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Bacchanal by Gabor Szabo
タイトル
Bacchanal
アーティスト
Gabor Szabo
ライター
Gabor Szabo
収録アルバム
Bacchanal
リリース年
1968年
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本題に入る前に、名前の発音を調べた結果を書いておきます。Gabor Szaboは、カタカナにすると「ガーボウア・サボ」あたりが適切のようです。『固有名詞英語発音辞典』は、英語での発音を主としていますが、しばしば、その固有名詞が属する国が注記してあり、姓、名ともにハンガリー語という注記のある発音のところを見ました。

Szaboというスペルから考えて、Zの音は発音しないのではないかと思い、調べてみたところ、やはり、Zはないものとみなしてよいとわかりました。発音記号としては、最後にuの音がついているので、「サボウ」ないしは「サボー」も可です。アクセントは第一シラブルなので、単独の場合の「茶房」の音ではありません。「XYZ茶房」というように固有名詞と接続された場合のアクセントと同じです。

Gaborのほうは、べつの国の場合、「ガバー」その他の音もあるようですが、Gabor Szaboの場合、ハンガリー生まれだったと思うので、アメリカに渡ってから元の発音を捨てたのでないかぎり、「ガーボウア」でいいようです。ファースト・ネームもアクセントは第一シラブル。

◆ ジム・ケルトナーのべつの顔 ◆◆
最近、もっともビックリしたプレイは、そのガーボウア・サボの1968年のアルバム、Bacchanalに収録されていました(ちなみに、なんでも調べてみるもので、アルバム・タイトルのほうも見た目とはちがう発音だった。最後のaはないものとみなして「バカンル」と発音するのだそうな)。

といっても、サボのプレイに驚いたのではありません。ミドルティーンのころに、ジャズ・アルバムをかなり聴いたなかに、サボのものも一枚ありましたが、そのときも面白いとは感じず、数年前に買った、キャロル・ケイやジム・ゴードンがプレイした、Wind, Sky And Diamondsというアルバムも、なんだかなあ、でした。子どものときもダメ、年をとってからもダメ、ということは、縁のないプレイヤーだということです。

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だから縁を切ったかというと、それが左にあらず。わたしはドラム・クレイジーです。好きなドラマーを聴くためなら、指の運動会じみたクラプトンの無思慮無分別非知的頭脳未発育的ギターにだって耐えられるのだから、たんに「なにをしたいのかよくわからない」程度で、とくに不快というわけでもないサボのギターぐらい、いくらでも耐えられます。

このBacchanalというアルバムのドラマーはジム・ケルトナーです。Tattlerのときにも書きましたが、70年代前半までのジム・ケルトナーは、ストイックなプレイが多く、注目していませんでした。ケルトナーが派手なプレイをするようになるのは、70年代後半からなのだと考えていました。

しかし、このBacchanalを聴いて、認識を改めました。派手なプレイの連発なのです。つまり、ニルソンやジョン・レノンのセッションでは、猫をかぶっていたというか、プロフェッショナルの心構えとして、状況をよく考え、グッド・グルーヴを提供するだけにとどめていたのでしょう。

考えてみれば、いや、考えなくても、これは当然のことです。ライ・クーダーのアルバム、Borderlineでのとんでもないプレイは、一夜にして身につくようなもののはずがありません。元からもっていた技術を、コンテクストに応じて取り出してみせたにちがいないのです。そして、どのあたりからすでにその技術をもっていたかというと、68年にはすでに十分なレベルにあったことが、Bacchanalを聴けばわかるのです。

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◆ 電光石火のプレイ ◆◆
このアルバムの半分ぐらいは、ジム・ケルトナーのすぐれた技術と卓抜な独創性を十分に示すプレイになっているので、曲はほかのものを看板に立ててもよかったのですが、Bacchanalはタイトル・カットでもあり、ロックンロール・ソングのカヴァーではなく、サボのオリジナルであり、そして、ジプシーのルーツに忠実であろうとしたのか、オリエント的というか、エキゾティカ的というか、そういう風味のある曲だという点に鑑みて、これを看板にしました。

