- タイトル
- Let's Start the New Year Right
- アーティスト
- Bing Crosby
- ライター
- Irving Berlin
- 収録アルバム
- Holiday Inn
- リリース年
- 1942年(映画)
- 他のヴァージョン
- Frank Sinatra
新年明けましておめでとうございます。
これを書いているのはまだ大晦日なので、ちょっと妙な感じです。羽織袴で旧臘中に録画した新年の番組なんて、不当表示食品の同類、馬鹿馬鹿しくて見ていられないから、そろそろやめたがよかろうと思うのですが、あにはからんや、当方も同じ穴のムジナと相成り候。
まあ、どちらにしても、本年最初の曲は66年前、昭和17年の作品、すなわち太平洋戦争中のものです。日本が、B-17のドゥーリトル機による、のちのB-29による絨毯爆撃、カーティス・ルメイの焦土作戦にくらべれば、まるで『青島要塞爆撃命令』(複座複葉機のコパイロットが一升瓶ぐらいの爆弾を落とす!)みたいに大時代でのどかな、初の東京空襲でおたおたしていたころ、あちらは呑気なミュージカル映画などつくっていたわけです。
◆ ものごとみな改まる新年哉 ◆◆
では、アーヴィング・バーリンが66年前に、どのように新年をことほいでいたか見てみます。You Tubeに映画からとったこの曲を歌うシーンがありますので、よろしかったらそちらもどうぞ。まず、前付けの独唱部。
One minute to go
One minute to say good-bye
Before we say hello
「あと一分で真夜中、あと一分ではじまる、あと一分でさよならをいい、そしてハローをいうとき」
前付けというのは、まあ、だいたいこの程度のもの、本体ではないので、たいした意味はありません。それでは、本体であるファースト・ヴァース。
Twelve o'clock tonight
When they dim the light
Let's begin
Kissing the old year out
Kissing the new year in
「今宵正十二時、新年を正しくはじめよう、灯りがほの暗くなったらはじめよう、古い年に別れのキスを、新しい年に歓迎のキスを」
映画『スウィング・ホテル』を見ていないのでよくわかりませんが、rightは「正確に十二時に」ということではなく、「正しく」だろうと思います。いや、つまり、「きちんと」「ちゃんと」「襟を正して」といったあたりだろうという意味です。ビング・クロスビー、フレッド・アステア、マージョリー・レイノルズという3人の主役たちのあいだで、なにかもつれたものがあり、それをチャラにして、新しい年はきちんとスタートしよう、というのではないでしょうか。
dimは、真っ暗にすることではなく、薄暗く灯を落とすことです。カントリー・スタンダード、Dim Lights, Thick Smoke (and Loud, Loud Music)は、タバコの煙立ちこめる薄暗いホンキー・トンク・バーのことを歌っていますが、それといっしょです。
セカンド・ヴァース
With a fond good-bye
And our hopes as high as a kite
How can our love go wrong
If we start the new year right
「やさしい別れの言葉とともに、古い年が死にゆくのを見よう、凧のように高い望みをもっているのだから、新年を正しくはじめれば、どうしてぼくらの愛が道をあやまることがあろうか」
というわけで、旧臘中になにかもつれを残した方、いまからでも遅くないから、もつれをほぐして、「正しく」新年をはじめたらどうでしょうか。って、そんな教訓じみた歌じゃありませんが。
それにしても、凧が高さの象徴になった時代というのは、いくら決まり文句とはいえ、うらやましいようなのどかさです。でも、よく考えると、これは戦争中の作品、kiteには飛行機の意味もあって、いまになると、妙な感じがします。B-29なんか、飛行高度が高すぎて、高射砲はもちろん、大部分の戦闘機も届かなかったのだから、たしかにこれ以上はない高さの象徴といえます。もちろん、そんなのはアーヴィング・バーリンの知ったことじゃありませんが。
◆ ビング・クロスビーとフレッド・アステア ◆◆
映画Holiday Inn自体、アーヴィング・バーリンの原案によるものだそうで、泥縄でシノプシスを読んでみました。ビング・クロスビーはシンガー、フレッド・アステアはダンサーという、現実そのままの役柄で、『イースター・パレード』や『バンド・ワゴン』と同じ、「バックステージもの」です。バックステージものミュージカルのよさは、なんといっても、登場人物がいきなり歌いだしても違和感がないことでしょう。熱心なミュージカル・ファンは、そんなこと関係あるか、とお怒りかもしれませんが。
