The Best of Earl Palmer その2

もう少しきちんと準備ができてからはじめるほうが、あとでつまずかないですむだろうと思うのですが、書籍ではないのだから、あまり堅苦しく考えず、詰まったときは休めばよいと考えることにして、行き先はウナギにきいてくれ、といういつもの調子で、アール・パーマー追悼特集の本篇にうねうねと突入することにします。

ニューオーリンズ時代のアール・パーマーのプレイというのはソースが限られていて、3つのボックスをもっていれば、ほぼカヴァーできてしまいます。さらに、本日扱うことになる、ニューオーリンズ時代も初期となると、たったひとつ、Crescent City Soul: The Sound of New Orleans 1947-1974だけあれば概観できます。さらに、アントワーン・“ファッツ”・ドミノのThey Call Me the Fat Man: The Legendary Imperial Recordingsというボックスがあれば、ほぼ完璧といえます(もちろん、上を見ればキリがないが)。

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Crescent City Soul: The Sound of New Orleans 1947-1974
検索したところ、いま買えるのは、ボックスではなく、同じタイトルでデザインも酷似した、1枚物の短縮版だけらしい。ニューオーリンズR&Bのドキュメントして、これ以上にすぐれたセットを知らない。

本日は以上の2つの箱に収まる範囲内の話となります。

◆ Fats Domino - The Fat Man ◆◆
1949年暮れに録音され、翌年リリースされたファッツ・ドミノの出世作。アール・パーマーの記憶では、初期のJ&Mスタジオのマイクはわずか3本で、ヴォーカル、ピアノ、そしてギターとベースの中間に当たっているだけだったそうです。サックスはピアノのマイクに向かって吹くのだとか。まるで落語「寝床」に出てくる「義太夫を語り込む」みたいで、思わず笑ってしまいます。やはり、サックスはピアノより強いのでしょうかね。

f0147840_025862.jpgそして、この記事の主役であるアール・パーマーのセットには、まったくマイクは当たっていなくて、リークを「拾った」のだそうです。「拾う」といえば聞こえはいいのですが、要するに、ドラムの音がむやみに大きいので、録るつもりがなくても音が入り込んでくるだけのことで、とうてい「録った」といえるような積極的なものではありません。

じっさい、このThe Fat Manでは、ドラムがなにをやっているのか聴き取るのは容易ではありません。わかったことは、ヴォーカルのないところでは、ハイハットを4分で叩いているだけで、スネアは使っていない、ヴォーカルが入ってくると、スネアはバックビート(ニューオーリンズでは「ダウンビート」というほうがよい)を叩いている、キックは入れているのかいないのか不明、といったところです。

したがって、注目すべきことは一点のみ。「コンスタントなバックビート」がすでにこの時点で登場している、ということです。やがて、これがジャズとR&Bおよびロックンロールを分ける線のひとつに数えられることになります。

◆ シンコペーションとはなにか? ◆◆
The Fat Manにはフィルインらしいものはほとんどなく、2カ所ほどで、シンコペートした裏拍のアクセントがきかれるだけです。

ここでちょっと寄り道して、シンコペートとはどういうことか、ごく初歩的なレベルで説明しておきます。これを理解しておいていただかないと、ドラムの話はしにくいのです。

まず、以下の一小節分の代用譜面をご覧あれ。丸ひとつが4分音符に相当します。白丸は休み、黒丸はスネアをヒットする拍です(Firefoxは約物すなわち記号類を不可解に変形して表示するので、この記事にかぎってはOperaやIEなど他のブラウザーでご覧になっていただいたほうがいいかもしれない。いまあなたが見ている○が異様に小さく表示されているとしたら、わたしの責任ではなく、Firefoxの欠陥のせいである)。

○●○●

以上がノーマルなバックビート、ダウンビートと呼ばれるものです。2拍目と4拍目をヒットするので、ドラマーはしばしば「2&4」(トゥー・エンド・フォー)という呼び方も使います。

こんどは拍を細かくして、△で8分音符を表現します。▲はヒットする拍です(あなたのブラウザーで△と▲の大きさが異なって表示されているなら、それはFirefoxの欠陥のせいであって、当方の責任ではない)。まずは上記と同じプレイを細かくしただけのノーマルな2&4。

