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Wolfman Jack by Todd Rundgren
タイトル
Wolfman Jack
アーティスト
Todd Rundgren
ライター
Todd Rundgren
収録アルバム
Something/Anything?
リリース年
1972年
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本日の当地はあいにくの雨で、月はまったく見えませんが、月齢15日、満月です。満月となれば、やっぱり出るものが出ます。いや、そういうスケデュールで準備していたので、雨天順延というわけにはいかないのです。

◆ 分裂を拒んだ最後の60年代ロッカー ◆◆
昨日は70年代後半にドロップアウトしたことを書きましたが、ふりかえってみると、すでにサイケデリックのときから、長い、ゆるやかな下り坂に入り、66年ごろに感じていた「幸福な合一感」は失っていったように思います。70年代に入ると、なにやらぎくしゃくとした乖離感に悩まされるようになっていきました。

ものすごく単純化すると、本来はひとつだったものが、いくつかに分解してしまい、分裂のはじまるまえの時代に育った人間は、分裂した破片のどれに対しても、またき密着感がえられなくなり、行き場を失っていった、というあたりです。たとえば、片方にハード・ロックというものが生まれ、片方にシンガー・ソングライター(これをジャンルとするのは、いまだに抵抗がある)が生まれ、この二つはまったく交叉しない、という状態のことです。

片やハード・ロックにはメロディーとハーモニーが欠け、片やシンガー・ソングライターにはグルーヴがない(または、非常に劣悪なグルーヴがある)というのでは、わたしのような人間は、60年代に回帰するぐらいしか、できることはなくなってしまうのです。

f0147840_0461932.jpgもちろん、わたしにもしっくりくる盤が、70年代にもいくつかありました。その代表が、トッド・ラングレンのSomething/Anything?です。トッドのナズは、いわば「遅れてきた最後の60年代バンド」だったわけで、彼がハード・ロックにも、シンガー・ソングライターにも分裂できず、メロディーとハーモニーと強いビートの3次元すべてを保持しつづけようとしたのも当然でしょう。彼は70年代的分裂にあらがい、ひとりで60年代をつづけようとしていたのだと思います。すくなくともしばらくのあいだは。

トッドを知ったのは、このアルバムのオープナー、I Saw the Lightがヒットしたときです。わたしには、この曲は「グルーヴのいいキャロル・キング」に聞こえました(つまり、キャロル・キング自身も、彼女の盤も、ひどいグルーヴだったということです)。しっかりしたビートのあるバラッドです。そのつぎが、もうすこしスロウなバラッド、Hello, It's Meです。これも、I Saw the Lightとドラマーはちがいますが、やはりいいグルーヴがあり、しかも、出来のよいメロディーをもつバラッドでした。

そして、今夜の主役、狼男がラジオに登場します。楽曲、サウンドとしては、最初の二曲のヒットのほうがいいと思います。でも、Wolfman Jackは、べつの意味で非常に印象的でした。

◆ 朝霞のオッサン ◆◆
あの時代にFENを聴いていた方ならご存知ですが、ウルフマン・ジャック・ショウは、日本でも聴けました。いや、それどころか、われわれはチャーリー・トゥーナよりも、ジム・ピューターよりも、このノリのいい、だみ声のオッサンを愛していました。

f0147840_113010.jpgなんといっても、週に一回はやったのじゃないかという、ヴァン・モリソンとの「共演」が楽しみでした。ヴァン・ザ・マンのBrown-Eyed Girlをかけては、曲の途中で、このオッサンが「ラララ、ラディーダ! マイ、マイ、マイ」などと割り込んでくるのです。われわれも、134号線の悪名高き渋滞にはまりこんで、手持ちぶさたなときは、車のなかでいっしょに「ララララディーダ!」とがなったものです。

