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Big Bad Bill Is Sweet William Now by Ry Cooder
タイトル
Big Bad Bill Is Sweet William Now
アーティスト
Ry Cooder
ライター
Milton Ager, Jack Yellen
収録アルバム
Jazz
リリース年
1976年
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本日のBig Bad Bill Is Sweet William Nowには、月も六月も出てきません。たんにMakin' Whoopeeの「類話」として(民話を蒐集しているわけじゃないのだが)、こんなものもある、というだけの意味で取り上げます。

◆ 狼の皮をかぶった羊 ◆◆
それでは、どこがどう似ていて、どこがどう似ていないのか、歌詞を見ていきます。コードからも切れ目が判断しにくいので、どこがヴァースともつきませんが、ともあれ、最初のひとかたまり。

In the town of Louisville
They got a man they call Big Bad Bill
I wants to tell you, he sure was tough
And he certainly did strutt his stuff
He had folks all scared to death
When he walked by they all held their breath
He was a fighting man, sure enough
Now Bill took himself a wife
And he leads a different life
Big Bad Bill is Sweet William now

「ルイヴィルの町に“悪デカのビル”と呼ばれる男がいたと思いねえ、まあ、ちょっと俺に話させろや、あいつはホントにタフでね、それをひけらかして偉そうに練り歩いていたわけだな、町の連中は戦々恐々よ、奴が通るとみんな息をひそめたものさね、あいつと来たら、そりゃもうケンカが好きでね、そのビルのところに嫁さんが来たんだな、それでコロッと人が変わっちまったのよ、いまじゃ“悪デカのビル”が“ホトケのウィリアム”てえんだから、驚くじゃないか」

ちょい崩しを入れましたが、ストーリーはあっているんで、ご安心を。つづいて、確信はないものの、セカンド・ヴァースと思われるパート。

Married life has changed him some how
Well he's the man they all used to fear
Now the people call him sweet pappa Willie dear
Stronger than Samson I declare
'Til the brown skinned mama bobbed his hair
Big Bad Bill don't fight any more

「結婚てものが奴を変えたんだな、せんには、みんな奴のことを怖がったものだが、いまじゃあみんなに、“ホトケのウィリーとっつぁん”なんて慕われているのよ、サムソンなんかよりよっぽどたくましいしな、茶色の肌のお母ちゃんが奴の頭を刈ってやるほどさ、悪デカのビルはもうケンカはしないのよ」

'Til the brown skinned mama bobbed his hairのところは、よくわかりません。bobは他動詞の場合、「髪を刈る」の意です。このケースにはあっているのですが、なんだって、そんなラインがここに出てくるのか、そこがわからないのです。brown skinned mamaに特別な意味があるのかもしれないと思うのですが、調べがつきませんでした。ない知恵を絞って思いつくのは、「ボブ・ヘア」にすることが、なにか意味のあることなのかもしれないということぐらいです。

mamaだって、ビルのお母さんかどうかは確信がありません。ビル自身、pappa「とっつぁん」と他人から呼ばれているわけで、どこかのおばちゃんである可能性があります。日本語でも「おじさん」「おばさん」といったって、血縁とはかぎらないのといっしょです(小津安二郎に関する英文の文献を読んでいたら、映画のなかに登場する「おじさん」というセリフを勘違いしているものがあった。いや、起こりそうなことだし、現に、わたしもいま同じ状況におかれているので、嗤うつもりは毛頭ない)。

各パート、微妙にコードが異なり、とりわけつぎのパートは長さまで異なります。だから、ヴァースなのかブリッジなのかもわからないのですが、たぶん、サード・ヴァース。

That he washes dishes and mop up that floor
Well he used to spend the evenings looking for a fight
Now he's gotta see his mama every night
Big Bad Bill is Sweet William now

「いまじゃあ、皿は洗う、床にモップはかけるという調子、昔は夜になるとケンカの種を探して歩いたものだが、いまじゃあ毎晩、お母ちゃんの顔を見なけりゃならないとくる、悪デカのビルも、いまではホトケのウィリアムなのさ」

see his mamaについては、いくぶん疑問が残ります。肝心の女房のことが出てこなくて、母親のことばかりが出てくるのは、ちと筋が違うのではないかと感じるのです。われわれも女房のことを、子どもたちに倣って「お母さん」といったりします。このmamaは、そういう「お母さん」なのではないかと感じるのです。そう解したほうが、全体がすっきり通るような気がします。

