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June the 15th, 1967 by the Gary Burton Quartet
タイトル
June the 15th, 1967
アーティスト
The Gary Burton Quartet
ライター
Michael Gibbs
収録アルバム
Lofty Fake Anagram
リリース年
1967年
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このところ、疲れる歌詞ばかりだったので、本日は息抜きのインストです。ジャズ・ファンとしては、ジャズ・アルバムをインスト・アルバムと呼ぶのは抵抗があるかもしれませんが、わたしにとっては、Tボーンズも、ラウターズも、50ギターズも、ヴェンチャーズも、チェット・アトキンズも、チャーリー・クリスチャンも、タル・ファーロウも、ウェス・モンゴメリーも、みな「ギター・インスト」です。

そういう万物平等の原則からいって、当然、ラリー・コリエルがいた時代のゲーリー・バートン・カルテットも「準ギター・インスト」に分類します。いちおう、オーケストラによるインストは「オーケストラ」、グレン・ミラーやウディー・ハーマンなどは「ビッグバンド」といっていますが、コンボでギターが活躍すれば、みな「ギター・インスト」です。

◆ ステレオの前の平等 ◆◆
わたしは、基本的にはモダン・ジャズを聴きませんが、十代の半ば、中学3年からしばらくのあいだは、友だちのものを多量に聴かされ、自分でもすこしだけ買いました(すぐにトレードに出したり、いるならもってけ、とやってしまったものもあり、あの時代に聴いたものはほとんど残っていない)。

ゲーリー・バートンには直接関係ないのですが、歌詞のかわりに、中学高校のころのわたしの奇妙なリスニング環境のことを書きます。早く音楽の話をしろ、という方は、つぎの小見出しまでジャンプしてください。

わたしが通った中学高校一貫校は全寮制でした。したがって、この時期は音楽を聴くのも、主として寮でのことだし、ひとりで聴くのは、こっそり持ち込んだラジオを聴くときだけで、盤を聴くときは、かならずだれかがいっしょでした。この環境が、わたしの音楽の聴き方に、あとで意味をもってきたような気がします。

こういう環境では、聴くものは自由になりません。先着順というルールがあり、ひとりLP片面のみという、自然発生的な暗黙の規則もあったのです。中学生にしては、というか、中学生だから、というべきなのか、どちらかよくわからないし、ひょっとしたら、時代のせいなのかもしれませんが、だれかしら、どこかしら先鋭的なテイストをもっていたもので、あの時代には、ずいぶん奇妙なものを聴かされるハメになりました。

忘れられないのはオーネット・コールマン・ファンがいたことです。こいつは寮の同じフロアにいて、自分の部屋やベランダでアルト・サックスを吹いたのです。オーネット・コールマンが好きな子どもが、どんなプレイをするか想像してみてほしいですな! いや、まったくもって、うーん、です。

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Ornette Coleman "At the Golden Circle" もう記憶が薄れてしまったが、われわれロック小僧を夜ごとに悩ませたのは、たぶんこのアルバム。

ステレオの前では平等主義が貫かれていました。ロネッツのあとにオーネット・コールマンがかかり、そして、わたしが聴きたいプロコール・ハルムの順番がまわってくる、つぎはファグズ(ファグズなんてバンドを聴いたのは、後にも先にもあのときだけ。ご存知だろうか。ファグズのドラマーはのちの劇作家にして俳優のサム・シェパードである。『ライト・スタッフ』でのチャック・イエーガー役は印象的だった)という音の並びを想像してみてください。ここまで混乱してはいないと思いますが、当ブログの曲の並びに、いくぶんか、その名残を見いだせるのではないかと思います。

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クラシックを聴いた記憶はありません。オーネット・コールマンまでは我慢したわれわれも、たぶん、だれかがクラシックの盤をもってきたら、民主主義的合議制の建前はかなぐり捨て、実力行使によって排除しただろうと思います。そもそも、小学校の時にピアノを習ったような奴は、みなおとなしくて、ステレオの前に陣取り、イージー・チェアにふんぞり返った、ロックンロール・ギャングのそばには近寄りたくもなかったのでしょう。

