- タイトル
- Cold Rain and Snow
- アーティスト
- Grateful Dead
- ライター
- Traditional arranged by Grateful Dead
- 収録アルバム
- Steal Your Face
- リリース年
- 1976年(録音は1974年)
- 他のヴァージョン
- various studio and live versions of the same artist
グレイトフル・デッドの曲では、毎回、歌詞に苦しんでいますが、今日は楽だぞと、ひとりニヤついています。ロバート・ハンターの作ではなく、トラッド曲だからです。しかも、すごく短いのです。このところ、デッドはつねに二回に分けてばかりでしたが、この曲なら、ひょっとしたら一回ですむかもしれないと、書きはじめたいまは思っています。さて、どうなりますか。
◆ 未遂か既遂か ◆◆
それでは歌詞を見ていきます。ファースト・ヴァース。
She's been trouble all my life
Run me out in the cold rain and snow
Rain and snow
Run me out in the cold rain and snow
「俺が結婚した女というのは、ずっと苦労の種だった、冷雨や雪の降る外へと俺を追い出すんだ、雨や雪のなかへ、冷たい雨や雪の降る外へと俺を追い出すんだ」
世に怖い妻はあまたいるようで、ひょっとしたら、これだけでもう感じ入って、先を読めなくなっている方もいらっしゃるかもしれませんが、幸い、わたしには実感のない歌詞です。いや、どうも失礼。
それにしても、暖かい南関東だって、近ごろはちょっとした寒さで、こんな日に外に追い出されてみなさい、しっかり防寒しておかなかったら凍死です。北国でこんな非道なことをする妻がいたら、殺人未遂で起訴されるでしょう。まあ、警察が取り合ってくれればの話ですが。
Combin' back her yellow hair
And I ain't goin' be treated this ol' way
「彼女は二階から降りてきながら、ブロンドの髪を掻き上げる、こんな仕打ちはもうたくさんだ」
髪を掻き上げて、それからどうするとまではいっていないのですが、そこが効果的で、恐怖の表現としてすぐれています。髪を掻き上げたら、危険信号なのでしょう。ブロンドではなく、「黄色」といっているところが、また怖い。
最後のヴァース。
Where she sang her fateful tune
Well I'm goin' where those chilly winds don't blow
「彼女は二階の自分の部屋にもどり、運命の歌をうたった、俺はあんな冷たい風が吹かないところにいくつもりだ」
ジェリー・ガルシアは、このfateful tuneというところを、ときにはfaithful tuneと歌っているそうです。調べてみると、一世紀ほど昔に生まれたこの曲のオリジナルに近い形はfaithfulらしく、faithfulのほうが多数派のようです。実物を聴いたわけではないのですが、ガルシアがもとにしたといわれるオーブレイ・ラムジーのヴァージョンでは、fatefulとなっていたようです。The Music Never Stopped: Roots of the Grateful Deadというアルバムに、ラムジー盤が収録されているので、いずれ聴いてみたいものと思います。
faithful tuneの場合、「信仰の歌」というところでしょうか。fatefulでも意味が明瞭なわけではありませんが、faithfulのほうがいっそうあいまいに感じます。また、ここまでが過去形で、最後のラインが未来形になっている点も気になります。fatefulの場合、このラインと最後のラインのあいだに、決定的なカタストロフがあったことを暗示しているように感じます。たとえば、自由になるために、語り手が妻を殺した、といったカタストロフです。そういう極端な解釈をわたしは好むだけですが!