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◆ 七面倒なコード進行 ◆◆
Big Bad Bill Is Sweet William Nowは、1976年のアルバム、Jazzのオープナーでした。曲といい、歌詞といい、アレンジといい、プレイといい、グルーヴといい、まったく文句なしのすばらしさで、いかにもオープナーにふさわしい出来です。

コードも面白いと思いつつ、ものぐさなもので、いままでコピーしてみたことはありませんでした。今回は追いつめられてやってみたのですが、やめときゃよかったと後悔しました。ついに、空欄が埋まらないままなのです。あんまり手こずったので、ちょっと意地を張りたくなっただけですから、コードなんかどうでもいいという大多数の方は、以下は飛ばし、つぎの小見出しに進んでください。

そもそも、ヴァースごとにコードがちがうのです。後半は全体がインストゥルメンタルなのですが、そこも、ヴォーカル・パートのどのヴァースともコードがちがうのです。ためしに、最初の部分を書いてみると、こうなります。いや、今回は(今回も!)自信はないので、あくまでも参考のみにとどめ、プレイする方は、以下のコードにケチをつけつつ、ご自分でコピーし直してください。

イントロ
A-Am-E-C#m-A-B7-E-A-E(ここまでがひとかたまり、以下はヴァースに近い部分)E-B7-E-B7

ファースト・ヴァース
E-Ab7-Db7-F#-B7-E-A-E-B7(以上前半、以下後半)E-Db7-F#-Ab7-?-?-B7-A-Abm-F#m-A-B7-E-B7-E-A-E-B7

疑問符の部分はわかりません。Bのままテンションがついているだけなのかもしれません。ベースとピアノが合っていない感じがするので、分散和音で変なテンションをつけたのではないでしょうか。

これですめば、てこずらせやがって、ぐらいですんだのですが、つぎのヴァースはまたしても異なるパターンなのです。

E-E7-A-Am-E-Dbm-F#-B7-E-B7-E-A-E-B7

最後のヴァースは、セカンド・ヴァースの最後のほうをちょっと変えているだけで、ほぼ同じパターンです。しかし、間奏に入ると、また異なったパターンになります。

間奏1 アコースティック・ギター
E-B7-E-B7-E-E7-A-Am-E-Dbm-F#-B7
間奏2 ボトルネック+トランペット
E-B7-E-A-E-B7-E-Ab7-A-Am-E-Dbm-A-B7
間奏3 ミューティッド・トロンボーン+ボトルネック
E-B7-E-A-E-B7-E-E7-A-Am-E-Dbm-A-B7
間奏4 ボトルネック+ピアノ
E-B7-E-A-E-B7-E-Ab7-A-Am-E-Dbm-A-B7

結局、繰り返しは、間奏2と4だけのようです。いやもう、額に汗する労働でした。

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◆ 学究的アルバム ◆◆
Jazzというアルバム・タイトルからイメージするのは、モダン・ジャズか、スウィングか、せいぜいディクシーまででしょう。ところがどっこい、ライ・クーダーのJazzは、そういう「新しい」ものではないのです。19世紀末から20世紀初頭にかけての「古い」、ほとんど原初的ともいえる「ジャズ」なのです。

じつは、このアルバム、もっていないのです。友だちがカセットをくれて、オープナーのBig Bad Bill Is Sweet William Nowはおおいに気に入ったものの、ほかにはノリのいい曲はなかったのです。ライ・クーダーがいう「slow drag」タイプの曲が多く、南北戦争かよ、という感じで、買おうかどうしようかと迷い、そのまま今日まで打ち捨てにしてしまったのです。

まじめにつくったアルバムだとは思うのですが、まじめにお勉強をするために金を払うリスナーなんかいないでしょう。グッド・フィーリンがほしくて買うわけで、カセットがあれば、盤はいらないような気がしました。コマーシャルな意味では、ライ・クーダーのミュージコロジスト的な悪い面が強く出たアルバムです。音楽史の研究は、やはり書物でやったほうが、大多数のリスナーには歓迎されるでしょう。わたしは、音楽史研究音楽なんて聴きたくありません。