人間がたくさん集まると、たとえその人間が子どもであっても、趣味というのは、じつになんともバラけてしまうものだと思います。オーネット・コールマンを持ち込んだ「犯人」はよく記憶していますが、ファグズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドを持ち込んだのはだれなのか見当もつかないし、アート・アンサンブル・オヴ・シカゴなんて、どこから湧いてきたのかと思います。ピアノ・トリオもむやみに聴かされました。おかげで、ビル・エヴァンズは面白くもなんともないということがよくわかりました。あの時代に投げつけられたピアニストで、多少とも面白いと思ったのは、マル・ウォルドロンとセロニアス・モンクだけです。

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これにも頭が痛くなった。

揉まれたというか、鍛えられたというか、ひどい目にあったというか、どうであれ、ひとりでいたら、ぜったいに聴かなかったであろう種類の音楽を、あの時代にはむやみに「浴びせかけられ」ました。いや、逆の方向、歌謡曲的なヒット曲も自分では買わなかったので、やはり、あの「ステレオの前の平等」(いちおう「法の前の平等」のもじりのつもりなので、そのへん、よろしく)のおかげで、ずいぶんたくさん聴くことになりました。

中学生のときにゲーリー・バートンを聴いたのも、そういう環境のせいです。放課後、クラブをサボりまくった時期があり、そのときのヤサグレ仲間がいました。寮にいると、クラブをサボっても、家に帰るわけにはいかないので、まあ、読書をしたり、風呂に入ったり、なにかしらして、暇をつぶさなければならないのです。

で、やはり、暇をもてあました奴が、わたしの読書時間を奪いにきました。そいつは軽音楽部とは無関係で、音楽を聴くタイプとは思っていなかったのですが、ヤサグレ仲間として四方山話をしているうちに、じつは、かなり先鋭的なテイストの持主であることがわかってきました。これだから、人間、たまにはヤサグレて、悪い付き合いもしてみるものなのです。

まず、彼はジミ・ヘンドリクスが好きだと明かしました。わたしなんか、ポリドールのオムニバスに入っていたHey Joeしか聴いたことがなかったときに、彼はすでにAre You Experiencedを持っているというのです。そいつは豪儀だ、なぜ寮に持ってこないんだ、俺も聴きたい、といったら、盤が傷むから嫌だというのです。まあ、たしかに、それはありがちなことでした。

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つぎに彼は、ラリー・コリエルも面白いと思う、と恐る恐るいいました。気弱な奴だったし、わたしが、気に入らないものは完膚無きまでに殲滅する人間であり、罵倒の語彙と文法には精通していることを、彼はよく知っていたのです。気に入らないものには全面戦争を仕掛けますが、聴いたことのないものには平和主義をとっていたので、ラリー・コリエルの名前は知っているが、聴いたことはない、だから、それも聴いてみたい、といっただけでした。

怒濤のような罵詈讒謗の嵐を恐れていた彼は、わたしが関心を示したことに安堵したようです。わたしのほうは、内心で驚愕していました。ろくに口もきけない気弱なトンチキだと思っていた奴が、わたしなんかが聴いたこともない盤を、むやみに持っていることがわかってきたからです。

盤が傷むのはしかたない、聴くから傷むのであって、聴かなければ傷まない、ということはつまり、傷もうがどうしようが、聴くしかないんだ、わたしはそういって、彼を説得しました。それでも渋るので、わかった、寮では聴かない、外泊の時に、うちに持って帰ってひとりで聴く、ていねいに聴く、大事に聴く、盤面には指一本ふれない、と誓って、彼はやっとジミヘンとラリー・コリエルをわたしに貸すことに同意しました。

かくしてわたしは、ラリー・コリエルがいたゲーリー・バートン・カルテットの、Duster、Lofty Fake Anagram、Carnegie Hall Concertを聴くことになったのです。もちろん、ジミヘンのAre You Experienced?もいっしょにです。そして、約束どおり、寮で聴くことはせず、わが家にこの4枚を持って帰りました。

◆ スティーヴ・スワローとボビー・モーゼズ ◆◆
そして、つげ義春の「李さん一家」のエンディングのように、その4枚はいまもまだわが家にあります。そうじゃなければ、いまここで、ゲーリー・バートンをとりあげているはずがありません。その後、興味を失い、CDなんか買わなかったからです。いまも、あのときに借りたLPをリップしたOggファイルで聴いているのです。

返却しなかった事情については、もう記憶があいまいですが、どちらにせよ、自慢になるようないきさつではないに決まっています。リトル・フィートを返さなかった奴、シャドウズを返さなかった奴、その他、あれこれ勘定してみると、返却しなかったものと、返却されなかったものの収支決算はちょうどぴったりのようです。人生、うまくいかないようでいて、妙に辻褄の合うこともあるものですな。

