- タイトル
- Cold Cold Cold
- アーティスト
- Little Feat
- ライター
- Lowell George
- 収録アルバム
- Sailin' Shoes
- リリース年
- 1972年
- 他のヴァージョン
- remake of the same artist
このところ、スタンダードを取り上げていないことに気づいたのですが、いまプレイヤーにドラッグしてある100曲ほどの歌のなかには、スタンダードはありません。はて面妖な。
いままで、困ったときに頼りにしていたのはスタンダードです。そういってはなんですが、なにしろ1955年以降は、雑駁下品な子ども音楽であるロックンロールの時代、季節感のような、繊細かつ上品なことは薬にもしたくない連中の時代です。アメリカ音楽においては、1955年以降、秋という季節は存在しないも同然で、自然と、それ以前の音楽に比重がかかりました。
それが、なぜここへきて、スタンダードを頼りにできなくなったのか? 冬の歌だってうんざりするほどあるはずなのです。一月に入ってから何度か、クリスマス・ソングが冬の歌を、レイモンド・チャンドラーいうところの「カニバライズ」していることにふれました。クリスマス・ソングでもなんでもない、たんなる冬の歌を、みなクリスマス・ソングに繰り込んでいるのです。やはり、このカニバライゼーションの被害は思ったより甚大で、たいていのものはもう呑み込みおわったということなのだと思います。残ったのは、一握りのダウナーな冬の歌だけなのです。
その結果、当ブログもこのところ、ロック・エラの歌ばかり取り上げる結果になっているのだということが、いまになってやっとわかりました。「自由意思による選択」なんていいますが、こういう初歩的手品に引っかかっているのに、気づかないことはしょっちゅうあるのでしょう。
自由意思による選択だか、むりやりつかまされたカードだかわかりませんが、本日も雑駁下品なロックンロールです。そう、「わたしの時代」の音楽です。当ブログには、スタンダードを好む方もずいぶんいらしているようなのですが、残念ながら、もうすこし暖かくなるまでお待ちいただくしかないようです。どうかあしからず。わたしのせいではなく、クリスマス商人たちの陰謀です。
◆ 桃と梨とココナツ ◆◆
例によって歌詞から見ていきます。2ヴァースをひとまとめにいきます。以下は、あてにならない国内盤ではなく、当時の米盤LPに付された歌詞であるにもかかわらず、正確とはいいかねます。しかし、ローウェル・ジョージの歌い方のせいもあり、また、文脈からの推測を拒む支離滅裂な歌詞でもあるため、当方にもなにをいっているのか聴き取れないところがあり、推測もできず、そのままとしました。また、オリジナルとリメイクのあいだでも異同があります。
Cold, cold, cold
Freezing, it was freezing in that hotel
I had no money, my special friend was gone
The TV set was busted so she went along
I called room, room service
I'm down here on my knees
I said a peach or a pear, or a coconut please
But they was cold
Well it's been a month since I seen my girl
Or a dime to make the call
'Cause it passed me up, or it passed me by
Or I couldn't decide at all
And I'm mixed up, I'm so mixed up
Don't you know I'm lonely
All the things I had to do
I had to fall in love
You know she's cold
「寒い、寒い、寒い、あのホテルは凍えるようだった、俺は一文無し、特殊な友だちは逃げてしまった、テレビが壊れて、彼女はいなくなった、俺はルーム・サーヴィスに電話し、頼むから、ピーチかペアかココナツをもってきてくれ、といった、でも、連中は冷たかった、彼女と付き合うようになってからひと月たつ、電話をかける小銭、そいつが俺をあきらめるか、そいつが俺を通りすぎるのか、おれにはぜんぜんわからないからだ、俺は混乱している、ひどく混乱している、俺はさみしいんだ、よりによって恋に落ちるなんて、彼女は冷たい」
きちんとわかって書いているなんて思ったら大間違いで、よくわかりませんし、深く考えずに、ほとんどインプロヴで、適当に日本語に移しました。わかっているのは、じつはこれは「寒さ」を歌った曲ではあっても、冬の歌ではないということです。
coldとは、cold turkeyすなわち禁断症状のことを指しているのでしょう。空っとぼけて、冬の歌に分類しちゃいましたけれどね。そういういい加減な分類をやったのは、この曲がはじめてじゃないし、冬の歌をクリスマス・ソングに分類するより悪質というわけでもありませんし。だって、寒い、寒い、寒いと、タイトルで三回も繰り返しているのだから、ドラッグのことなんか考えない平和で呑気な人なら、冬の歌だって思うでしょうに!
