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The Waters of March (Aguas de Marco) その2 by Antonio Carlos Jobim & Elis Regina
タイトル
The Waters of March (Aguas de marco)
アーティスト
Antonio Carlos Jobim & Elis Regina
ライター
Antonio Carlos Jobim
収録アルバム
Elis & Tom
リリース年
1974年
他のヴァージョン
Sergio Mendes & Brazil 77, Jongo Trio
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一回で書き終わらず、「明日以降に持ち越し」といって、「明日」以外の日になってしまったことはいままでにないのですが、いやもう、ジョビンの曲はやっかいで、コードを弾いているうちに昨日はおしまいとなり、手の痛みが残っただけでした。

今日もまだコードを弾いているのですが、もういいや、です。なんせ、長時間ギターを弾くなど、何年もしていないことで、指先は軟弱だし、押さえ馴れない形のコードがあって、強くネックを握るものだから(まるでビギナー!)、親指の第一関節と付け根まで痛みだし、ギヴアップしました。

ということで、かなり腰が引けているのですが、Tonieさんからは、泥沼にはまったので、特集再開にはもうすこし時間がかかりそうだというメールがきて、タッチに逃げることもできず、ええい、ままよ、文字を書いているうちになにか思いつくだろう、てな仕儀に相成り候。

◆ 裏の裏は表か ◆◆
いつごろのことか記憶があいまいなのですが、中学の終わりか高校のはじめに、『黒いオルフェ』という映画がリヴァイヴァル公開され、たしか、新宿のアートシアターまで出かけました(これが口火になって、長いアートシアター通いがはじまった。わたしの年代で、『エロス+虐殺』あたりから、ATGの一連の「一千万円映画」を軒並み見た人間はそうはたくさんいないと思う)。

f0147840_23341287.jpg映画そのものはチンプンカンプンだったのですが、音楽には驚きました。『黒いオルフェ』の音楽に使われているリズム構造は、ロックンロール・クレイジーにはまったくのナンジャモンジャで、どこがどうなっているために、すごく異質だと感じるのか、その理由さえ明白にはわからないまま映画館を出ました。これがポリリズムと呼ばれるということはすぐにわかったのですが、グルーヴというのは、そういう問題ではないのはご承知のとおり。躰で感得できるか否かにかかっているのです。

近々取り上げるつもりなので、あまり深入りするわけにはいかないのですが、15年ほど前、遅まきながらペレス・プラードをはじめて買ったときも、ビックリしました。ふつう、ストップ・タイムのときは、カウントすることによって、「戻り」のタイミングをつかむはずですが、ペレス・プラードの音楽は、カウントでは対応できないようなのです。ということは、コンダクターを見ているということになりますが(スマイリー小原のことを思いだした!)、それにしても、独特のタイミングで戻っていて、なんだよ、これは、どうなっているんだ、と思いました。

f0147840_2339695.jpgどんな場面でも裏拍でタイミングをとっているから、西洋音楽に馴れた耳にはわかりにくいのではないないでしょうか。ロックンロールはダウンビート、オフビートの音楽ですが、それは「小節の頭」という基準点が明白にあることを前提としての、「オフ」であり「ダウン」です。それに対して、南米音楽の一部は「小節の頭という概念のない」、いや、すくなくとも「小節の起点をあまり意識しない」グルーヴに立脚しているのではないかと感じます。

ジャズの特長はシンコペーションだということになっていますが、アメリカ音楽のシンコペーションというのは、「シンコペートしない音楽」というものが先に大前提としてあり、あくまでもそれに対して「シンコペートする」といっているのであり、大きく見れば、伝統的な西洋音楽の文脈のなかにあります。

それに対して、マンボやサンバは、はじめから裏拍が基礎にあると感じます。それに相当する言葉があるのかどうか知りませんが、マンボやサンバの観点に立てば、わざわざ名づけて、「通常の音楽」と区別するべきは「シンコペートしない音楽」のほうではないでしょうか。われわれが「裏拍」といっているものが「表」になった、裏返しの世界に感じます。

◆ コードによるメビウスの環 ◆◆
The Waters of Marchは、すでにサンバではなく、ボサノヴァ、それも70年代のものですから、リズミックな構造がチンプンカンプンということはありません。それでも、やはり、あちこちに異質なところがあって、北米の音楽とはずいぶん感覚的な隔たりがあると感じます。

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ジョビンの自筆譜面というのを見ると、音がはじまる前に、「あれ?」と思います。2/4と書いてあるのです。4/4でいいはずなのに、どうして2/4にするのか、このへんはよくわかりません。The Man from Ipanemaという編集盤のライナーを読むと、ブラジルでは2/4で書くのがふつうで、ジョビンの音楽がアメリカに移入されたとき、楽曲出版社は4/4に書き直して版行したそうです。つまり、理屈とか必然性の問題ではなく、「文化の問題」「感覚の問題」なのではないでしょうか。ボサノヴァ以前のサンバのリズム構造は、2/4のほうが感覚的に合っていたという、歴史からくるものもあるのでしょう。

