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Fools Rush In その2 by Frank Sinatra
タイトル
Fools Rush In
アーティスト
Rick Nelson
ライター
Johnny Mercer, Rube Bloom
収録アルバム
His Way: The Very Best of Frank Sinatra
リリース年
1940年
他のヴァージョン
Rick Nelson, James Burton, Glen Miller, Lesley Gore, Brook Benton, Julie London, Dion & the Belmonts, Harry James, Doris Day & Andre Previn, Jo Stafford, the Flying Machine, Lita Roza, Bobby Hackett, Elvis Presley
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昨日、The Guitar Sounds of James Burtonというアルバムは、急遽、予定を変更して録音されたもので、準備不足の感は否めない、などといってしまいましたが、うっかりエラそうなことをいうと、しっぺい返しを喰らうことになっています。さっそく今日、そもそもおまえのブログはいつも「急遽」ばかりで、「準備不足の感は否めない」とは自分のことだろうが、といわれたに等しい発見をしてしまいました。

f0147840_19421211.jpgこの曲のファースト・ライン、Fools rush in where angels fear to treadは古諺であり、もともとは、アリグザンダー・ポープの『批評論』(An Essay on Criticism, 1711)に出てくる一節である、なんていう記述を読んでしまったのです。「愚か者は向こう見ずなもので、賢者なら避ける大胆なことを企てる」という意味で使われるのだとか。たぶんネガティヴに、批判的に使うのが本筋なのでしょう。そして、どうやら、そのそもそもの淵源は、聖書にあるようです。

つぎにブリタニカの記述を読んで、もうひとつ驚きました。受験のときに記憶させられた、「To err is human, to forgive, devine」ということわざもポープがつくったもので、やはり『批評論』に出てくるものだというのです。いやはや。

そういえば、ポープの名前は『自修英文典』で覚えたのだな、なんて、忘れてしまってもいっこうに差し支えないことを思いだしました。「象は忘れない」かどうかは知りませんが、人間というのは、じつにつまらぬことを覚えているものだと、おおいに呆れました。そのくせ、だいじなことは片端から忘れていくのですが、まあ、To err is human, to forgive, devine、人は過ちを犯し、神は許したまう、ですわ。

それにしても、Fools Rush Inのことを改めて調べたのは、こんなことを発見するためではなく、ほかに気になることがあったのですが、そっちのほうは解決にいたりませんでした。一円拾って、一円落とした気分。

◆ シナトラ、1940年 ◆◆
それでは、昨日のつづきで、残りのFools Rush Inを見ていきます。まずは今日の看板に立てたフランク・シナトラ盤。

以前にもご紹介したフランク・シナトラのセッショノグラフィーによると、シナトラはこの曲を6回録音しているようです。うちにあるのはそのうち、1940年のトミー・ドーシー楽団時代のもの(ドラマーはバディー・リッチとなっているが、残念ながら活躍していない)、1947年のコロンビア時代のもの、1960年のキャピトル時代のアルバムNice'n'Easy収録のもの、という3種です。47年盤のアレンジャーはアクスル・ストーダール、60年盤はネルソン・リドルとなっています。

f0147840_19525250.jpgいつもはアレンジやサウンドを問題にするのですが、シナトラのFools Rush Inについては、その点は除外してもオーケイです。40年盤のヴォーカルが抜きんでて素晴らしいからです。声が若いというのは、やはりすごいものだなあ、と感銘を受けました。これは「アメリカを代表する超大物シンガー」の歌ではなく、少女たちを熱狂させたアイドルの歌声です。その意味において、リッキー・ネルソンと同質のものであるといえます。

シナトラもリック・ネルソンも、その姿形が大きな意味をもったのはまちがいありませんが、それでも、シンガーとしては、やはり「声の色気」がなにより重要で、40年盤Fools Rush Inを聴くと、若き日のシナトラは、その「声の色気」をありあまるほど持ち合わせていたことを痛感します。この時代にシナトラのファンになった女性は、生涯、シナトラのファンでありつづけるでしょう。

シナトラの容態が悪化したとき、キャロル・ケイが、毎日メールで様子を知らせてくれました。そんなことをしたのは、もちろん、彼女がナンシーと親しく、そういうことを知りうる立場にあったからですが、それよりもなによりも、少女のころにシナトラにあこがれたからでしょう。ほんのすこししかフランクのトラックでプレイできなかった(たぶんSomething Stupidのみ)けれど、あんなにうれしかったことはない、といっていました。40年盤Fools Rush Inを聴くと、シナトラのことを書くときは少女のようになってしまう彼女の気持ちがよくわかります。