△△▲△△△▲△

以下は「4」をシンコペートさせた場合。

△△▲△△△△▲

ドラマーの場合はこのようなシンコペーションが基本ですが、拍を休むのではなく、ヒットする強さを変化させることで、じっさいにはシンコペートしていなくても、強い「シンコペーション感覚」を演出することもよくやります。たとえば、ハル・ブレインの「落款」ともいうべきプレイがそうです。小節の後半で使う、2分音符相当の短いフィルインですが、口まねで「チンストット」と呼んでいます。

疑似譜面で書いてみましょう。こんどは小節をさらに細分化して、16分割としました。四角ひとつが16分音符です(例によって、□が異様に小さく表示されているなら、それはFirefoxの欠陥。見にくいなら、Operaなどでご覧いただきたい。だいたい、三点リーダー「……」が正しく天地センターに表示されないことにも、Firefoxの日本語侮蔑があらわれている)。

□□□□■□□□★□▲■■□■□

小節の前半はノーマルにスネアでバックビートを叩きます。後半の第一打(★)はハイハットをヒット、あとはスネアまたはタムタム、稀にフロアタムをヒットします。「チンストトット」と、なぜ「ス」(譜面中の▲の拍)なのかというと、この拍を弱く、つぎの拍を強くヒットして、シンコペーション感覚をつくっているからです。ついでにいうと、「スタタッタ」ではなく「ストトット」と呼んでいるのは、タムタムのつもりだからです!

(昔の)ジャズには2&4はないので、ドラムのシンコペーションももっと複雑になります。しかし、基本的には、堅気の音楽の世界では表拍を使うはずのところを、裏拍にすることによって、ある感覚を生むのがシンコペーションの目的です(いや、この表現では、原因と結果が逆転しているかもしれないが!)。この感覚は時代と場所によっていろいろな言葉で表現されますが、昔のジャズ用語でいえば「スウィング感」、昔のR&Bでは「ファンキー」な感覚と呼ばれました。

ヴォーカルやメロディー楽器においても、シンコペーションは多用されます。これがないと、ジャズ、R&B、ロックンロールは成り立たないのです。

シナトラとエルヴィスがあそこまでいったのは、なによりも彼らのカリズマのせいでしょうが、音楽面では、二人とも歌がうまいだけでなく、独特のシンコペーション感覚をもっていたから、いや、厳密にいえば、「独自に新しいシンコペーションを発明した」からだとわたしは考えています。

歌がうまい人間なんて一山いくらです。ポップ・シンガーが人気を得るのに、歌のうまさは無用か、有用であっても副次的要素にすぎません。なによりも、他の人間と決定的に異なる特徴を持っていることが必要不可欠な「才能」です。シナトラとエルヴィスの場合、それは独特のシンコペーション感覚にあったとわたしは思います。

歌のうまい人間も一山いくらですが、絵のうまい人間も一山いくらです。目立たないかぎり、若い画家が浮かぶ瀬はありません。わたしは、キュビズムと呼ばれることになるピカソの手法は、絵画におけるシンコペーションの発明だったと考えています。ほら、ピカソの絵には「裏拍」があるじゃないですか!

◆ Tommy Ridgley - Boogie Woogie Mama (1949) ◆◆
ここではいろいろな説明を飛ばすので、前回ふれた『音楽の都ハリウッド』をぜひご参照ください。ということで、デイヴ・バーソロミューがどういう人で、どのような歴史的役割を果たしたかは略します。

トミー・リッジリーという人は、一時期、デイヴ・バーソロミュー・バンドの専属シンガーだったと、アール・パーマー伝に出てきます。ということはつまり、この曲はデイヴ・バーソロミュー・バンド時代に録音されたと推測されます。アール・パーマーは、デイヴ・バーソロミュー・バンドのドラマーとしてスタジオ・プレイヤーの道を歩みはじめるからです。

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このBoogie Woogie Mamaという曲は、ジャンプ・ブルーズあたりに分類すべきノリで、同じ時期の録音としては、ファッツのThe Fat Manより、こちらのほうがわたしには楽しめます。あなたがビッグ・ジョー・ターナー・ファンなら、わたしと同じようにこの曲が気に入るでしょう。