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上はオリジナル草稿らしい。下は冒頭部分を拡大して、コントラストを調整した。やはり2/4となっている。

それだけでなく、ジョビン=レジーナ盤の場合、イントロを聴いただけでは、どこが小節の頭なのかわからず、当然、小節を切ることは、わたしにはできません。歌が入ってしばらくすると、ああ、そうか、となるのです。

ハーモニックな構造も興味深いものです。比較的少ないコードしか使っていませんが、なるほどねえ、と感心します。自分でとっていては時間がかかると思い、タブ・サイトを見てみたのですが、意見は四分五裂という感じです。それも無理ないことで、たとえば、冒頭をBb7-Gm6としているところがあるのですが、Gm6は、C7で置き換えることも可能です。これがC7的ではなく、Gm6的に響くのは、ベースがAbではじまり(コードはBb7だから、セヴンスの音ではじめているだけ、といえるが、感覚的にはかなり不安定)、半音下のGに降りてくるからにすぎません。そもそも、じっさいの音はあまりマイナー的な響きではありません。

こういう調子で、あるコードをメイジャー・セヴンスと見るか、マイナーないしはマイナー・セヴンスにテンションのついたヴァリエーションと見るか、というちがいで、極論すれば、コードはどうとでも書けてしまうのです。この曲の場合、つまるところ、そのコードを成立させているポイントは、ギターよりもベースのほうにあるといっていいくらいです。つまり、分散和音的なのだということです。

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没後にリリースされたアントニオ・カルロス・ジョビンのアンソロジー、The Man from Ipanema。スパイラル・ノートというか、写真アルバムのような形式になっている。

じっさい、ジョビン=レジーナ盤も、セルジオ・メンデス盤も、ともにベース・ラインを半音ずつ下降させています。ベースがこれ以外のラインを弾くと、和声構造が崩れてしまうからでしょう。これがほかの曲でもしばしば適用できるのなら、ボサノヴァのベースはやりたくないものだと思います。決められたとおりに弾くしかない、ということですから。

どこかできっちりと「解決」することなく、『ドグラ・マグラ』のように、いつのまにか元にもどって、またぐるぐると同じところを廻る感覚の根源は、コード進行だろうと思ったのですが、どこがどうだからそうなってしまうのだ、という明白な答えは出せませんでした。タブ・サイトでもご覧になり、ご自分で検討なさってください、というしかありません。いやもう、二日間、脂汗を流しました!

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The Man from Ipanemaを開いた内側(上)。3枚のCDが、それぞれ色の異なる切り紙細工のようなものに収まっている。中と下はディスクを引っ張り出したところ。凝ったデザインはありがたいが、出し入れには往生したので、圧縮してホッとした。

◆ トム・ジョビンか、セルジオ・メンデスか ◆◆
わが家にあるThe Waters of Marchは、アントニオ・カルロス・ジョビンとエリス・レジーナによるもの、そして、セルジオ・メンデス&ブラジル77による2種類のみで、補足として、ウェブでJongo Trioというグループのものを聴いてみましたが、これは面白くありませんでした。

f0147840_061895.jpgジョビンとメンデスのどちらがいいというほど、出来不出来の差はありません。ジョビン=レジーナ盤のほうが地味な仕上がりで、ブラジル音楽の好きな方はこちらを好むのではないかと思います。セルジオ・メンデスはアメリカ市場向けにつくっているので、ポップ・ファンにはこのほうが明快で、聴きやすいでしょう。わたしの好みは、僅差でセルジオ・メンデスです。キック・ドラムによる明快なビートがあることと、ヴォーカルがニュートラルな点が好みです。

ジョビンのThe Man from Ipanemaという3枚組編集盤をもっているのですが、ヴォーカル入りディスクは買ったときに聴いただけで、インストゥルメンタルのみのディスク2しか聴いていません。ブラジル音楽はヴォーカルがないほうがずっと好きですし(いや、ほかのタイプでも、インストのほうを好むのですが)、ヴォーカルがあっても、ないも同然の薄くて軽いものか、楽器に近い扱いのニュートラルなもののほうが気持ちよく感じます。そういう偏向した好みだというだけのことで、べつにジョビン=レジーナ盤の出来がよくないわけではありません。

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セルジオ・メンデス・ボックス。日本語ライナーでは、The Waters of Marchが「三月の雨」という邦題になっている。英語のwatersからは「雨」という訳語は考えられないが、ポルトガル語のaguasには雨の意味があるのだろうか?

by songsf4s | 2008-03-08 23:54 | 春の歌