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The Spy Who Came in from the Cold by Billy Strange
タイトル
The Spy Who Came in from the Cold
アーティスト
Billy Strange
ライター
Sol Kaplan
収録アルバム
Secret Agent File
リリース年
1965年(?)
他のヴァージョン
Hugo Montenegro, Sol Kaplan
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気力体力ともに充実からほど遠く、ちょっと休んでしまいましたが、そのあいだにも、ずいぶんたくさんのお客さんにご来訪いただき、感謝に堪えないと同時に、恐縮しております。

まだ快調ではないので、毎日更新というわけにはいかず、またすぐに「今日はやめておこう」ということになるかもしれませんが、その節には、また休みかと閉じていただくのもけっこう、昔の記事などを開いて、ミスをつまみ出していただいたりするのもまたご一興かと思います。なにしろ、いま確認すると記事数190件となっているので、ミスも山ほどあるにちがいありません。

f0147840_1824571.jpgさて、本日の曲。The Spy Who Came in from the Coldという原題ではわかりにくいかもしれませんが、これは映画『寒い国から帰ってきたスパイ』のテーマです。といっても、そんな映画を見た方も少ないかもしれませんが、ジョン・ル・カレのデビュー作の映画化といえば、どうにか通じるでしょうか。さりながら、かつてはエスピオナージュ小説の書き手としては不動のナンバーワンだったル・カレも、冷戦終結後は、お年を召したこともあり、めだった活躍はなかったようなので、もう忘れられたかなと、ちょっと不安が残りますが。

そもそも、とまた古い話になりますが、小説のほうの『寒い国から帰ってきたスパイ』は、英米での評価が高かったわりには、「ディテールの楽しみ」という長編小説の基本において薄味な作品で、同時期に、やはりエスピオナージュ小説でデビューしたレン・デイトン(『イプクレス・ファイル』)のほうが、作家としての資質、細部の表現ということではずっと上と感じたものです。

f0147840_18265369.jpgル・カレが名実ともに第一級の書き手になったのは、『ドイツの小さな町』『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』あたりからという印象です。それにしたって、もっとスッキリと、わかりやすく書けるだろうに、なんだってこのオッサンはこうもまわりくどいのだ、やっぱり腕が悪いのかもな、とちょっとばかりイライラしました。まあ、『ドイツの小さな町』なんか、300ページにおよぶ朦朧たる官僚主義の靄のなかから、終盤にいたって突然、明晰な思考が出現するところに面白味があったので、あれが3ページ目から明晰だったら、薄手な印象になったかもしれません。

f0147840_18281459.jpgで、なんの話でしたっけ? あ、『寒い国から帰ってきたスパイ』でした。子どものときに見たきりなので、映画の印象はまったく残っていません。マイケル・ケイン主演の『国際諜報局』(「国債重宝曲」と変換した! レン・デイトンの『イプクレス・ファイル』の映画化)あたりとゴチャゴチャになっているというか、ま、早い話が忘れちゃいました。

わたしの記憶力ももうゴミ箱行きの腐敗度ですが、あのころはエスピオナージュ映画がまた、通俗、活劇(昔はアクションもののことをこういったのでありますな)、コメディー、シリアス、あれこれこき混ぜてむやみに多く、しかも、子どもだったわたしは、片端からそういうのを見ちゃったわけでありまして、それから40年以上もたったのだから、なにがなんだかわからなくなっても、無理もないと思うのですが……。

◆ 5度のフラット ◆◆
f0147840_18291930.jpg映画のブームに遅れることウン十年、スパイ・ミュージック・ブームというのもありました。エキゾティカ、ラウンジの道が、一本となりの間道に入ったあたりで流行ったわけですが、このあたりの近さというのはよくわかります。ショーティー・ロジャーズ=ヘンリー・マンシーニ=ラロ・シフリン的な映画テレビ音楽の先駆的作品とでもいうべきものを集めた、ライノのCrime Jazzなんていう2枚シリーズの編集盤も、地続きのお隣さんでした。

