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Tattler by Ry Cooder
タイトル
Tattler
アーティスト
Ry Cooder
ライター
Ry Cooder, Russ Titelman, Washington Phillips
収録アルバム
Paradise and Lunch
リリース年
1974年
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タイトルにfoolだのsillyだのと入っている曲だけでも、すでに無量大数のトラックがあるので、わざわざ歌詞のなかに出てくるだけのものを選ぶこともないのですが、この特集のそもそもの動機は、季節プロパーにこだわっていては永久に持ち出せないアーティストへと、当ブログのフォーカスをシフトすることでした。

ライ・クーダーには、たとえば、Fool for CigaretteやMarried Man's a Foolのように、タイトルにfoolが織り込まれ、歌詞もなかなか面白い曲があります。しかし、ライのアルバムの「アメリカ音楽史研究フィールドノート」みたいな側面には、わたしはあまり関心がありません。

そういう立場からいうと、ライの馬鹿トラックのなかでは、Tattlerがもっともよくできていると感じます。

◆ 木の上に追いつめられる男 ◆◆
天は二物を与えず、サウンドがいいと、歌詞はえてして退屈なのですが、さてこの曲はどうなりますやら。ファースト・ヴァース。

Whenever you find a man
That loves every woman he sees
There's always some kind of woman
That's a-puttin' him up a tree
Now that kind of man
He ain't got as much sense as a mule
You know, everyone don't love you
They're just a-playin' you for a fool

「どんな女にでも惚れてしまう男のそばには、かならず男を尻に敷く女というのがいるものだ、そういう男っていうのは、ラバほどの知恵ももっていないものだ、だれだって、そういう奴のことが好きなわけじゃなくて、ただからかって遊んでいるだけなのさ」

ふと思いついた落語ヴァージョン。

「えー、あいだにはさまって、毎度馬鹿馬鹿しいお話でご機嫌をおうかがいいたします。その、なんでございますなあ、世の中には、どんなご婦人を見ても、つい、ふらふらとあとについていってしまう殿方というのがございますな。またよくしたもので、そういう殿方には、男なんぞは人くさいとすら思っていないご婦人というのがついているものです。そういってはなんですが、まあ、そういう殿方というのは、ラバほどにも、ものごとをわきまえていらっしゃらない。ご婦人方のほうでも、べつにその御仁に惚れるというわけではなく、ただもてあそんでいるだけなのございます」

というようにしたほうが、話がわかりやすいし、この歌詞のムードをストレートに伝えているような感じがしたのですが、さていかに。

put one up a treeは成句で、「追いつめる」の意だそうです。猫のケンカを観察していて気づいたのですが、不意を襲われて立ち向かう体勢ができないと、高いところ、たいていは樹上に逃げる習性が猫にはあるようです。めずらしいメス同士のケンカでも、縄張りへの侵入者は死にものぐるいで梅の木に駈けのぼりました。しかし人間は、クマにでも出くわさないかぎり、木の上に逃げたりはしませんねえ。put one up a treeというのは、狩猟民族的発想の成句のような気がします。

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Ry Cooder "Get Rhythm." 10" 45 r.p.m. EP, WEA, 1988. W8107TE. ライ・クーダーのGet Rhythmの4曲入りシングル。10インチという昔のミニアルバムのサイズなのに、45回転という変わり種。中身はLPのものと同じで、ロング・ヴァージョンだったりするわけではない。

◆ 男たる者…… ◆◆
以下はコーラス。

Mmmm, oh, no,
It's not hard for you to understand
True love can be such a sweet harmony
If you do the best that you can

「だれにだって簡単にわかるだろうけれど、真の愛とは素晴らしいハーモニーになるものだ、できるだけのことをしさえすれば」

ヴァースとコーラスがきちんとつながっていなくて、意味不明です。これでは落語ヴァージョンも出ません!

セカンド・ヴァース。

If you marry the wrong kind of woman
And you get where you can't agree
Well, you just as well could get your hat
And let that woman be
But a man oughta make a good husband
And quit tryin' to lead a fast life
Goin' about dressin' up other women
Won't put clothes on his own wife

「まちがった女と結婚してしまい、どうにも折り合いがつかなくなったら、帽子をかぶって出ていったほうがマシかもしれない、しかし、男というものはよき夫でなければならず、自堕落な暮らしはやめなければならない、よその女を着飾らせて連れ歩くのでは、自分の女房に服を着せることにはならない」

to put clothes on oneで成句かと思ったのですが、辞書にもクモの巣にもそれらしいものは見あたりませんでした。よって、字句通りに、よその女に入れをあげていては、女房に満足に服を着せることもできない、といったあたりの意味と解しておきます。

fastというのは面白い形容詞ですが、すでにEarly Morning Rainでふれているので略します。

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Ry Cooder "Slide on Dropdown D," bootleg live CD. このブート・ライヴにも、74年録音のTattlerが収録されている。

◆ 所詮、この世は男と女 ◆◆
コーラスと間奏をはさんで最後のヴァースへ。

Well, there's lots of good women
Who wants to marry and they want to live well at home
But they're afraid they'll might get hold of a rowdy man
Who can't let other women alone
And there's lots of good men wants to marry
And they wants to live well at home
But every time they turn their back
There's another man there askin'
"Darlin, is he gone?"

