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Pocketful of Miracles その1 by Harpers Bizarre
タイトル
Pocketful of Miracles
アーティスト
Harpers Bizarre
ライター
Jimmy Van Heusen, Sammy Cahn
収録アルバム
Anything Goes
リリース年
1968年
他のヴァージョン
Frank Sinatra, original soundtrack for a Frank Capra picture "Pocketful of Miracles"(邦題『ポケット一杯の幸福』)
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Pocketful of Miraclesも、先日取り上げたトレイドウィンズのNew York's a Lonely Town同様、クリスマス・ソングといっていいかどうか微妙な曲です。いや、冬の歌ですらなく、どちらかというと春の歌かもしれません。

f0147840_437534.jpgしかし、この曲をテーマとしたフランク・キャプラの映画『ポケット一杯の幸福』は、どこからどう見ても、まじりっけなしのクリスマス映画です。なにしろ、「クリスマスのキャプラ」といっていいくらいの人(いや、そんなことをいったら映画史家とキャプラ・ファンに怒られるでしょうが)ですから、クリスマス映画のお手本といっていいほどオーセンティックなつくりになっています。

開巻いきなり、クリスマスの買い物客が忙しく行き交うニューヨークの街頭風景が映り、混声コーラスによるこの曲が流れます。と、こう書くだけの裏づけを得るのに、最初にこの映画を見た高校時代から、じつに35年の歳月がかかったのですが、そういうあれこれはあとまわしにして、まずは歌詞から。

◆ はずむ心の表現 ◆◆
それではファースト・ヴァース。ちょっと変則的な歌詞で、それを文字でどう表現するかは意見が分かれるところでしょうが、とりあえずご覧あれ。

P-racticality D-oesn't interest me
Love's the life that I lead
I've got a pocketful of miracles
And with a pocketful of miracles
One little miracle a day is all I need

「現実なんて興味がない、ぼくの生きている人生は愛そのもの、ポケットのなかには奇蹟がいっぱい詰まっているのだから、あとは一日にひとつ、ささやかな奇蹟があれば、それで十分さ」

冒頭のpracticalityを「ピーラクティカリティー」、doesn'tを「ディーアズント」というように発音しています。そういう趣向の歌詞なのです。ふつうの発音をせず、子どもの言葉遊びのように発音することで、語り手の浮き浮きした気分、子どもっぽいともいえる高揚感、多幸感を表現しています。

じっさい、これほど豪快に幸福感を表現した歌詞はそうはないでしょう。なんたって、ひとつやふたつじゃなくて、ポケット一杯に奇蹟を詰め込んでいるのだから、すでにして完璧に無敵状態なのに、あとは一日にひとつだけ奇蹟があれば十分、だなんて、奇蹟なんてものは、そこらのドラッグストアにいけば、いくらでも買えるサプリメントぐらいにあつかっちゃっているんだから、こりゃたまらん、です。こういう人間のそばには近づかないほうが安全でしょう。怖いものなしなんだから、いつなんどき、天下無敵のトラブルメーカーに変身するかわかったものじゃありません。

バック・コーラスは、I've got a pocketful of miraclesのところでは、no downs、すなわち、悪いことはゼロ、One little miracle a day is all I needのところでは、all ups、すなわち、すべていいことばかり、と幸福感の念押しをしています。いや、どうもごちそうさまで。

◆ トラブルの日もある、とはいうものの…… ◆◆
セカンド・ヴァース。

T-roubles more or less B-other me, I guess
When the sun doesn't shine
But there's that pocketful of miracles
And with a pocketful of miracles
The world's a bright and shiny apple that's mine, all mine

「トラブルにまったく悩まされないってわけじゃないさ、たとえば太陽が顔を出さないとかね、でも、あのポケット一杯の奇蹟があるんだから、この世界はぼくの手のひらに載ったピカピカのリンゴみたいなもの、すべてぼくのものさ」

ファースト・ヴァースだけで終わると思ったら大間違いで、セカンド・ヴァースは多幸感全開のフルスロットル爆走状態です。なんたって、トラブルのように感じるのは天候ぐらいだっていうんだから、恐れ入ります。最後のI guessがまたくやしい。トラブルとはいってみたけれど、それほどのものかどうか確信がなくてね、という念押しです。植木等がさんざん自慢話を吹いたあげく、「いやま、諸君もがんばりたまえ、イッヒッヒヒヒヒ」と高笑いして去っていくシーンそのままです。

ここも、troubleは「ティーラブル」、botherは「ビーアザー」という風に発音しています。

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ハーパーズはヴィジュアル素材があまりないので、1974年にワーナー・ブラザーズがリリースした、めずらしい(かもしれない)彼らのベストLPのジャケットをどうぞ。右肩の黒いステッカーは、一部のトラックがリアル・ステレオではなく、リプロセスト・ステレオであったというお詫び。このLPには、じつはPocketful of Miraclesは収録されていない!
"The Best of Harpers Bizarre" LP, front and back, Warner Brothers K 56044, 1974.

