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Silly Girl by the Rascals
タイトル
Silly Girl
アーティスト
The Rascals
ライター
Felix Cavaliere, Eddie Brigati
収録アルバム
Once upon a Dream
リリース年
1967年
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昨日ふれた楽曲一覧を、今日もためつすがめつし、婿ひとりに嫁十人の窮境をどう切り抜けるか、なんて、じつにくだらないことに脳髄をふりしぼってしまいました。

設問がくだらないから、結論も華々しいものにはなりませんでした。楽曲本位で考えるから苦しむのだ、アーティスト本位にしよう、というものです。つまり、これまでに登場していないけれど、それは偶然にすぎず、じつはむちゃくちゃに好き、というアーティストを優先しようということです。

となれば、デイヴ・クラーク・ファイヴでしょう、といいたいのですが、DC5に適当な曲はないのです。そこで、同じ路線として、中学のときに聴きまくったラスカルズです。DC5とラスカルズのどこが同じ路線だ、なんていうあなたは、わたしとは異なる音楽の聴き方をしているにすぎません。

ラスカルズの魅力は、一にフィーリクス・カーヴァーリエイレイ(今日は本気になって固有名詞発音辞典を調べた。caは「キャ」ではなく「カ」、長音、長音の連打のあげく、語尾にeがあればレイと発音するとある。アクセントは「エ」。語尾にeがない名前もあり、この場合は「カヴァレイ」ぐらいに表記するべき音。このちがいは、スペイン系かフランス系かという出自からくると思われる。カーヴァーリエイレイはスペイン系だろう)の曲作り、二にディノ・ダネリのドラミング、三にフィーリクス・カーヴァーリエイレイの歌、四に、これは一部のトラックだけですが、チェック・レイニーのベースです。

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左から、フィーリクス・カーヴァーリエイレイ、ディノ・ダネリ、エディー・ブリガティー、ジーン・コーニッシュ

これで、DC5とラスカルズが同じ路線だという意味が、ご了解いただけたものとみなします。そう、元気いっぱいのドラマーが、明日は明日の風が吹く、今日はとりあえずbang the drum awayと、豪快にグルーヴをまき散らしたバンド、ということです。

そういう観点からいうと、このSilly Girlには、ラスカルズの魅力の半分もあらわれていません。ヴォーカルはわたしが好まないエディー・ブリガティーだし、ベースはスタンダップなので、チャック・レイニーではなく、おそらくロン・カーターでしょう。いや、いいプレイですが、いたって控えめで、グルーヴがどうこうというものではないのです。

◆ ちょっとSilly Girlについて ◆◆
ということで、今日は方針を変え、歌詞の解釈はなし、フィーリクス・カーヴァーリエイレイとディノ・ダネリの話に終始することにします。Silly Girlはたんなる「きっかけ」、タイミング出しにすぎません。でも、検索したところ、この曲の歌詞を載せているサイトは見あたらないので、JPEGをお見せしておきます。

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ついでだから、この曲についても簡単に触れます。悪い曲ではありません。Once upon a Dreamというお楽しみ満載のアルバムのなかでは、中くらいの出来ですが、よそへ持っていけば、ハイライトになるでしょう。

構成、展開は、この時代の傾向を反映して、やや曲がりくねりますが、それはそれで魅力的です。とくに、マイナーのヴァースから転調して、ぱっと明るくなるメイジャーのコーラスに移行するところがけっこう。

ディノ・ダネリのプレイも、ヴァースはハイハットをちょろちょろいじったりして、ひどくひまそうですが、さあ行くぞ、と気合いが入るコーラスは、やはり魅力的です。タイムがややearlyの傾向があったドラマーで、前作までは、ときおり突っ込んでいたりしましたが(それはそれでまた魅力だった)、このアルバムあたりから、すこしだけタイムがうしろに移動し、次作Freedom Suiteのハイライト、People Got to Be Freeにおける、懐の深いタイミングの取り方への移行がはじまっています。

どのフィルインも、地味ながら、いいプレイです。五百万人のエルヴィス・ファンもcan't be wrongでしょうが、たったひとりのディノ・ダネリ・ファンもまちがっていなかったと思います。いま年寄りの耳で聴き直しても、ディノ・ダネリを愛した中学生を、エラい、やっぱり俺と同じ人間だけのことはある、年齢はちがっても好みはいっしょだ、と褒めてやりたくなります。タイムよし、フィルインのセンス申し分なし。

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Silly Girlを収録したラスカルズの4作目Once upon a Dreamのフロント。これはLPではなく、CDのスリーヴをスキャンした。デザインはドラムのディノ・ダネリ。

