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Moonlight Serenade その1 by Frank Sinatra
タイトル
Moonlight Serenade
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Glenn Miller, Mitchell Parish
収録アルバム
Moonlight Sinatra
リリース年
1965年
他のヴァージョン
Santo & Johnny, Chicago, George Melachrino, Henry Mancini, Ray Conniff, Glenn Miller Orchestra, the Modernaires, Los Indios Tabajaras, the Ventures, Ray Eberle
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もう一曲、オーセンティックな「月と六月の歌」を聴いてみようと思います。Fly Me to the Moon同様、このMoonlight Serenadeも、昨秋に取り上げようかと思って、改めて歌詞を聴いたら、おっと、六月の歌だったか、というので、ペンディングとしたものです。

この曲はグレン・ミラーのヴァージョンで知っているのがふつうでしょう。Moonlight Serenadeの歌ものカヴァーなんていうのは、子どものころは知りませんでした。わが家にあるものをひっかき集めても、やはり歌ものは少数派です。しかし、歌詞がある以上、無視するわけにもいかず、昨秋は断念したというしだい。

◆ 英語版「星菫派」 ◆◆
それでは、断念の理由がどこにあったかを見ることにします。ファースト・ヴァース。女性シンガーのヴァージョンはないので、今日は性転換はしないですみます。

I stand at your gate
And the song that I sing is of moonlight
I stand and I wait
For the touch of your hand in the June night
The roses are singing a moonlight serenade

「きみの家の門に立ち、ぼくがうたうは月の歌、ここに立ち、六月の夜にきみの手がふれるのを待つ、薔薇は月光のセレナードをため息とともに奏でる」

この曲の歌詞など昨秋まで気にしたことがなかったのですが、はっきり六月といわれては、中秋の名月にちなむ特集からは除外せざるをえなかったのです。六月が持ち出されたのは、もちろん、月と六月は切っても切り離せない「幸せのコンビ」だからです。

五月後半から六月前半、ちょうどいまごろは、さまざまな薔薇が咲きます。薔薇を見るならいまをおいてはないというくらいの時季です。どこの薔薇園も週末はにぎわっていることでしょう。このヴァースに薔薇が登場するのは、理の当然なのです。

去年の六月にも書いたことですが、Moons & Junesは、日本で云えば「星菫派」にあたります。ATOKの辞書にもないくらいで、いまどきはもう使わない言葉かもしれませんが、「星菫」すなわち「お星様とスミレ」。「明星」に拠った与謝野寛一派が唱えはじめたのだそうですが、のちに少女趣味を揶揄、軽侮する言葉へと変化していきます。英語のMoons & Junesも、古めかしい抒情詩人の常套句として揶揄されるものです。ジョニ・ミッチェルのBoth Sides Nowにmoons and Junes and fairytalesというくだりがあるのは、この点を指しています。

Moonlight Serenadeを聴いて思うのは、Moons & Junesに、Rosesを加えたほうがいいかもしれないということです。やはり、なにか花があったほうが、それらしく感じられるような気がします。西と東では叙情性というもののあり方がちがうのでしょうかね。

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◆ 門にたたずみ、きみを待ち待ち ◆◆
セカンド・ヴァース。

The stars are aglow
And tonight, how their light sets me dreaming
My love, do you know
That your eyes are like stars brightly beaming?
I bring you, and I sing you a moonlight serenade

「今宵、星々は照り輝き、その光は夢へと誘う、きみの瞳がキラキラ光っているのを知っているかい? きみに月光のセレナードをうたうことにしよう」

ヌケヌケとしたロマンティシズムで、書いていて冷や汗が出ます、って、今日は暑いだけだけか。aglowなんて言葉が出てくると、シェイクスピアじゃあるまいし(引き合いに出す相手が大げさだってば>俺)、ずいぶん古めかしいなあ、古典からの引用がうじゃうじゃある『自修英文典』にもこんなのは出てこなかったぞ、なんてよけいなことを思います。

ブリッジ。

Let us stray 'til break of day
In love's valley of dreams
Just you and I, a summer sky
A heavenly breeze, kissin' the trees

