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Voyage to the Bottom of the Sea (「原子力潜水艦シービュー号」)TV OST
タイトル
Voyage to the Bottom of the Sea
アーティスト
unknown (TV OST)
ライター
Lionel Newman
収録アルバム
N/A (TV OST)
リリース年
1964年
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先月から、しばしばテレビドラマのテーマ曲を取り上げていますが、われながら、変われば変わるものだな、と思います。1965年まではじつにこまめにアメリカ製ドラマを見ているのに、中学入学以降、テレビとは縁遠くなり、いまでは、うっかりすると、丸一日、テレビのスウィッチを入れないこともあるほどです。

右のFriendsリンクでいける「Yxx Txxxを聴こう」で、オオノさんが、なにげなく、3年後に地上波デジタルに移行といったって、移行しない人間もいるのではないか、と書いていらっしゃるのを読み、そうそう、俺もそう思う! と膝を叩きました。

わたしなんか、いまだって一日平均30分以下の視聴しかしていないのだから、3年後には、もっと見なくなっている可能性が高いでしょう。そんな、ほとんど無用のメディアに、よけいな投資などするかなあ、といまでも思うのだから、3年後には、テレビが地上波デジタルになろうが、空中波アナログになろうが、銀河の彼方に消えていようが、すくなくともわたしはまったく関心をもたないにちがいありません。

そもそも、地上波デジタルなどという無用の長物を考えたのはだれなのでしょうか。テレビはやめにして、テレビ局はウェブを通じて番組を流すことにすれば、話はごく単純にすんだはずです。それなのに、だれも必要としなくても、とにかくつくってしまえば甘い汁が吸えると考えただれかがいたのでしょうねえ。

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わたしは地上波デジタルとやらに付き合うつもりは毛頭ないので、3年後にはテレビなしの生活に入ろうと思います。ウェブとラジオがあれば十分です。OSとかDVDとか、勝手にシステムを変更して、無駄な投資と資源の浪費を要求する馬鹿者どもを、この地球上から根絶する方法を、そろそろ考えたほうがいいでしょう。

メディアとウェブが今後どうなっていくかについて、わたしは単純明快なヴィジョンをもっていますが、そういうことを書くと面倒ごとを引き寄せたりすることがあるので、まあ、暗示程度にしておきます。配信なんかチャンチャラ可笑しいとあざ笑っている、新しい無料の「メディア」が世界を席巻していますが、今後、もっとも重要なのは明らかにこの分野です。

そういう地球規模の巨大地殻変動にくらべれば、地上波デジタルなんて日本だけの話、しかも、だれも必要としていない無意味無価値メディア、それこそチャンチャラ可笑しくて、話にもなにもなりません。どこまで世界の感覚とズレれば日本人は満足できるのか、恐ろしいというか、いっそ楽しみになってきます。

◆ 鶏を割くに牛刀を以てす ◆◆
そういうメディアの悪夢とでもいうべき現代のことはさておき、例によって、テレビが娯楽の王者に成り上がった、あの華やかなりし60年代に戻ります。

昨日は、ほとんど見なかったけれど、テーマ音楽だけは記憶していた番組でしたが、今日は、熱心に見ていたのに、なぜかテーマ音楽は完全に失念したドラマです。

f0147840_22416100.jpgなぜ忘れてしまったか、その理由は明白ですが、その話の前に、まずは現物を聴いていただけたらと思います(音楽だけでよいなら、こちらのほうが音質がいいかもしれない)。これを見るまで知らなかったのですが、エンド・タイトルに「音楽 ライオネル・ニューマン」と出てきます。20世紀フォックスだから、もしかしたらと思っていましたが、やっぱりそうかあ、でした。

メイジャー・スタジオの音楽部というのは工房なので、大勢のスタッフが断片を書き、それを音楽監督がまとめます。だから、音楽監督がどこまで書いたかはなんともいえないところなのです。音楽監督のクレジットは、工房の代表者の署名にすぎないのです。

ともあれ、工房の親方としてライオネル・ニューマンが「署名」したのだから、20世紀フォックス音楽部の基準に照らして、十分な出来の音楽であるといっていることになります。じっさい、なかなかいい出来です。ちょっとよすぎるぐらいです。だって、このドラマの主な視聴者は小学生だったはずで、小学生が聴くにはハイブロウすぎる音楽なのです。たぶんそのせいで、毎週見ていたにもかかわらず、わたしはこの曲のことをかけらも記憶していなかったのだと思います。

◆ テレビ、本編、そろい踏み ◆◆
このところ、テレビドラマに関しては乾直明『ザッツTVグラフィティ』、映画に関しては双葉十三郎『ぼくの採点表』に助けてもらっています。「原子力潜水艦シービュー号」は、映画にもなっているので、今日はお二方のレヴューのそろい踏みです。まずは、双葉レヴュー。

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つづいて乾レヴュー。

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これで、本編のほうが先にでき、その資源を再利用してテレビ版がつくられたという経過がわかりました。当時はそんなこと、チラとも知りませんでしたがね。