当然、この映画でも、ビングはたっぷり歌い、アステアはたっぷり踊るのでしょう。アステアの歌だって悪くないのですが、相手はビングですからね。でも、歌よりもっとすごいのはドラミング。『足長おじさん』でアステアのドラミングを見ることができます。若いときからその気で鍛えれば、バディー・リッチと双璧をなすドラマーになったにちがいありません。史上最高のダンサーが悪いタイムのはずがありませんが、それにしても、あのドラミングには驚きました。アール・パーマーも子どものころは、やはりまだ子どもだったサミー・デイヴィスと並び称せられた、有名なタップ・ダンサーだったことを思いだします。
映画Holiday Innは、当時のミュージカル映画の興行収入記録を塗り替えたそうですが、このキャスティングで、全編にアーヴィング・バーリンの曲が流れるのだから、当然でしょう。いまから振り返れば、夢のような豪華さです。そして、この映画からはナンバーワン・ヒット、それも半端ではない大ヒット曲も生まれています。White Christmasです。
あるクリスマス・イヴ、ビングは芸人商売に見切りをつけ、農場を買って田舎に引っ込むことになります。しかし、農場はうまくいかず、ビングは祝日だけ営業するホテル(それでHoliday Inn)をはじめることになります。かなり長い期間にわたる物語で、ヴァレンタイン・デイやらイースターやらのエピソードもあるようです。
ビックリするのは、White Christmasの登場が大晦日のシーンだということです。まあ、映画をつくっているときは、この曲が将来、だれでも知っているクラシックになるとは予想がつかなかったでしょうが、それにしてもなあ、です。しかし、あちらの感覚としては、大晦日もまだクリスマスのうちだから、きっとだれも不思議には思わないのでしょうね。
マージョリー・レイノルズは、芸人志望の女性として登場し、ホリデイ・インの「レジデント」として望むビングと、新しいダンス・パートナーとして望むアステアとのあいだで板挟みになるという設定で、彼女が最終的にどちらのものになるかということが、ストーリーをドライヴするモーターのようです。
それでまあ、いったり来たりやら、鞘当てやら、ささやかな陰謀やらの紆余曲折があり、最後はもちろん、ビリングがトップになっているほうの役者、すなわちビングが恋人を手に入れる、という話だそうです。フレッド・アステアといえども、ビング・クロスビーには一歩譲る位置関係だった(いや、映画のなかのお話ではなく、芸界での位置という意味で)わけで、勉強させていただきました。
シノプシスを読んでも、Let's Start the New Year Rightが劇中のどこに出てくるのかわかりませんが、歌詞から考えれば、エンディング近くではないでしょうか。You Tubeの画像を見ても、マージョリー・レイノルズは、アステアに向かって、あなたはダメ(歌のことですが)といっています。『イースター・パレード』や『バンド・ワゴン』のように、アステアが分の悪い役柄、落ち目または逆風に遭った芸人を演じるのは、この映画が最初だったのかもしれません。もう下り坂に入っていたのでしょうかね。
◆ シナトラのカヴァー ◆◆
フランク・シナトラのヴァージョンもあります。シナトラのセッショノグラフィーにこの曲はなく、最後にアナウンスが入ることから考えて、ラジオ・トランスクリプションだと思われます。声が若いし、音が悪いので、1940年代のものでしょう。
しかし、声が若いというのは格別なもので、シナトラ盤には、ビング盤とはずいぶん異なった味があります。片や大歌手の余裕綽々の歌、片やビングの後継者と目されていた若手人気歌手の甘くさわやかな歌、まだ「アイドル」だったんだなあ、と思います。こういうシナトラもいいですねえ。「大歌手」になるまえのひたむきな姿にも、大きな魅力があります。
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年頭に当たって、みたいなことを書こうかと思ったのですが、柄じゃないのでやめておきます。どういう意図のブログであるかなんて、一度も書いたことがないので、この際、やっておこうかとも思ったのですが、それほどご大層なものでもなく、気随気ままなものですから、たいしていうべきことがないのです。
つらつら考えたのですが、三月は取り上げられる曲がすくなく、なにか奇手妙案が出ないかぎり休みがちになりそうです。もっときびしいのは五月で、いまのところ腹案がまったくありません。しかし、それ以外はどうにかなりそうな感じで、一年間だけのつもりだったこのブログも、一周年の六月末で終わりとはならず、今年いっぱいぐらいはつづけられそうです。
ということで、本年も旧年に引きつづきご贔屓をお願いします。
新年の歌で取り上げたいものがまだあるので、いまのつもりでは、三が日は「営業」し、それからちょっと休んで、冬の歌に入る予定です。