批評家がつまらないところを褒めたせいで、そっちへ突っ走ってしまったように感じます。ポップ・ミュージックは売れてナンボ、批評家は口ばかりでゼニは一銭も払いません。これだけで、批評家とリスナー、どっちが重要かの見極めは簡単にできると思うのですが、ものをつくる人間は、ときに、勘違いをパワーにして仕事をしたりするものなのです。

この勘違いのせいで、結局、食うために、ヴェンダースだなんて、箸にも棒にもかからない駄監督、愚監督の、しょーもねー、じつにもって、あきれけえった映画の音楽をやるハメになったのでしょう。ライは無関係ですが、『東京画』なんて、テレビで見ているのに、金返せ、と叫びましたぜ。

ライがやった『パリス、テキサス』だって、ナスターシャ・キンスキーはきれいだと思いましたが、それ以外にはなにもなく、なにいっているのかさっぱりわかりませんでした。ライ・クーダーの音楽も下の下。ま、映画が下の下なのに、音楽だけがいいなんて現象はめったに起こらないから、当然ですが。

あれはなんの映画だったのか、だれか教えてほしいですよ。ただし、「現代人の孤独と疎外感を描いた映画」というフレーズは、絶対不可の禁じ手です。これは昔の映画評論家が、チンプンカンプンの映画にぶつかって、思考停止になったときに使う常套句にすぎず、なんの意味もありませんからね。

◆ ベースのグルーヴ ◆◆
ヴェンダース嫌いのせいで、話があらぬほうにいったので、仕切り直しです。Big Bad Billは、きわめてよくできたトラックです。ライ・クーダーの数あるトラック(映画音楽は勘定に入れていない。見た範囲では退屈なものばかり)のなかでも、最上位にくる曲です。

盤がないのでよくわからないのですが、クモの巣で見つけたパーソネルによると、いつものメンバーは参加していません。こんなメンツのようです。

Randy Aldcroft……Trombone (Track 1)
Chuck Berghofer……Bass (Track 9)
George Bohannon……Baritone Saxophone (Track 2), Trombone (Tracks 5,11)
Oscar Brashear……Cornet (Tracks 2,5,11)
Stuart Brotman……Cymbalum (Tracks 2,5,11)
Red Callender……Tuba (Tracks 2,5,11)
Tom Collier……Marimba (Track 4), Vibraphone (Tracks 6,8,9)
Chuck Domanico……Bass (Track 4)
Ry Cooder……Guitar, Mandolin, Tiple, Harp, Vocals
Cliff Givens……Vocals (Tracks 9,10)
Mario Guarneri……Cornet (Track 1)
Earl Hines……Piano (Track 4)
Bill Hood……Bass Saxophone (Track 1)
Bill Johnson……Vocals (Tracks 9,10)
David Lindley……Mandobanjo (Track 2), Mandolin (Tracks 5,11), Vocals (Tracks 9,10)
Tom Pedrini……Bass (Tracks 6,8)
Harvey Pittel……Alto Saxophone (Tracks 1,6,8,9), Clarinet (Track 9)
Pat Rizzo……Alto Saxophone (Track 1)
John Rodby……Piano (Tracks 1,9)
Willie Schwartz……Clarinet (Track 9)
David Sherr……Bass Clarinet (Tracks 6,8,9), Clarinet (Track 9)
Barbara Starkey……Pump Organ (Tracks 2,5,11)
Mark Stevens……Drums (Tracks 1,2,4,5,9,11)

Producer:……Joseph Byrd, Ry Cooder

わたしが知りたいのはベースなのですが、トラック1のベースは、このリストからではわかりません。チャック・バーグホーファー(ピート・ジョリーのライヴ盤でメンバー紹介があり、しつこく聴いたのだが、いかんせんフェイドアウトでのことなのでよく聞こえなかった。バーゴーファー、バーグホーファー、どちらにも聞こえる)、チャック・ドマーニコ、トム・ペドリーニという3人のだれでもある可能性があり、さらにいうと、ここではチューバでクレジットされているレッド・カレンダーは、ウェストコースト・ジャズ時代からの生き残り、ハリウッドの代表的スタンダップ・ベース・プレイヤーでもあります。

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上から、ジョージ・“レッド”・カレンダー、チャック・バーグホーファー、チャック・ドマーニコ