双葉レヴューによれば、本編は1961年に公開されたようですが、わたしが見たのはもっとずっとあと、テレビ版が放送されていた1965年だったと記憶しています。テレビ版の登場に合わせて、本編もリヴァイヴァル上映されたのではないでしょうか。

双葉レヴューに懇切丁寧に書かれているように、なぜ「海底への航海」というタイトルなのか、よくわからないプロットでした。わたしに自白剤を打って、「シービュー号の映画について覚えていることをいえ」と強要しても、「ヴァン・アレン帯、暑い、赤い」というだけでしょう。それしか覚えていません。「ヴァン・アレン帯」という言葉自体、この映画で覚えました。

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考えようによっては、温暖化時代の先取り企画だったのかもしれませんが、なんたって、キワモノ興行王のアーウィン・“タワーリング・インフェルノ”・アレンの製作ですからねえ、良くも悪くも、風刺のふの字もない見せ物映画だったのでしょう。結局、潜水艦が出てくる必然性は、海の深いところでは、気温の急上昇の影響を受けにくいといったあたりだったのでしょう。ヴァン・アレン帯と潜水艦のあいだにどういう関係があるのだ、というあなたのもっともな疑問に、製作者になりかわってお答えしました!

ここに本編のほうの予告編があります。小学生にとっては、人間よりもはるかに重要だった原子力潜水艦シービュー号(タイトルにもなっているぐらいでしてね!)のデザインはテレビ版とまったく同じです。しかし、当然ながら、俳優はまったく無関係で、ジョーン・“レベッカ”・フォンテイン、ピーター・“マルタの鷹”・ローレ、それにフランキー・アヴァロンという配役はまったく覚えていなかったので、へえ、でした。まあ、この時点では、わたしは『レベッカ』も『マルタの鷹』も見ていないのだから、ジョーン・フォンテインもピーター・ローレも記憶していなくて、なんの不思議もないのですが。

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この艦首の展望窓のせいで、この潜水艦はSeaviewと呼ばれる。

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展望窓の内側。発令所というより、ラウンジのようなものだったと記憶している。

◆ 「大人扱い」の心地よさ ◆◆
結局、シービュー号の物語を毎回見ていたのは、シービュー号そのもののデザインのよさと、その航行シーンの出来のよさに尽きます。極論するなら、物語なんかどうでもよかったのです。

わたしと同世代の方はご記憶でしょうが、60年代のSFというか、特殊効果というのは、なかなか困ったものでした。子どもたちは、一所懸命につくっている大人たちの努力は知っていたから、それこそ、毎度毎度「騙されたふり」をしていたようなもので、じっさいには、セコだなあ、と失望を繰り返していました。

空を飛ぶようなものは、モーション・コントロール・カメラが登場するまではどうにもならないので、60年代のものは『2001年宇宙の旅』をのぞいて全滅です。わずかに期待できるのが、潜水艦ものだったのです。じっさい、東宝の『海底軍艦』にしても、ディズニーの『海底二万マイル』(双葉十三郎が、また大ダコか、といったのは、すでにこちらの映画で見ていたためだろう)にしても、そして、「原子力潜水艦シービュー号」にしても、かなりリアルで、楽しく、満足に騙されるシーンがいくつかありました。水中だとスケール感を誤魔化しやすいのでしょう。

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生まれてはじめてみた特殊効果映画が『スター・ウォーズ』だったなんていう世代は、お爺ちゃんたちは貧しい時代に育ったんだねえ、と同情するかもしれませんが、それほど馬鹿にしたものでもないと思います。

最初の『スター・ウォーズ』ぐらいまでは、あるいは、最初の『エイリアン』ぐらいまでは、リアルな効果を見るたびに、ずいぶん進歩したなあ、と驚いていましたが、『ジュラシック・パーク』あたりで馬鹿馬鹿しくなりました。特殊効果はリアルで当たり前、したがって、どの映画が飛び抜けていいなどということもなくなり、つまるところ、効果なんか子ども騙し、ドラマの邪魔でしかない、とまで感じるようになったわけで、いまの若い映画ファンが明日への希望のない貧しい時代に生きていることにおおいなる同情を覚えます。

最近はなんのブログなのかわからなくなってきていますが、音楽に話を戻します。「原子力潜水艦シービュー号」のテーマは、まったく記憶していませんでしたし、いま聴いても、そうだそうだ、この曲だ、という感覚も湧いてきません。

しかし、大人の耳で聴いて、まじめにつくったいい曲だ、と感じます。子どもの見るドラマだから、適当につくっておけ、という手抜きの気配はまったくありません。子どもに聴かせるポケット・シンフォニーのつもりでつくったのではないでしょうか。

後年になると、日本では、小学校高学年の子どもが見るようなものでも、幼児向けのような音楽が当たり前になりますが、半世紀前に、子どもを一人前の大人とみなしてつくったテーマ音楽があった、という事実には、なんとなく心休まるものがあります。

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こういうのは「イマージェンシー・ブラスト」(緊急浮上)というそうだが、こんなことをしてケガ人が出ないのだろうか?

by songsf4s | 2008-08-04 23:44 | 映画・TV音楽