「世の中には、結婚して家庭に入り、いい暮らしがしたいと思っているけれど、よその女にちょっかいを出さずにはいられない乱暴者をつかんでしまうのではないか、と心配している淑女たちがたくさんいる、片や、結婚していい家庭を築きたいと思っている紳士たちもたくさんいる、でも、彼らが背を向けるたびに、『ダーリン、旦那は出かけたかい?』という男がいるものなのだ」

なんだか落語は落語でも、ちょっと「バレ」がはいって、「札入れ」や「風呂敷」(江戸下町言葉を使う落語国では「ふるしき」と発音する)といった、古今亭志ん生が得意としたものに近くなってしまい、おやおや、です。フランス艶笑コント風。ご同輩、どうも男と女というのはもめごとが絶えませんな、というボヤキの歌なのでしょう。

ライ・クーダーはめったに曲を書かず、ほとんどがカヴァーですが、その楽曲選択には顕著な傾向があります。Mexican Divorce, Married Man's a Fool, He'll Have to Go、Big Bad Bill Is Sweet William Nowといった、男女間のありように関する、苦笑まじりの大人の皮肉なコメント、といった歌詞の曲です。Tattlerの三人の作者のうち、だれが作詞にかかわったのかはわかりませんが、いずれにせよ、ライ好みの歌詞になっていると思います。

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ライのギターは、ストラトキャスターにテスコのピックアップを取り付けたものだというが、たしかに、この写真を見ても、ピックアップはフェンダーのものには見えないし、そもそも位置がおかしい。

◆ クレジット ◆◆
このアルバムにはトラック単位のクレジットはなく、アルバム全体のものとして、以下のメンバーの名前が書かれています。

Milt Holland: Drums, Percussion
Jim Keltner: Drums
Russ Titelman, Chris Etheridge: Electric Bass
Ronnie Barron: Piano, Organ
Red Callender, John Duke: Bass
Plas Johnson: Alto Sax
Earl Hines: Piano on "Ditty Wah Ditty"
Voices: Bobby King, Gene Mumford, Bill Johnson, George McCurn, Walter Cook, Richard Jones, Russ Titelman, Karl Russell
String Arrangements: Nick DeCaro
Horn Arrangement: George Bohanon
Cornet: Oscar Brashear

f0147840_23333790.jpgTattlerには管は入っていないので、リズム・セクションとストリング・アレンジのニック・デカロだけが関係あります。ベースはフェンダーしか聞こえないようなので、レッド・カレンダーやジョン・デュークも無関係で、ラス・タイトルマンかクリス・エスリッジなのでしょう。作者のひとりであるタイトルマンのほうの可能性が高いかもしれませんが、音からはなんともいえません(エスリッジのプレイは死ぬほど聴いたはずなのに!)。

ミルト・ホランドもドラムとなっていますが、ライのアルバムでは、ふつうはティンバレスをプレイし、トラップ・ドラムにはジム・ケルトナーが坐ります。このコンビは史上最強のドラム・デュオかもしれません。ただし、Tattlerではティンバレスの音は聞こえません。

ライ・クーダーのアルバムでなにがいいといって、いつもドラムがジム・ケルトナーで、パーカッションにはたいていミルト・ホランドがいて、エンジニアはリー・ハーシュバーグだということです。とくに、このアルバムはまだアナログ録音のときにつくられているので、その点でも文句ありません。いくら天下のリー・ハーシュバーグでも、ディジタル・レコーディング・システムの音の痩せはいかんともしがたいのです。

◆ トラップの向こうのスウィッチ・ヒッター ◆◆
なかなか楽しい歌詞のMarried Man's a Foolをさしおいて、Tattlerを選んだ理由の90パーセントは、ジム・ケルトナーのプレイです。

いつもゴチャゴチャと弁じ立てているアール・パーマー、ハル・ブレインの二人から、ジム・ゴードン、ジム・ケルトナーとつづくハリウッド黄金時代のエースたちというのが、わたしがもっとも好むドラマーの系譜です。

f0147840_2337533.jpgこのうち、じっさいに見たのはケルトナーだけです。実物を見たドラマーでは、ホリーズのボビー・エリオット、プロコール・ハルムのB・J・ウィルソンに感銘を受けましたが、87年だったか、新宿厚生年金でのケルトナーは、その上をいく圧倒的なすごさでした。盤を聴いていても、あのころのケルトナーのプレイには、すごい、すごいと呆れていましたが、実物の動きを見て、うっそー、そんな風に叩いていたのー、とひっくり返りそうになりました。