ところが、時代が呑気というか、われわれだけが呑気だったのか、このオッサンが何者かということは、まったく知りませんでした。このオッサンは日本にいて、毎日、所沢だか朝霞だかの局から、ララララディーダとわめいているのだばかりと思いこんでいたのです。

f0147840_1501146.jpgその「朝霞のオッサン」のことを、トッド・ラングレンが歌って、しかも、その曲を、当の朝霞のオッサンが自分の番組で流したのだから、わけがわからなくなりました。ひょっとしたら、このオッサンはアメリカでも有名なのか、それとも、なにかコネを利用して、トッド・ラングレンにテーマ曲を頼んだのだろうか、なんて思ったのであります。

このあたりで、ウルフマン・ジャックという人物のバイオを読んだだろうなんて思うのは、グーグルが当たり前の時代に育った若者だけです。朝霞のオッサンの謎はなにも解決せず、われわれはクウェスチョン・マークを宙に浮かべたまま、さらに数年後、映画館に入ります。外題は『アメリカン・グラフィティ』。

f0147840_1231049.jpgルーカスはまだぺえぺえの「新人監督」、リチャード・ドレイファスの名前もこの映画ではじめて見た、ということを見落として、後年の有利なパースペクティヴから判断しないでいただきたいのですが、わたしの印象は「モンスターの出てこないロジャー・コーマン映画」というものでした。予算だって、ロジャー・コーマン映画よりちょっと多いぐらいだったのじゃないでしょうか、チープなB級映画だけれど、撮影はパー以上、細部にウィットが感じられる、音楽の使い方はところどころ同感できる、といった感じです。

いや、そんなことはどうでもいいのです。ダレはじめた後半、なぜだか忘れましたが、主人公は放送局に押しかけ、DJに会います。これがウルフマン・ジャックだといわれても、「朝霞のオッサン」の顔なんか見たこともないからわかるわけがないのですが、あのだみ声は、まさしく朝霞のオッサンでした。まったくもって、マイ、マイ、マイ、ララララディーダです。朝霞のオッサンが、後年、伝記が出版されるほど有名な、まさしく伝説的DJなのだということを知ったのは、この映画のおかげだったのです。

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狼男と吸血鬼、ではなく、American Graffitiのワールド・プレミアでのウルフマン・ジャック(左)とキム・ファウリー。ファウリーはこの映画の選曲に関わったのだとか。さすがは「ハリウッドの主」、どこにでも鼻を突っ込んでくる。

◆ ドラマー、トッド・ラングレン ◆◆
トッド・ラングレンのSomething/Anything?は、いまでもしばしば聴いています。ファンのあいだでは当然、いろいろな意見がありますが、わたしは、トッドはこのアルバムに尽きると思っています。これほど楽曲のそろった盤は彼のカタログには他にありませんし、すべてを自分でやった盤もほかにもう一枚と数トラックあるだけだからです。

f0147840_15335100.jpgこのダブル・アルバムのうち、Hello It's Meを含む4面以外の、1面から3面までは、トッドがすべての楽器とすべてのヴォーカルをひとりでやっています。つまり、ドラマーはトッド自身だということです。それが、トッドの他の盤とSomething/Anything?(およびHermit of Mink Hollow)の決定的な違いです。グルーヴがまったくちがうのです。

ドラマーとしてのトッド・ラングレンをほめる人はあまりいないだろうから、あえていいます。彼はいいドラマーです。もちろん、素人だから、ミスは多いし、意図したことの半分も実現できていませんが、それでも、70年代に活躍した二流のスタジオ・ドラマーなどより、ずっと好ましいプレイをしています。

タイムはかなりいいほうです。ミスをするのは、タイムの悪さではなく、手が思ったように動かないことによります。したがって、2&4だけの「空の小節」の出来はよく、フィルインで、早く入りすぎたり、8分や16分の拍と拍のあいだが詰まりつぎて、すこし喰ってしまうというミスをするだけです(まあ、ロールがロールにならないという、ものすごいミスもありますが、あれをリテイクせずに残したのは意図的にちがいありません)。