◆ Cold Rain and Snow略史 ◆◆
デッドは、ワーナー・ブラザーズでのメイジャー・デビュー以前から、Cold Rain and Snowをレパートリーにしていました。デビュー以前のものを入手するのは昔は苦労したものですが、最近は簡単に聴けます。以下に、この曲を収録したデッドの正規盤一覧をあげておきます。左側の日付は録音日。
1966……Birth Of The Dead (studio)
1966……Birth Of The Dead (studio, instrumental)
1967……Grateful Dead (studi, 1st LP from WB)
1971.04.29……Ladies And Gentlemen...The Grateful Dead
1972.05.24……Steppin' Out with the Grateful Dead: England '72
1973.02.28……Dick's Picks Vol 28
1973.12.02……Dick's Picks Vol 14
1974.10.20……Steal Your Face
1976.09.28……Dick's Picks Vol 20
1978.02.03……Dick's Picks Vol 18
1978.05.11……Dick's Picks Vol 25
1979.12.26……Dick's Picks Vol 5
1985.11.01……Dick's Picks Vol 21
1987.12.31……Ticket To New Year's (DVD)
1989.07.04……Truckin' Up To Buffalo
1990.09.16……Dick's Picks Vol 9
1991.06.14……View From The Vault II
細かいことはおくとして、デッドの全キャリアを通じて、レパートリーからはずされることのなかった曲だということがおわかりでしょう。
◆ Steal Your Faceヴァージョン ◆◆
わたしは68年のセカンド・アルバムからのデッド・ヘッドなので、デビュー盤は70年代に後追いで買いました。アルバムそのものの出来もあまりよくないのですが、このときのCold Rain and Snowは、いい曲には思えませんでした。コンボ・オルガンの音が、時代遅れのサイケデリック・サウンドの印象を強めてもいました。つぎにSteal Your Face収録のヴァージョンを聴いたのですが、その時点でもまだ、べつに悪くはない曲、といった程度の印象でした。
オリジナル曲の場合に多いのですが、デッドの曲というのは、躰に染みこむまでに時間のかかるものがたくさんあります。第一印象は信用できないのです。先日取り上げたStella Blueも、Wake of the Flood収録のスタジオ盤では目立たない曲に感じたのが、それから数年後、Steal Your Face収録のライヴ盤を聴いて、デッドの全カタログのなかでも最上位にくる曲だと思うほど、まったく印象が変わりました。
Cold Rain and Snowにいたっては、Steal Your Faceの段階でも、まだそれほど目立つ曲には感じませんでした。けっこう面白い曲じゃないかと感じるようになったのは、じつはごく最近のことです。Oggで圧縮して、アルバムのコンテストから切り離し、べつの曲と並べて聴いて、やっと、デッドがこの曲を長年プレイしつづけてきた理由がわかったような気がしたのです。
なにしろ、シンプルなトラッド曲なので、楽曲としての出来がいいとか悪いとか、そういうものではなく、どうやるかというレンディションに勝負はかかっています。そして、デッドは安定していることで有名なバンドというわけではないのです。やるたびに、アレンジというより、もっと本質的なところでの、楽曲に対するアティテュードそのものが変わっていくのです。録音時期が接近しているからといって、解釈の姿勢が同じだと思ったら大間違い、日々変化しているのです。
しかし、おかしなもので、Steal Your Faceではじめてライヴ・ヴァージョンを聴き、それ以来、いろいろなヴァージョンを聴いたのですが、結局、買ったときはあまり聴かなかったSteal Your Faceヴァージョンにもどっていくのです。
今回は、わが家にある10種のヴァージョンを年代順に並べて、ずっと流していました。BGMとして聴いていて、イントロが流れた瞬間に、このヴァージョンはいい、と感じたものがあったので、プレイヤーでタグを確認したら、Steal Your Faceヴァージョンでした。