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二歳のナンシー・シナトラと、二十七歳のパパのポートレイト

感傷的な話はともかく、40年盤にはもうひとつ驚くことがあります。音のよさです。もしもブラインド・テストされたら、わたしは10年ぐらい録音時期をまちがえ、1950年前後の録音といってしまったでしょう。

1940年といえば昭和15年、太平洋戦争はまだはじまっていません。そんな大昔にこんなにいい音が残せたものだろうか、と首を傾げてしまうほどです。日本だったら考えられません。わたしがあの時代に生きていて、政策決定に関わる立場にあり、シナトラのFools Rush Inを聴いたら、こんな録音のできる国とはぜったいに戦争をしてはいけない、テクノロジーのレベルがあまりにもちがいすぎる、隠忍自重しよう、と断固主張したことでしょう。

◆ シナトラ、1947年 ◆◆
40年盤のすごさに圧倒されてしまいますが、47年盤だって、かなりいい出来です。もって生まれた魅力と、プロのシンガーとして獲得した技術が、ちょうど五分五分に混じり合った時期、といった雰囲気で、アイドルと大人の中間的な魅力があります。

f0147840_19595852.jpg47年盤には、前付けのヴァースがあります。こんなものがいつつくられたのか不思議で、改めて調べてみたのですが、上述したポープの一件にぶつかって驚いただけで終わってしまいました。シナトラの最初のヴァージョンにはありませんし、同じ1940年のグレン・ミラー盤にも、前付けヴァースなんかありません。どうも、あとからくっつけたものに感じるのですが、たんなる勘で、根拠はありません。いちおう、どんなものか見てみましょう。

Romance is a game for fools, I used to say
A game I thought I'd never play
Romance is a game for fools, I said and grinned
Then you passed by and here am I throwing caution to the wind

「ロマンスなんて愚か者のゲームさ、と以前はよくいったものだ、自分がそんなことをするようになるはずがないと思っていた、ロマンスなんて愚か者のゲームさ、とぼくは嗤ったものだ、そこへきみがあらわれ、こうして大胆なことをするはめになってしまったのだ」

throw caution to the windは成句です。「警戒心をぶん投げる」というあたりでしょうか。いやはや、英語お勉強ブログじゃないんですが、不注意、準備不足に足を取られた直後なので、cautionをぶん投げるどころか、しっかり抱きしめちゃっています。

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フランク・シナトラとアボット&コステロ

でも、また警戒心を忘れてエラそうなことをいっちゃいますが、この前付けヴァース、いわずもがなのくどい説明で、ないほうがずっといいと思います。わが家にあるものでは、シナトラの47年ヴァージョンと、ドリス・デイだけがこの前付けをうたっています。民主主義的投票の結果も、出来の悪い4行である、と保証したといっていいでしょう。もとからあったものではないから、バランスが悪いのではないか、という気がしてしかたありません。

しかし、いままた、数回、繰り返し聴いたのですが、このヴァージョンもやっぱりいいですねえ。ちょっと風邪気味だったのか、という雰囲気の軽く鼻にかかった声がじつに魅力的です。

◆ シナトラ、1960年 ◆◆
さて、三つ目の1960年盤。そろそろ凡打が出るころですが、さすがはシナトラ、じっくり聴くと、このヴァージョンもなかなか魅力的です。わたしは、ミドルからアップで、グルーヴに乗って軽快にうたうシナトラのほうが好きなのですが、こういうスロウ・バラッドでも、やはり舌に残るイヤな味がなく、並みのシンガーとはちがうことを痛感します。

f0147840_20124583.jpgアレンジャーはネルソン・リドルで、ところどころ入ってくるホルンの使い方が好ましく感じられます。Sessions with Sinatraには、このころから意識的に間奏をソロにするようになったとあり、このFools Rush Inの60年ヴァージョンでフルートのソロをとっているのは、ハリー・クリーという人だそうです。

ついでに、同じところに書いてあるソリストと曲を拾うと、NeverthelessとThat Old Feelingでテナーサックス・ソロをやったのはプラズ・ジョンソン(やっぱりやっていたのね!)、Try a Little TendernessとMam'selleでヴァイオリン・ソロをやっているのはフィーリクス・スラトキンだそうです。

Fools Rush Inは、今日で完結のつもりでいたのですが、まだまだヴァージョンはたくさんあるし、頭がボンヤリしてきたので、今日はシナトラの3ヴァージョンだけで切り上げさせていただきます。さらにもう一回、ひょっとしたらもう二回、お付き合いをいただけたらと思います。引っぱっちゃってすみません。
by songsf4s | 2008-04-02 23:36 | 愚者の船