以下はブリッジ。

I hear sleigh bells ringing smack in the middle of May
I go around like there's snow around
I feel so good, it's Christmas every day

「五月のさなかにジングルベルが鳴るのが聞こえる、まるであたりに雪が積もっているようにそこらを歩きまわってしまう、ほんとうに気分がいい、毎日がクリスマスさ」

f0147840_4413713.jpgというわけで、クリスマス・ソングに繰り込んでもかまわないだろうという理由はここにありますが、同時に、「五月のさなか」と、いまが春であるらしいこともわかって、当ブログとしては、痛し痒しのブリッジです。

歌詞にしたがって、たぶん、ひまになるだろう五月にまわしてもよかったのですが、この年になってくると、おいしいものは最後までとっておく、という考え方には縁がなくなるのです。どちらかというと、明日があると思ったら大間違い、let's live for todayという気分なので、こじつけでもなんでも、ささやかな理由があれば、大好きな曲はできるだけ早くやっておこうと考えたしだいです。

◆ どこにでもいる薩摩守タダ乗り ◆◆
サード・ヴァース。

L-ife's a carousel F-ar as I can tell
And I'm ridin' for free
So, if you're down and out of miracles
I've got a pocketful of miracles
And there'll be miracles enough for you and me

「ぼくの見るには、人生は回転木馬みたいなもの、ぼくはそれにタダ乗りしているんだ、だから、きみが落ち込んで、奇蹟をひとつももっていないのならいってくれ、ぼくのところにはポケット一杯に奇蹟が詰まっているんだから、二人の分としては余裕たっぷりさ」

いやもうかたじけない、じっさい、二つ三つ、いや五つ六つ、いや、できれば十ばかり、奇蹟のお裾分けにあずかりたいものですなあ。lifeは「リーアイフ」、farは「フィーア」と発音しています。

最初のとほとんどかわらないブリッジへ。

I hear sleigh bells ringing
..........
I go around like there's snow around
I feel so good, it's Christmas every day

意味は最初のと同じですが、ここではsmack in the middle of mayが省略され、かわりにバンドがジングルベルのフレーズを演奏します。

最後のヴァースもサード・ヴァースに似ていますが、エンディングなので後半が異なっています。

L-ife's a carousel F-ar as I can tell
And I'm ridin' for free
I've got a pocketful of miracles
But if I had to pick a miracle
My favorite miracle of all is you and me

「ぼくの見るには、人生は回転木馬みたいなもの、ぼくはそれにタダ乗りしているんだ、ポケット一杯に奇蹟が詰まっているけれど、ひとつだけ選ぶなら、あらゆる奇蹟のなかでいちばん気に入っているのは、『きみとぼく』という奇蹟さ」

奇蹟にもいろいろ種類があるなんてえ話は寡聞にして知りませんでしたが、思うに、この語り手は、気に入らない、とまではいわなくても、「それほど好きでもない奇蹟」というものまでポケットに詰め込んでいるのですね。

しかしまあ、このヴァースで、語り手の信じがたい多幸感のよって来たるところが恋だとわかり、まあ、それしかねえよな、と納得するのでありました。人間というものの「打たれ強さ」の秘密が提示されているわけですな。好きな異性のひと言で、あらゆる苦痛、屈辱、悲哀、憤怒をすべて流し去り、なろうことなら、この幸福感を見ず知らずの他人にも分け与えたいという、ひどくお節介な気分になるのだから、よくできているというか、神は人間を殺さないようにつくりたもうたというか、詐欺みたいシステムだというか、ほとんど「キャッチ22」じゃんか、なんてよけいなことを思いました。

◆ 「ハーパーズはわたしたちです」 ◆◆
語り手がおそろしく脳天気なものだから、ちょっと意地の悪いことをいいましたが、わたしは昔からこの曲が大好きなのです。

f0147840_4433168.jpgシナトラのヴァージョンはあとにして、長年親しんできたハーパーズ・ビザール盤からいきましょう。ハーパーズの録音メンバーについて、その昔、キャロル・ケイに訊ねたことがあります。ドラムがハル・ブレインに聞こえたからです。彼女の回答は簡単明瞭で、「ハーパーズはわたしたちです」というものでした。ドラムはハル、ベースはキャロル・ケイ、ギターはトミー・テデスコというのが、ハーパーズの録音のレギュラー・メンバーだったそうです。

