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Cherry Pink and Apple Blossom White その2 by Perez Prado & His Orchestra
タイトル
Cherry Pink and Apple Blossom White
アーティスト
Perez Prado & His Orchestra
ライター
Louiguy (aka Louis Guglielmi), Mack David (English lyrics)
収録アルバム
Mondo Mambo!
リリース年
1955年
他のヴァージョン
The 50 Guitars of Tommy Garret, the Ventures, Chet Atkins, Billy May with Les Baxter, Eddie Calvert, Jerry Murad, Stanley Black, Michel Legrand, the Fabulous Thunderbirds, the Atlantics, Pat Boone
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一昨日、近所を歩いてみたら、日当たりのいい海岸通りの桜並木はすでに満開寸前で驚きましたが、今日はもう、引っ込んだところの桜もかなりのところまで咲いていました。当地では、三月は暖かい日が少なく、今年はすこし遅めになると思いこんでいたので、ビックリ仰天です。

Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのもういっぽうの片割れである、林檎の花というのは現物を見た記憶がなく、いつ咲くのかと思いましたが、桜よりだいぶあとで、四月の終わりか五月のようです。梅、桜、桃、林檎の順ということになります。

ということは、日本では、この両方がいっしょに咲くことは稀でしょう。八重桜は四月中旬ぐらいになるので、関東で桜と林檎がいっしょに咲く可能性があるとしたら、染井吉野ではなく、八重が遅れたケースになりそうです。しかし、北のほうに行けば、染井吉野と林檎が同時に咲く場所があるのかもしれません。青森あたりではどうなのでしょうかね。

ところで、昨夜遅く、北の地から便りがあって、この曲のフランス語タイトルに出てくるpommierは、林檎ではなく、正確には「林檎の木」なのだと教えていただきました。フランス語では、-ierの接尾辞は、しばしば実の生る木を示すのだそうです。でも、マロニエはマロンの生る木のことではない、というところがややこしいのですが、どこの言葉にもそういうややこしさは付きものです。はじめて東京に出てきたとき、「生そば」を「なまそば」といって笑われ、じゃあというので、「生ビール」を「きびーる」いったら、また笑われたと書いていた作家がいましたっけ。

◆ ペレス・プラード ◆◆
それでは各ヴァージョンの検討のつづきにとりかかります。今日は、ほかのものをもってくるわけにもいかないので、ペレス・プラードを看板に立てました。You Tubeにペレス・プラードの映像がいくつかあるので、お持ちでない方もライヴ・ヴァージョンを聴くことができます。

f0147840_2347087.jpg今回、久しぶりに聴いたら、やはり冒頭で尻がむずむずするので、きちんとカウントしてみました。合っていることは合っているようなのですが、どこかズレているというか、こちらのタイム感やノリとはちがうようで、どうもすっきりしません。

考えられる原因は、冒頭が3連に聞こえてしまうということです。じっさいには、シンコペートしてひとつ飛ばした8分音符の5連打、すなわち、冒頭の8分休符と合わせて、ここまでが4分音符3つ分、これにプラスすることの4分音符1打、というプレイなのです(間違いがないように、メモに音符を並べて勘定してしまった!)。これはRock'n'Roll Musicの冒頭と同じです。あれも3連に聞こえてしまいますが、じっさいにはシンコペートした8分の連打です(ということは、チャック・ベリーはCherry Pink and Apple Blossomeを参照してあの曲のイントロをつくったという仮定を示唆している)。

3連のつもりで聴いてしまうと、それでテンポを設定してしまうので、無意識のカウントがズレて、全体が入ってくるところで、その矛盾が顕在化する、そのために、テンポが狂ったように錯覚するのではないか、ということです。

しかしですな、ライヴだと、冒頭の小節のテンポのまま、すっと入っているように聞こえます。考えられるのは、スタジオ録音では、コンダクター以下、全員も目くらましをくらい、微妙にテンポを落としてしまったことに気づかなかったのではないか、ということです。

