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Fly Me to the Moon その2 by Frank Sinatra
タイトル
Fly Me to the Moon (a.k.a. "In Other Words")
アーティスト
Frank Sinatra
ライター
Bart Howard
収録アルバム
It Might As Well Be Spring
リリース年
1964年
他のヴァージョン
別掲
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各ヴァージョンの検討に入るまえに、昨日ふれたコードのことから。ほかのヴァージョンをちゃんととる時間の余裕はなかったのですが、たとえば、

Fly me to the moon
Am7          Dm7
And let me sing among the stars
G7                     C

というような始まり方が、シンプルなコードワークとしては一般的ではないかと思います(コードネームのあいだには全角スペースをおいただけなので、環境によってコードの位置がずれることがある)。ボビー・ウォマック盤の冒頭をこのキーに合わせると、Am7-F-G7-Cだから、ほぼ同じ、代用コードのヴァリエーションの範囲内です。印象はずいぶん異なるのに、意外なこともあるものです。

ひとつだけいえるのは、じっさいのアレンジでは、上記の一般化したコードほど単純ではないことが多く、しばしばテンションをつけたり、飾りのコードが追加されたりするのに対して、ボビー・ウォマックは、正真正銘、シンプルにやっているというちがいがあることです。

問題は、このあとだというご意見もありましょうが、残念ながら、時間がとれませんでした。どうかあしからず。

◆ フランク・シナトラ盤 ◆◆
f0147840_23582785.jpgクリント・イーストウッドが監督・主演し、トミー・リー・ジョーンズ、ドナルド・サザーランド、ジェイムズ・ガーナーらと共演した『スペース・カウボーイ』というのは、なかなか楽しい映画でした。設定にいくぶん無理があるのですが、そういう綻びを隠すのが俳優の役目ときまっているわけで、そういうことはお手のものという老練な男優がずらっと勢揃いしたおかげで、ゴチャゴチャ難癖をつける隙をあたえませんでした。

冒頭、トミー・リー・ジョーンズの役の若いときの俳優(ほかにいい書き方がないものかと思うが、思いつかず。ご老体たちの若いころのシーンはみな若い俳優が演じている)が、X-15のような実験機を成層圏近くまでぶっ飛ばしながら、Fly Me to the Moonをうたうところがなかなか印象的でした。もっとも、この直後に墜落してしまうのですが!

このFly Me to the Moonは、じつは伏線だったことが最後にわかります。エンド・タイトルに移るまえに、チッチ、チッチ、チッチとハイハットだか、ベースの弦をスラップする音だか、ミュートしたアコースティック・ギターだかがビートを刻みはじめると、おお、あれじゃないか、となります。シナトラのFly Me to the Moonだぞ、と思うのです。

前後がないので、なんのことかわからない画像ですが、いちおうYou Tubeに、そのシーンがあります。たしかに、こういう脚本だったら、最後はシナトラをもってくるしかないな、と思います。エンド・タイトルにシナトラが流れると、映画を見た満足感が増すように、いつも感じます。

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フランク・シナトラとジョン・F・ケネディー。時期から考えて、Fly Me to the Moonは宇宙開発に刺激されて生まれ、有人宇宙飛行計画の進展とともに親しまれるようになった曲なのかもしれない。

フランク・シナトラのFly Me to the Moonの最初のヴァージョンは、1964年6月9日に録音されています。アレンジとコンダクトはクウィンシー・ジョーンズ、パーソネルは不明ですが、カウント・ベイシー・オーケストラとの共演となっています。アレンジは可もなし不可もなしですが、プレイは非常にけっこうで、乗れます。

だいたいが、わたしはビッグバンド・ドラミングが好きなのですが、こういうドラマーなら文句ありません。ジャズ・コンボのドラマーにはよろしくない人がたくさんいますが、ビッグバンドでは、コンボとちがって、ドラマーが重要な位置にある、というか、タイム・キーピングは死活的に重要なので、ひどいドラマーというのはいません。いや、しばしば、名前を知りたくなるドラミングにぶつかります。

シナトラのヴォーカルも、いつものようにけっこうなものです。こういうのを聴くと、やっぱり、ミディアムからアップで、グルーヴに乗ってうたっているときのシナトラがいちばんいいと思います。

f0147840_012272.jpgシナトラのFly Me to the Moonにはライヴがいくつかあるようですが、うちにあるのは94年の福岡ドームでの録音です。もう最晩年の録音なので、声はぜんぜん出ていませんが、それはそれでいいか、と思います。ただ、冒頭で、クウィンシー・ジョーンズの曲といって、オーケストレーターと言い直しているのが、ああ、やっぱり記憶がねえ、と哀しくなります(この年になると、ひとごとではない)。ソングライターの名前はついに思いださなかったのか、イントロが終わってしまっただけなのか……。

