- タイトル
- Pretty Paper
- アーティスト
- Roy Orbison
- ライター
- Willie Nelson
- 収録アルバム
- The Legendary Roy Orbison
- リリース年
- 1963年
- 他のヴァージョン
- Willie Nelson
クリスマス・ソング、とくにこの半世紀ぐらいにできたものは、おおむね明るく華やかなもので、そうでないものも、せいぜい「しめやか」といったあたりです。悲しい歌、つらい歌というのはあまりありません。今日はやや例外的な、苦味のあるクリスマス・ソングを取り上げます。
◆ にぎわう街角で ◆◆
曲としても好きなのですが、このPretty Paperを忘れがたいものにしているのは、60年代前半のポップ・チューンとしてもまれな、そして、クリスマス・ソングとしてもめずらしい題材をあつかった歌詞です。では、ファースト・ヴァース、といいたいところですが、ヒット・ヴァージョンであるロイ・オービソン盤も、作者のウィリー・ネルソンのセルフ・カヴァー盤も、ともにコーラスから入っているので、まずはコーラスから。
Wrap your presents to your darling from you
Pretty pencils to write "I love you"
Pretty paper, pretty ribbons of blue
「きれいなラッピング・ペーパーと、きれいな青いリボンで、愛する人へのプレゼントを包み、きれいな色鉛筆で「愛しているよ」と書く、きれいなラッピング・ペーパー、きれいな青いリボン」
どちらの盤もコーラスを前に出した理由は、ヴァースを聴けばわかるので、後述します。ここまでは尋常な、ただし、ちょっとジンとくるクリスマス・ソングになっています。
それでは(やっと)ファースト・ヴァース。
Downtown shoppers, Christmas is nigh
There he sits all alone on the sidewalk
Hoping that you won't pass him by
「混み合う街角、道を急ぐ人々の足が彼の脇を行き交う、ダウンタウンの買い物客、もうすぐクリスマス、そのなかで、彼はあなたが自分を無視して通りすぎないようにと願いながらただひとり歩道に坐っている」
近年は見かけなくなりましたが、わたしが子どものころには、道ばたに坐って物乞いをしている人たちがどこの町にもいました。豊かになり、無駄がいっぱいある世の中になったおかげで、空き缶や段ボールなどの廃物を集めたり、コンビニやファースト・フード店の残り物をもらうことで生きていけるようになり、公道での物乞いはしないですむようになっただけで、この歌に登場する「彼」のような境遇の人がいなくなったわけではないのは、ご存知のとおり。いまも、この歌のアクチュアリティーは失われていません。
ハッピーなコーラスから入った理由は、これでおわかりでしょう。クリスマスの楽しげな買い物客でにぎわう店でプレゼントを買い、外に出た瞬間、その正反対のものを見る、という落差を利用するためです。
◆ 人生の立体像 ◆◆
以下はセカンドにして最後のヴァースですが、それが作者の狙いでしょうから、直後にコーラスをつなげてみます。
You're in a hurry, my how time does fly
In the distance the ringing of laughter
And in the midst of the laughter he cries
Pretty paper, pretty ribbons of blue
Wrap your presents to your darling from you
Pretty pencils to write "I love you"
Pretty paper, pretty ribbons of blue
「あなたは立ち止まろうかと思う、いや、やめたほうがいい、忙しすぎる、あなたは道を急いでいる、光陰矢のごとしとはよくいったものだ、遠くのほうで笑い声が起こる、その笑いのさなかに彼は泣きだしてしまう。きれいなラッピング・ペーパーと、きれいな青いリボンで、愛する人へのプレゼントを包み、きれいな色鉛筆で「愛しているよ」と書く、きれいなラッピング・ペーパー、きれいな青いリボン」
対照的な境遇にある二人の人物が、ある日のある瞬間、街角で出会ったその一瞬をみごとにとらえ、われわれの生きているこの現実を、空間のまま立体的に歌のなかに封じ込んだ、みごとな歌詞です。
◆ ロンドン録音? ◆◆
わたしはロイ・オービソンのファンですし、ヒット・ヴァージョンでもあるので、オービソン盤を看板に立てました。しかし、オービソン盤とウィリー・ネルソン盤は甲乙つけがたい出来というか、時代がちがうので、比較するわけにはいかないと感じます。
この曲は62年に書かれたもので、その時点でウィリー・ネルソンが自分で歌ったものはリリースされていません(このときのデモを収録した盤があるらしいが未聴)。オリジナルはロイ・オービソン盤と思われます。ボックスのライナーによると、ウィリー・ネルソンが、オービソンのレーベルであるモニュメントのオーナー、フレッド・フォスターにデモを聴かせ、フォスターがこの曲をオービソンのクリスマス・シングルにすると決定したようです。
オービソンは長いイギリス・ツアーの最中だったため(このとき、ビートル・マニアに遭遇し、のちにビートルズのスタイルを取り込んだOh Pretty Womanを生むことになる)、録音はロンドンでおこなわれたとライナーにあります。しかし、それはどうでしょう。アレンジはビル・ジャスティスで、ナッシュヴィルでデモをつくったとあります。だとしたら、それはデモではなく、ベーシック・トラックではないでしょうか。ピアノはフロイド・クレイマーのプレイに聞こえます。
