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Our Winter Love by the Fantastic Strings of Felix Slatkin
タイトル
Our Winter Love
アーティスト
The Fantastic Strings of Felix Slatkin
ライター
Johnny Cowell, Bob Tubert
収録アルバム
Our Winter Love
リリース年
1963年
他のヴァージョン
The Lettermen, Bill Pursell, Robert Maxwell His Harp and Orchestra
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今日は選曲に迷いが出て、クリスマス・ソングに繰り込まれてしまった歌を、強引に冬の歌に奪回しようかと思ったり、山ほどあるグレイトフル・デッドの冬をあつかった曲(といっても、デッドのキャリアがバカ長く、そのレパートリーも雲霞が群れ集まるがごとく無数にあるために、結果的に冬の曲も多くなっただけのことで、彼らがとくに冬の曲を好んでいる節はない)のどれかを取り上げようかと、いろいろ聴いたりしていて、時間がなくなってしまいました。だから、迷い箸をしてはいけない、と子どものころに叱られたわけですね。あれ? ちがうか。

本日のOur Winter Loveのヴァージョンで、うちにあるのはレターメン盤だけなのですが、ウェブで試聴したフィーリクス・スラトキン盤がなかなかけっこうな出来なのです。しかも、felix slatkinでブログ検索をかけたら、めでたくも、というか、馬鹿馬鹿しくも、というか、「うち」のAutumn in New York by Felix Slatkinがトップにきたので、じゃあ、スラトキン御大を看板に立てようと決めました。

◆ とってつけた歌詞の出来 ◆◆
フィーリクス・スラトキンは、本職はヴァイオリニスト、20世紀フォックスのコンサート・マスターであり、そして、レコーディング・アーティストとしてはオーケストラ・リーダーなので、彼のOur Winter Loveはインストゥルメンタルですが、レターメン盤はもちろん歌詞があります。歌詞があるとなっては、無視するわけにもいきません。たぶん、もともとはインストゥルメンタルだったものに、歌えるように歌詞をつけたという、Theme From A Summer Placeと同じパターンだろうと思います。

では、ファースト・ヴァース。

Love warm in wintertime warms
This heart of mine
With dancing fires of sweet desires
We've found our winter love

「冬のぬくもりはすばらしい、わが心には甘い望みの炎が踊る、冬の愛を見つけたのだから」

なんだかチンプンカンプンのところがありますが、歌詞というのは分析的に聴くものではなく、「なんとなく」「雰囲気で」聴くものなので、こんなものでも、「なんとなく」甘い恋と、冬のぬくもりの心地よさが感じられてしまったりするのです。ちょっと無理のあるところが、やはり、インスト曲にあとから強引につけたという出自がほの見えます。

セカンド・ヴァース。

Ice cold as fallen tears grow
Bechilling fears of loneliness
How could I guess
We've found our winter love

「こぼれ落ちた涙が大きくなるような氷の冷たさ、凍りつくような孤独への怖れ、冬の愛を見つけるなどと想像がつこうか?」

f0147840_0292992.jpgなーにいってんだか、です。わたしがIce coldとしたところを、Eyes coldなどとしている歌詞サイトもあります。なんだっていきなり目玉が寒いなんてことをいうのか、まったくわからないので、Ice coldとしました。じっさい、意味不明の歌詞自体に問題があるわけで、わたしにも、いい加減な歌詞サイトにも、たいした罪があるとは思えません。そもそも、複数の声が混じると、どちらにしろ聴き取りにくいのです。

それに、How could I guess we've found our winter loveっていうラインも、文法上、やや問題があるような気がします。How could I guess we'd find our winter loveなら、すんなり納得がいくのですが。まあ、今日は歌詞以外に、もっとだいじなものを訳さなければならないので、先を急ぐことにします。コーラスやブリッジはなく、つぎは最後のヴァース。

Now armed, the world is warm, warm
Through cold and storm
We've found a fire of sweet desire
We've found our winter love