このトラックにおけるケルトナーのプレイも唸ります。それも一回や二回ではなく、繰り返し何度も、そして、ドラムが入ってきたその瞬間からずっと、最後の最後まで唸ります。クレジットがなくても、いや、いつも、下手くそ、タイムが悪い、とこきおろしている、ラス・カンケルやジョン・グェランのクレジットがあったとしても、悪かった、俺が耳なし抱一だったと、土下座して謝っちゃうくらい、圧倒的なプレイです。いや、もちろん、陽が西から昇ることはあっても、いつもタイムの悪いドラマーが、突然、こんなにいいタイムになることは、この宇宙の法則に反するので、ありえない仮定ですが。

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われながら狭い了見だった、と反省した点があります。Tattlerの記事で、ジム・ゴードンはアップテンポのときがすばらしいのに対し、ジム・ケルトナーはミディアムのときがよい、なんて書いてしまいましたが、Bacchanalはアップテンポでありながら、ケルトナーはすごいプレイをしているのです。

ちょっとほかに例をおもいつかないぐらい、Bacchanalでのジム・ケルトナーは、ロール連発のプレイをしているのですが、これがみなみごとなタイムで、じつにあざやかなものです。ドラム・クレイジーはこういうビートを聴いていれば、桃源郷にあるも同じです。

前半も十分に楽しいのですが、終盤の3:30をすぎたあたりからは、ドッヒャーとなります。ロールによるフィルインを連発したあとで、ドラムとパーカッションだけのパートに入りますが、このフィルインはうなります。しかし、ここは派手なところだから、ボケッと聴いていてもわかります。そのあとのやや地味なプレイのほうが、難度は高いのです。打楽器だけになってからの数小節はライドを使い、そこからハイハットとスネアのコンビネーション・プレイに移ります。まず、ハイハットのキレのよさに感心するのですが、よく聴くと、ウッソーというプレイをやっているのです。

右手はアクセントを大きく変化させながらハイハットをバシバシやります。音としてはこちらのほうが強くて、よく聞こえます。いっぽう、左手はスネアを叩いているのですが、ロールを入れているのです。いや、その間、ハイハットのプレイはとぎれずにつづいているのですよ。つまり、左手のみによるロールなのです!

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最後にトラップの向こうに坐ったのは数十年前のこと、ロールなんてこともそれっきりやったことがありませんでしたが、わたしはおっちょこちょいなので、いま、床を叩いてきました(仕事机にラディックの軽めのスティックを常備している。ホンモノの馬鹿だとわれながら思う)。両手なら、まだなんとか、ロールにきこえなくもないものを叩けますが、片手では無理でした。まったく問題外です。

何度か聴き直して、ハイハットへの手の戻しが電光石火で、両手でロールを叩いているのに、そう認識できないだけかもしれない、と考え直しました。でも、どちらかというと、片手でやったのだと感じます。いや、たとえ、両手でやったとしても、それならばそれで、ハイハットへの戻りが異様に素早くて、やっぱり超絶プレイです。

どうであれ、こんなにわけのわからないプレイを聴いたのは久しぶりです。最後にこういう解析不能プレイを聴いたのは……そう、やっぱり、ケルトナーのBorderlineでの仕事です。パズラーというか、リドラーというか、ジャグラーというか、ほんとうに困ったドラマーです!

◆ 「見得を切る」ということ ◆◆
このアルバム全体を通して、ケルトナーのタイム、グルーヴは非常に心地よく、これほどすぐれたドラム・アルバムは、そうはたくさんないと感じます。スネアのチューニングも重要ですが、やや高めのウルトラ・ドライ・サウンドで、その面でもまったく文句がありません。そういってはなんですが、このサウンドなら、だれが叩いてもうまく聞こえるかもしれない、といいたくなるほどです! 超一流のプレイヤーというのは、自分の楽器の鳴らし方を熟知しているものなのです。

