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It Might As Well Be Spring その1 by Joanie Sommers
タイトル
It Might As Well Be Spring
アーティスト
Joanie Sommers
ライター
Oscar Hammerstein II, Richard Rodgers
収録アルバム
Positively the Most!
リリース年
1959年
他のヴァージョン
Percy Faith & His Orchestra, Billy Eckstine, Blossom Dearie, Dick Haymes, Margaret Whiting, Doris Day, Johnny Mathis, Joni James, Julie Andrews, Sylvia Telles, Cheryl Bentyne, Django Reinhardt, Louanne Hogan, Anita Gordon, the Singers Unlimited, Frank Sinatra, George Shearing, Connie Francis
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ゲストライターのTonieさんによる「日本の雪の歌」特集は依然継続中なのですが、本日も代打の代打で、レギュラープログラムをお送りします。アクセス数から見て、Tonieさんの記事を楽しみされている方がたくさんいらっしゃるのはわかっているのですが、もう数日、猶予をいただきたいと思います。

二月ももう終わろうとしているので、三月になる前に取り上げておいたほうがいい曲を取り急ぎ見ておこうということで、久しぶりにスタンダードの登場です。

タイトルにスプリングとあるので、春の歌と思われるかもしれませんが、歌詞のなかの「現在」は春以外の季節です。タイトルが示唆しているとおり、「春のことをうたった曲」ではあるのですが、厳密にいえば「春の歌」ではないのです。

◆ スプリング・フィーヴァー ◆◆
それではファースト・ヴァース。各ヴァージョンによって多少の異同がありますが、ここではジョニー・マティス盤を参照します。

I'm as restless as a willow in a windstorm
I'm as jumpy as puppet on a string
I'd say that I had spring fever
But I know it isn't spring

「暴風にゆれる柳のように落ち着きがなく、糸に操られる人形のように飛び跳ねる、春愁を患ったといいたいけれど、でもいまは春ではない」

まだだれを看板に立てるか決めずに書いていますが、女言葉はイヤなので、男言葉にしておきます(じっさいには、女性シンガーのだれかを看板に立てることになるでしょうが)。一人称もイヤなので、すべて省略しました。

問題はspring feverです。リーダーズ英和辞典では「春愁」という訳語が当てられています。日本語の「春愁」は、広辞苑によれば「1 春の日に、なんとなく気がふさいで、ものうくなること。また、その思い。《季・春》2 青春期に特有な感傷的な気持」とあります。しかし、spring feverは、かならずしも「うれい」を指すわけではなく、浮き立つような気分のことをいうようです。ものの本に以下のような一節があります。「デュオニーソス祭」「フローラ祭」「バッコス祭」「五月祭」などの春の祭に関する記述のあとに出てくる部分です。

f0147840_0311995.jpg「こうした昔の熱狂は、『スプリング・フィーヴァー』という、春になるとおおぜいの人がかかるといわれている病気のしわざかもしれません。現代の研究者によると、エネルギーと生産性の高まり、これといって理由のない上機嫌、不意に歌いだしたくなる衝動などというのは、春になって日が伸びるせいで起こるようです。どの季節よりも春に妊娠する女性が多いのは、人間も他の大部分の哺乳類とおなじように、日が伸びはじめ、食物も豊富になっていく、この季節にしか身ごもらなかった時代のなごりかもしれません」(ジェリー・デニス『カエルや魚が降ってくる 気象と自然の博物誌』新潮社)

だとするなら、「うれい」など無関係で、「春愁」という訳語はspring feverにはふさわしくないといえるでしょう。そもそも、この「春愁」という言葉自体、われわれがつくりだした観念ですらなく、中国からの直輸入ものである可能性もあります。つまるところ、ぶらぶら病のようなもので、「病気」といえるかどうかすらも微妙なのだから、まあ、なんだっていいか、とも思うのですがね。

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"Spring Fever" by Terry Redlin

◆ 飛び跳ね、泉湧く春 ◆◆
セカンド・ヴァース。

I am starry eyed and vaguely discontented
Like a nightingale without a song to sing
Oh why should I have spring fever
When it isn't even spring

「夢見るような気分だけれど、ちょっと不満でもある、まるでうたう歌のないナイティンゲイルのようだ、いったいなんだって春愁を患わなければならないのだ、春でもないのに」

うまいな、と思うのは、最初のラインです。たんに浮かれているだけでなく、同時にわずかながら欲求不満も感じている、といっているわけで、ここでやっと「春愁」らしくなります。