「愛で身を固めれば、世界は暖かくなる、わたしたちは寒気と嵐のなかで甘い希望の火を見つけた、冬の愛を見つけたのだ」

最後までチンプンカンプンで困ったものです。こんなところに「武装する」という意味のarmという動詞が出てくるのは、ちょっと不思議なので、辞書を見ましたが、「腕」を意味するarmに動詞はありませんでした。お互いの躰に腕をまわして抱き合えば暖かい、といいたいのかと思ったのですが、とんだ当て外れでした。勝手にそういう動詞をつくった可能性もあるかもしれませんが、考えてわかることと、考えてもわからないことがあり、このケースは後者ですし、いずれにせよたいした歌詞ではないので、ほうっておきましょう。

◆ トミー・テデスコ、Our Winter Loveを語る ◆◆
フィーリクス・スラトキンは、フランク・シナトラが頼りにした人であり、シナトラのレコーディングで長年コンサート・マスターをつとめ、奥さんのチェリスト、エリナー・スラトキンもシナトラの録音にはしばしば参加しているといった、スラトキン夫妻に関することは、以前にも書いています。ご興味のある方は、Autumn in New York by Felix SlatkinSummer Wind by Frank Sinatra その2The Theme from A Summer Place by Percy Faith and His Orchestraをご覧ください。

f0147840_0302117.jpg今日は、はたと思いだした、だいじなことについて書きます。Felix Slatkin Discographyを読んでいて、アッといってしまったのです。トミー・テデスコの自伝のなかに、スラトキンに関する記述があり、一度は忘れたものの、「You Tubeを聴こう」(右のFriendsリンクからいけます)のオオノさんが、スラトキンを取り上げたときにも言及されたので、そのときに記憶に刻み込んだはずが、またまた忘れてしまったのです。該当の盤をもっていなかったための粗忽です。

こんどは忘れないように、以下にトミー・テデスコの言葉をペーストしておきます。出典はトミー・テデスコ自伝"Confession of a Guitar Player"です。

Years ago I got a call to do an album with Felix Slatkin, a Los Angeles-based violin virtuoso. The date was scheduled for a Saturday. On Friday afternoon he suffered a sudden heart attack and passed away. We received notice on Friday that the date was coming off as scheduled. We all met in the studio the following morning and had a big meeting with Sy Waronker, President of Liberty Records. He and Eleanor Slatkin, Felix's widow, convinced everyone that Felix would have loved to have everything go on as scheduled. The name of the album was OUR WINTER LOVE. When the fifty to sixty piece orchestra started playing, emotions struck heavily with tears flowing throughout all sections of the orchestra. That was a moment I will treasure forever. To relive that moment, all I have to do is play the beautiful album, OUR WINTER LOVE.

「ずいぶん昔のことだが、LAベースのヴァイオリンの名手、フィーリクス・スラトキンのアルバムでプレイしないかという依頼の電話をもらった。録音は土曜日の予定だったが、金曜の午後、彼は突然の心臓発作に襲われ、亡くなってしまった。その日のうちにわれわれは、レコーディングは予定どおりおこなわれる、という連絡を受けた。翌朝、全員がスタジオに集まり、リバティー・レコード社長のサイ・ワロンカーとミーティングをもった。彼とフィーリクスの未亡人エリナーは、すべてが予定どおりに運ぶことをフィーリクスも望んでいるにちがいないと全員に説いた。そのアルバムはOur Winter Loveというタイトルだった。五、六十人のオーケストラがプレイしはじめると、みな感情がこみ上げてきて、あらゆるセクションのプレイヤーが涙を流した。これからもずっと忘れないであろう瞬間だった。あのときのことを思いだすには、あのすばらしいアルバム、Our Winter Loveをかければいいだけである」

f0147840_0324478.jpgというようなストーリーが、フィーリクス・スラトキンのOur Winter Loveにはあったのです。チンプンカンプンの歌詞がついたレターメン盤ではなく、フィーリクス・スラトキン盤を選択したことに、泉下のトミー・テデスコも賛成してくれるでしょう。

しかし、ということは、フィーリクス・スラトキンは、アレンジなどの下準備をしただけで、じっさいのコンダクトはしなかったことになります。フィーリクス・スラトキンにかわってだれがコンダクトしたのか、ちょっと気になるところですが、わたしは、勝手に、未亡人のエリナーが亡き夫にかわって、セッションを指揮したのではないかと想像しています。彼女の肝っ玉母さんぶりは、Sessions with Sinatraという本に活写されているからです。