トッドのドラマーとしての美点は、彼がソングライターであり、シンガーであり、アレンジャーであり、プロデューサーであり、エンジニアであることからきています。ドラミングの設計意図が明白で、どの場面で、どういう表現をしようとしているかがはっきりとわかり、「ボケッとしてないで、もっと考えて叩けよ」という、多くの凡庸なドラマーのプレイに感じる苛立ちを覚えずにすむのです。ドラム・クレイジーの精神衛生上、これほどありがたいドラマーはいないといっていいくらいです。

◆ 設計意図 ◆◆
たとえば、アルバム・オープナー、I Saw the Lightのドラミングがどう設計されているか見てみましょう。

イントロからファースト・ヴァースのはじめのあたりは、2&4を使っていません。譜面を示せないので細かいことは端折りますが、シンコペートした裏拍をタムタムとスネアで交互に叩いています。シンバルはライドの8分、リヴェッティッド(鋲打ち)・ライドではないでしょうか。

この裏拍によるプレイはすぐに、ノーマルな表拍のプレイ、タムタムで8分2打、スネアで4分1打の変形2&4パターンに切り替えられます。この変化は、ふつうは気づかないでしょうが、微妙にサウンドの色合いを変えるのに寄与しています。

コーラス(then you gazed up at meから)では、シンバルはハイハットの8分に切り替え、左手はスネアのみのストレートな2&4にします。シンバルの切り替えはつねに効果的なもので、この部分はヴァースとはまったくちがう色合いになっています。

f0147840_1572454.jpgギターによる間奏(これもインプロヴではなく、同じフレーズを2回弾いている。こういう重ね方は好み)では、またパターンを変えます。シンバルはライド・ベルで、8分ではなく4分、左手は、それまでのタムタムの表拍はなしにし、裏拍だけで、シンコペーション感覚を強調しています。そして、最後のヴァースに戻ると、リズム・パターンももとに戻します。

ここには、無意識に叩かれたビートはほとんどありません。すべて、あらかじめ計算されたプレイです。ハル・ブレインが叩いたトラックのアウトテイクを聴くとわかりますが、たとえば、サム・クックのAnother Saturday Nightのように、フリー・フォームでフィルインを叩きまくっているように聞こえるトラックでも、フィルまで含め、すべて譜面どおりに叩いているのであって(といっても、その譜面自体は自分で考えるわけですが)、その場の思いつきで叩いたビートはありません。リハーサルの段階で譜面が固まったら、あとは何度リテイクしても、プロデューサーから注文がつかないかぎりは、その譜面どおりに叩いているのです。

ジャズとポップの決定的な違いはここにあります。思いつきの音ではダメで、きちんと設計し、ひとつひとつのパーツを適切な場所に配置し、頑丈な高い塔を組み上げていく構築的、立体的な音楽がポップです。ジャズはその場の思いつきでできた平屋の音楽です。

ポップ/ロックの世界でも、その場の思いつきでプレイしているバンドは少なくありませんが、そういうやり方ではすぐれたものは生まれません。Something/Anything?のように、ひとりですべての楽器とヴォーカルをやって曲を構築するというのは、まさに計算がすべてといってよいほどで、思いつきが入りこむ余地はほぼゼロです。完成品がどうなるのか、隅々まで計算できていなければ、録音にとりかかることすらできません。

シーケンサーとHDD録音機がある現在とはちがいます。トッドがSomething/Anything?をつくったときには、録音状況を視覚的にリアルタイムで確認する方法はなかったのだから、行き当たりばったりに録音して、途中で修正していくという方法は採れません。もちろん、じっさいには計算間違いをして、修正をあきらめたトラックもあったと思いますが、理想的にいった曲もあると感じます。It Wouldn't Have Made Any Differenceなど、複雑な事前の計算と、その実際のインストレーションの両方がうまくいった理想的なトラックだと感じます(この曲でも、トッドは各部分ごとにドラムのリズム・パターンを変化させている)。

