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Lonely Boy by Andrew Gold
タイトル
Lonely Boy
アーティスト
Andrew Gold
ライター
Andrew Gold
収録アルバム
What's Wrong with This Picture?
リリース年
1977年
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自分が生きた時代のどの時点にでもジャンプしていい、といわれたら、1965年に行きたいと思います。もう一度、あの「発見と大航海の年」にもどり、小学生の自分がなにと格闘しようとしていたのかを、大人の目でたしかめられたら、じつに楽しいでしょう。

逆に、そこへ送りこむのだけは勘弁してほしい、というのが1970年代後半。ほかの時代はなんとか適応できるけれど、この時代だけは二度と生き直したくありません。こちらも二十代なかばで、だれしもそうでしょうが、先が見えず、自分がたどり着きたいと思っている場所ははるか遠くに見え、途方に暮れていたということもあります。

でも、そんなことはどうでもよくて、なぜこの時代に行きたくないかというと、ラジオをかけると、ビージーズとドナ・サマーとスターズ・オンしか流れていないからです。こんな音楽環境をどうやって切り抜けたのか、自分でもよくわかりません。ちょうど太平洋戦争と同じぐらいの長さで、長い期間、頭の上から蓋をされたような気分ですごしたであろう、戦争中の暮らしを実感できちゃうってなものです。

戦争中にも、楽しいこと、愉快なことがなかったわけではないでしょう。わたしの1970年代後半にも、ときに救いとなってくれる曲がラジオから流れることがありました。アンドルー・ゴールドの曲はその代表で、デッドやストーンズですら足もとをふらつかせた(前者はShakedown Street、後者はMiss You、キャリアの汚点だろう)悪夢のディスコ時代、微動だにせず、ロックンロール・メインストリートを歩みつづけた姿勢は、いま振り返ってもゆかしく感じられます。

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◆ 1951年製造 ◆◆
Lonely Boyには不可思議なトリックが施されているのですが、そういうことはあとにして、先に歌詞を見ます。ファースト・ヴァースとコーラスをひとまとめに。

He was born on a summer day 1951
And with a slap of a hand
He had landed as an only son
His mother and father said what a lovely boy
We'll teach him what we learned
Ah yes just what we learned
We'll dress him up warmly and
We'll send him to school
It'll teach him how to fight
To be nobody's fool

Oh what a lonely boy
Oh what a lonely boy
Oh what a lonely boy

「彼は1951年のある夏の日に生まれた、ポンとひと叩きすると、一人っ子として地上に降り立った、両親はいった、なんて可愛い子なんだ、わたしたちが学んだことをそのままこの子に学ばせよう、暖かい服を着せて、学校に行かせてやろう、だれにも侮られない人間になるための方法を授けてくれるだろう……ああ、なんて可哀想な子どもだろう」

be nobody's foolは成句で、辞書には「なかなかどうして抜け目がない[利口だ]」とあります。nobodyやnowhereといった単語がからむと、たいていがきわめて英語的な表現になりますが、これもその典型でしょう。以上、馬鹿ソング特集にこの曲を持ち出すためのエクスキューズでした。サウンドとしては、馬鹿どころか、文字通りnobody's foolなのです。

ポンとひと叩きする、というのは、産声をあげさせるために、新生児を逆さにして、尻をポンとやる、あれのことだと思います。

◆ 1953年製造の2台目 ◆◆
セカンド・ヴァース。

In the summer of '53 his mother brought him a sister
And she told him we must attend to her needs
She's so much younger than you
Well he ran down the hall and he cried
Oh how could his parents have lied
When they said he was an only son
He thought he was the only one

「1953年の夏、彼の母親は妹を生んで、彼にいった、この子はあなたよりずっと年下なのだから、わたしたちはこの子のめんどうをみなければならない、と。彼は廊下を駆けていき、泣いた、両親は「たったひとりの息子」というひどい嘘をついたのだ、両親が、たったひとりの子、といったとき、彼は自分が唯一だと思ったのだ」

f0147840_2334125.jpgわたしは次男なので、このへんのことは想像するしかありませんが、わたしの兄なんかも、ただひとりの子どもから転落したときは不機嫌だったそうですし、レイ・デイヴィーズも、弟が生まれるまでは、自分は「王」だったといっています。

よけいな話ですが、当今は昔とはすっかり日本語のアクセントが逆転しています。南関東に生まれ育った人間としては、現在のような北関東アクセントにはどうしても強い違和感がありますが、とりわけ奇妙に感じるのは「次男」のアクセント。テレビでこれをいうと、わたしの耳には「痔なんです」といっているようにしか聞こえません。昔は、すくなくとも南関東では、この言葉はフラットに発音したもので、逆立ちしても「痔なんです」には聞こえませんでした。なんせ、わたしは次男なものですから、これはすごく聞き苦しいイントネーションです。