◆ ジュリー・ロンドン盤 ◆◆
歌もので、すげえなあ、と感動するのがジュリー・ロンドン・ヴァージョン。この人の声が好きな方なら、Fly Me to the Moonは必聴でしょう。あまりいい音質ではなく、ジュリーの声の魅力が十全に伝わるとはいえませんが、You Tubeにこのスタジオ録音があります。

f0147840_0134346.jpgいつだってジュリー・ロンドンの声はけっこうなものですが、Fly Me to the Moonはいちだんと素晴らしいうたいっぷりです。チキン・スキン・ヴォイスですぜ。いろいろな編集盤に収録されているのも当然の出来だと思います。アップテンポが得意なシンガーだとは思わないのですが、こういうのを聴くと、不得手というわけでもないのだな、と認識を改めます。

ジュリーの歌ばかりでなく、アレンジ、プレイ、そして録音も素晴らしく(残念ながらYou Tubeのクリップはモノだが、ほんとうはステレオ)、ほぼ完璧な出来のトラックです。すげえな、アレンジャーはだれだよ、と確認すれば、アーニー・フリーマン。じゃあ、これくらいは当たり前だ、なんていいそうになります。でも、アーニー・フリーマンですからね、やっぱり当然の出来というべきでしょう。

f0147840_0171853.jpgアーニー・フリーマンのいいところは、甘いだけではない、軽く苦味をきかせた弦のアンサンブルをつくれることです。ハリウッドにはクールな管のアレンジができる人は、ビリー・メイ、ショーティー・ロジャーズ、ニール・ヘフティーをはじめ、たくさんいましたが、ただ甘いだけではない弦のアレンジをできる人は多くなかったと感じます。

60年代中期にフリーマンが大活躍することになった大きな理由は、この弦のアレンジではないかと考えています。いや、たんに弦のアレンジで抜きんでていたというだけで、管のアレンジが下手だというわけではないので、誤解なきよう。ブレンダ・ハロウェイのYou've Made Me So Very Happy(こちらがオリジナル)でのフリーマンのアレンジはむちゃくちゃにカッコよくて、あれを聴くと、BS&Tのカヴァーなんか子どものいたずらに思えます。

Fly Me to the Moonのイントロの弦のピジカートによるリックは、ヒット・ヴァージョンであるジョー・ハーネル盤(後述)からの借り物でしょうが、ハーネル盤とは比較にならないほどスケール・アップしています。アイディアをたっぷり詰め込んだ、冴えに冴えたストリング・アレンジメントです。ピアノとドラムとベースのリズム・セクションがまたうまくて、じつに気分よく聴けます。毎度いっていますが、これがハリウッドというインフラストラクチャーの地力です。

てなこといって、うやむやにせず、久しぶりに「体を張った推測」をすると、ドラマーはアール・パーマーです。タイムとフロアタムのサウンドからいって、確率90パーセント以上。だって、プロデューサーはスナッフ・ギャレットですからね。ギャレット=フリーマンとくれば、ボビー・ヴィーのコンビです。プレイヤーも同じだと考えてよい、というか、推測の基本原則からいって、明白な否定材料となる音が聞こえないかぎり、時期が同じならメンバーも同じだと考える「べき」なのです。となると、ベースはレッド・カレンダーあたりが有力。いいグルーヴです。

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左から、アーニー・フリーマン、スナッフ・ギャレット、アール・パーマー。壁面の吸音材の形状から考えて、場所はユナイティッド・ウェスタン・レコーダーと思われる。

そこまではいいとして、ピアノもほかのセッションと同じように、フリーマン自身のプレイなのでしょうか。だとしたら、やっぱり、アレンジャーとしてばかりでなく、プレイヤーとしてもたいしたものだったのだなあ、と見直しちゃいます。目の覚めるようなプレイです。

ギャレット=フリーマンのコンビから、もうひとつ推測できることがあります。スタジオはユナイティッド・ウェスタンだということです。この弦の鳴りから考えて、確率98パーセントぐらい。すべての条件が、ほうっておいてもいい音になってしまうように整っているのです。だからいつもいっているでしょ、これがハリウッドというインフラストラクチャーのすごいところなのです。