なによりも驚いたのは、客席から見ていてもはっきりわかる、左右の手の使い方です。ふつう、右手でハイハットないしライド・シンバルを八分、四分、三連などで刻みながら、左手はスネアでバックビートを叩きます。もちろんケルトナーも、そういうプレイをするのですが、ときおり、左右の手を入れ替え、左手でハイハットの八分を刻みながら、右手でバックビートを叩くのです。これには面喰らいました。そこらの料理人をつかまえて、いつもいつも右手でばかりやっていては飽きるだろう、たまには左手で大根を千六本にしてみちゃあどうかね、なんていってごらんなさい。張り倒されますぜ。

ドラマーというのは、生まれてはじめてトラップの向こう側に坐ったときから、右手のスティックはハイハットに、左手のスティックはスネアに、とかまえるものです。それを何年もやっていれば、習い性となり、やがては本能のようなものになります。ところが、ジム・ケルトナーは、なにが本能だ、左右の交換なんか、いつでもできると主張しているのです。

ドラマーは、四肢のそれぞれを完全に別個に、と同時に、相互に協調させてコントロールできなくてはいけない、とハル・ブレインがいっています。ご説ごもっとも。ハル・ブレイン理論をロボットのように完璧に体現したのが、その弟子筋にあたるジム・ケルトナーでしょう。なにしろ、ふつうの人間の感覚に反する手足の動きをさせることにかけては天下一品のドラマーで、ライのアルバムでは、しばしばありえないパターンを使っています。

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右手がシンバル、左手がスネアというのも強固な固定観念なのですが、キックは1&3、スネアは2&4というのもまた、抜きがたいドラマーの本能です。しかし、ケルトナーは、これをひっくり返すことも、いともたやすくやります。キックで2&4、スネアは自由に装飾なんてことをやるのです。ことのついでに、キックで16分の「フィルイン」までやってみせるのだから、こっちをからかっているとしか思えません。

もうひとつ、じっさいに見て感心したのは、フィルインの際にもまったく無駄な動きがなく、上体がぶれないことです。ピッチングと同じ原理で、これが彼の正確無比のスティック・コントロールを生んでいるのでしょう。ケルトナーほどどっしりとかまえてプレイするドラマーというのを、わたしはほかに知りません。

◆ Tattlerでのプレイ ◆◆
ライ・クーダーのアルバムを順に聴いていくと、70年代を通じて、ジム・ケルトナーがどのようにスタイルを発展させていったかを追うことができます。元来が地味なプレイを好むドラマーで、そのへんは彼がプロとしてのロール・モデルとしていた、ハル・ブレインやジム・ゴードンには似ていません。ニルソンのWithout Youでの重いバックビートなど、なかなか印象的でしたが、70年代なかばまではあまり注目していませんでした。

f0147840_23484171.jpgはじめて、この人はすごいのではないかと思ったのは、ライ・クーダーの79年のアルバム、Bop Till You Dropを聴いたときでした。ライのアルバムをきちんと聴いたのもこのときが最初だったので、そこから遡っていき、Tattlerでのプレイにぶつかったのです。

70年代なかばの録音なので、いたって地味ですが、絶好調時のジム・ゴードンのように、ひとつひとつのビートがもっとも望ましいポイントで叩かれていて、じつに気持ちのいいグルーヴになっています。アップテンポがいいハル・ブレインに対して、ジム・ケルトナーは、Tattlerのようなミディアムのときに、非常に印象的なプレイをします。

フィルインといっても、曲調の制約もあって、ごく控えめなものばかりですが、これまた、完璧なタイミングとアクセントのものが大多数で、なんとも気持ちのいいプレイです。とくに、セカンド・コーラスのIt's not hard for you to understandの直後のもの、サード・ヴァースに入ってすぐに出てくる、women who wants to marryの直後の16分4打、すなわち一拍分しかないきわめて短いものなどは、完璧なプレイです。また、間奏の出口、サード・ヴァースの入口でやっている、リムだけをヒットするプレイ(ヘッドとリムを同時に叩くリムショットではない)にも、ハッとさせられます。

ジョン・レノンのトラックなどで、メトロノームのような正確さに徹した地味なプレイばかりしていたドラマーが、70年代終わりから80年代にかけて、ドラマーの習性に反するプレイで、われわれを驚愕させるプレイヤーへと変貌をはじめる第一歩が、このTattlerだったのではないかという気がします。

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はじめからそうなりそうな予感はしていたのですが、ジム・ケルトナーのことばかりで、ライ・クーダーのことにはふれられませんでした。ほかでは持ち出しようがないかもしれないので、今月中にできればもう一曲取り上げようと思います。
by songsf4s | 2008-04-08 23:53 | 愚者の船