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2種類のDuster。上がオリジナル、下が最近のCD。CDの小ささに合わせて、ネームを巨大化したこのデザイン変更はむちゃくちゃである。

さて、音楽そのものの話です。中学から高校のはじめにかけて、自分で買ったジャズの盤は、ほとんどすべて手放したのに(アーティストやタイトルすら忘れてしまった。覚えているのはジム・ホールが1枚あったことだけ)、借り物のゲーリー・バートンがまだ手元にあるのだから、なんらかの「気が残った」ということです。

まずいえることは、同じ時期に聴いた、たとえばビル・エヴァンズは、のっぺりしていて、平板で退屈だと感じ、まったく興味をもたなかったわけで、その人間が興味をもったということは、ゲーリー・バートン・カルテットには、なんらかの「引っかかり」「テクスチャー」があったということです。うん、たしかに、引っかかりだらけだな、といま聴き直しても思います。

もっとも明白な要素からいきましょう。このところ、何度か繰り返したように、ジャズのグルーヴはアップライト・ベースがつくるものです。

ゲーリー・バートン・カルテットのベース、スティーヴ・スワローはじつにいいグルーヴの持主です。当時はそれほど強く意識していませんでしたが、昨年、久しぶりにLPを引っ張り出し、年寄りの耳で聴き直しても、やはり魅力があると感じ、その理由の第一はグルーヴがいいことだと思いました。グルーヴというのは、無意識のレベルでも作用するものなので、アップライト・ベースの善し悪しなどわからなかった子どもでも、グッド・フィーリンを感じ取ったのでしょう。

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ラリー・コリエルとスティーヴ・スワロー(背後)

うちにあるゲーリー・バートンのアルバムでドラムを叩いているのは、ロイ・ヘインズとボビー・モーゼズです。ヘインズはともかくとして、ボビー・モーゼズのドラミングは、当時は嫌いでした。ラリー・コリエルのロック・バンド(いま調べて、フリー・スピリッツという名前だったことがわかったが、この名前を見ても、そうそう、そうだった、とは思わないほど記憶は薄れている)で叩いていたドラマーだったと思いますが、そのロック系のプレイを聴いても、当時は、ちがうなあ、下手だなあ、と思いました。ラリー・コリエルのソロ・デビュー盤、Lady Coryellでのドラミングも、やっぱり違和感がありました。

このへんが微妙なところなのですが、いま、年寄りの耳でボビー・モーゼズを聴き直すと、昔ほどの嫌悪は感じません。いまでも気に入らないのは、チューニング、サウンドです。子どものとき、モーゼズが嫌いだったのは、スネアのサウンドがわたしの好まないタイプだったせいだと、いまではよくわかります。

また、バックビートを叩くときに、手首の返しをきちんとしない、スナップを利かせないだらしのないヒットをするのも、やはり気に入りません。クローズド・ハイハットも、もっときちんと踏み閉めて、きっちりした音にしないと、ロックンロール系の曲ではダメだと思います(ジャズではそのかぎりではない、というか、ジャズではクローズド・ハイハットを8分で刻んだりはしない)。

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ボビー・モーゼズ

まるでいいとこなしみたいなことを書きましたが、なぜ嫌悪が薄れたかというと、タイムはいいのです。サウンドとスタイルとテクニックは気に入らないけれど、タイムだけなら、ジョン・グェランやジェフ・ポーカロなんかより安定しています。このスタイルでは、ロック・バンドでは通用しなかったでしょうが(じっさい、コリエルのLady Coryellに収録されたロック系の曲は問題外のドラミング)、ジャズでは上の部類のタイムです。下手に聞こえるのは、上述したように、スナップを利かせない、だらしのないヒットのせいです。

スティーヴ・スワローのタイム、グルーヴは非常にいいのだから、これくらいタイムの安定したドラマーとのコンビなら、全体のグルーヴは気持のよいものになります。とくにアップテンポのもの、たとえば、今日のJune the 15th, 1967のような曲では、なによりもグルーヴがだいじです。スティーヴ・スワローは非常にいいプレイをしていますし、ボビー・モーゼズもスワローのグルーヴを壊すようなプレイはしていません。全体として、なかなかのグッド・フィーリンなのです。