いつかも書きましたが、ロックンロールのグルーヴはドラムが主体になってつくります。それに対して、ジャズのグルーヴはスタンダップ・ベースがつくるものです。Big Bad Bill Is Sweet William Nowはすばらしいグルーヴですが、その主体となっているのは、やはりベースです。だから、だれだか知りたかったのですがねえ。だれであれ、おおいに好みのプレイヤーです。

◆ ライのギター・プレイ ◆◆
ライのギター・プレイとしても、Big Bad Bill Is Sweet William Nowは代表作といえるでしょう。ストレートなアコースティックと、ボトルネックによるアコースティック(2種類)を使っていますが、どれも間然とするところのないプレイです。

ライがうまいのはいうまでもないことなのですが、ボトルネックのプレイというのは、わたしはまったく興味がなくて、うまいとは感じても、面白いと感じることはありません。通常、速いパッセージは弾けないので、ボトルネックというのはエモーショナルな表現を目的としているのだろうと想像しますが、わたしはそのエモーショナルな表現というのが大の苦手なのです。なにごともあっさりしたものであってほしいのです。

ライ・クーダーのボトルネックにしても、フェンダーでのエモーショナルなプレイは、まあ、うまいんだろうけれど、だからなんなんだ、面白くもなんともないじゃないか、と思います。ところが、これがアコースティックになると、話はまったくちがいます。ゲストでプレイしたヴァン・モリソンのFull Force Galeの間奏でも感じますが、アコースティックになると、よけいなエモーションが消えて、澄んだプレイになるのです。

Big Bad Billの後半は長いインストゥルメンタルで、ライのアコースティックをたっぷり楽しむことができます。4つのパートのうち、最初はボトルネックではなく、ストレートのプレイで、これがもっとも好ましく感じます。やっぱり、アコースティックでも、ボトルネックより、ストレートのほうが楽しめます。文句なしのプレイ。

残る3つのパートではボトルネックになりますが、トランペット、ミューティッド・トロンボーン、ピアノというソロまわしのオブリガートにまわるという賢明な処理をしています。アコースティックのボトルネックだけで、長丁場をもたせるのは無理でしょう。8小節が限界で、それ以上になると退屈するにちがいありません。

2分近いインストゥルメンタル・パートが緊密に構成され、どのプレイヤーも、見せびらかしはいっさいしていなくて、基本的にはインプロヴを好まない人間としては、音楽はこうあってほしいものだと感じる、じつに気持のいいプレイです。

◆ またしてもロアリング・トウェンティーズ? ◆◆
f0147840_0512891.jpgこの曲の起源はよくわかりませんでした。ライ・クーダー盤より古いヴァージョンというと、ペギー・リーのものぐらいしか見あたらなかったのですが、そんな新しい曲には思えず、しつこく探したら、エメット・ミラーというカントリー・ヨーデラーの1928年の録音というものがあると書いているサイトがありました。これがオリジナルではないかもしれませんが、さらにさかのぼることはできませんでした。

曲はいいし、歌詞も楽しいので、もっとたくさんヴァージョンがあってもよさそうなものですが、これだけ検索してもたいして見あたらない(ライ・クーダー以前ではマール・ハガード、以降では、リオン・レッドボーンとヴァン・ヘイレンのものがあるらしい)ということは、とくに好まれる曲ではないことになります。

ペギー・リーのものを聴くと、それもしかたないか、と感じます。たいして面白いメロディーには聞こえないのです。ライ・クーダー盤を先に聴いて、あとからペギー・リー盤を聴くと、ガッカリすること請け合いです。スタイルもコードも、まったく別の曲のように聞こえます。

つまり、わたしを苦しめたコード進行がひとつのポイントであり、ここにはライの創意が多分にこめられているということです(リオン・レッドボーン盤のコード譜というのを見たが、ずいぶん異なっている)。

そして、楽器編成とアレンジの妙もあります。南北戦争時代のような古めかしいブラスバンド的サウンドと、ベースのグルーヴ、それにライのアコースティック・ギターがじつによくマッチした楽しいサウンドが、楽曲をおおいに引き立てているのです。

例によって、楽曲も重要だけれど、アレンジとサウンドも同等に重要だということを、この曲でも強く感じたのでした。
by songsf4s | 2008-06-12 23:49 | Moons & Junes