◆ 廻る因果の小車 ◆◆
コーラスと間奏をはさんで、サード・ヴァースへ。

He left home on a winter day 1969
And he hoped to find all the love
He had lost in that earlier time
Well his sister grew up
And she married a man
He gave her a son
Ah yes a lovely son
They dressed him up warmly
They sent him to school
It taught him how to fight
To be nobody's fool

「1969年の冬のある日、彼は家をあとにした、彼は子どものときに失った愛をすべて取り戻したいと願っていた、彼の妹は大人になり、結婚し、子どもを産んだ、夫婦はこの子に暖かい服を着せ、学校に送り出した、学校で彼はだれにも侮られない人間になる方法を授けてもらった」

f0147840_2372478.jpgいったい、これはなんの歌なのでしょうね。次男としては、両親の愛を独占できないことがそれほど重要には思えないから、わたしには実感がないのかもしれません。レイ・デイヴィーズも、自伝のなかで、あえて弟が生まれたときの転落感にふれているし、アンドルー・ゴールドは、わざわざ歌にしたくらいなのだから、長男にとっては、これは重要なことなのでしょう。まあ、最後は、大人らしく、ものごとは順繰り順繰り、みな、そのようにして王である地位から転落していくのだ、という結論のようですが。

1969年というのは、家出のヴィンティジ・イヤーだったのでしょうね。ウッドストックの年ですから、みんな、家でのんべんだらりとしている場合じゃないと、そわそわしたことでしょう。わたしもそうだったというわけじゃありませんが、音楽的には、ちょっと混迷しはじめた記憶があります。

◆ 人を惑わす不逞の曲 ◆◆
f0147840_23243574.jpgざっと歴史を見渡して、なんでもできたワンマン・バンド・プレイヤーというと、最強はスティーヴ・ウィンウッドでしょう。ヴォーカルは超一級、ギターとキーボードがうまいのは当然として、ベースなんか、本職でも彼ほどうまい人がいるかどうか微妙というくらいだし、後年、やっと「実戦」に使えるようになったドラミングも、タイムは正確で端正でした。まあ、ウィンウッドは神童のなかの神童、完全無欠のワンマン・バンドだから、人間ではないということで、神棚に祭り上げてしまっても問題ないでしょう。

そのつぎにくるのは、エミット・ローズ、トッド・ラングレンあたりでしょうが、総合点で第2位は、わたしはアンドルー・ゴールドではないかと思います。好みでいえばトッド・ラングレンなのですが、彼のプレイは柔軟なものとはいいがたく、自分のアルバムでのみ力を発揮するタイプ。それに対して、アンドルー・ゴールドのプレイは、セッション・プレイヤーとして通用するもので、じっさいに、リンダ・ロンシュタットのスタッフとして、八面六臂の大活躍をしたことを勘定に入れないわけにはいかないからです。

f0147840_2331106.jpgドラムはそれほど得意としていたわけではなく、このアルバムでは本職のプレイヤーを使っています。トッド・ラングレンのSomething/Anything?を聴けばわかりますが、自分でやることそれ自体に意義があるので、これはちょっと残念ではあります。とはいえ、その理由もよく理解できます。むずかしいリズム・アレンジの曲が多いアルバムなので、自分ではうまく叩けないと考えたのでしょう。

その代表が、このLonely Boyです。じつは、いまのいままで、なんと三十余年にわたって、この曲について、とんでもない勘違いしていたことを知って、わたしは愕然としました。こういうマヌケなこともあるんですねえ。わたしっていう人間は、音楽を聴いているようで、聴いていないのかもしれません。

なにを勘違いしていたかというと、8分音符ひとつ分、小節をずらして聴いていたのです。ここに、Lonely Boyの譜面があります。冒頭に8分休符が入り、中途半端なところではじまっています。わたしは、この8分休符を飛ばし、冒頭からピアノ・コードが入っているのだとばかり信じていたのです。

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言い換えると、ピアノは表拍を弾き、サイドスティックとカウベルは裏拍を叩いていると思っていたのです。このままいけば、やがて辻褄が合わなくなります。この曲はおかしいと感じるのはここで、辻褄を合わせるには、コーラスの尻尾、すなわち、3度目のOh what a lonely boyの直後に変拍子があると考えるしかなくなるのです。

しかし、8分音符ひとつ分はみ出た小節というのは、いかに変拍子といっても奇妙すぎるので、いっしょにギターを弾きながら、この数日考えこんでいたのです。そして、さっき、写真を探していて、譜面を見つけ、ギャッと叫んだというしだい。ピアノは裏拍、サイドスティックとカウベルは表拍を叩いていたのです!