感覚を狂わせる材料には事欠きません。すなわち、1)冒頭の8分連打の最初の音はシンコペートしていて、小節の頭ではない、2)つぎのトランペットのソロ部分冒頭もシンコペートしていて小節の頭ではない、3)全体が入ってくるまで、小節の切れ目がどこにあるか判明せず、リスナーはその間ずっと判断保留の状態にサスペンドされ、なおかつ、4)トランペッターは意図的にタイムを伸び縮みさせているのです。でも、以上はすべてわたしの妄想のしからしむるところにすぎず、みなさんはべつの意見をお持ちかもしれません。

f0147840_2350423.jpgひとつだけはっきりしていることがあります。他のヴァージョンの冒頭では、カウントしながら、こんなに行きつ戻りつして悩んだりはしないのだから、こちらの感覚とズレのないプレイをしていることになります。ペレス・プラード盤には、やはりなにか魔物が隠れているにちがいないのです。

些細なことに拘泥しすぎているように思われるかもしれませんが、わたしの考えでは、ペレス・プラード盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteが、録音から半世紀以上たった現在も、依然としてその魅力を失わないのは、この非西欧的時間感覚のせいにちがいないないのです。

ヒットした当時は、裏拍を強調するノリも新鮮だったでしょうが、いまの感覚でいうと、それよりも、必要なら自在に時間を伸び縮みさせることのほうが、はるかに大きな特長といえるのではないでしょうか。

結局、どこかで辻褄が合えばそれでいいんだ、というラテン的どんぶり勘定タイムを、ロックンロール小僧的な、キャッシュ・レジスター式タイム感で測量してはいけないということでしょう。1円、2円の勘定が合わないのがなんだ、てなもんです。

◆ 便乗組 ◆◆
ペレス・プラード盤の10週にわたるトップの維持もすごいものですが、もうひとつ、そのモンスターぶりを裏づけるのが、直後に、イギリスではべつのヴァージョンも大ヒットしたことです。それがエディー・カルヴァート盤です。

f0147840_23535362.jpg国がちがうので競作とはいいにくいのですが、追随作、あやかり作、模倣作であることはまちがいありません。だって、聴けばわかりますが、アレンジ自体はなにもいじっていなくて、ほとんどストレート・カヴァーなんです。

その時代にはなにか意味があったのかもしれないし、エディー・カルヴァートはバスに飛び乗っただけで稼いだのだから笑いが止まらなかったでしょうが、いまになると、「偽物も出まわるほどの騒ぎかな」を証明するスーヴェニアの意味しかなく、音楽的には無価値なコピー商品にすぎません。これがバッグだったら摘発されていたでしょう。音楽だからゆるされただけです。

どうも、イギリス人の趣味というのはわからんな、と思ったのですが、よく考えると、日本でもこの種のコピー商品がつくられたにちがいなく、よその国の幼稚さをあげつらう立場にはないことに気づきました。

ジョエル・ウィットバーンの本によると、55年にはさらにアラン・デイルという人のヴァージョンもヒットしてますが、これはうちにはありません。

f0147840_23554166.jpgさらに1961年にも、トップ40には届きませんでしたが、もう一度ヒットしています。こんどはジェリー・ムーラッドという人のハーモニカ・インストです。

これもオムニバス盤に入っていただけで、背景に関する知識はなく、ただそこにある音がどう聞こえるかというだけなのですが、うーん、どうでしょうねえ。こういうのをお好きな人がいるから、マイナー・ヒットしたのでしょうが、わたしにはそれほど面白くは感じられません。ハーモニカのリードと、スタンダップ・ベースおよびアコーディオンによる伴奏というシンプルなもので、しかも、ハーモニカとアコーディオンというのは音質が似ているので、対比の面白味がなく、平板に感じます。

◆ スター・バンドリーダーの共演 ◆◆
ビリー・メイとレス・バクスターの共演盤というのが、Ultra Loungeシリーズの第17集、Bongolandという、ボンゴをフィーチャーしたトラックを集めた盤に入っています。いったいどういう経緯でこういう企画が生まれたのか、そもそも、どういう「共演」なのかもわかりません。ビリー・メイがアレンジし、レス・バクスターがコンダクトした、というあたりでしょうかね。まあ、そのへんは会社やアーティストの商売の都合もあるのだろうから、深く考えずにおきます。

f0147840_011133.jpgで、出来はどうかというと、これはこれで面白いと感じます。いきなり弦のピジカートというのが、おや、と思わせますし、いざヴァースに入ると、リード楽器はなんとマンドリンなのだから人を食っています(後半はストリングスがリード)。ドン・コスタのNever on Sundayの雰囲気を応用してみたというところでしょうか。ま、あれはマンドリンではないようですが。あとのほうにいくにしたがって、ストリング・アレンジメントがいよいよ不思議なものになっていくのも、なかなか楽しめますし、むやみにヴァイオリンにスライドをさせるのも、思わずニヤニヤしてしまいます。