それにしても、贅沢なつくりですなあ。いったい、何人のミュージシャンがプレイしているのか、単純にストリングスが載っているアレンジではなく、細かく、複雑にオーケストラ楽器が出入りするアレンジで、アレンジャーはだれだよ、と確認すると、アリフ・マーディンと書いてありました。なるほどねえ。いいアレンジです。

SEはあるは、女の子の笑い声はあるは、つぎの曲にリルなしでつなげるはで(このSinging the Blues Too Longへの接続の仕方がカッコいい!)、エンジニアもてんてこ舞いだから、こちらもクレジットを見ると、トム・ダウドとあります。世人がいうほど、トム・ダウドのエンジニアリングがいいとは思いませんが(だれよりも早く8トラック・マシンを開発することと、いいサウンドをつくることは、まったく関係がない)、当時のNYのものとしては、まず水準以上の出来だと思います。

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Once upon a Dreamのバック。やはりCDのスリーヴをスキャン。色調を忠実に再現できなかったが、CDのスリーヴ自体、LPとは色調が異なっているせいでもある。赦されよ。

◆ 極私的ラスカルズ国内受容小史1出世篇 ◆◆
同年配の方はよくご存知のことですが、あの時代には、英米で大ヒットを出しても、かならずしも国内盤がリリースされることはなく、また、リリースされても、ひどく遅れることがありました。ラヴィン・スプーンフルのように、日本の配給会社が決まらなかった、というやむをえない理由で遅れることもありますが、「日本では受けない」と判断されるあわれなアーティストもありました。

現今のように、盤が山ほど輸入され、さらにはウェブで海外の販売店に直接注文できる時代とはまったくちがいます。輸入盤を扱っているのはごく一握りの店だけで(わたしは子どもだから日本楽器しか知らなかったが、その筋ではよく知られた小さな店があったと漏れ聞く)、国内盤が出ないかぎり、入手できる見込みはほとんどありませんでした。1968年だったと思いますが、はじめて輸入盤を注文したら、船便だから三カ月ほど待ち、届いたら四千円以上の金額を請求されました。昔の四千円ですよ。子どもだから、うわあ、どうしようと、うろたえましたぜ。

ラスカルズも、国内盤のリリースが遅れました。そもそも、デビュー・アルバムはリリースされなかったような気がしますが、どうなんでしょう? 当時の国内盤をお持ちの方がいらっしゃったら、いつごろリリースされたかご教示いただきたいものです。

LPはしかたないとしても、彼らの出世作、66年にビルボード・チャート・トッパーになったGood Lovin'も、ヒットしたときにはリリースされず、68年にIt's Wonderfulとのカップリングでリリースされたのが、国内初お目見えだと思います。このように、ナンバーワン・ヒットですら、なんらかの理由でリリースされなかったり、ひどく遅れたりしたことがあったのです。

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The picture sleeve of The Young Rascals' "Good Lovin' b/w It's Wonderful," Nippon Grammohpon DAT-1038, 1968. これがGood Lovin'の国内盤オリジナルだと思うのだが……。右肩に値段が印刷してあるのが渋いというか、泣けるというか。嗚呼、370円。

ラスカルズ(当初は「ヤング・ラスカルズ」というグループ名だったが)のリリースが遅れた理由は、たぶん、日本では黒っぽいものは受けない、という当時の固定観念のせいでしょう。モータウンやスタックスのものがそうみなされるのは、当時の雰囲気からいってわからなくもありませんが、いまになると、なんだってラスカルズが黒っぽいの、ブルーアイド・ソウルのといわれたのか、わけがわからないほどです。

たしかに、デビュー盤では、ウィルソン・ピケットのMustang SallyやIn the Midnight Hourなどをカヴァーしていますが、いっぽうで、Baby Let's Waitや、エルヴィスもうたったI Believe、ディランのLike a Rolling Stoneのような、真っ白いものもやっているのだから、固定観念、時代のパラダイムというのは恐るべきものだと思います(まあ、A Whiter Shade of Paleをラジオで聴いたとき、プロコール・ハルムなんていうバンドは知らないので、ブラック・シンガーかと思ったのだから、わたしもそのパラダイムにがんじがらめになっていたのだが)。

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The back of the picture sleeve of The Young Rascals' "Good Lovin' b/w It's Wonderful" こちらはGood Lovin'のスリーヴの裏。リーフではなく、中袋と一体になった、LPやEPと同じタイプのもの。たまに、こういうシングルもあった。汚れがひどくて申し訳ない。残っていたのが奇蹟といっていいくらいのスリーヴで、じつは、中身はなく、スリーヴのないビーチボーイズのシングルの袋として利用している。割れ鍋に綴じ蓋。中身を失った経緯は、聞くも涙、語るも涙の物語なのだが、そういう年寄りの繰り言はまたの日に。

