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Eyes of the World by Grateful Dead
タイトル
Eyes of the World
アーティスト
Grateful Dead
ライター
Robert Hunter, Jerry Garcia
収録アルバム
Wake of the Flood
リリース年
1973年
他のヴァージョン
live versions of the same artist, from the albums "So Many Roads" "Without a Net" "One from the Vault" "The Grateful Dead Movie Soundtrack" "Watkins Glen"
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スタンダードやオーケストラ・ミュージックを聴くことは、ある意味で新しい経験ですし、自分の年齢にもふさわしいことなので、けっして嫌いではありません。でも、ときおり、俺はいったい、こんなところでなにをしているのだ、と呆然とすることもあります。

わたしは60年代に育った、ガチガチのロックンロール小僧のなれの果てです。「故郷の音楽」はスタンダード、メインストリーム、ジャズなどではなく、あくまでも、ドラム、ベース、ギターによる、ヘヴィー・バックビートを土台とした、エレクトリファイド・ミュージックです。

季節に添って音を聴くというこのブログの趣旨から、スタンダードに傾くのはやむをえないのですが、いつもいつも、故郷を遠く離れた音楽ばかりでは情けない、たまには自分のホームグラウンドに還りたいと思うときがあります。

どこにホームグラウンドがあるかといえば、もちろんビートルズですが、たとえば、キンクス、プロコール・ハルム、そして今日取り上げるグレイトフル・デッドといったバンドは、まさに故郷そのもの、西も東もわからない子どものときから、ずっと聴きつづけてきた音なのです(デイヴ・クラーク・ファイヴ、ホリーズ、ラスカルズといった、べつの系統の「故郷」もあるのですが)。

これまでデッドをあまり取り上げなかった理由はただひとつ、「座付き作詞家」であるロバート・ハンターの歌詞が、さっぱり理解できないからです。昨秋に取り上げたFriend of the Devilは、ハンターの詩としては、異例といっていいほどわかりやすいものでしたが、そんなものはめったにないのです。今日はFriend of the Devilのようなわけにはいかないので、そのつもりで覚悟をなさってください。いや、覚悟しなければいけないのはわたしのほうです!

◆ 冬の夏別荘にて ◆◆
それではファースト・ヴァース。いつも歌詞をお読みになる方は多くないだろうと思いますが、今日は、飛ばしてしまうことを、わたしのほうから強くお奨めします。この曲のいいところは歌詞ではなく、サウンド、プレイですし、こんな詩を日本語に移せるはずがないのです。

Right outside this lazy summer home
You ain't got time to call your soul a critic, no
Right outside the lazy gate
Of winter's summer home
Wondering where the nuthatch winter's
Wings a mile long
Just carried the bird away

「この物憂い夏別荘のすぐ外では、心に批評家を呼び出しているひまなどない、冬の夏別荘の物憂い門のすぐ外、ゴジュウカラの冬が一マイルを飛び、どこかへと鳥を運び去る場所を彷徨う」

えー、まったくわかりません。どのフレーズがどこにつながっているかもわからず、どれが動詞なのかもわかりません。the nuthatch winter's wings a mile longの主部はどこで、述部はどこなのか。それとも、そんな構造自体がはじめから存在せず、ただの語の連射によるフラッシュ・イメージにすぎないのか。

f0147840_005852.jpgなんとなく伝わってくるのは、冬の林のイメージです。それだけわかれば十分なのではないでしょうか。ゴジュウカラを調べてみたところ、とくに冬に北半球にあらわれるということはなく、留鳥のようです。シジュウカラなら近所でよく見かけるし、自分で撮った写真もあるのですが、十ちがいのゴジュウカラは近所で見かけたことがないので、百科事典の写真を拝借しました。

もう、つぎのヴァースを見る気力もなければ、その時間も残っていないのですが、せめてコーラスだけでも見ておきましょう。

Wake up to find out that you are the eyes of the world
But the heart has its beaches, its homeland and thoughts of its own
Wake now discover that you are the song that the morning brings
But the heart has its seasons, its evenings and songs of its own

「目を覚ませ、そして、おまえが世界の目であることを知れ、だが、心にはその浜辺があり、その故郷があり、その思考がある、目を覚ませ、そして、おまえは朝がもたらす歌であることを知れ、だが、心にはその季節があり、その宵があり、それ自身の歌がある」

述部を見つけられただけでもラッキーで、ロバート・ハンターに感謝したくなります! いや、冗談と嫌味はさておき、なんとなく、いいんじゃないか、という気がするコーラスです。某デッド本の著者が、この曲の歌詞を「恥ずかしくなるほどポジティヴ」とボロクソにこき下ろしていたので、たんなる反対のための反対として、ポジティヴなところだけは買える、と褒めておくことにします。

以下のヴァースは略します。わたしが疲れたからですが、みなさんももう十分に堪能なさったことでしょう。残りの一生、二度とロバート・ハンターの詩は読まなくてもいいとお思いの方も多いでしょうが、そうは問屋が卸さないのです。ここはオリジナル・デッド・ヘッドのブログなので、遠からず、またハンターに再見することになるのです!