前出の『カエルと魚が降ってくる』に、springという言葉の起源が書かれています。

春(spring)ということばそのものが古代に起源があり、古英語〔一三世紀なかごろ以前の古い英語〕の文献でも、「水流の源」と「跳びはねる動作」というふたつの意味で使われています。一三九八年の印刷物でもspringtimeということばは、「世界が飛び起き、新しい生命が大地から飛び出す季節」という意味で使われています。のちになって、「葉が芽吹く季節」という意味での用法があらわれ、やがてspringと短縮されるようになりました。

「バネ」という意味のspringも、「泉」という意味のspringも、「春」のspringと同根だということです。この曲には、そういう語源も意識したと思われる描写があちこちにあります。

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ナイティンゲイルは代表的な鳴鳥で、春告げ鳥でもある。「愛の鳥としてこの鳥との出会いが吉兆とされる一方、民間信仰では〈墓場鳥〉と称されて、死と結びつけられている」と百科事典にある。

以下はブリッジ。

I keep wishing I were someone else
Walking down a strange new street
And hearing words that I've never heard
From a girl I've yet to meet

「だれかべつの人間になれたらいいのにと思う、見知らぬ通りを歩き、まだ会ったこともない女の子から、聞いたことのない言葉を聞くべつの人間に」

これまでとはちがうコンテクストになっているという意味で、ブリッジたる要件を満たしてはいますが、わたしには、ここはなんのことかわかりません。字句の意味はとれても、どういう目的で配されたものなのか、受け取りかねるのです。

◆ クモとロビン ◆◆
サード・ヴァース。

I'm as busy as a spider spinning daydreams
I'm as giddy as a baby on a swing
I haven't seen a crocus or a rosebud
Or a robin on the wing

「白昼夢を紡ぐクモのように忙しい、ブランコに乗った赤ん坊のように浮き浮きしている、クロッカスやバラの蕾やロビンが飛ぶのを見たわけでもないのに」

われわれの文化では、クモをポジティヴなことの象徴とすることはめったにないと思いますが、西欧文化ではどうなのでしょうか。すこし長いのですが、「世界大百科」の「クモ」の項から、「ヨーロッパのクモ伝承」という部分の全文を以下に引用します。

f0147840_23523024.jpg現在の動物学で蛛形動物をアラクニダ Arachnida と呼ぶが、これは、ギリシア神話の技芸の女神アテナと機織り競争をし、女神の怒りにふれてクモに変えられたアラクネに由来する。クモはほぼ世界的に神意を啓示する動物と考えられ、古代ローマでは天候や環境の変化を知らせると信じられた。またキリスト教の伝説によれば、聖家族のエジプトへの逃避行中、ある洞窟に身を隠したときにクモが入口に巣を張り、追手の目を逃れることができたという。イギリスをはじめヨーロッパではクモを繁栄の印としてたいせつにし、とりわけ赤い小型の種を〈銭グモ money spider〉と称して経済的繁栄の吉兆とする。北ヨーロッパでは縁結びをする動物と信じられ、北欧神話の愛の女神フレイヤに関係づけられる。アイルランドではクモが巣を張らないとの迷信は、同島の守護聖人パトリックが蛇とヒキガエルとクモを敵視したという故事に由来する。

ところ変われば、考え方、感じ方もずいぶんと変わるようで、どうやら、ヨーロッパにおけるクモは、わが国におけるムカデの位置にあるようです。もう忘れられているかもしれませんが、昔は「お足(金銭)がつく」といって、経済的繁栄の象徴とされ、商家ではムカデを殺しませんでした。それどころか、「百足屋」という屋号もよくあったものです。

しかし、このヴァースにクモが登場するのは、「北ヨーロッパでは縁結びをする動物と信じられ」ということでしょう。いずれにせよ、ここにクモが登場するのも、あながち唐突でもないし、英語の文脈では凶兆でもないことになります。そもそも、われわれはいまこうして、WWW=ワールドワイド・ウェブ、すなわち、世界を覆うクモの巣に乗ってコミュニケートしているのですしね!

