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Branded to Kill

こうして更新しているのだから、いちおうPCは動いています。しかし、パーティショニングの最中に固まるという大事故に見舞われ(パーティショニングは何百回もしたが、固まったのははじめて!)、まったくもって不都合なことが山ほど起きました。

トラブルがはじまると、しばしば二次災害も起きます。中間の説明は省きますが、いま起動しているのはたんなる幸運で、BIOSの設定すらできない(ということは、電源スウィッチのオンオフ以外にできることはなにもない!)異常な状態が昨夜から続いていて、ボヤきが出そうになります。今日は完全にばらして、予備のマザーボードにつなげてみるので、またしても、しばらくなにもできなくなるケースを憂慮して、材料もないのに駄話をしにしゃしゃり出ました。

◆ Seijunクイズ ◆◆
PCのトラブルが久々に困惑するほど複雑怪奇なものになってきて、ちょっと疲れてしまい、今朝、起きてからは、復旧に精を出す気すら起きず、ちょっとグレて、昨日、ここに書いたリンクのもう一方、日本映画の英文紹介を読んでいました。

それでは第一問(っていきなりクイズに化ける)。

以下の映画の監督は誰でしょう?

Branded to Kill
Youth of the Beast
Tokyo Drifter


初歩的な愚問でしたね。以下、正解ヴィデオをどうぞ。









Youth of the Beastだけは、タイトルの出てこない映像なので(たぶんタイトル直後のシークェンス)、念のために原題を書いておくと『野獣の青春』。まんまです!

つぎは少しだけむずかしくなります。それでは第二問。以下のタイトルの原題を書きなさい。いずれも直訳英題です。

The Flower and the Angry Waves
Story of a Prostitute
Gate of Flesh


正解ヴィデオ








ついでに、La Marque du Tueurのフランス語版予告編なぞはいかが? わたしはまるっきり一言もわかりませんでした。



◆ ついにきた清順 ◆◆
しかし、おそるべし清順人気。パリでは大きな回顧展があったそうで、日本にいるよりたくさん見られるじゃん、です。思い起こすのはわが清順シネマテーク初体験。72年晩冬から早春にかけての池袋文芸座での回顧展は、5週間で25作品を上映するというもので、大学受験を終え、あとは卒業式を待つばかりだった高校生シネマディクトは、土曜の夜から日曜の朝(シリトーをパクったわけではない)は、毎週、文芸座にいました。しまいには父親に「そこに坐りなさい」といわれ、「いくら受験勉強から解放されたといっても、毎週、朝帰りとは呆れた。少しは慎みなさい」とお小言を食らったほどです。朝7時には帰ると約束し、必ずその約束は守って、映画のあと、終夜営業のラーメン屋で朝食を食べたら、まっすぐに帰っていたのですけれどねえ。

80年代に思ったんですよ。小津、溝口、黒澤という、海外での日本映画三羽烏のつぎに、こんどは成瀬がきた、ということを小林信彦が書いていたのです。ウディー・アレンのせいでしょうね(『アニー・ホール』参照)。で、成瀬まできたのなら、つぎは清順じゃないか、と思うのが人情じゃないですか。

アニメ(このあいだ、ビートたけしが、大有名アニメ監督をボロクソにいっていて、爆笑した。あの宮なんとかの映画は3本ほど見たが、退屈または激怒しただけだった。たけしがいうとおり「女子どもをだまくらかして」小銭を稼ぐ幼稚な詐欺師。民俗学の研究成果をペダンティックに借用、というか、誤用した悪質さには心底激怒した)や、ゴジラなどの挟雑物があり、ちょっと遅れましたが、やっぱりきたな、です。鈴木清順のあの非ハリウッド的映像表現に、非日本人が美を見出すには、それなりに「感性の成熟」が必要で、黒澤ほど単純明快子供向けではないから、アメリカ人はてこずったのでしょう。

オタクだけが日本だと思っている馬鹿者が海外で大増殖しているようですが、宮×なんかに日本を代表されてはかないません。小津、溝口、成瀬、そして清順という大人の趣味もちゃんと押さえてほしいものです。政府もアニメにばかり金を出していないで、こうした監督たちの作品の外国語への翻訳、DVD化、広報活動に、じゃんじゃん金を出さないといかんでしょう。

英語字幕つき『東京物語』を見たことがありますが、あれは日本人にも面白いものです。ほら、『花と怒涛』の英訳タイトルが、The Flower and the Angry Wavesていわれると、この「怒」はangryなのかなあ、と考えるじゃないですか。映画丸ごと一本の字幕を見ると、そういうのがたくさんあって面白いのです。