このメンバーがハーパーズのサウンドを決定したといっても過言ではありません。この曲のもっとも好ましいところは、歌詞に見合った、ハッピーで心地よいグルーヴだからです。歌詞の内容からいって、幸せで幸せでどうにも自分を抑えられない、という気分、思わず軽やかな足取りになってしまう気分を、音してと表現することができれば、この曲は成功します。そして、ハル、キャロル、トミーの三人は、いとも軽々とそのグルーヴを実現しています。

f0147840_4443452.jpgキャロル・ケイは、この程度の仕事になにか重要性があるとは考えていませんでした。わたしが問い合わせるまで、彼女のオフィシャル・サイトのディスコグラフィーには、ハーパーズの名前すらなかったのです。ヒット曲でもなければ、有名なアーティストでもないのだから当然ですが、それよりもなによりも、彼女としては、とくに苦労もせず、ふつうにやった仕事だから、思い出らしいものもなかったのでしょう。

この点については、彼女のほとんど無関心ともいえる態度のほうが正しいと感じます。彼らはこういう気持ちのよいグルーヴをつくることを、日々の当然の仕事としていたわけですし、それができなければ、依頼はこなかったのです。

しかし、彼らがごく当たり前にやった、だれもファイン・プレイだの、スーパー・プレイだのとはいわないであろう、いたって地味なプレイにも、わたしの耳はぐいと引っぱられます。この曲でいえば、ブリッジのI hear sleigh bell ringin' smack in the middle of Mayのあと、ヴォーカルが消えたところでの、シンコペートしたベースのグルーヴの気持ちよさは、彼女がハリウッドのナンバーワン・ベーシストだったことを雄弁に語っています。

◆ コード・ストロークのグルーヴ ◆◆
この曲では、いやハーパーズのすべての曲にいえることですが、ギタリストが活躍する場面はまったくありません。この曲についていえば、ただずっとコードをストロークしているだけです。

しかし、もはやギンギラギンのギタリストにあこがれた中学生ではないわたしは、やはりコード・ストロークのグルーヴに耳を引っぱられます。上述のブリッジのヴォーカルが消えた箇所では、ギターのストロークも耳に入ってきます。ハル、キャロル、そして(おそらくは)トミーの3人が体内にもっている、精密な、同時にきわめて人間的な時計の針が重なって、なんとも気持ちのよい一瞬が生みだされているのです。

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セッション・ギタリストたち 左からハワード・ロバーツ、トミー・テデスコ、レイ・ポールマン

スタジオ・プレイヤーというのは、スーパー・プレイができるから仕事をもらうのだと思っている人たちがいるようですが、そんなことはありません。もちろん、求められれば、世に「ギターヒーロー」などもてはやされている素人衆がやるようなプレイなど、あっさりやってのけますが、そんなことは「業務」のごく一部、たまにやってくれといわれる隠し芸みたいなものにすぎません。彼らのもっともだいじな能力は、楽曲、プロデューサー、アレンジャー、シンガー、そしてだれよりもリスナーが求める、心地よいサウンドをごく自然に生みだす能力です(さらにいえば、制限時間内に、つまり予算の範囲内でそれを実現することもまた重要ですが)。

ハリウッドの、いや、当時のアメリカ音楽をリードしたエース・プレイヤーたちが、いたって「賭け金の低い」ところで、まったく気負わず、ごく当たり前のように、ひょいとやってみせた、非常にナチュラルなグルーヴがPocketful of Miraclesにはあります。それが歌詞の内容とよくマッチしたために、わたしには忘れがたい曲となったのです。

★  ★  ★  ★  ★
そんな予定ではなかったのですが、フランク・シナトラ盤Pocketful of Miracles、フランク・キャプラの映画『ポケット一杯の幸福』、およびそのオリジナルである『一日だけの淑女』、そして、この二作の原作であるデイモン・ラニアンの短編「マダム・ラ・ギンプ」にふれる余裕がなくなってしまったので、残りは明日に持ち越しとします。この曲、この映画、そしてこの原作は、いずれも長年のフェイヴァリットなので、話はどんどん長くなっていくのです。

それから、明日も忘れてしまう恐れがあるので、いま、ここに押し込んでおきますが、ハーパーズ盤Pocketful of Miraclesのアレンジャーはペリー・ボトキン・ジュニアです。

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The LP label of Harpers Bizarre's 2nd album "Anything Goes", Warner Brothers WS 1716.

by songsf4s | 2007-12-04 01:04 | クリスマス・ソング