◆ ふたたびグルーヴの問題 ◆◆
ブライアン・ウィルソンのPet Soundsを聴いていても思うのですが、結局、頭のなかでいくつのパートを同時に鳴らせるかの勝負ではないでしょうか。想像力だけでどこまで遠くに行けるか、です。ブライアンにしても、トッドにしても、完成品の音が頭のなかで鳴っていたから、Pet Soundsをつくれたのであり、Something/Anythin?をアレンジできたにちがいありません。

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トッドはブライアンほど複雑な音は鳴らしていません。それでも、できあがったものを聴いていて、たとえば、Cold Morning Lightのリズム・チェンジの繰り返しなど、どうやって録音したのだろうと首をひねります。トッドも、頭のなかで鳴っている音を、自分ひとりだけでどうやってじっさいの音にするか、首をひねったはずです。そして、こうやってやれば、ちゃんと録音できるはずだ、という目算が立ってから録音にとりかかったにちがいありません。その想像力のありように、慕わしいものを感じます。

Wolfman Jackは、コードはおおむね3種類で、このアルバムのなかでは、比較的、計算のストレスが小さかったであろう、シンプルな曲です。それでも、ただボケッと録音するわけにはいかない複雑さ、計算されたアレンジのもとでつくられています。ストップ・タイムもありますし、ホーンとコーラスとギターのオブリガートとの兼ね合いも計算しておかなければなりません。ざっと勘定すると、ドラム、ベース、ピアノ、ギター、サックス(3本か?)、ハーモニー(2系統で4人分から5人分)、これだけのバッキングの配置を考えたうえで作られています。

そして、なによりも重要なことは、こういうコードが単純な、アップ・テンポのロッカーでは、グルーヴのプライオリティーが高くなるということです。1パートずつ録音していくなかで、グルーヴが死なないように、トッドが神経を使ったであろうことは想像に難くありません。できあがったものは、ダメなバンドが一発録りしたよりも、よほどエキサイティングなグルーヴになっています。これなら、「朝霞のオッサン」も自分の番組で流して、いっしょになってだみ声で大騒ぎをすることができます。

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ラララ、ラディーダ!

ある友人が、多重録音は好きじゃない、複数の人間が同時にプレイするときのダイナミズム、緊張感がない、といっていました。わたしはそうは思いません。ダイナミズム、緊張感がないのは、ダメなグルーヴをもつ人間がつくった音楽であり、いいグルーヴをもったプレイヤーなら、ひとりでスタジオにこもって音を積み重ねていっても、いいグルーヴがつくれます。それはトッドよりずっと昔、1951年にレス・ポールがHow High the Moonですでに証明済みのことで、トッドはそのさらなる例証を積み重ねただけです。

◆ ほんのさわりのみ ◆◆
このブログの目的は、歌詞をこと細かに検討することではなかったのですが、いつも歌詞から入ってしまい、残り時間が少なくなって、肝心のサウンドの検討をそそくさとすませざるをえなくなるという悪循環に陥っていたので、今夜は逆にしてみました。時間切れになったら、サウンドではなく、歌詞の検討のほうをそそくさと切り上げようと考えたのです。予想どおり、残り時間はごくわずか、ファースト・ヴァースをざっと見るだけにします。

Full moon tonight, everything's all right
Baby come on back to wolfman jack
If you want yourself a day man, well I don't mind
You just ditch him when the sun goes down
'cause the moon shines bright
And everything's all right
When the wolfman, he creeps into town

「今夜は満月、すべては申し分なし、狼男ジャックのところにもどってこいよ、昼がほしいだって? そんなの知ったことか、日が沈んだら、狼男のことは忘れりゃいい、なんたって月は煌々と輝き、狼男が町に忍び寄る夜なんだからな」

長い歌詞の曲ですが、とくに歌詞が面白い曲というわけでもないので、あとは略させていただきます。この先が気になる方は、検索なされば、たくさんヒットするはずなので、そちらをご覧ください。
by songsf4s | 2007-10-27 00:39 | Evil Moonの歌