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Repent Walpurgis by Procol Harum
タイトル
Repent Walpurgis
アーティスト
Procol Harum
ライター
Mathew Fisher
収録アルバム
Procol Harum (eponymously titled 1st album)
リリース年
1967年
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明日、というより、お読みになっているみなさんの側からいうと今日4月30日の夜は、「ヴァルプルギスの夜祭」、すなわち、聖ヴァルプルガの祝日のイヴです。

聖女であるヴァルプルガがどのような因縁をもったのかわかりませんが、この夜、ドイツはハルツ山系の最高峰、ブロッケン山に魔女たちが集い、とてつもないドンチャン騒ぎをやらかすといわれています。

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冬のブロッケン山頂。聖ヴァルプルガの祝日は、春の訪れを祝うものでもあるそうで、ずいぶん寒い地方なんだなと感じる。メイデイの起源もこの祝日にあるらしい。

なんだって、聖女の祝日の前夜に魔女が集会を開くのかと、いちおう調べたのですが、謂われは不明のようです(もちろんウィキペディアの寝言は無視)。一般論として、悪魔、魔女は、聖者のカウンターパート、実体に対する影法師のような必須付属物なので、聖人の祝日があれば、それに付随して、対となる邪悪なものの祝日が必要だったのではないでしょうか。そして、聖女の祝日の前夜だから、ジェンダーを一致させて、魔女の夜会とした、というあたりでは?

「ブロッケン山の幽霊」というものがあります。ブロッケン山頂に立つと怪物に遭遇するのだそうです。これは怪異現象ではなく、気象現象です。霧がスクリーンの役割を果たし、自分自身の影がそこに拡大投影され、奇怪な形象となってうごめくのを、「幽霊」といったのです。まさに、幽霊の正体見たり枯尾花。ちなみに、枯尾花とはススキの異名であると辞書にあります。コンプレンデ? あ、こりゃドイツ語じゃないか。

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ブロッケン山の幽霊は、べつにブロッケン山に特有の現象ではなく、より一般的には「グローリー」(後光のこと。日本では「稲田の後光」といわれることもある)といわれる現象の一支部みたいなものです。4月30日の夜に魔女が大宴会を開くという伝説と結びつき、この普遍的気象現象が、世界的にこのように呼ばれることになってしまったのでしょう。

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グローリーの一例。現代人から見れば、ちょっとした光学現象にすぎない。科学というのは、考えてみると、一面で罪なものである。

彫刻家ベンヴェヌート・チェリーニは、ある霧の朝、この「グローリー」現象に遭遇し、みずからの頭部に後光がさしているのを見て、ついに俺も聖者に列せられたか、なにしろ俺は天才だからな、と思ったそうです。こういう幸せな人は、幸せなまま死んだのではないかと思います。わたしは理性をもって地上を統べるのをよしと考える人間ですが、残念ながら、理性で幸せになった人の話というのは、とんと聞きませんなあ。

◆ 曰く因縁枯尾花 ◆◆
ヴァルプルガの登場する曲など、わたしはプロコール・ハルムのRepent Walpurgisしか知りません(世の中にはオカルトに傾斜した音楽というのが山ほどあるので、しかるべき方面にはゴロゴロしているのかもしれない)。そもそも、ヴァルプルガなどというものを知ったのからして、この曲のせいなのです。

しかし、聖女に向かってなぜ「悔い改めよ」などというのか、不思議なタイトルです。多くの人がこのタイトルを不可解に感じるからでしょう、プロコール・ハルムのオフィシャル・サイトで言及されています。以下、作者のマシュー・フィッシャーによる説明。

Well, I don't think it means anything, really. As you may already know, I got the idea for the chord sequence from a Four Seasons record called Beggin'. Apart from the organ introduction it was a pretty co-operative effort. Rob, in particular, added a lot with his guitar-playing. The Bach prelude was, I think, Gary's idea. We were thinking of doing the whole prelude as a separate piece but Gary suggested putting it in to break things up a bit.

How the title came about was that we were trying to decide what the mood of it was. I thought it was all very angst-ridden and hence suggested 'Repent'. Someone else (probably Gary or Keith) thought it evoked images of Walpurgis Night (demons and such). Eventually we decided to put the two together.

「じつのところ、とりたてて意味などないと思う。たぶん気づいているだろうが、コード進行は、フォー・シーズンズのBeggin'という曲からアイディアを得ている。オルガンによるイントロをのぞけば、Repent Walpurgisは共同作業の産物だ。とくにロブ(・トロワー)はそのギター・プレイで多くのものを付与している。バッハのプレリュードは、たぶんゲーリーのアイディアだったと思う。われわれは、あのプレリュード全体を独立した曲としてやろうとしていたのだけれど、ゲーリーがちょっとした変化を与えるためにRepent Walpurgisに組み込もうといいだしたのだ。

タイトルはこういういきさつで決まった。どういうムードでプレイするか、ということを話し合ったとき、わたしは、全体が怒りの感覚で満ちていると考えたので、『悔い改めよ』という言葉を持ち出した。だれか、たぶんゲーリーかキースが、『ヴァルプルギスの夜祭』をイメージさせる、といった。結局、このふたつをつなげてタイトルにしたというしだいだ」

タイトルの前半と後半は命名者が異なり、したがって、前後半に連関はないという、幽霊の正体見たり枯尾花でした。ここで言及されているブルッカーのピアノ・ブレイクは、the Prelude No 1 in C majorというものだそうです。うちにあるささやかなバッハのグレイテスト・ヒッツ(!)には収録されていませんでした。