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The Gary Burton Quartet "Lofty Fake Anagram", SHP-5719, Victor Company of Japan, 1968.
いただいてきたものにケチをつけるのはなんだが、CDのジャケ写が気に入らず、昔のLPをスキャンしてみた。邦題は『サイケデリック・ワールド』。まあ、無調のインプロヴなんかもあったりして、ジャズ・アルバムとしては、サマー・オヴ・ラヴの影響が色濃いのだが、サイケデリックかなあ……。

◆ ラリー・コリエルとゲーリー・バートン ◆◆
当時はきちんと分析できていませんでしたが、以上のような理由から、ゲーリー・バートン・カルテットは、総じて、あの時代の他のジャズ・コンボよりずっといいグルーヴで、十五歳のガチガチのロック小僧が聴いても、なんだよ、このヘナチョコは、とは思わなかったのです。ガッツのあるグルーヴでした。

あとは、そうした土台の上に載るものの問題です。大人の耳で聴くと、ここでもまた、微妙なところがあります。ヴァイブという楽器自体は、それほど面白いものとは思いません。すくなくとも、すぐれたリード楽器とはいえません。音が素直すぎて、表現の幅が小さいと感じます(同じことをピアノにも感じるのだから、たいした意味はないようなものだが)。基本的には、トータルなサウンドのなかで、補助的に使う楽器ではないでしょうか。

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残るはギターです。さらに微妙なことになるのですが、ラリー・コリエルのロックバンド、フリー・スピリッツを聴いても(じつは40年前に聴いたきりで、その後、聴くチャンスがないが)、ソロ・デビューのLady Coryellを聴いても(こちらは最近聴き直した)、ロック・ギタリストとしては退屈でした。なんたって、ジミ・ヘンドリクスやマイケル・ブルームフィールドの時代ですからね、この程度じゃなあ、ぐらいにしか思いませんでした。

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フリー・スピリッツ。ジャケ写を見ても記憶がよみがえらない。人間、年はとりたくないものだ。

ところがですね、ゲーリー・バートンのヴァイブとの組み合わせになると、ここが微妙だというのですが、なかなか面白いのです。要するに、環境、組み合わせ、コンテクストの問題だと思うのですが、ジャズ・コンボというコンテクストにおくと、ラリー・コリエルのギターは、なかなか興味深いものに変化するのです。

貿易の原理です。ある国では、ありふれていて、たいした価値があるとはみなされていないものでも、べつの土地に運ぶと、非常にエキゾティックに感じられ、高い値がつくのです。この原理によって、ガッツと力強さを重視するロックンロール国においては、ジミ・ヘンドリクス、マイケル・ブルームフィールドのクラスにはとうてい入れない並のギタリストも、ヘナチョコ根性なし国においては、ガッツのある強面ギタリストに見えるのです。

じっさい、この貿易は、たんなる相対的な魅力ではなく、オーセンティックなジャズ・ギターでもなければ、オーセンティックなロック・ギターでもない、なんともつかない不思議なスタイルを生んだという意味で、大成功だったと思います。たんに、場所を移したから価値が出たというだけのことではないのです。

f0147840_1292921.jpgフリー・スピリッツの時代には、ジャズなんだかロックなんだかカントリーなんだか、性別すらつかない鵺のようなものだったのが、ジャズのほうに一歩踏みだすことで、なにかが変わったのではないでしょうか(もっとも、ソロ・デビュー盤では、またしても、なんだかよくわからない闇鍋状態にもどってしまっている。ジャズとロックとカントリーが、まったく融合せずに、ただバラバラに同居したアルバムだった。ポップ/ロック系の曲、とくに歌ものはいただけず、ここでもやはり4ビートのものの出来がよい)。

◆ 日比谷公会堂のゲーリー・バートン・カルテット ◆◆
時期の記憶があいまいなのですが、1970年ごろに日比谷公会堂でゲーリー・バートン・カルテットを見ました。ラリー・コリエルはすでに抜け、ギターはジェリー・ハーンにかわっていました。ドラムもモーゼズではなく、ロイ・ヘインズになっていましたが、ベースはいつものようにスティーヴ・スワローというメンバーです。

その直前のアルバム、Country Roadでも思いましたが、ジェリー・ハーンのプレイは、ライヴで見ても、やはり、あまり好みではありませんでした。ロック的なガッツを出そうとして、それが空回りしているという印象でした。ラリー・コリエルのような、不思議な味などなく、平凡なジャズ・ギタリストが、慣れないこと、不似合いなことをやっている、というようにしか聞こえなかったのです。