◆ 無国籍はインターナショナル? ◆◆
日活、というか、Nikkatsuを語る場合、「とりあえず」清順に触れる、というのはすでにコンセンサスというか、ほとんど馬鹿馬鹿しいルーティンに化しているようで、なかには、「それはそれとして」と本題に入る人もいます。あるいは、清順の有名な作品と、自分が語ろうとしている作品を比較するというパターンもあります。

Branded to Killに比肩する、あるいは凌駕すると評判が高いのが、A Colt Is My Passport、すなわち、野村孝監督、宍戸錠主演の『拳銃[コルト]は俺のパスポート』です。これはまったくもって正論、わたしも大好きな映画ですが、日本ではまったく知られていない作品が(わたしも、20年ほど前にはじめて見た)、海外で日活アクションの代表作として有名になってしまったのにはびっくり仰天です。

日活が傾いて、多くのファンが去ったあと(わたしも、最後に見たのは1967年、えーと、タイトルは忘れたが、裕次郎主演、川地民夫、梶芽衣子共演で、裕次郎がクラブのオーナー、川地がその片腕で、ボスに隠れて売春斡旋をしていて、そこから窮地に陥るという話だった。時期が近いので、『夜霧よ今夜もありがとう』にムードが似ていた)、この『拳銃は俺のパスポート』や、『皆殺しの拳銃』のような佳作が生まれたのは、なんとも皮肉で、タイミングが悪すぎたため、国内での評価が低くなってしまったわけです。

いや、そもそも、映画関係の文筆に携わっている人の大部分が見ていなくて、評価が「低い」のではなく、評価が「存在しない」のでしょう。この映画について書いている文章は、わたしは渡辺武信の(ほとんど追悼文のような)賛辞しか読んだことがありません。さすがにあの人は、最後まで見届けただけでなく、客が知らないところで、いい映画を撮る若い監督が輩出しはじめたことに注目していたのです。

それをよくまた海外のファンが見つけたものだ、驚くべきことだ、というべきか、海外のファンだからこそ、日本での評価とは無関係に、裸の目で見て、こいつはすごい、と思ったのであって、あたりまえのことと考えるべきか……まあ、後者でしょうね。

◆ 同病相憐れむ ◆◆
べつに当家の看板を映画へと塗り替えるつもりはありません。いまは音楽を聴ける環境にはないので、なにも聴かなくても、フリーハンドで書ける駄話でつないでいるだけです。

なぜ、こんなことに興味を持って、海外のサイトにいっては、読み漁っているかというと、なんだか他人事に思えないというか、bird of a featherのような気がするのです。お互い、向きは正反対ですが、自分が生まれ育った文化の土壌にはないものの絵を、細部にいたるまで鮮明に描こうと努力をしているわけですよ。だから、彼らが、どういうアティテュードで日活映画に向き合っているかがものすごく気になるのです。

わたしとハリウッド音楽の関係のように、奥深いところまで日活映画を研究している人はまだいないようです。これはやむをえません。わたしがLPやCDや書籍やウェブによって、無尽蔵ともいえる豊富な材料を得ているのに対し、彼らが接することのできるフィルムは一握りに過ぎないからです。そして、日本では古いアメリカ音楽に対する関心がそれなりに高い(つまり「お客さん」がいる)のに対し、アメリカでは、苦労してウェブサイトやブログをやっても、それほど多くの関心を喚ぶとは思えません。だから、がんばれ、日本政府は応援しなくても、日本国民は応援するぞ、といいたくなるのです(そういえば、そろそろアメリカ政府が公式にわたしに感謝の意を表してもだれも驚かないと思うのですが、そんな話はぜんぜんききませんねえ。キャピトル・レコードから金一封のうわさもないし、もちろん、キャピトルの宣伝のために、当ブログを丸ごと買収したいなんて話もまだ持ちこまれません。かくして、心ならずも、当ブログは依然としてノン・プロフィット・ベースです)。

『拳銃は俺のパスポート』が評判になったのは驚くべきことだと書きましたが、考えてみると、あの映画はフィルム・ノワールで、じつは外国人にも理解しやすいのです。とりあえず、宍戸錠が日活を代表するスターになってしまいましたが、これが裕次郎へ、そして、最後にアキラにたどりついたとき、われわれははじめて、海外の日活研究の深さに震撼すればいいのでしょう。アキラがわかるのは東洋人(ジョン・ウーもこのブームに一役買ったか?)だけなのか、それとも、欧米でもファンが生まれるのか、じつに興味深いところです。
by songsf4s | 2008-09-07 16:02 | その他