◆ ハルムにも長いお別れを ◆◆
プロコール・ハルムのRepent Walpurgisといっても、いくつかのヴァージョンがあります。まずは、オリジナルというか、デビュー盤に収録されたヴァージョン。これがもっとも人口に膾炙しています。じっさい、日本では、長年にわたってJunのコマーシャルに使われていたので、アーティスト名や曲名を知らなくても、あのハモンドのフレーズを聴けば、ああ、あれがそうか、と思いだされる方はたくさんいらっしゃるでしょう。阿井喬子が「Jun, clasical elegance」と例のあの声でいう企業イメージCMです。

f0147840_23525185.jpg当時は知りませんでしたが、これはショート・エディットだったことが、のちにわかりました。オリジナルのロング・ヴァージョンは、Pandora's Boxという、オルタネート・テイク/ミックス集に収録されています。何小節目にハサミが入ったか、なんてことをいっても詮ないので、わかりやすくいえば、ブルッカーのピアノによる、メイジャーに転調するバッハ・シークェンスが、ロング・ヴァージョンでは二度繰り返され、その前後にマシューのハモンドや、トロワーのギターがくっついています。この部分が切られて、5分少々の短縮版がつくられたわけです。オリジナルは、わが家のプレイヤーの表示では7分29秒となっています。

f0147840_23543576.jpg盤になっているものとしては、ほかに95年のライヴ、Long Goodbye(なんでハルムがチャンドラーの長編のタイトルを使っているのか?)収録ヴァージョンがあります。メンバーとしては、もちろん、B・J・ウィルソンはいないものの、ブルッカーのほかに、マシュー・フィッシャーとロビン・トロワーもいて、そこそこのものになる可能性もあったと思います。しかし、マシューがハモンドではなく、パイプ・オルガンをプレイしているのが致命的で、おおいに違和感があります。もちろん、BJほどの表現力のあるドラマーはめったにいるものではないので、ドラムは馬鹿馬鹿しいかぎり。

もともとが沈鬱荘重な曲ですから、ひとつまちがえば茶番になるわけで、このLong Goodbyeヴァージョンを筆頭に、ライヴはどれもあまり出来がよくありません。

まだBJがいた73年のテレビ・ライヴも、あまりいいとは思いません。このときのオルガンはクリス・コピングだと思いますが、どうにもこうにも退屈で聴いていられませんし、BJもとくに好調とはいえません。そもそも、テンポが遅すぎます。

ギターは日本にも来たなんとかいうプレイヤーでしょうが、武道館のときはトロワーに交代して加入したばかりで、譜面を見ながらやっていたのが、ここでは譜面なしになってよかったね、としか思いません。カメラが見当違いのところばかり追っているのにも苛立ちます。

このヴィデオで面白いのは、BJが、フロアタムの横に、ティンパニーぐらいの大きさの追加タムを置いていることがわかったことだけです。いや、それとも、ティンパニーそのものだったのか?

もっと近年のものになると、もう箸にも棒にもかからないひどさです。ギターもドラムも、なんのアクセントもつけず、間の取り方も変化させず、どの音も同じウェイトで、ただ平板にずらずらと機械的に並べているだけで、PCスクリーンのなかに入りこんでいって、殴りつけたくなります。

しかし、音に表情をもたせない平板なプレイというのは、この何十年かの支配的傾向であり、彼らはその「いまどきのプレイヤー」にすぎないのでしょう。わたしが同時代の音楽を聴かなくなった最大の理由は、ドラマーが「表現」をやめ、「表情」を失ったことです。クリック・トラックがもたらした惨禍なのか、シークェンサーに合わせなければならなくなったからなのか、それとも、プログラムされた「機械のドラマー」が増えて、それと同化してしまったのか、そのへんはよくわかりませんが。

◆ 『ファウスト』のヴァルプルギス ◆◆
それにしても、ヴァルプルギスの夜祭というのは、こういう沈鬱荘重なムードだと考えられているのでしょうかねえ。

これを題材として取り入れたものとしては、ゲーテの『ファウスト』が有名だというので、やむをえず、三十数年前に挫折した挑戦を継続してみました。『ファウスト』第一部の終盤、「ワルプルギスの夜」の場から感じられるものは、メッカへ向かって何十万人もの巡礼が移動する光景に近く、たいへんな馬鹿騒ぎだということです。メッカの巡礼は大げさとしても、関ヶ原で勝った東軍が、ロック・バンドか野球チームのように、即日移動で佐和山城に向かったときの、家康が激怒した大渋滞の混乱を思わせるものです。

プロコール・ハルムの曲で、このゲーテの描写(といっても、まさか眼前に見た光景を描いたわけではないが!)に近いのは、In Held 'Twas in Iの第二楽章、'Twas Teatime at the Circusではないでしょうか。まあ、宴たけなわのあとには、なにか隠微なことがあろうと想像するのはごく自然で、そういうイメージなのかもしれませんが。

しかし、『ファウスト』には、ヴァルプルギスの夜祭が二度登場します。第二部の第二幕「古代ワルプルギスの夜」の冒頭に出てくる魔女エリクトーの台詞をスキャンしてみました(池内紀訳)。

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どうでしょう。このへんになると。Repent Walpurgisの荘重なムードに近いかもしれないと感じます。

しかし、わたしという人間は、「荘重」とは縁がなくて、なんだって、子どものころ、この曲が好きだったのか、その答はいまになるとブロッケン山の霧のなかです。しいていえば、いま聴いても、冒頭のマシューのサウンドとプレイは好ましく、この一点かもしれません。わたしにとっては、プロコール・ハルムとはマシュー・フィッシャーのオルガンであり、BJのドラミングにほかならなかったのですから。
by songsf4s | 2008-04-29 23:57 | 魔女の季節