Bacchanalのつぎに入っている、ドノヴァンのSunshine Supermanでも、ケルトナーは文句なしのプレイをしています。バックビートよし、高速フィルイン完璧です。どうしてこんなに派手に叩きまくっていた人が、一時期、ポップ・セッションでは、「フィルインをゼロに近づける実験中」とでもいうような、ストイックなんて段階は通りすぎて、スパルタ的とでもいうしかない、地味で地味で地味なプレイをするようになったのか、そのほうが謎に思えてきます。

ジム・ケルトナーがはじめてスタジオで叩いたのは、ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズのShe's Just My Styleのセッションでのことだったそうです。それまで、プレイボーイズのセッションでストゥールに坐っていたのは、もちろんハル・ブレインです。

手柄話のように聞こえるのを嫌ったのだと思いますが、なぜ、ゲーリー・ルイスのツアー・バンドに入ったばかりの若者がスタジオに入れたのか、その経緯については、ケルトナーはなにもいっていません。通常ならありえないことです。おそらく、だれか信用できる人間の強い推薦があったのでしょう。

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それでも、万一、セッションが座礁することを恐れたスナッフ・ギャレットは、ハル・ブレインも呼んでおいたそうです。ケルトナーがいうように、もしも彼には手に負えないことが起きたら、即座にハルがストゥールに坐るという意味でしょう。結局、ハル・ブレインがストゥールを奪うことはなく、ケルトナーのドラミングでセッションは無事に終了したようです。いま、アルバムShe's Just My Styleをひととおり聴き直しましたが、ハルのプレイだと感じるトラックはありません。

では、この1965年のShe's Just My Styleに、1968年のBacchanalでの圧倒的なプレイの予感があるかというと、ノーといわざるをえません。タイムと技術に問題はないのですが、なんといえばいいのか、感覚的表現で申し訳ないのですが、「見得の切り方」をまだ知らない、と感じます。「色気」がないのです。

ジャズ・ドラミング(ケルトナーの出自はこちら)と、ロック・ドラミングが決定的にちがうのは、後者ではタイムが高いプライオリティーをもつことと、もうひとつは「見得」を切る必要があることです。正確にプレイすればいいわけではありません。コントラストを強くし、ビートの輪郭をはっきりさせなければいけませんし、必要ならば、大向こうウケするスタンドプレイ、派手な身振りも入れるべきなのです。

これは、具体的にはビートの強弱、とくに左手のハードヒットの使い方によって表現されます。手首だけを使ったジャズ・ドラマーのような2&4では、ロックンロールらしさは出ないのです。

◆ 変形レギュラー・グリップ ◆◆
You Tubeでさまざまなドラマーを見ていて、レギュラー・グリップを使うプレイヤーのスティックの握り方には共通点があることに気づきました。ドラム教師が教える握りとはいくぶん異なるのです。

通常、左手のスティックは、まず親指と人差し指の付け根に深くはさみ、さらに中指と薬指のあいだにそれを通します。これがレギュラー・グリップです。そして、中指はとくに押さえる感じではなく、軽くスティックの上からかぶせるようにします。プレイの際にも、中指の役割はあくまでも補助的なものです。親指のコントロールだけでプレイする、ぐらいの感じで、あとの指にはあまり力を入れてはいけないのです。

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ハル・ブレインのレギュラー・グリップ。やはり、やや強めに握っているように見える。

ところが、ラスカルズのディノ・ダネリとプロコール・ハルムのB・J・ウィルソンの握りと構えを見ると、この「中指には力を入れず、軽く押さえるだけ」という一般的な教え方とは正反対で、むしろ親指のほうが「添えてあるだけ」じゃないかと思うくらい、中指と人差し指でしっかり握っているのです。

また、かまえもすこし変です。ふつう、左手のスティックは腕に対して直角ぐらいにかまえることになっています。しかし、ダネリやBJのかまえは、もっとずっと「オープン・スタンス」で、腕とスティックの角度は120度ぐらいはありそうです。

こういうのを見ると、実験せずにはいられない人間なので、片手ロール同様、自分でも彼らのようにスティックを扱ってみました。それで、彼らがそういうイレギュラーなプレイ・スタイルにたどり着いた理由がわかりました。