ロビンという言葉が指す鳥は、ヨーロッパと北米では種類が異なる(前者はコマドリの仲間、後者はツグミの仲間)そうですが、北米のロビン、redbreastは春告げ鳥のようです。

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◆ メランコリックで陽気な ◆◆
最後のヴァース。

But I feel so gay in a melancholy way
That it might as well be spring
It might as well be spring

「でも、いまは春なのじゃないかという、メランコリーと入り混じった陽気な気分なのだから、春であってもおかしくないだろう」

「病気」の人にはなにをいっても無駄なので、春だと主張するのなら、そりゃやっぱり春なのだろうね、というしかありません。

うまいなあ、と思うのは、so gay in a melancholy wayです。わたしのような凡手にはうまく日本語に移せないのですが、ここもまた、セカンド・ヴァースのdiscontentedと同じように、ただ浮かれた気分だけでなく、物思う愁いが表現されています。まあ、恋をしている人間はみなそうなので、勝手にしろや、ですが。

ということで、It Might As Well Be Springは、すでにタイトルに明示されているように、「春の曲」ではなく、いわば「仮想の春」をうたったものなのでした。

◆ ジョーニー・サマーズとジョニー・マティス ◆◆
これほどたくさんヴァージョンがある曲は久しぶりで、ちょっと困惑します。ジャズ・ヴォーカルの世界というのは、なんとも気が長いというか、呑気というか、間が抜けているというか、十年一日というか、新しい曲はほとんどつくられていないようです。「だれそれビートルズをうたう」といった、無意味で馬鹿馬鹿しいソングブックが山ほどある苦しい台所事情が、いまになってよく理解できるようになりました。

だれもつくってくれなければ、シンガー自身がつくる、というのがポップ/ロックの考え方です。なぜジャズ・シンガーは曲を書かないのか、そこのところはよくわからないのですが、C-F-Gだなんて凡庸進行ではジャズの沽券にかかわる、テンションを山ほどつけた複雑なコードを駆使しないといけない、でも、シンガーにはそんな音楽知識はない、といったあたりでしょうか。ソングライターにしたって、複雑な曲を書くのは面倒でしょうしね(正確にいうと、ジャズのコード進行はわざと複雑にしているのであって、多くの曲は、根本においてはシンプルな和声構造になっているのだから、シンプルな曲を書き、アレンジャーまたはプレイヤーに、それらしくコードに「色」をつけてもらえばいいだけなのだが)。

f0147840_015953.jpg山ほどあるヴァージョンのなかで、まず、二人のシンガーの声のよさが目立ちます。ジョニー・マティスとジョーニー・サマーズ(日本の会社はジョニー・ソマーズなどという呆れ果てた表記しているが、スペルはJoanie Sommers)です。どちらも後年のヒット曲(マティスはたとえばChances Are、サマーズはもちろんJohnny Get Angry)のほうになじんでいるので、It Might As Well Be Springにおける若々しい声はきわめて新鮮です。ジョニー・マティスにいたっては、顔つきまで少年のようで、ヒットを連発し、大物になってからとはまったくの別人です。

ジョーニー・サマーズは1941年2月24日の生まれ、It Might As Well Be Springを収録した彼女のデビュー盤、Positively the Mostがリリースされたのが1959年、十八歳ごろの録音ということになります。じゃあ声が若いのも当然で、先日のSnowbirdのセルフ・カヴァー盤での、アン・マレイの老いさらばえた魔女声の対極にあります。悪声には悪声の魅力がありますが、女性にかぎっていえば、若くて透き通った声のほうが、やはりわたしには数兆倍好ましく感じられます。

いや、女性にかぎった話ではありません。ジョニー・マティスは1935年9月30日生まれ、It Might As Well Be Springを収録したエポニマス・タイトルド・アルバムJohnny Mathisは、1956年、彼が二十一歳のときの、これまたデビュー盤です(マティスはIt Might As Well Be Springを1986年に再録音しているが、わが家にあるのはデビュー盤のほう)。

f0147840_061094.jpgどちらもデビューのときからはっきりと美質を感じますし、二人ともやがて赫々たるキャリアを築くことになるのですが、それを予感させるデビュー盤です。当然、若いにもかかわらず、歌のうまさも感じます。でも、つまるところ、歌のうまさなんてものは吹けば飛ぶような代物で、声の魅力の前には取るに足らない些事であることを、ジョーニー・サマーズとジョニー・マティスのデビュー盤のIt Might As Well Be Springは、またしても証明しています。

むやみにたくさんヴァージョンがあるため、一回では収まりきりませんでした。残りの各ヴァージョンについては、明日に持ち越しとさせていただきます。
by songsf4s | 2008-02-28 23:55 | 春の歌