クレイマーが弾いたものを採譜すれば、ロンドンのプレイヤーにも似たようなタッチは出せたでしょうが、そんな面倒なことをするくらいだったら、クレイマーが弾いたテープをロンドンにもっていき、オービソンのヴォーカルとストリングスをオーヴァーダブするほうがよほど簡単だし、よけいな費用もかからず、まちがいがありません。わたしは、この曲のステレオ・ミックスの左チャンネルにひとまとめになっているリズム・セクションは、ナッシュヴィルで録音されたものと考えます。
この仮定が正しければ、この曲もまた、ベーシック・トラックはバディー・ハーマンらの仕事ということになります。この前後のオービソンのセッションでは彼らがプレイしているからです。
◆ ポップとカントリー、60年代と70年代 ◆◆
冒頭にも書きましたが、クリスマス・ソングというのは、ふつうは「アッパー」なもので、この曲のような「ダウナー」は、当時としては異例です。ふつうなら、会社側が渋るものですが、オーナー自身がシンガーに録音を勧めたというのだから、フォスターというのは、なかなか面白い人だと思います。オービソンがほんとうの意味で成功するのも、フォスターのモニュメントと契約してからのことなので、この駆け出しのオーナーはいい耳をしていたのではないかと思われます。
ただ、肯定的な材料もあったと思います。救世軍の「社会鍋」(まだやっているのでしょうか?)でわかるように、クリスマス・シーズンというのは、弱者救済のときだからです。マーロン・ブランドが歌って踊る、珍なクリスマス・ミュージカル『野郎どもと女たち』(原作はデイモン・ラニアンのGuys and Dolls。共演はフランク・シナトラ!)では、ブランド扮する博奕打ちの「スカイ」は、救世軍の尼さんに惚れてしまいます。
弱者に目を向けることもまた、クリスマスにふさわしい行為であり、たんにそのことを歌った曲がなかっただけと考えれば、業界的には「新機軸のクリスマス・ソング」とみなすことができるでしょう。しかし、やはり、会社にとっても、オービソンにとっても、ささやかなギャンブルではあったと思います。
女性コーラスとストリングスで甘み加えたアレンジと、オービソンの端正な歌いぶりは、この歌詞のダウナーな側面への抵抗を和らげるような形になっています。ヴァースの苦い現実を無視し、コーラスに意識を集中するなら、おだやかなバラッドに聞こえるでしょう。それがプロデューシングの意図だと感じます。象徴的にいえば、美しい包装紙でくるみ、美しいリボンをかけた、スリックなヴァージョンです。時代を考えれば、妥当な措置だったと思います(ふと、同じ時期にニューヨークで、バリー・マンがティーン・ポップに社会性を持ち込もうとしていたことを思いました)。
それに対して、79年のウィリー・ネルソン盤は、苦い現実のほうにアクセントが置かれています。なんといっても、「ならず者カントリー」の旗手、「反逆者」といわれた人なので、きれいごとはなしなのです。とはいえ、この人の魅力も、他のすぐれたカントリー・シンガーとおなじように、情感のある歌い方にあります。たんに、その情感が甘さ一辺倒ではなく、苦味とざらつきという新しい味を加えたところが、旧世代のシンガーとはちがうだけです。彼がシンガーとして長い下積みを経験したのは、時代が彼のスタイルに追いつくまでに時間がかかったからでしょう。
ウィリー・ネルソン盤には、オービソン盤とは大きく異なる点があります。コーラスの冒頭は、オービソン盤では、G-Dというコード・チェンジですが、ネルソンは、この2つのコードのあいだに、もうひとつコードを加えているのです。ネルソン盤はキーがDなので、そちらに転調して書きますが、D-B7-Aというコード・チェンジになっているのです。このオービソン盤にはないB7がじつに効果的で、ハッとさせられます。オービソンが使っていないことでわかるように、メロディー・ラインからいえばなくてかまわない、飾りのコードなのですが、飾りもまた音楽のだいじな一部です。
オービソン盤はキーが高く、素人が歌うような曲には聞こえないのですが、ネルソン盤を聴くと、わたしもひとつ唸ってみようか、なんて気になります。オービソン盤がメインストリーム・シンガーのスタイルであるのに対して、ネルソン盤はカントリー・シンガーのスタイルになっているということのあらわれですが、ギター一本でもできるようになっているし、コードもいたってシンプルなので、このクリスマスにはあなたもどうでしょうか?
◆ R&B風味のカントリー・アルバム ◆◆
最後に、このPretty Paperをタイトルにしたウィリー・ネルソンのクリスマス・アルバムについて。これはいいアルバムです。よくある、ほらよ一丁上がり的な、毒にも薬にもならない安直なクリスマス・アルバムではありません。ネルソン独特のプライヴェートなヴォーカル・スタイルが、当たり前のクリスマス・ソングに新しい味をあたえています。パーソネルは以下の通り。
Produced by Booker T. Jones
Willie Nelson……vocal/guitar
Jody Payne……guitar
Bee Spears, Chris Ethridge……bass
Paul English, Rex Ludwick……drums
Booker T. Jones……keyboards
Mickey Raphael……harmonica
ブッカー・T・ジョーンズのプロデュースというのは、意外な感じがするいっぽうで、なるほどと思います。オルガンもプレイしているので、曲によってはMG'sのように聞こえる一瞬もあります。クリス・エスリッジは、フライング・ブリトー・ブラザーズのオリジナル・ラインアップのひとり。ネルソン自身のギター・プレイもなかなか味があります。