ハリウッドというのは、腕のいいパーカショニストがそろっている土地なのですが(ゲーリー・コールマン、ジーン・エステス、ジュリアス・ウェクター、ミルト・ホランドというぐあいに、資料を見なくてもすぐにぞろぞろ名前が出てくるほど多数いる)、ビリー・メイ=レス・バクスター盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteのパーカッション部隊もすばらしく、その面ではペレス・プラード盤より上ではないかとさえ思います。

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ただ、これはビリー・メイ=レス・バクスター盤にかぎったことではないのですが、ペレス・プラード盤に見られる、「裏拍革命」とでもいうようなエグいグルーヴはありません。パーカッションが活躍しているにもかかわらず、ビリー・メイ=レス・バクスター盤は、あくまでも白っぽいグルーヴ、北米的グルーヴなのです。

◆ ヨーロッパもの2種 ◆◆
f0147840_0222466.jpg今回は、クモの巣を這いまわってもフランスでのオリジナルを発見できなかったのですが、かわりにミシェル・ルグランのものを聴けました。ただし、ルグランは、映画の仕事のせいか、アメリカで録音していますし、このCherry Pink and Apple Blossom Whiteは、イギリス録音なのだそうです。演奏はThe London Studio Orchestraとクレジットされています。名前のとおり、レギュラー・オーケストラではなく、スタジオ・プレイヤーなのでしょう。

前半のリード楽器はトランペットで、プレイも基本的にはペレス・プラード盤のビリー・リージスのラインをなぞっています。しかし、ペレス・プラード盤に似ているのはそこまで。バッキングはシンフォニックなのです。ミシェル・ルグラン盤の賞味のしどころは、そのシンフォニックなところということになりますが、好みは分かれるでしょう。わたしは悪くないと感じました。でも、すごくはありませんねえ、やっぱり。

f0147840_0225280.jpgもうひとつイギリスもの、スタンリー・ブラックのヴァージョンもあります。スタンリー・ブラックのピアノ以外には、スタンダップ・ベース、スラップスティック、カウベル、ティンバレスなどのパーカッションという編成で、ペレス・プラード盤のホットな味の対極にある、クール・ラテンで、これはこれで好ましいと感じます。パーカッション部隊はかなりの腕で、イギリスもナメてはいかん、と思いました。テンポ・チェンジを繰り返すアレンジなのですが、つながりの悪い不自然なところはありません。

◆ ウッと威され、ウッと詰まる客かな ◆◆
マンボといえば、あの「ウッ」という掛け声でしょう。You Tubeでペレス・プラードのライヴ映像を見て、「ウッ」のところで、こちらも、ウッと詰まってしまいました。客に背を向け、バンドに向かってコンダクトしているペレス・プラードが、そこだけ、半分客のほうを振り返り、片手で口を囲って半メガフォンをつくって、わざわざ「ウッ」とやるのです。そうやっていたのかよ、と呆れちゃいました。なんだか、痰でも吐いているみたいで……。

f0147840_027288.jpgいや、そういうことじゃなくて、どうもわざとらしくて、居心地が悪いのです。音だけ聴いていると、だれかパーカッション・プレイヤーあたりが、プレイのついでに、ノリで掛け声をかけているのかと思っていました。カウベルかなんかを叩きながら「ウッ」とやるほうが自然じゃないでしょうか。

それで思いだしたのは、スマイリー小原が、ほとんど客のほうを向いて、「背中で」コンダクトしていたことです。もちろん、実際問題としては、右手の「裏」でコンダクトしていたのですが、コンダクターの役割のなかには、プレイヤーたちの様子を観察ないしは監視することもあるわけで、そこは放棄するのだから、やっぱり「背中でコンダクト」なのです。ラテン・ビッグバンドのリーダーとしては、客に背中を見せるのが居心地悪く、彼はあの独特の妥協的スタイルと、あの不思議な笑顔を生みだしていったのではないかという気がします。

◆ 場違いな、あまりにも場違いな ◆◆
エンディングになだれ込もうと思ったら、スピーカーからパット・ブーンの声が聞こえてきて、いかん、すっかり忘れていた、とあわてました。