スパイ・ミュージックというと、わたしはビーバップとアントニオ・カルロス・ジョビンを連想します。ぜんぜん関係ないだろ、なんていうあなたは、ジャンルというものにとらわれすぎています。Mission Impossible(『スパイ大作戦』)とThe Man from U.N.C.L.E.(『ナポレオン・ソロ』)と具体的に曲をあげればわかるでしょうか? スパイ・ミュージック、ビーバップ、トム・ジョビンをつなぐ糸は、5度のフラット、flatted fifthという、あの不協和音すれすれのテンションなのです。

f0147840_18315429.jpgラロ・シフリン盤Mission Impossibleを例にすると、あの曲のコードは、ピアノとベースのリックに合わせて、G-(Bb-)C-G-F-Gというふうに動かしてもいいのですが、基本的にはG7で、なんなら、そのまま動かなくてもオーケイです。この土台の上にフルートのメロディーが入ってきますが、これがまずG-F#-D、つぎがF-E-Dbです。このとき、コードがなにかという問題はちょっと微妙なのですが、キーのGをベースにすれば、2つめの3音つづきの最後のDbが、Gスケールにおける5度のフラットです。

ふつうに考えると、3音ひとかたまりのうち、二つめの最後は、Dbではなく、Cにしたほうが安定します。しかし、それは3つめの3音ひとかたまりまでとっておき、途中に5度のフラットをはさんで、しかも、それを経過音ではなく、降下してきたメロディーの落ち着き先に使っているのです。落ち着き先といったって、これほど落ち着かない落ち着き先はないわけで、この落ち着きの悪さがあの曲の奇妙な感覚のひとつの源泉になっています(5拍子を使っていることも重要ですが)。

f0147840_18365527.jpgThe Man from U.N.C.L.E.はいろいろなヴァージョンがありますが(作曲はジェリー・ゴールドスミス)、Mission Impossibleにそろえて、キーをGとしてメロディーを書くと、G-D-G-D-Db-D-G-F-G-D-Db-D(最初のGだけ低く、あとはそのオクターヴ上)というのがひとかたまりで、コードが3度上がると、このままメロディーも3度上がります。この曲も、5度のフラット、Dbが使われています。

ここで注意していただきたいのは、両者ともセヴンス・コードの感覚だということです。メロディーのなかにGに対するセヴンスの音、すなわちFが使われています。フラッティッド・フィフスというのは、基本的にはセヴンス・コードのなかで使われるものなのです。

◆ ビーバッパーの和声感覚とトム・ジョビン ◆◆
キャロル・ケイの教則ヴィデオを見ていて驚いたことがあります。彼女はギターでコードを弾きながら、ストレートなコードはダサい、わたしたちはつねに代用コードを使った、といって、「たとえば、G7とDb7は基本的に同じコードで、G7と指定されていれば、Db7を弾きます」と、そのサンプルを弾いてみせました。

f0147840_1839999.jpgこれには面喰らいました。面喰らいっぱなしでは情けないので、いわれたとおり、Db7を押さえ、じっと指をにらんでみました。G7とDb7の構成音のうち、両者に共通するのはFの音、すなわち、Db7における3度、G7におけるセヴンスです。それ以外は赤の他人。でも、キャロル・ケイはフラッティッド・フィフスなんだというので、Db7の5度の音を半音下げてみると、なるほど、Db7の5度のフラットはGで、これでG7とDb7はかなり近いものになりました。

さらによく指をにらんでみると、Db7のルートであるDbは、Gスケールでは5度のフラットにあたることに気づきます。5度の音をフラットさせてみると、たしかに「G7とDb7は基本的に同じコード」なのです。笑ってしまうのは、彼女はこの考え方を、ジャン&ディーンの退屈な3コードの曲に適用したということなのですが、それはまたべつの話。

