでしょうが、どの一廓が想定されているかはわかってきたので、あとは時間を見つけて、あのあたりを歩き、さらに範囲を狭めるだけです。とりあえず現在の柳橋一丁目と考えるのが素直ですが、二丁目の可能性もゼロとはいえません。

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もっと面白いのは黒澤明の『天国と地獄』です。前半、キャメラは三船敏郎の家から一歩も出ず、舞台劇のようだったことが、身代金と人質の受け渡しのために、特急こだまに乗って以降の動きのある画面をよりいっそう引き立たせる構成になっていて、こういうところはじつにうまいものです。

そして、ここからは「映画のトポロジー」研究の最適な材料といえるシーンの連続で、腰越から見た富士山と太陽の位置関係など、映画トポロジー・マニア(?)のためにあるような設定です。かつて、渋滞を避けて、あのへんの高台を走りまわったことがあるので(もちろん、若くて、馬鹿で、遊びまわっていたころの話!)、江ノ電を真上から見下ろす構図にはうなります。

いまは成瀬巳喜男の『山の音』に取りかかっているのですが、冒頭の7分を見たところで止まってしまいました。ここまでの山村聡の動きをメモしただけで疲れてしまったのです。あとで書くときにキャプチャーする必要があるため、何分何秒、場所、キャメラの向き、人物の動きなどをメモするので、『山の音』の山村聡の帰宅シークェンスのように構成が細かいと、ヘトヘトになってしまいます。

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中古智/蓮實重彦『成瀬巳喜男の設計』筑摩書房刊。写真は『山の音』撮影時のスナップ。右から山村聡、成瀬巳喜男、原節子。

中古智美術監督によれば、山村聡の家の前だけがオープン・セットで、あとは二階堂あたりで撮影したということなので、『天国と地獄』のために腰越に行ったら、とって返して、正反対の端ともいえる場所を歩きまわらなければならないようです(そういえば、『狂った果実』には光明寺の山門と境内が出てくるが、これまた腰越からも二階堂からも遠く、一日でこの三カ所をまわったら、さぞかし疲れることだろう!)。柴垣のある露地を見つけないと話になりませんが、鎌倉なら、まだそういう露地が点在しています。問題は二階堂ないしは浄明寺のあたりにあるかどうかです。

f0147840_0393423.jpg現代劇は『山の音』のように消耗するものが多く、疲れたら時代劇に逃げ込んでいます。しかし、時代劇でも、『赤ひげ』ぐらいになると、やはり映画地理学の対象になる資格があり、安心できません。『赤ひげ』の舞台である小石川施薬院(または「小石川養生所」)は、幕府の小石川薬園のなかにあり、これは現在、小石川植物園になっています。だから、物語の背景をたどることができるのです(もっとも、『赤ひげ』原作者の山本周五郎は時代考証をせず、事実とは手を切ったところで物語を構築する。考証家の林美一が、周五郎原作の企画を持ち込まれるのがなによりもイヤだったと、はっきりと嫌悪を表明したほどだ。大前提も細部もすべてデタラメだから、まじめに考証をすると、物語が成立しなくなるというのである。近年でいえば、藤沢周平がそうだ。あんな原作からどうやって映画を作っているのか、わたしには想像もつかない。『旗本退屈男』のレベルで江戸時代をとらえているのだろうか。林美一が生きていれば、いちばん嫌いなのは周五郎、つぎは藤沢周平というにちがいない。しかし、同じようにものを調べない自堕落作者とはいっても、物語作家としては周五郎のほうが格段にすぐれている)。

こうした材料で新しいブログをやろうと思い、すでにアカウントをとってあります。なぜスタートできないかというと、英語で書くつもりだからです。そもそもの発想が、当家でも何回か書いたように、海外での日本映画の紹介のしかたを面白く感じると同時に、おおいなる違和感も覚えたことにあるからです。

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富田均『東京映画名所図鑑』平凡社刊。「映画地理学」という分野を創始したのではないだろうか。こういう労作には頭が下がる。この人の本はどれも元手がかかっていて、一朝一夕に書けるものはひとつとしてない。

しかし、映像や音はある程度の共通の地盤を想定することができますが、言葉というものはどうにもならず、この点については前途遼遠です。たとえば、小石川施薬院を英語でどういうか。Koishikawa Clinicと書いているブログがありました。まあ、そのとおりです。正しい翻訳だと思います。しかし、正しいがゆえに、ひどいもどかしさも感じます。こういう風に、わたしの英語力の問題を超えたところで、やっかいなことがごろごろしているのです。まあ、そういう問題を解決するのもお楽しみのひとつとみなし、なんとか近日中にスタートしようと、この一週間ほど悪戦苦闘していたというしだい。

一週間以上も更新を休んで、なにもなかったかのように再開するわけにもいかないと思い、アール・パーマー特集が進まなくなった言い訳をしようとしただけなのですが、例によって話が長く、枕の長さではなくなってしまったので、このままアール・パーマーの話に移るのもぐあいがよろしくないようです。まもなく、できれば明日からアール・パーマー特集を再開しますので、いましばらくのご辛抱を願います。
by songsf4s | 2008-10-18 23:41 | その他