確証はないのですが、日本で最初にリリースされたヤング・ラスカルズのLPは、セカンド・アルバムのCollectionsだろうと思います。とにかく、わたしが買いはじめたのはここからです。すぐに自分のバンドでこのアルバムのオープナー、What Is the Reasonをやりました。コードがシンプルだからだろう、というあなた、なかなかするどい。できそうな曲だからやったのです。友だちのバンドは、C'mon Upをやりました。たしかめたことはありませんが、あの曲も3コードだからだとにらんでいます。

FENではなく、ラスカルズが巷で流れているのをはじめて聴いたのは、(おかしなことに)たしか、いまはなき日比谷映画で、上映がはじまるのを待っていたときでした。なかなか印象的な曲が流れ、友だちが、ヤング・ラスカルズじゃん、といったのです。それがGroovin'でした。

f0147840_0491992.jpgよぶんなことですが、映画がなんだったかも覚えています。マリアン・フェイスフルがアラン・ドロンの相手をやった『あの胸にもう一度』です。中学生には目の毒、気の毒、河豚の毒(by トリロー「毒消しゃいらんかね」)でした。いや、男女間のことなんかチラともわからないから、ストーリーは靄のなか、でも、あのジャンプ・スーツの下にはなにも着ていないというのが……。原作はマンディアルグの『オートバイ』だなんてことは、中学生だから知りませんでした。

CMへの採用回数から見て、結局、ラスカルズはGroovin'だけ、というのが日本での認識のようですが、当時は、はじめて日本で流れたラスカルズの曲、といった程度で、彼らの二曲目のビルボード・チャート・トッパーも、国内ではヒットにはいたりませんでした。

ほんとうにヒットしたのは、三曲目のチャート・トッパー、People Got to Be Freeだけでしょう。この曲だけは、日本のラジオでもじゃんじゃん盛大にかかっていました。政治の季節だったことと、ピープルとフリーというのは、だれにでもわかる単語だったからでしょう。グルーヴィンなんていっても、だれにもわかりません。いまではアメリカでも、it's groovyなんていうと、ポカンとされるか、骨董品のように見られるそうですが。

でも、それは日本でも同じで、「こいつはゴキゲンだね」なんていうのは、われわれから上の世代くらいなものでしょう。「御機嫌伺い奉り候」の「御機嫌」とはちがいますぜ、為念。groovyという意味です。流行語老いやすく学成りがたし。

若者だって、それを知らないわけではないけれど、旅は道連れ、世は情け、付き合いのうえで、そういう言葉を使わざるをえないのでしょう。大人がなにかいっても気にすることはありません。いずれ年をとると、言葉が同世代のパスポートになるでしょう。まあ、いまのように超短命かつ多量にあると、同世代でも共通語がなくなるのではないかと、多少気にはなりますがね。まあ、老人ホームで、じゃあ、これを知っているか、なんて、クイズを出し合えばいいだけか。

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The (Young) Rascals "Once Upon a Dream," Nippon Grammophon, SMAT-1028, (poss.) 1968. Not like the US original, this one is the single-jacketted Japanese edition. As you see, they were still called "The Young Rascals" even in 1968 in Japan. 本日のメインイヴェント、ラスカルズのOnce upon a Dreamの国内盤LPのフロント。合成が下手で、継ぎ目が出てしまい、申し訳なし。グラモフォンは、このようにデザインを変えてしまうことと、盤質が悪いことで、当時、悪名を馳せた。CDではこんなものは再現されないので、スーヴェニアとしてスキャンしてみた。

◆ 極私的ラスカルズ国内受容小史2転落篇 ◆◆
ラスカルズのピークは、サード・アルバムのGroovin'から、Once upon a Dream、Freedom Suiteにかけての時期でしょう。Freedom Suiteなんて、つまらないジャムまで入った、くだらない付録つき豪華ジャケットのダブル・アルバムで、売れに売れたのですが、そこからの転落のスピードたるや、奢る平家も真っ青、義経も三舎を避ける鵯越の逆落とし、壇ノ浦へ、安徳天皇、三種の神器もろとも、一族郎党こぞって身投げ、建礼門院ですら助からなかったというぐらいなものです。

原因は政治性のいきすぎといわれています。公民権運動に共鳴し、ツアー先で、客の人種配分の平等を求め、プロモーターと衝突し、排斥されたそうです。たしかに、ケンカの相手が悪すぎます。ツアーができなければ、収入の大部分を失うことになるし、なによりも、新作のプロモーションができないのが困ります。ツアーは宣伝でもありますから。

でも、それは真の理由ではないと思います。芸能界は勝てば官軍、勝っているあいだはなんでも通ります。どのような政治的対立があっても、商売人は、儲けさせてくれる相手となら、かならず妥協点を見つけだすものです。だから、プロモーターとの衝突説は、原因というより、結果だろうと見ています。