長年聴き慣れたヴァージョンだという点は割り引く必要があるでしょうが、それでも、やはり、このヴァージョンは、入った瞬間から、背筋がピンと伸びています。グルーヴがいいということです。こういう風に感じるのは、全員がいい状態のときですが、このトラックでは、とくにキース・ゴッドショーのピアノによるオブリガートがインスピレーショナルで冴えています。フィル・レッシュのベースも他のヴァージョンよりいいと感じます。
Stella Blueのときにも書きましたが、Steal Your Faceというアルバムは、デッド・ヘッドから嫌われています。グレイトフル・デッド・レコードの運営をあずかっていた人物が、経済的な理由を優先してリリースしたこと、録音ないしはマスタリングがよくなかったこと、そして、一部の選曲におおいに疑問符が付くこと、などがその理由でしょう。
しかし、そういう事情とは無関係に、いくつか、非常にいいヴァージョンが収録されているとわたしは考えています。もっともいいのはStella Blueです。しかし、この曲は、Steal Your Faceヴァージョンと甲乙つけがたいほど出来のいいものがほかにもあります。そこがCold Rain and Snowとはちがうところです。Cold Rain and Snowについては、わたしが聴いたかぎりでは、Steal Your Faceヴァージョンに匹敵する出来のものはほかにありません。
アルバムとしてみれば、たしかにSteal Your Faceは、Live/DeadやEurope '72やSkull & Rosesのクラスに肩を並べるというわけにはいきません。しかし、HDDに取り込んで、アルバムを解体してバラバラに聴く時代、トラック単位でダウンロードする時代には、もうアルバムというコンテクストは副次的なことにすぎないと感じます。アルバムが無意味になったとはいいませんが、そこに拘泥せずに、評価の基準をすこし変化させてもいいのではないかと思います。アルバムの出来がよくないからといって、Steal Your Face収録のStella BlueやCold Rain and Snowのようにすぐれたものまで打ち捨て、デッド史から抹消するのは愚劣なことです。
◆ Cold Rain and Snowクロニクル ◆◆
ほかに好きといえるほどのヴァージョンはないのですが、年代順にひととおり検討します。
Birth of the Deadという、ローカル・レーベルでの録音を収録した2枚組のヴァージョンは、ワーナー・ブラザーズからのデビュー盤と大きく変わりません。上記リストでInstrumentalと注釈したヴァージョンは、ヴォーカル・オーヴァーダブ以前のトラック・オンリーです。
WBのデビュー盤と併せてまとめてしまいますが、この時期のデッドは、これで大丈夫なのだろうか、と不安になります。しかし、これだけ時間が経過したいまになって、デビュー前後のデッドを聴いて思うのは、ドラムの役割に対する考え方もテクニックも未熟ながら、タイムに関しては、ビル・クルーズマンははじめから安定していたということです。初期のCold Rain and Snowはテンポがむやみに速いのですが、クルーズマンは突っ込んだり、走ったりはしていません。そんな見方をする人間はヘッズにはいないでしょうが、わたしは、クルーズマンの安定感がデッドを長生きさせたとつねづね考えています。
年代としてつぎにくるのが、71年4月にフィルモア・イーストで録音したLadies and Gentlemen...The Grateful Dead収録ヴァージョン。こちらは、初期とは逆に、テンポを落としています。ちょっと遅すぎではないかと感じますが、悪くない出来です。デビューから数年が経過し、その間に経験を積んだことがよくあらわれています。
デッドはテンポを遅くしたり、速くしたり、ということをよくやりますが、これはよくわかります。同じようにやりたくないということとはべつに、適切なテンポを探っているのだと感じます。録音時期順に並べてみると、よく、いちばん遅いものといちばん速いものという両極端が隣り合わせになるのです。両極端をやってみて、その中間のどこかにある、適切なテンポを見つけようとしているのではないでしょうか。