◆ 二つのデッド、二つの道 ◆◆
デッドがLPを使ってファンに呼びかけたとき、わたしは高校生だったので、ごく気楽に日本にもファンがいるよ、という手紙をデッド・オフィスに送りました。すると、なかなか興味深いニューズ・レターが送られてきました。デッドのモンスターPAシステムの図解なんか、子どもだから、かっこいいなあ、と思ったものです。

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これだけでも得したような気になったのですが、もっとうれしかったのは、グレイトフル・デッド・レコード発足のお知らせが届いたことでした。新作のデザインをあしらった絵はがきとステッカーという、パブ・キットがついていたのです。

f0147840_125616.jpgいくら登録した正規の「ヘッド」(デッド界では、ファンのことを「デッド・ヘッズ」略して「ヘッズ」という)でも、絵はがきやステッカーはともかく、LPまではくれないから、自分で買いました(当たり前)。そのデッド・レコードからの一作目、Wake of the Floodに針を載せた瞬間、ムムッと思いましたね。WB時代とは、音の感触がまったく異なっていたのです。録音スタイルがまったくちがい、音が「暴れ」なくなったのです(結果から原因を推測すると、リミッターを活用するようになったということか)。

f0147840_193853.jpgそれは主として録音の技術的問題ですが、使用楽器、とりわけフィル・レッシュのベースが、アレンビック(デッドの子会社のような音響機器会社)のカスタムになったことも大きいと思われます。レッシュ自身の解説によると、4本の弦にそれぞれ独立したチャンネルが割り当てられ、弦ごとに別個にコントロールできるようになっているのだそうです(つまり「ひとり4チャンネル・ステレオ」も可能ということ!)。その主たる目的は、弦の相互干渉による音の歪みを最小限に抑え、クリアなサウンドを得ること、そして、コードを弾いても音が割れないようにすることでした。

そのカスタム・ベースの特長は、スタジオ盤Eyes of the Worldのエンディングではっきり聴き取ることができます。レッシュはこの曲のフェイドアウトで、めったにやらないベース・ソロをやっているのですが、これがベースという楽器の概念を覆すサウンドなのです。「太くて重い」の正反対、高音部にいくと「細くて軽い」ギターのようなサウンドになるのです。昔から、ヴォーカルよりサウンドのほうを気にする人間だったので、このベースにはひっくり返りました。

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この軽さは、フィル・レッシュのベースのみならず、このアルバム全体の特長であり、同時に、アレンビックという会社の志向性をあらわしていると感じます。ひとことでいえば、ハイパー・クリアなサウンドです。

独立して、会社を設立した意気込みがもっともあらわれているのは、曲作りかもしれません。ここにデッドの歴史を長々と書く余裕がないのですが、このアルバムのデッド史における意義は、デッド界でいうところの「アコースティック・デッド」と「エレクトリック・デッド」を融合させたというか、アウフヘーベンしちゃったところにあります。

大急ぎで注釈すると、初期のデッドはブルーズ・ベースの実験音楽バンド、そこから、CS&N的な「アコースティック・ロック」のバンドへと変化し(あくまでもスタジオ・アルバムに表現されたことにすぎず、ライヴはアコースティックとエレクトリックの二本立てだった)、さて、これからどこへいくか、というのがデッド界における最大の関心事でした。

f0147840_1154393.jpgアコースティック・デッドは、セカンド・ドラマーのミッキー・ハートによれば、デッドが「ソング」をつくりはじめたことを最大の特徴としていました。ハートの言い方にしたがうなら、「いっしょに口ずさめる歌」をつくるようになったということです。実験の時代は終わったのです。アコースティック・ロックへと舵を切ったことで、ファン層は一気に広がったそうですが、オリジナル・ヘッズ(初期からのファンを指すデッド語)のだれひとりとして、このままデッドがCS&Nのようなことをずっとつづけるとは思っていませんでした。アコースティック・デッド時代にリリースされたライヴ盤を聴けば、それは明らかだったのです。

そういうなかで登場したWake of the Floodは、ある意味で予想どおりの方向性をもつアルバムでした。アコースティック・デッドの一作目、Workingman's Deadで示された、「ソング」への指向と、デッドの本来の指向(のひとつというべきか)であるエレクトリックなサウンドという二つの路線を再統合する試みが、Wake of the Floodだったのだと思います。ここで、70年代以降、現在までつづくデッドの路線は固まったのです。