ここで肝心なのは、ビーバッパーの和声感覚では、セヴンス・コードの場合、5度のフラットはごく当たり前に入りこんでくるテンションだということです。わたしは、これがスパイ・ミュージックの背景にあると考えています。

f0147840_1841973.jpg5度のフラットといえば、ボサ・ノヴァです。トム・ジョビンの曲には、5度のフラットを使ったものがたくさんあります。この音が、あのフワフワした浮遊感の源泉なのです。ジョビンはどこでこの手法を思いついたか。もうその答えは書きました。ビーバップです。もっと細かいことまでわかっています。ジュリー・ロンドンのアルバム、Julie Is Her Nameでのバーニー・ケッセルのギター・プレイが、トム・ジョビンのインスピレーションの源泉でした。いうまでもなく、バーニー・ケッセルもビーバッパーです。

一度は放棄されたビーバップの特徴的サウンドである5度のフラットが、60年代にボサ・ノヴァとなってアメリカに戻り、ブームを巻き起こしたのは、たぶん、プレイヤーたちの観点からいうと、「知っている音楽」だったからでしょう。50年代から60年代にかけてのハリウッドのスタジオ・プレイヤーのうち、ジャズ出身の人たちは、みなビーバップ世代だったのです。たとえば、アール・パーマー、キャロル・ケイ、トミー・テデスコはビーバッパーでした。

でもって、そこから、スパイ・ミュージックへとつながる隠れた糸を白日のもとに提示できれば、われながらたいしたものだと思うのですが、これがさっぱりわからないのです。きっと、作曲家たちもビーバップ世代だったからだ、なんてえんで片づけたら、張り倒されちゃうかもしれませんが、それが当たらずとも遠からずなんじゃないでしょうか。

ビーバップの特長をひと言でいうと、いや、もちろん、わたしの個人的な見方にすぎませんが、「それまでは不協和とみなされていた音を和音のなかに取り込んだ」ことにあると思います。5度のフラットは、小指の先端のようにささいな音ですが、見かけ以上に重要な音なのです。

◆ ソル・キャプラン盤 ◆◆
さて、肝心のThe Spy Who Came in from the Coldです。わが家にある3つのヴァージョン、どれもコードがわかりにくいのですが、そのなかで比較的聴き取りやすいビリー・ストレンジ・ヴァージョンの冒頭は、Dm-Amの繰り返しになっていて、メロディーの頭は、E-F#-Ab-A-B-C-D-E-Bという流れです。Dmなのに、ナインスの音であるEからはじまるというのは、すでにしてかなり変ですが、それはおいておき、Abの音が使われているところも、コードはまだDmなので、これは5度のフラットということになります。この曲もわが「スパイ・ミュージックの基本原則」に添っているのです。

f0147840_18462173.jpgわたしの手もとにあるこの曲のヴァージョンは三つ、ソル・キャプラン(映画監督のジョナサン・キャプランのお父さん)、ヒューゴー・モンテネグロ、ビリー・ストレンジです。ソル・キャプランはこの曲の書き手で、わが家にあるのは怪しげな編集盤に収録されたものですが、たぶんこれがオリジナルにしてOSTヴァージョンでしょう。

映画の公開は65年暮れということなので、録音もそのころということになりますが、全体的な印象は、50年代的、クライム・ジャズ的です。当時、これを聴いたら、やや古めかしい印象が残るか、なにも印象が残らないかのどちらかだったのではないでしょうか。アレンジとしては、基本的にはビッグバンド・スタイルで、管の種類とミックスの仕方、ヴォイシングはわりにノーマルですし、リズムは4ビートなのです。

f0147840_18503661.jpg65年暮れというと、ジェイムズ・ボンド・シリーズはもう『サンダーボール』ですし、マカロニ・ウェスタン・ブームもすでにはじまっています。ジェイムズ・ボンドとマカロニ・ウェスタンの共通点は、ギターの使い方にひとつのポイントがあるということです。James Bond ThemeとA Fistful of Dollars(『荒野の用心棒』)を思いだしていただければ、わたしのいわんとすることはおわかりでしょう。

OSTのThe Man from U.N.C.L.E.もビッグバンド的アレンジですが、中間部のギターとオルガンのユニゾンに60年代中期的なセンスを強く感じます。Mission Impossibleもビッグバンド的アレンジですが、キャロル・ケイのプレイするフェンダー・ベースの扱いに新しさがありますし(つまり非ビッグバンド的)、フルートをリード楽器に使うことで、50年代的になるのをまぬかれていますし、そもそも肝心のグルーヴがロック的ニュアンスになっています。