ピーチだのペアだのを日本語にせずにおいたのも、そういうことです。まずはpeach。辞書には「《俗》 アンフェタミンの錠剤[カプセル剤] 《桃色をしている》」とあります。coconutはコカインのことであると辞書にあります。これは語の音韻からの連想か、または色からの連想でしょうか。pearの裏の意味はわかりませんが、前後にあるものから、どうせろくなものではないと想像がつきます。
special friendという奇妙な言いまわしは、はじめは「特殊な女性」のことをいっているのかと思いましたが、流れから考えれば、ドラッグの供給元をいっているとみなせます。TVにもなにか裏の意味があるのだろうと思いますが、わかりません。bustには、逮捕の意味もあります。
セカンド・ヴァースはチンプンカンプンです。混乱している、というのだから、クスリが切れた譫妄状態を、思いつく言葉をわかりにくく並べて表現しているのではないでしょうか。まあ、禁断症状と女性のことが重なっている、つまりドラッグとセックスをともに失ったことはわかりますが、女性のことだって、現実なのか、妄想なのか、わかったものではありません。
it passed me upも意味不明で、itが直前の名詞を受ける代名詞には思えず、cold turkey状態を指しているような気がします。
◆ 接近した時期の2つの録音 ◆◆
最近はあまり省略せずにやっているのですが、American Pieを宙ぶらりんにしたくなくて、体調が快復しないままちょっと無理をしてしまい、いまになって気力喪失におそわれているもので、今回はサード以下のヴァースを略させていただきます。混乱状態、譫妄状態をうたっているので、当然ながら言語も混乱していますし、そもそも、以上の2ヴァースをちょっと変形し、インプロヴもまじえながら繰り返しているだけなのです。
この曲のスタジオ録音は2種類あります。2枚目のSailin' Shoesと4枚目のFeats Don't Fail Me Nowでの、Tripe Face Boogieとのメドレーです。Tripe Face Boogieのほうも、2枚目で単独の曲としてやっているので、メドレーを構成する2曲がともに再録音です。
同じ曲だし、テンポもほぼ同じ、録音時期がかけ離れているわけでもないので、それほど大きく異なった印象はありません。あいだにDixie Chicken1枚をはさんだだけで、すぐにリメイクしなければならないほど、オリジナルの出来が悪いとも思えず、このリメイクの理由は推し量りかねます。案外、Feats Don't Fail Me Nowの録音が行き詰まり、強引に過去の曲をメドレーに仕立てて、埋め草に使っただけかもしれません。
どちらの録音のほうがいいか、というと、これまた、どちらでもいいだろうという出来です。アルバムとしては、Sailin' Shoesのほうが好ましいので、オリジナルのほうが、いいときに録音されたムードはもっているように感じます。しかし、これも好きずきです。バンドがまだどこへいくのか見えないときのほうが面白いと感じるか、方向が定まって、安定状態に入ったほうがいいと見るか、です。むろんケース・バイ・ケースですが、しいていうなら、わたしは前者のほうが面白いと感じるにすぎません。
オリジナルでは、ローウェル・ジョージの声が若々しいのも魅力です。この曲を歌うには、ういういしすぎるぐらいに若い声です。ひょっとしたら、リメイクの理由はそれかもしれません。Feats Don't Fail Me Now収録の再録音ヴァージョンのほうが、ヴォーカルの落ち着きがいいからです。でも、逆にいえば、ちょっとぎこちなさのあるオリジナルのほうが、不安定な魅力がありますし、この曲の内容にも合っていると感じます。
◆ 流行のグルーヴ ◆◆