音楽をやっているのだから、原因は音楽に決まっています。Freedom Suiteのつぎのアルバム、Seeを聴けばわかります。駄作ではありませんが、それまで、ラスカルズを特別な存在にしていた、なにものかが消えているのです。全体としてみれば平均点以上ですが、これならトップ10にいけると確信のもてる、シングル曲がありません。ラジオしかアメリカのようすをのぞく手段のなかったわたしには、People Got to Be Freeの大ヒットのあと、ラスカルズは忽然と消えてしまったかのように見えました。

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The inside (fold) of the Rascals "Once Upon a Dream," US original LP, Atlantic SD 8169. アメリカ盤Once upon a Dreamのインサイド・フォールド。サイズを大きくするために横に寝かせた。右側の文字が書いてある黒い部分は、糊づけされたブックレットのようなもので、さらにページをめくるようになっている。こういうやっかいなつくりだったため、日本グラモフォンはコストダウンのためにデザインを変えてしまったのだろう。

歴史を見渡すと、このように大転びに転んだ例としては、ほかにフィル・スペクターをあげられるようです。考えてみると、突然の大失敗が訪れた理由は、両者に共通しているように思われます。

野球を見ていると、中盤ぐらいで、ダメだ、今日のピッチャーは打てない、と思うときがあります。ストレートは走る、スライダーは消えるようにするどく曲がる、フォークはストレートにしか見えない、という状態です。それが七回または八回あたりに、二者連続三振で2アウトをとったあとの三人目の打者への初球、インサイドを狙ったストレートがふっと抜けて、真ん中外寄りにいき、アッと思ったときにはホームラン、それからワンアウトもとれず、連打連打で逆転され、ついに降板、なんてことがあるじゃないですか。あれだと思います。

つまり、成功のど真ん中で、その成功に足を取られたのです。成功の理由はキャッチーな音楽しかありません。スペクターが成功したのも、ラスカルズが成功したのも、すぐれたシングル盤を立てつづけにリリースしたからです。スペクターも、ラスカルズも、その絶頂期に大誤算をしたのだと考えます。自分の音楽性が成功したのだ、自分が向かうところなら、どこにでもリスナーはついてくる、という勘違いです。

成功したのは、買う気になるシングルをつくったからであって、スペクターやラスカルズに心酔したからではありません。買う気も起きないようなシングルは、どんなにエラい人の名前がついていても、やっぱり買いません。われわれの可処分所得はごく僅少なのです。

だって、ビートルズですら、いわゆるホワイト・アルバムの出来の馬鹿馬鹿しさと値段の高さに呆れ、以後、買わなくなったほどですからね。時代とズレれば、それでおしまいなのです。ファンは気まぐれ、などといいますが、それはないでしょう、よくいうぜ、です。そもそも、トップまで登り詰めたのは、気まぐれなリスナーのおかげであり、それで大儲けできたんじゃありませんか。

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A page from the booklet of The Rascals "Once Upon a Dream" US original LP. 上に書いたが、内側の右に貼りつけられているブックレット状のもの開いてみた。まだ何ページもあるのだが、ここまでスキャンし、合成したところで力尽きてしまった。このページと同様のメンバーの写真を加工したモノクロ・ページがつづき、最後のほうはまたフィーリクスの「お言葉」があり、ブックレットをめくり終わると、クレジットがあらわれる。いやはや、凝ったものが多かった時代だが、これほどやっかいなジャケット構成もめずらしい!

◆ 嗚呼、これが最後のbowだったのに ◆◆
時計を見れば、もはや時間切れ、せっかくラスカルズを登場させたのに、まだ各論にもたどり着いていません。しかし、窮すれば通ず、この記事を書いているうちに、突然、天啓がひらめき、来月の特集に、もっとも好きな曲をまぎれこませるエンジニアリングを開発しました。

もちろん、ディノ・ダネリも大活躍するし、彼のドラミングの秘密に迫るには好都合なトラックです。しかも、フィーリクス・カーヴァーリエイレイの曲作りも冴え、ヴォーカルがまた魅力的という、折り紙付き代表作です。一握りのラスカルズ・ファンは刮目して待たれよ。エルヴィスのファンが五百万万人いようと、五億人いようと、恐れることはありません。三人寄れば文殊の知恵、九人いれば野球チーム、十一人いればサッカー・クラブ、たった四十七人でも、討ち入りができます。

どちらにしろ、今日はLPのスキャンが主役で、労力もそちらに集中したので、これでいいのです。ラスカルズのLPのジャケ写などほしい方も、ごく一握りでしょうが、それもけっこう。無断で使うな、などと野暮天はいわないので、ラスカルズを紹介したい方は、どんどん無断でお使いください。使っていただければ、スキャンした甲斐があるというものです。
by songsf4s | 2008-04-15 23:59 | 愚者の船