「夜が明けるまで、愛の夢の谷をそぞろ歩きをしよう、きみとぼくと二人だけで、夏の夜空、すばらしいそよ風が木々に口づけする」

最後のヴァース。

So don't let me wait
Come to me tenderly in the June night
I stand at your gate
And I sing you a song in the moonlight
A love song, my darling, a moonlight serenade

「だから、早く来てくれないか、この六月の夜のなかをそっと歩み寄ってくれ、きみの家の門に立ち、月光のなかでうたう、ラヴ・ソングを、月光のセレナードを」

いやはや、書き終わって息も絶え絶えになるなんて曲も、めったにあるもんじゃござんせん。過去一年弱のあいだに取り上げた250曲のなかでも、最難関というべきでしょう!

◆ フランク・シナトラ ◆◆
こんな曲を、表玄関から堂々と乗り込んでいくようにうたえる人は、フランク・シナトラしかいません。

モダネアーズやレイ・コニフ・シンガーズのようなヴォーカル・グループは責任の所在をあいまいにできるし、シカゴのロックンロール・アレンジは、奇をてらって羞恥心を誤魔化したにすぎず、どれも裏口から忍びこんだだけのこと。

シナトラのように、星とスミレのどこが悪い、じゃなかった、月と六月で幸せになってどこが悪い、そういう切なる願いにケチをつけるのは、根性のひねくれた人間だけだ、てな堂々たる朗唱をしてこそ、この歌詞の気恥ずかしさを美に変換できるのです。

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もちろん、堂々とうたえるのは、それだけの力があるからこそのこと。わたしがこの曲を堂々とうたったところを想像してごらんなさい。馬鹿馬鹿しくて聴いていられないなんてレベルはあっさり通過駅となって、ノンストップで終着駅にたどりつき、死にたくなること請け合いです。

ひたすら恐れ入って、体良く敬して遠ざけて終わりにしてもいいのですが、やっぱり、うまくうたっているんですよねえ。たいしたものです。My love, do you knowのところの崩し方なんざあ、たいしたもので、ちゃんと見せ場をつくっています。千両役者。

アレンジはネルソン・リドルですが、この曲ではちょっとゴードン・ジェンキンズ的なタッチを見せています。これだけの人海戦術なのに、ごく控えめなサウンドに仕上げるというのは、考えてみると、ちょっとした離れ業かもしれません。重さや厚みを出さずに、広い空間にふわっと広げたようなサウンドです。

◆ レイ・エイバール ◆◆
他の歌ものヴァージョンについては、もう書いてしまったも同然で、ほかに、とくにいうべきことは思いつきません。

レイ・エイバール(Eberleという綴りだが、Eはエイと発音したほうがいいらしい。Eberbackがエイバーバックになるようなもの)のヴァージョンだけは、1957年という録音時期が幸いしたのか、真正面からうたいながら、聴いていて尻がむずむずしません。

f0147840_2314623.jpgサウンドとしては、ほぼグレン・ミラー盤を踏襲しつつ、ただ、楽器ではなく、ヴォーカルがリードをとっているというだけなのですが、歌い方に独特の雰囲気があって、そこが好ましく感じられます。いや、それとも、外国語の歌詞というのは、その気になると聞こえなくなる、いや、正確には、その気にならないと聞こえないから、ということなのかもしれません。

同じ曲のさまざまなヴァージョンを並べて聴いていると、耳が馬鹿になるという面もあります。それぞれのニュアンスの相違は明瞭になるのですが、同時に、一面で感覚が麻痺していくこともあります。歌詞なんかどうでもよくなり、サウンドしか聴かなくなっていくこともあります。要するに、ああだこうだいっても、Moonlight Serenadeというのは、すごくいい曲なのです。

できれば一回で片づけたかったのですが、歌詞を日本語に移すのに冷や汗をかいてしまったので、この曲のメインラインであるインストゥルメンタル・ヴァージョンの検討は、明日以降に持ち越しとさせていただきます。
by songsf4s | 2008-06-07 23:39 | Moons & Junes