リトル・フィートが日本で話題になったのは、3枚目のDixie Chickenでのことでした。記憶では、まずDixie Chickenを買い、そのあとでデビュー盤とSailin' Shoesを買い、そして4枚目のFeats Don't Fail Me Nowという順番でした。当時買ったのはここまでです。
よくあることですが、Dixie Chickenまでは、上昇していく面白さがありました。とくに2枚目のSailin' Shoesを聴いたときは、この時点でこのバンドに気づいているべきだった、そうしていれば、つぎのアルバムをおおいに期待し、Dixie Chickenの登場にもっと興奮しただろう、と思いました。残念ながら、そうではなかったために、4枚目のFeats Don't Fail Me Nowを聴いたとき、悪くはないと思いながらも、軽い失望を味わい、つぎの一枚に期待がもてず、付き合いが終わってしまいました。なんだか、興味をもったときには、もう終わっていたという印象です。
Dixie Chickenで面白く感じたのは、独特のグルーヴでした。あの時代の流行ということもあったのですが、すこしタイムがlateで、微妙に引きずるグルーヴだったのです。Cold Cold Coldのようにテンポが遅めの曲だと明瞭ではありませんが、Dixie Chickenぐらいのテンポだと、軽く引きずるグルーヴの面白さがありました。
これが魅力でもあったのですが、Feats Don't Fail Me Nowで、なんとなく嫌気がさしてしまったのも、いま考えれば、たぶんこのグルーヴのせいだと思います。はじめのうちは、リッチー・ヘイワードのドラミングに魅力を感じましたが、すぐに飽きてしまい、ジム・ゴードンやバリー・J・ウィルソンのような長い付き合いにはなりませんでした。80年代に入って、好みのドラマーをもう一度集め直しはじめたときには、もうリッチー・ヘイワードは無縁なドラマーになっていました。いま聴いても、「時代の気分」に乗せられていただけだろう、という感じで、好ましさも懐かしさもありません。
結局、ローウェル・ジョージの(多くの人が好むスライド・ギターではなく)ヴォーカルだけが、いまのわたしにとって残った唯一のフィートの魅力です。ただし、「時代の気分」に乗せられるということに関しては、もう経験したくてもできないので、その点はいくぶんかの懐かしさを感じます。そういうのは学生時代までだったようで、70年代中盤に入ると、時代の気分に対する嫌悪感に支配されるようになり、同時代の音楽には関心を失いました。時代の気分に乗せられた「最後の気の迷い」、若さと愚かさの記憶として、ちょっとだけ愛しいような気がします。
そして、これも時間が生んだパラドクスの小さな一例でしょうが、当時はとくに好きだったわけではないCold Cold Coldが、いまになると、悪くない曲に感じられます。いや、Dixie ChickenやEasy to SlipやWillin'より好きになったわけではありませんが、ローウェル・ジョージのシンギング・スタイルにピッタリ寄り添った曲だということが、年をとってよくわかるようになりました。
音と関係ないのですが、ニーオン・パークのカヴァー・イラストレーションにも、当時は惹かれました。とくにSailin' ShoesとDixie Chickenは気に入っていて、Feats Don't Fail Me Nowの出来にはがっかりしました。入れ物と中身は別物のようでいて、こういうふうに微妙に相関しているときもあり、いまもって「ジャケ買い」に走ってしまうことがあります。まあ、それも音楽を聴く楽しみのひとつということにしておきましょう。そして、ジャケットを楽しむなら、やはりLPにしくはないと、久しぶりにSailin' Shoesを引っ張り出して思いました。