たしかに、変拍子で辻褄を合わせるより、冒頭に「聴こえない8分休符」(休符は聴こえなくて当たり前なのだが!)があるほうがずっと自然です。でもねえ、現物を聴いてごらんなさいっていうんですよ。ここに秘密の8分休符があるなんてわかる人は、たくさんはいないと思いますよ。まあ、このページにあるMIDIファイルを聴けば、サイドスティックが表拍で、ピアノが裏拍とわかりますがね。

ヴォーカルの歌いだしが、どこも「前の」小節の最後の拍の裏拍の8分ではじまっていることも、やはりトリックの一部で、このために、いつまでも裏が表で表が裏のつもりで聴いてしまうのです。ロッパとエノケンの「ちょいといけます」を地でいく曲ですなあ。

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「この絵の間違いを探しましょう」というアルバム・タイトルなので、大きくしてお見せする。すぐにわかるのは海と鏡のなか。テレビと台も不自然。あとは、窓のそばにあるテープ・マシンにかかっているのは、テープではなく、45回転盤に見えるが、これは確信なし。LPで見ないとたしかなことはわかりませんな。しかし、そんなことより、もっとだいじなのは音楽で、まるでWhat's Wrong with This Song?といわんばかり。だまし絵にまんまと騙されたわたしはいい面の皮。

◆ さらなる仕掛け ◆◆
リズミックなトリックはこれだけにとどまりません。ギター・ソロのあとのサード・ヴァースでは、ベースのパターンを変えているのです。セカンドまでは、Db-Db-D-DとAb-Ab-A-Aというフレーズをピアノと同じリズムで弾いています。サードでは、この2つのあいだに、低いEの音を入れているのですが、問題はこのリズムないしはタイミングです。Abより4分音符ひとつ分手前なのです。まちがえるといけないので譜面を見ましたが、これは「前の」小節の4拍目の裏拍で、小節をまたぐ4分音符ということになるようです。

これが輪唱のような感覚を生んでいて、最初に聴いたとき、じつにクレヴァーなアイディアだと、いたく感心しました。じっさい、この曲を取り上げる気になったのは、このベースのパターン変更が理由だったのです。まさか、こんな変なトリックを施した奇妙な曲だと思いもしませんでしたよ。いっしょに弾いていて、コーラスのあとでまちがえたので、おや、変拍子か、と思っただけでした。譜面を見なければ、ピアノもヴォーカルも8分音符ひとつ分ずれているなどとは気づかなかったでしょう!

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アンドルー・ゴールドは、しばしば面白いリズム・アレンジをしています。このアルバムでいうと、モーリス・ウィリアムズ&ザ・ゾディアクスのカヴァー、Stayの間奏をはじめて聴いたときは、唸りましたぜ。アイディアの勝利。

また、ギター・アンサンブルも非常に得意としています。このアルバムの曲では、マンフレッド・マンのヒット、Doo Wah Diddyもすばらしいし、Stayの間奏におけるギター・アンサンブルもみごとです。

f0147840_23505077.jpgしかし、ギター・アンサンブルがすごいのは、アンドルー・ゴールド自身のアルバムより、リンダ・ロンシュタットのバッキングのときです。You're No Good、When Will I Be Loved、That'll Be the Dayなどで、自身のダブル、またはワディー・ワクテルなど他のプレイヤーとのコンビで、楽しいギター・プレイを聴かせてくれています。Heat Waveは一本に聞こえますが、ソロの最後は2本重ねていると思います。これも、いかにもアンドルー・ゴールドというアレンジ。

ただ弾いてうまい人は掃いて捨てるほどいますが、これほどギター・アンサンブルの才能をもっていたギタリストは、ほかに思いあたりません。いや、アンサンブルを得意としていたからといって、下手だというわけではありません。一本のソロでも聴かせてくれるものがあります。基本的に「センスの人」で、すべてにわたって趣味のよいところが、この人の美点だったと思います。

◆ ワンマン・バンドの呪い ◆◆
ただ、残念ながら、ワンマン・バンドのライヴァルである、トッド・ラングレンほどのソングライティングの才能はなかったようで、いい曲はごくかぎられています。ほかにめだつのは、78年にヒットしたThank You for Being My Friend、同じアルバムに入っていたGenevieveぐらいです。ダブル・アルバムにめいっぱい佳曲を詰め込んだトッド・ラングレンとはくらべようもありません。何年のものか知りませんが、Whirlwindというアルバムのひどさに懲りて、以後、アンドルー・ゴールドとは縁が切れてしまいました。

f0147840_23533432.jpgそういえば、もうひとりのワンマン・バンド・プレイヤー、エミット・ローズなんて人は、どこへ消えてしまったのでしょうか。才能がそのまま成功に結びつくものではないのは承知していますが、ワンマン・バンドの生存確率は五分か、と思うと、ちょっと情けなくはあります。スティーヴ・ウィンウッドは突然変異の例外と考えると、確率33.333パーセントに下落。

しかも、スティーヴ・ウィンウッドまでふくめ、みなワンマン・バンドを長くつづけることはできず、すぐにやめています。あまりの状況のきびしさに、ポール・マッカトニーも、ワンマン・バンド・プレイヤーの成功者に繰り入れたくなってしまいます!
by songsf4s | 2008-04-22 23:55 | 愚者の船