つぎはDick's Picks第28集収録1973年2月28日ヴァージョン。Ladiesヴァージョンよりテンポ・アップして、Steal Your Faceヴァージョンに近づいています。ここからはキース・ゴッドショーがピアノで加わった時代に入りますが、ゴッドショーはまだこの曲のやり方を見つけていないと感じます。これはこれで悪くないヴァージョンですが、機材が不調だったのか、エンジニアがミスをしたのか、ジェリー・ガルシアのギター・ソロが聞こえないのが残念。冒頭でベースとドラムのステレオ定位を移動しているのも意味不明。不具合のあるチャンネルが見つかって、移動させたのかもしれません。
Dick's Picks第14集収録の1973年12月2日ヴァージョンは、意図的なものではなく、ガルシアのミスかもしれませんが(デッドのライヴではそれがディフォールトだが、声やスティックなどによるカウントはなく、ガルシアのギターをきっかけにして入る)、またテンポが落ちています。しかし、総体としては、ようやくこの曲も落ち着く時期を迎えたように感じる、安定したヴァージョンです。方向性としては、正しい針路へと舵を切り、目的地が見えたという雰囲気。ビル・クルーズマン=フィル・レッシュのグルーヴはオーケイですが、活躍できるだけの空間があいているのに、キース・ゴッドショーが前に出てこないのが引っかかります。ボブ・ウィアのハーモニーは外しすぎでしょう。
つぎは1974年12月20日のSteal Your Faceヴァージョン。こう並べてくると、やはりこのヴァージョンがもっとも安定していると感じます。クルーズマン=レッシュは万全、ゴッドショーのピアノもガランとあいていた空間を埋めて活躍するし、ミスはあるものの、ガルシアのソロもけっこうな、充実のヴァージョンです。Steal Your Faceはゴミという先入観は捨てるべきです。
Dick's Picks第20集収録の1976年9月28日ヴァージョンは、Steal Your Faceヴァージョンより微妙に速いテンポでやっています。このテンポも悪くないと思いますが、Steal Your Faceヴァージョンのように、全員が充実しているときのアンサンブルのよさはありません。デッドは野球チームなので、序盤が不調でも、後半にいたって逆転するときがあるのですが、このヴァージョンは最後まで収束点がない負け試合。
Dick's Picksの第18集収録の1978年2月3日ヴァージョンは、テンポもちょうどよく、フィル・レッシュとキース・ゴッドショーが攻めるプレイをしているので、バンド全体もそれにあおられるかたちになっています。この曲のソリッドな側の極北といえるでしょう。ヘッズのなかにはルースなデッドを好む人もいるので、このへんは好きずきでしょうが、ハイになっているわけではなく、しらふで聴くわたしのような人間にとしては、これくらいきっちりやってくれたほうが楽しめます。Steal Your Faceヴァージョンと並ぶ出来と感じます。玉に瑕は、ドナ・ゴッドショーのピッチの外れたハーモニー。毎度、めげています。
Dick's Picks第25集はわが家にはないので、これは飛ばして、つぎはDick's Picks第5集収録の1979年12月28日ヴァージョン。このときには、もうキーボードはブレント・ミドランドに交代しているはずで、ピアノではなく、オルガンをプレイしています。まだ邪魔になるほどのプレゼンスはありませんが、ゴッドショーのピアノが懐かしくなります。ミッキー・ハートが復帰して、ダブル・ドラムになっているので、タイムのズレもちょっと気になります。しかし、76年ヴァージョンのような沈滞ムードはなく、その点は買えます。ガルシアのギターも、いつもとはトーンとスタイルを変えていて、それがこのヴァージョンのハイライトかもしれません。
ほかにわが家にあるのは、Dick's Picks第9集収録1991年9月16日ヴァージョン。やや末期症状を呈したヴァージョンで、ガルシアの状態の悪いことが感じ取れます。もともとつぶやくように歌っていたといえばそれまでですが、体調の悪さを感じる沈み方です。古いヘッズとしては、彼らの行く末、ガルシアの晩年を確認するという意味がありますが、若いファンにはどうなのでしょうか。もう「大きなデッド」の時代ですから、ガルシアのイントロが流れた瞬間、ドッと湧いていますが、それすらもわたしには居心地悪く感じられます。ビーチボーイズやストーンズのように、オールディーズ・ショウ化、懐メロ・バンド化、見せ物化していないのだけが、救いといえるでしょう。
いろいろなヴァージョンを聴きましたが、結局、Cold Rain and Snowについては、Steal Your FaceとDick's Picks Vol.18があれば十分だと考えます。