ヴァイブラフォーンに強い関心があるわけではなく、2本のスティックの世界は理解できても、4本のマレットの世界は理解の範囲を超えているので、よく2本の手で4本も叩けるな、なんて、くだらないことを思っただけでした。

結局、スティーヴ・スワローとロイ・ヘインズを聴きにいったようなもので、おおいに満足もしなければ、金返せと腹を立てたりもしない、中途半端な夜でした。空席もたくさんあり(当日券だったが、窓口には一番乗りで、最前列の真ん中の席が手に入った)、客もおとなしく(って、当時のジャズ・ファンだから当たり前だが)、なんだか、寂寞たる一夜でした。

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スティーヴ・スワロー(左)とロイ・ヘインズ

もうジャズに興味を失いはじめた時期で、このあたりが最後となり、ゲーリー・バートンどころか、ジャズそのものとも縁が切れました。ゲーリー・バートン・カルテットについていえば、やはりラリー・コリエルのプレイに魅力があったことが、ジェリー・ハーンを聴いてよくわかりました。

スティーヴ・スワローのプレイはそれなりに面白かったのですが、Country Roadのときから弾きはじめたフェンダーでのプレイは、ちょっと違和感がありました。そのときは理由がわからなかったのですが、ずっと後年、ほんの数年前に、キャロル・ケイが、スティーヴ・スワローについて、アップライトのプレイはすばらしいが、フェンダーはダメ、と書いているのを読み、やっぱりプロが見てもそうか、と思いました。

わたしなりに理由を分析すると、フェンダーベースの弾き方としては、ミュートの仕方が変なのだと思います。アップライトとフェンダーでは、たぶんミュートを変えなければいけないのに、スワローは、アップライトのつもりでフェンダーをミュートしているのだと思います。ミュートの善し悪しはグルーヴに影響します。ミュートするべきところでミュートをせず、ミュートしないほうがいいところでミュートすると、スムーズなグルーヴはつくれません。キャロル・ケイが、スワローのフェンダーはダメ、というのも、そういうことだろうと思います。

ジェリー・ハーンのプレイが気に入らず、好きだったスティーヴ・スワローも、アップライトよりフェンダーを弾くことが多くなり、ライヴで見ても、やっぱり、その印象は補強されはしても、薄まることはなく、結局、ゲーリー・バートンにも、ジャズにも興味を失い、縁が切れてしまいました。

しかし、この年になって、久しぶりに中学のときに聴いた盤を引っ張り出してみると、子どもがなにを好んでいたのか、手に取るようにわかり、そして、大人のわたしがいま聴いても、ラリー・コリエルがいた時代のゲーリー・バートン・カルテットは面白いと感じますし、ラリー・コリエル自身についても、この時期がいちばんガッツがあり、人とはちがう、不思議なスタイルでプレイしていたと感じます。

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プレイのことはわかりませんが、バンド・リーダーとしてのゲーリー・バートンも、なかなか興味深いと思います。すくなくとも、古めかしいジャズとは縁を切ったところで、なにかをなそうという強い意志は感じます。子どもはそこに反応したのでしょう。ディスコグラフィーを見ると、ラリー・コリエルが加わる直前に、ナッシュヴィルのスタジオ・プレイヤーとやったアルバムが2枚あります。ジャズ・プレイヤーとしては異例のことでしょう。チャンスがあれば、この2枚を聴いてみたいものだと思います。

よけいなことばかり書いて、June the 15th, 1967という楽曲自体については、くわしくふれることができませんでしたが、スティーヴ・スワローのアップライトを聴くなら、この曲が最適でしょう。非常にいいグルーヴです。ダサいジャズではなく、ロックンロール・スピリットすら感じる、ガッツあふれるプレイです。ゲーリー・バートン・カルテットの魅力のひとつは、スティーヴ・スワローのベースでした。

(最近では、会社は「ゲイリー・バートン」と書いているようだが、「ゲイリー」などという名前は存在しない。原音に近づけたつもりかもしれないが、「ゲイリー」では遠ざかるいっぽうである。原音に近づけたいなら、「ギャリー」ないしは「ゲアリー」だろう。Garyを「ゲイリー」と書く人間は、Maryも「メイリー」と書くのだろう! たわけたことだ。)
by songsf4s | 2008-06-14 23:57 | Moons & Junes