同じエレクトリックでも、以前のような実験音楽指向は、Wake of the Floodにはありません。キャッチーな(といっても、あくまでも「当社比」ですが)アコースティック・デッド・スタイルの楽曲をエレクトリックにしあげたもので、オリジナル・ヘッズとしては、待ってました、というサウンドでした。デッドはついにスタジオでも傑作をつくった、と当時は欣喜雀躍したものです。

◆ 各ヴァージョン比較(なんかできるものか) ◆◆
f0147840_1246100.jpg自分たちの会社を作ったのだから(よくある、レーベルだけ独立させ、配給はメイジャーを通じておこなうというといったものではなく、配給も自分たちでやる完全に独立した会社だった)、Wake of the Floodというアルバムはあらゆる面で力が入っていますが、これを際だったものにしているのは、やはりジェリー・ガルシアとボブ・ウィアの曲作りでしょう。

このアルバムからは、Mississippi Half-Step Uptown Toodleoo、Stella Blue、Weather Report Suiteといった、ライヴでの重要なレパートリーが誕生していますが、やはり抜きんでているのは、Eyes of the Worldだと感じます。楽曲としての出来のよさだけでいえば、Stella Blueもすばらしいのですが、Eyes of the Worldは、根幹部は2コードに簡略化できるため、理想的なインプロヴのヴィークルという面があり、ライヴでのハイライトになるのです。

デッドというか、ヘッズというか、デッド界というのはおそろしいところで、あらゆるライヴ・デイトのテープを集めている、「テープ・ヘッズ」といわれる人たちがいます。当然、それを交換したり、ウェブの時代になってからは、MP3やFlacで配ったり、さらにはコレクションの基礎となる、詳細なライヴ活動記録も公開されていたりします。

しかし、そこまで知りたい方はいらっしゃらないでしょうから、簡単にいうと、ウェブで配られているプライヴェート録音はのぞいて、盤になったものだけでも、うちには5種類のライヴ・ヴァージョンがあります。ライブでは長いインプロヴをするので、ランニング・タイムは最短13分、最長で20分です。なんでこんなことを書いているかというと、この記事のために全部を通して聴き直すことはできなかった、ということをいうためのエクスキューズなのです。

f0147840_1332769.jpg収録アルバムを列挙すると、Without a Net、One from the Vault、The Grateful Dead Movie Soundtrack、Watkins Glen、そして、So Many Roads 1965-1995です。Without a Netのヴァージョンがよくないのははっきりしているので、これは除外しても、残りのヴァージョンから最良のものを選ぶのはむずかしいですぜ。

買ったときに、これはいいと思ったのは、ヒストリー・オヴ・ライヴ・デッド・ボックスとでも呼ぶべき、So Many Roadsのヴァージョンです。各時代のいい録音を集めたボックスなので、当然だ、といいたくなりますが、これが左にあらず、そんなに簡単な話ではないのです。

f0147840_1342250.jpgThe Grateful Dead Movie Soundtrackというアルバムもまた、ジェリー・ガルシアが編集時点で最良と判断したフッテージを集めた映画のサントラで、デッド界では必見必聴の大古典とされているものですから、当然、プレイも選りすぐりなのです。そして、録音は他にくらべて落ちるものの、Watkins Glenも、プレイ、とくにビル・クルーズマンのドラミングとキース・ゴッドショーのピアノには魅力があります。

f0147840_1351468.jpgしかし、時計の針は無情に深夜十二時に近づいているので、エイやで決めてしまうと、ガルシアはミスを連発するものの、総体として魅力的なのはSo Many Roadsヴァージョン、フィル・レッシュとビル・クルーズマンのグルーヴが冴えているのはThe Grateful Dead Movie Soundtrackヴァージョン……かなあ、なんですがね。だいたい、ひとつに決めるのがはじめから無理なのです。決められるなら、デッドのライヴを何十種類ももっている必要はないのですからね。

この冬は、いまも愛してやまぬWake of the Floodを中心に、デッド話にふけりたい気分になってきました。やっぱり故郷の音は格別、隅々までよく知っている場所があるのはうれしいものです。

目下、The Grateful Dead Movie Soundtrackヴァージョンが佳境にさしかかり、クルーズマンとレッシュのインタープレイにドキドキしているところです。いいドラミングです。生まれたときからずっと変わらず、つねにこのすばらしいドラマーがストゥールに坐っていたことが、「死者」を長生きさせたと秘密だと思います。
by songsf4s | 2008-01-09 23:55 | 冬の歌