ノーマルな歌もののFly Me to the Moonとしては、このジュリー・ロンドン・ヴァージョンがいちばんいいと思います。

◆ クリス・モンテイズ盤 ◆◆
f0147840_0272775.jpgテンポのゆるいものは概して苦手なので、そういうものはオミットさせていただき、速めのものとしては、ほかにクリス・モンテイズ(ご本人の発音にしたがってカタカナ表記した)盤があります。この時期のクリス・モンテイズのバンドは、ハル・ブレインをはじめ、手練れがそろっていて面白いのですが、この曲は、大満足とまではいきません。小満足ぐらいです。

クリス・モンテイズの盤で面白いのは、ハル以外では、ピアノが非常にいいことです。主としてピート・ジョリーが弾いていたようですが、ハル・ブレインの回想記によると、バディー・グレコが来ていたこともあったそうです(テレビ番組だけのワンショットだろうが、バディー・リッチとグレコが共演したトラックがあって、これがすごいのなんの! いや、リッチ、グレコの両方ともが、ということ)。

Fly Me to the Moonのピアノがどちらかはわかりませんが、いずれにしても、いいプレイヤーです。しかし、こういう曲で、こういうテンポでは、あまり活躍の余地がありません。活躍の余地がないといえば、ハル・ブレインも同じです。このテンポでフィルインを入れると、どうしてもせわしない印象になるのを否めません。いや、ちょっとだけタムを入れてくれたので、まちがいなくハルと確認できたのですが、でも、このフィルはないほうがいいだろうと思います。

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ピート・ジョリー(左)とバディー・グレコ

ということで、いくらなんでもテンポが速すぎるかな、と感じますが、その点をのぞけば、悪くないトラックです。ただ、このアルバムは、ほかにすごくいい出来のトラック(タイトル・カットのThe More I See YouやCall Me)があるので、相対的に印象が薄いのです。

◆ エイプリル・スティーヴンズほか ◆◆
ほかに気になる歌ものFly Me to the Moonとしては、エイプリル・スティーヴンズのものがあります。うまいとはいいかねるのですが、目立つ声をしているし、あまりスムーズとはいえない、変わった歌い方をするので、なんとなく気になるシンガーです。こういう風に、同じ曲のヴァージョンくらべをやるときには、得な人だと思います。まあ、うまくないところが目立ってしまって損だ、と逆のこともいえるかもしれませんが。

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エイプリル・スティーヴンズは、前付けのヴァースをうたっています。前付けヴァースまでうたっているのは、うちにはほかにイーディー・ゴーメ、ジャック・ジョーンズ、トニー・ベネットのものしかないようです。この前付けヴァースは、メロディー・ラインが平板で、しかも永遠につづくかと思うほど長いので、わたしのように短気な人間は、もう能書きはよくわかったから、さっさと本題に入れ、とイライラしてしまいます。切ったほうが正解。

f0147840_0373852.jpgアストラッド・ジルベルトはいつもの調子です。彼女の歌が好きならば、Fly Me to the Moonも楽しめるでしょう。わたしは、彼女のピッチの悪さに大きな違和を感じるときがあるので、このヴァージョンはそれほど好きでもありませんが。Fly Me to the Moonのように、音程がジャンプする箇所がある曲は合わないような気がします。語りに近い曲のほうがいいのではないでしょうか。

クリフ・リチャードのFly Me to the Moonは2種類ありますが、リメイクはスロウ・バラッド・アレンジで、まったく好みではありません。アップテンポ・ヴァージョンは、ファースト・ヴァースとコーラスはなかなか悪くないな、と思うのですが、そのあと、ドラム(ブライアン・ベネットでしょう)が入ってきて、思いきり派手にバックビートを叩き、うるさくキックを入れ、それとともに、全体が騒々しくなるのが好みではありません。ドラマーの責任ではなく、プロデューサー、アレンジャーの仕事ぶりが気に入らないということですが。

f0147840_0385889.jpgサンドパイパーズは、スペイン語(たぶん)でうたっています。このグループに向いている曲だと思うのですが、Fly Me to the Moonはぎくしゃくしたところがあって、あまり気持よくありません。もっと流れるようにスムーズにうたえばよかったような……。

まだ歌ものが残っていますが、もうバテバテなので、ここらで打ち切りとさせていただきます。インスト・ヴァージョンにはまったく手が着けられなかったので、もう一回延長して、明日以降にそちらのほうの棚卸しをします。
by songsf4s | 2008-06-02 23:56 | Moons & Junes