ソル・キャプランのThe Spy Who Came in from the Coldには、そういう60年代的要素は皆無です。とはいえ、もはや50年代も、60年代も、ひとしなみに遠くなってしまった現代にあっては、どちらも同じように古めかしいわけで、あの時代を知らない人には、この差はどうでもいいことでしょう。ソル・キャプラン盤もけっして悪いものではなく、勇ましいアクションもの的アレンジとしてアヴェレージの出来だと、いまになれば思います。

◆ ヒューゴー・モンテネグロとビリー・ストレンジ ◆◆
テンポの早いほうから遅いほうへと3種のヴァージョンを並べると、ソル・キャプラン→ヒューゴー・モンテネグロ→ビリー・ストレンジの順です。この順序は同時に、勇ましいニュアンスから物悲しいニュアンスへの変化でもあります。

f0147840_18561878.jpgヒューゴー・モンテネグロはアレンジャーで、バンド・リーダーとしていくつかの盤があります。シングルとしては、The Good, the Bad and the Ugly(『夕陽のガンマン』)の大ヒットがあります。ちょっと話が混雑してしまいますが、この曲のドラムはまちがいなくハル・ブレイン、ベースはキャロル・ケイ(ご本人に確認済み)です。モンテネグロの盤は、ハル・ブレイン周辺のプレイヤーによって録音されていました。

OST盤を抑え込んで『夕陽のガンマン』をヒットさせただけのことはあって、モンテネグロはなかなかするどいセンスの持ち主だと感じます。The Spy Who Came in from the Coldも、ソル・キャプランの無骨なアレンジから一転して、なかなか繊細なつくりに変えています。

そもそも、冒頭のリード楽器がなんなのかわからなくて困惑します。レズリー・スピーカーに通したギターか、はたまた、なんらかの新奇な電子楽器か。イフェクト類のギミックを使わずに、ストリングスやパーカッションなどだけで、「寒い」ムードをつくっているあたりはさすがで、ソル・キャプラン盤には感じなかった、メロディーのなかに秘められた叙情性を引き出したヴァージョンといえます。

f0147840_18572241.jpgビリー・ストレンジ盤はさらに叙情的です。3種のなかでもっともテンポが遅く、管と薄いギターコード、ピアノのオブリガート、パーカッション、極端なオフミックスのドラムはというぐあいで、しかも、ビリー・ストレンジはメロディーを弾くだけというミニマリズム的アレンジで、ソル・キャプラン盤の対極にあります。

こうなると、どれがいいかはお好みというほかはありません。勇ましいビッグバンド・サウンドがいいか、メロディーラインの美しさを引き出したヒューゴー・モンテネグロ盤か、二重スパイものの映画にふさわしい孤独な味わいのあるビリー・ストレンジ盤か、それぞれによさがあって、なんとも判断のしようがありません。

映画そのものがあまり有名ではないために、埋もれてしまった印象がありますが、スパイ・ミュージックを集めるなら、いずれかのヴァージョンをもっていてもよい曲だろうと思います。5度のフラットによるスパイ・ミュージックという共通点はあっても、マイナーコードのなかで5度のフラットを使うと、またちょっと異なる味わいが生まれることを、この曲は示していると感じます。

それにしても、ここでいう『寒い国』とはたぶん東ドイツかソヴィエトのこと、冷戦時代式にいえば「東側」をいっているわけで、これを冬の曲に繰り込んでしまうのは、またまたちょっとインチキなのです。でも、『寒い国から帰ってきたスパイ』は、アクションから頭脳戦へという、エスピオナージュ小説の変化の分岐点になった作品で(その発展型がいわゆる国際陰謀小説)、いわばインチキの総本家なので、まあ、よろしいでしょう、と強引にまるめこんじゃいます。
by songsf4s | 2008-02-10 15:59 | 冬の歌