基本的には4ビートなので、アール・パーマーも、明確なバックビートではなく、シンコペーションを多用するプレイをしています。ロックンロール誕生とは直接には関係ないトラックですが、しかし、ダンス・ミュージックらしいエクサイトメントがあり、その中心にはアールのドラミングがあります。

◆ Joe Turner - Jumpin' Tonight (1950) ◆◆
噂をすれば影が差すわけではなく、影が差したから噂をしてみたのですが、こんどはご本尊のビッグ・ジョー・ターナーの曲です。

アール・パーマーは終生、自分のことをジャズ・ドラマーと考えていたようで、伝記でも、単純な音楽には興味がないといい、稼ぐのは単純なダンス音楽、そして仕事が終わった深夜、「デュードロップ・イン」に集まると、楽しみのためにバップをプレイしたといっています。

f0147840_0161883.jpg一時期、レイ・チャールズ、アル・ヒブラー、そして、ビッグ・ジョー・ターナーの3人がデュードロップ・インにたむろしていて、深夜にアールがやってくるのを待ちかまえていたことがあるそうで、アールは大いに迷惑したとボヤいています。これから複雑精妙なコードワークとリズムの応酬を楽しもうとしているのに、単純な曲の歌伴をさせようとする輩が行列をつくっているのだから、ウンザリするのも無理はありません。

ピアノが面白いのでパーソネルを見たら、ファッツ・ドミノとなっていました。彼はまだスターではなかったことが、この「仕事」に如実にうかがわれます。

この曲も4ビートなので、アールはBoogie Woogie Mama同様、シンコペーションを多用しています。ただし、この曲における16分のパラディドルの一音一音の強さは、ノーマルなジャズ・ドラミングとはニュアンスが大きく異なります。ビートの輪郭が明瞭で力強いことも、ジャズとR&Bおよびロックンロールを分ける一線のひとつです。

◆ Tommy Ridgley - Looped (1950) ◆◆
『音楽の都ハリウッド』でもふれましたが、この曲では非常に力強いバックビートが使われています。この時点でも、もしも適切なリズムをもつ楽曲が持ち込まれていたら、1955年を待たずに、アール・パーマーはロックンロール・ビートを発明していたかもしれません。

この曲は8ビートではなく4ビートです(いくぶんかシャッフル・フィールがある)。4ビートだから、ロックンロールにならなかっただけのことでしょう。バックビートはすでにロックンロールのノリで、これほどジャズ・フィールの薄い4ビートの曲はないといっていいほどです。ストップ直前の4分3連のパラディドルは、後年ほど正確無比なプレイではありませんが、エルヴィスのHound Dog的世界がすでに誕生していたのだなあ、と感じるエクサイトメントがあります。

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Crescent City Soulの現在入手可能な代用品ボックスというと、このCosimo Mattasa Storyが最右翼かもしれない。コジモ・マターサは、J&Mスタジオのオーナーであり、初期ニューオーリンズR&Bのほとんどすべてのトラックでエンジニアをつとめた。

◆ Jewel King - 3 x 7 = 21 (1950) ◆◆
この時期のアール・パーマーのプレイは、どうしても「ロックンロール・ビート誕生前夜」という文脈でみてしまいます。しかし、アール自身にとっての「そのときの現実」は、当然ながら、ロックンロールなんかまったくの無関係です。「若手でベストのドラマー」から、「若手」がとれて、たんなる「ベスト・ドラマー」への道を歩んでいただけです。

ロックンロール誕生の文脈とはあまり関係がないのですが、わたしはこのジュウェル・キングというシンガーも、3 x 7 = 21という曲も以前から好きですし、この曲におけるアールのジャンプ・ブルーズ的なプレイもいいので、やはりオミットするわけにはいきません。

しかし、この時期のアールは、なにを基準にして、ストレートなバックビートと、この曲に見られるようなシンコペーションとの使い分けをしていたのでしょうか。いまだに、この二者を分ける線を見つけることができません。

きちんと選曲が終わらないまま各曲の検討に入ってしまったので、ニューオーリンズ時代の最後までいったところで、改めて前半のトラック・リストを掲載することにします。次回もまだニューオーリンズを抜け出せないどころか、ロックンロール誕生にもたどり着けないかもしれません。


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by songsf4s | 2008-10-03 22:49