でも、みなさんのうちに、この曲にヴォーカル・ヴァージョンがあることをご存知の方がどれだけいらっしゃるでしょうかね。かくいうわたしは、つい最近まで知りませんでした。ラジオで歌ものを聴いた記憶はまったくありません。

f0147840_028367.jpgこれだけインスト曲として有名になってしまうと、ヴォーカル・ヴァージョンはマヌケな冗談みたいなものです。「シャレだよ、ただのシャレだってば」と言い訳されているみたいで、まじめに聴く体勢にはどうしたってなりません。たとえばですね、Walk Don't Runのヴォーカル・ヴァージョンなんてものがあったらどうです? そういう感じなんですよ、パット・ブーンのCherry Pink and Apple Blossom Whiteは。

突然、関係ないことを思いだしました。Telstarのヴォーカル・ヴァージョンというのを聴いたことがありますか? ちゃんと実在するんですよ。いやもう、珍というか奇というか、イマ・スマックがスペース・アウトしちゃったみたいな代物です。怖いもの見たさで一度聴く価値はあると思います。クモの巣のどこかに転がっているはずです。

閑話休題。パット・ブーンのファンなどではありませんが、この曲の出来がとくにきわだって悪いとは思いません(彼のLong Tall Sallyは噴飯ものですが)。ただただ、こちらの頭の回路がインストに固定されてしまっているので、どうしても奇妙に聞こえてしまうのです。うーん、でも、歌が出てきた瞬間、すーっと力が抜けて、生きる気力を失っちゃいますねえ。この場違いなマヌケぶりはどういうことなのでしょう。わたしにはよくわかりません。

◆ ギター曲としてのCherry Pink ◆◆
ペレス・プラードのサウンドが、すくなくとも1955年のアメリカ人リスナーの耳には革命的に聞こえたであろうことは、いまでも容易に想像がつきます。それほどよくできたヴァージョンです。当時の日本人も、このサウンドのエキゾティズムの虜になったことが、いろいろな手がかりでわかります。いまでも、ペレス・プラード盤Cherry Pink and Apple Blossom Whiteの魅力は色褪せていません。

と断っておいたうえでいうのですが、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、ギター曲として非常によくできていると思います。弾いていて楽しいし、前回のギターもの棚卸しでふれたように、さまざまなアレンジを施せる適応力がこの曲には内在しているのです。

ペレス・プラードの方向では、ペレス・プラード盤を凌駕するものはありませんが、ギターものは話がちがいます。50ギターズもすばらしいし、ビリー・ストレンジの技を楽しめるヴェンチャーズ盤も楽しいし、チェット・アトキンズ盤も捨てがたい味があります。これだけギター曲としてよくできているとなると、わたしの知らないギターものCherry Pink and Apple Blossom Whiteがまだほかにもあるかもしれず、それなら、ぜひ聴いてみたいものと思います。

◆ 夜明け前 ◆◆
ところで、ペレス・プラードの知ったことではないのですが、この曲は歴史的に面白い時期に登場しました。ペレス・プラードがCherry Pink and Apple Blossom Whiteをマンボにアレンジして、最初に録音したのは1951年のことだそうです。しかし、ヒットしたのはそのヴァージョンではなく、1955年の映画Underwaterのための再録音ヴァージョンで、現在、広く出まわっているのはこちらのほうです。

55年ヴァージョンは10週にわたってビルボード・チャートのトップにありました。そして、最終的にこの曲をトップから叩き落としたのが、ビル・ヘイリーのRock Around the Clockでした。つまり、Cherry Pink and Apple Blossom Whiteは、「プリ・ロック・エラ」の最後のナンバーワン・ヒットだったわけで、このつぎの曲からは、歴史のカレンダーがめくれてしまうのです。

もちろん、正反対の立場を取る方々もたくさんいらっしゃるでしょうが、わたしの観点では、1950年代前半は、40年代までのスウィングのグルーヴを失った、やわらかくて甘いものばかりの歯ごたえのない堕落時代、中心軸とコヒーレンスのない「失われた週末」です。ペレス・プラードがアメリカ音楽の惰弱ぶりに強烈なビンタを食らわせ、目が覚めたアメリカは、ビル・ヘイリーのグルーヴを受け容れたのだ、というように読めます。

チャートを見ていて、そうか、ここではじめて、おれが音楽にのめり込む前提が準備されたのだな、なんて思い、なんだか、ペレス・プラードに握手したくなりました。
by songsf4s | 2008-03-28 23:55 | 春の歌