昔はレギュラー・グリップが当たり前で、モダーン・グリップは使われていませんでした(あとから生まれたから「モダーン」といわれる)。それは、細かいプレイを正確にやるには、レギュラーのほうが適しているからです。それに対して、モダーンはハード・ヒットに適しています。腕の力をロスなくスティックのヒットにつなげられるのが、モダーン・グリップの特長です。バシーンとスネアを「しばき」たいのなら、モダーンのほうがいいのです。つまり、ロックンロールという、常時、間断なく、スネアのハード・ヒットが要求される音楽形式のせいで、モダーン・グリップが必要とされるようになったのです。

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ハル・ブレインのモダーン・グリップ。ハルはレギュラー・グリップの時代に育ったが、仕事では状況に応じてグリップを使い分けたようだ。

ディノ・ダネリやBJの変則スタイルは、グリップはレギュラーのままで、ロックンロール的なハード・ヒットをしようとして生まれたものにちがいありません。じっさいにやってみて、はっきりわかりました。

中指と人差し指でしっかり握り込み、腕とスティックの角度を120度ぐらいに「開き」、親指ではなく、中指と人差し指の腹を使うように(まあ、いくぶん誇張したが)すると、レギュラー・グリップでも、モダーンに近いハード・ヒットが可能なのです。

◆ ありえたかもしれない未来 ◆◆
ジム・ケルトナーはジャズ出身です。当然、グリップはレギュラーです(80年代のヴィデオではモダーンも使っている)。ディノ・ダネリやB・J・ウィルソンのような、ダンス・バンドでみずから鍛えた自己流ドラマーとはちがいます。若いころは「正しい」ドラミングをしようと心がけていたにちがいありません。だから、中指と人差し指はほとんど浮かせるように軽く握り、手首を柔軟に使って、正確なスティック・コントロールをしようとしたはずです。つまり、「基本に忠実なプレイ」です。

ゲーリー・ルイス&ザ・プレイボーイズでのケルトナーのプレイが、タイムは正確であるにもかかわらず、魅力的に聞こえないのは、基本に忠実なスタイルに由来する、メリハリのなさが原因だろうと考えます。スネアのサウンドも弱いし、ポイントでは、もっときちんとヒットしてほしいと感じます。

ロックンロール・ドラミングでは、「いくときにはガーンといく」ことが重要です。「見得を切る」とはそういう意味でいったのです。(昔の)ジャズ・ドラマーの多くは、見得を切るのを嫌っているか、多少は切っても「大見得」ではないか、あるいは、見得の切り方ひとつ知らない山出しの唐変木の野暮天野郎か、そのいずれかです。

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幸い、ケルトナーはジャズ・ドラマーに共通する悪弊であるバッド・タイム病には罹患していませんでした。おそらくは、生まれつきタイムがよかったのでしょう。そして、ハル・ブレインのような、見得の切り方にかけては世界一のドラマーを、咫尺の間に観察できる機会も豊富にありました(ケルトナーがハルのキックのチューニングを盗もうと努力したことはWindyのときに書いた)。ボンクラではないのだから、この仕事に必須の要素がなんであるかは、瞬くうちに理解したにちがいありません。

プレイボーイズにいたのはほんの数カ月のことで、その後、70年のジョー・コッカーのMad Dogs & Englishmenツアーにおける、ジム・ゴードンとのダブル・ドラムで注目浴びるまで、どこでなにをしていたかというと、主としてアヴァンギャルド・ジャズをやっていたそうです(じっさい、ジョン・レノンに会う以前に、小野洋子と知り合っていたという。お忘れかもしれないが、小野洋子は「そっちのほう」の人だった)。

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そういうジャズ方面での活動の結果が、Bacchanalへの参加なのでしょう(といっても、Bacchanalはアヴァンギャルドではない)。たしかに、ジャズ・ドラマーらしいプレイですが、それは、ロック色が強くないという意味にすぎず、コンサーヴァティヴなジャズ・ドラミングとは百万光年も隔たっています。ロックンロールでもなければ、旧来のジャズともちがう、ほかに類似したプレイヤーを思いつかない、きわめて独自性の強い、個性的なスタイルです。