◆ 各ヴァージョン ◆◆
舞台裏の話はどうであれ、重要なのはつねに音そのものです。もう一度、スラトキンの不慮の死を前提に、この「遺作」を聴き直してみました。トミー・テデスコがこのセッションについて書いていることで、ちらっと登場するセミアコ風のエレクトリック・ギターのフレーズはトミーのプレイとわかりました。派手に活躍しているわけではないのですけれどね。

やはりストリングス・アレンジメントの美しさが際だっていると感じますが、グロッケンシュピールの扱いやヴァイオリン・ピジカートの使い方に、I Get a Kick Out of Youをはじめとする、アルバムFantastic Percussion収録曲で十全に発揮された、スラトキンのパーカッション・アレンジメントの卓越性もかいま見ることができます。

f0147840_0342195.jpgハリウッド弦楽四重奏団でスラトキン夫妻のバンドメイトだったポール・シュアは、フィーリクスはgreat sense of timingの持ち主だったと語っています。本質的にタイムのすぐれた人だったのでしょう。並みのヴァイオリニストではなかったから、20世紀フォックス音楽部やフランク・シナトラ・セッションのコンサート・マスターがつとまったにちがいありません。

女性シンガーのソプラノなのか、テレミンなのか、判断がつかない音も使われています。楽器と人間の声の区別もつけられないのは、ちょっと情けないのですが、わからないときはわからないのだから、しかたありません。この音もなかなか効果的で、ドリーミーな雰囲気を演出するのに寄与しています。

f0147840_03746.jpg他のヴァージョンにもふれておくと、みな試聴しただけなのですが、1963年冬に大ヒットしたビル・パーセル盤(これがオリジナルか?)も、基本的な雰囲気はスラトキン盤とそれほどちがいません。こちらのヴァージョンではムーグのような音が鳴っています。ポップ・ソングにおける、シンセサイザーのごく初期の使用例かもしれません。

録音時期不明のロバート・マクスウェル盤も、他の2ヴァージョンと似た雰囲気ですが、ややスロウで、そのせいばかりでなく、リズムの歯切れがあまりよくないと感じます。

入手しやすいのは、大ヒットしたビル・パーセル盤ですが、今年はなんとかフィーリクス・スラトキンのアルバムをそろえたいものと祈念しています。

◆ フランク・シナトラとフィーリクス・スラトキン ◆◆
f0147840_0453422.jpgSessions with Sinatraという本に、スラトキン夫妻のエピソードがたくさん登場するので、この記事のためにちょっと読み返したのですが、時間がなくて、すべてを読み終えることができませんでした。

索引を頼りに拾い読みした話でもっとも印象深かったのは、1961年11月のSinatra and Stringsセッションのエピソードです。セッションがはじまる前、総勢50人のオーケストラが顔をそろえ、シナトラがスタジオに入ってきた直後、フィーリクス・スラトキンが、椅子のなかでくずおれてしまったのだそうです(このころから健康状態はよくなかったのかもしれません)。

f0147840_0463664.jpgシナトラがあわてて駈け寄ると、フィーリクスは「フランク、気分が悪い」といいました。その場の一部始終を目撃していたフランク・ジュニアによると、シナトラはただちにマネージャーに、今日の録音はキャンセル、全員にセッション料金を支払い(いや、ユニオン・セッションでは現金の受け渡しはおこなわれない規則なので、じっさいには所定の用紙に必要事項を書き込むだけ)、帰ってもらうように、と言い渡したというのです。ここで重要なのは、50人のミュージシャンに、ただその日にその場にいたというだけでセッション・フィーを払ったことではなく、フィーリクス・スラトキン抜きでは、フランク・シナトラの録音はおこなわれない、ということです。

フィーリクスがシナトラのことを息子のように大事にしていたというのは、このエピソードからも十分に想像がつきます。しかし、フィーリクス・スラトキンとフランク・シナトラは、じつはそれほど大きく年が離れていたわけではありません。1963年に没したとき、フィーリクスはまだ四十七歳の働き盛りでした。
by songsf4s | 2008-01-08 23:57 | 冬の歌