ケルトナーに柔軟性、適応力がなく、仮にロック/ポップ系セッションのお呼びがかからなかったら、いったいどういうドラマーになっていただろうか、ひょっとしたら、その後の「フュージョン」とやらいう、リスナーをナメた、ふやけきった音楽に渇を入れる存在になったのではないか、とすら感じるほど、可能性に満ちたドラミングです。まあ、幸か不幸か、彼の力はあっという間に認められ、ジム・ゴードンと並ぶ、70年代の顔ともいうべきドラマーになってしまい、70年代のジャズの変貌に、ケルトナーが関与していくことはなかったのですが……。

◆ ふたたび「ロック的」と「ジャズ的」 ◆◆
前述したように、ガーボウア・サボの1967年のアルバム、Wind, Sky And Diamondsでは、数曲でジム・ゴードンがストゥールに坐っています。わたしは、ジム・ゴードンとジム・ケルトナーは70年代の二大ドラマーであり、どっちがすごいかとなると、写真判定ものだと考えています。

ジム・ゴードンのピークは、薬物中毒のせいもあって、60年代終わりから70年代前半であるのに対して、ジム・ケルトナーが本領を発揮しはじめるのは70年代終わりのことであり、80年代に入って金字塔的プレイを残しています。

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それなのに、なぜこうなるのだ、と思うことがあります。同じガーボウア・サボのアルバムで、時期的にも近い録音なのに、Wind, Sky And Diamondsでのジム・ゴードンのプレイは、しっくりこないのです。若すぎた、ということかもしれませんが、同じ年に、彼はバーズのGet to Youで、とんでもないハイハットのプレイをしてます。むちゃくちゃに早熟だったプレイヤー、「天才少年」だったドラマーに向かって、若すぎた、という言いぐさはないのです。

これはやはり適性なのだろうと考えるしかありません。ジム・ゴードンの卓越性は、ストレート・ロックンロール、ヘヴィー・バックビートのある音楽でのみ発揮されるものなのでしょう。それに対して、ジム・ケルトナーはもともとジャズをやっていたのだから、ポップ/ロックに色目を使ったジャズ・プレイヤーの奇妙なアルバムでも、ジャズでもなければ、ロックでもない、新しいスタイルの実験をできるだけの柔軟性をもっていたのでしょう。

これは、彼らよりひとつ前の世代である、ハル・ブレインとアール・パーマーについてもいえます。ロック系ドラミングではハルのほうがアールよりすぐれたプレイをしていますが、ひとたびジャズ・コンボのコンテクストにおかれると、ハル・ブレインは派手な見得を切って大向こうを唸らせることはなくなります。これまた適性なのだと考えるしか解釈のしようがありません。

でも、まだわからないことがあります。ジム・ケルトナーは、ガーボウア・サボの1969年のアルバム、その名も1969でもストゥールに坐っています。同じリーダーだから同じようなコンテクストだし、翌年のプレイなのだから、もっとすごくなっている、と期待するのが人情でしょう。ところがどっこい、こちらはつまらないのです。いったい、どういうことなのでしょう。

録音ないしはマスタリングもよくないと思います。リミッターをかけたような音です。ベースもよくありません。Louis Kabok(またしても読めない。ケイボックか?)という、Bacchanalと同じベースですが、Bacchanalではアップライトを弾いていたのに対し、1969ではフェンダーを弾いています。アップライトは悪くないのですが、フェンダーはいただけません。フェンダーでの経験が浅く、ミュートの仕方がわかっていなかったのでしょう。

でも、そういう明白なことだけでなく、なにか、もっと根本的なところ、微妙なところで、おかしいのです。同じケルトナーがやっても、アルバムによってこれだけ大きなちがいが生まれるのだから、ジャズ的資質、ロック的資質、などと簡単に分けてはいけないのだろうと思います。

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by songsf4s | 2008-07-04 23:35 | Guitar Instro