わたしの場合、70年代後半から「暗黒時代」に入った兆しが見えはじめ、土曜の午後、ダイアル810に合わせ、ケイシー・ケイサムのAmerican Top 40を聴く習慣もいつのまにかなくなりました。大ざっぱにいうと、ディスコの時代のはじまりとともに、わたしのリアルタイム音楽生活は終わったことになります。
70年代後半のチャートを眺めると、もっていたいと思う曲は一握りにすぎず、80年代なかばからとりかかった、ビルボート・トップ40集めでも、1955年、エルヴィスのデビューから1975年までと時代を区切ることに決め、70年代後半以降のものは、ふだん持ち歩くチャート・データのプリントアウト(ドット・インパクト・プリンターの印字! どこかにあの騒々しいプリンターが生きているだろうかと、I Wonder Who's Kissing Her Nowのような気分になる)にも含めませんでした。
対象外とした70年代後半の曲のなかで、この曲は買っておかなければ、と思った例外が、今夜の曲、スターバックのMoonlight Feels Rightです。ラジオで聴いていても、強く印象に残るサウンドでした。その点はあとまわしにして、歌詞から見ていきます。
◆ フランスのコネ??? ◆◆
ファースト・ヴァース。よくわからないところのある歌詞ですが、まあ、テキトーに。
I caught it in my hands today
I finally made a tricky French connection
You winked and gave me your O.K.
I'll take you on a trip beside the ocean
And drop the top at Chesapeake Bay
Ain't nothing like the sky to dose a potion
The moon'll send you on your way
「風向きのおかげで幸運が舞い込み、今日、それをしっかりつかみ取った、やっとトリッキーなフレンチ・コネクションに成功して、きみはウィンクし、承知してくれた、海のそばまでつれていって、チェサピーク湾で車の幌を下ろすんだ、薬を一服やるのに、空の下ほどいいものはない、月が遠くに運んでくれるから」
音もどこか奇妙なのですが、歌詞もなんだか不思議なものです。考えすぎかもしれませんが、ヴードゥーの陰がチラチラしていて、それでこの曲を先月のHarvest Moon特集では取り上げず、今月にまわしたしだい。
「フレンチ・コネクション」はなんのことかさっぱりわかりません。ジーン・ハックマンがフランス野郎を相手に奮闘し、結局、あと一歩のところで一敗地にまみれてしまう、映画『フレンチ・コネクション』の場合は、日活映画でいうところの「麻薬ルート」のことを「コネクション」といっていましたが、それがこの曲に関係あるのかどうか、見当もつきません。
ラジオで流れてヒットした曲が、そんなまずいことを歌っているようにも思えないので、麻薬の線はないことにすると、こんどは男女関係の意味でのコネクションを思い浮かべるのですが、それに「フレンチ」がついちゃっていいものかどうか、これまた考えこみます。いや、つまり俗語のFrenchには、いろいろ意味があって……ムニャムニャ。



potionといえばLove Potion No.9が思い浮かぶわけで、まあ、薬は薬なのですが、medicineやdrugという場合の医薬品の薬とはちょっとちがい、「霊薬」なんていう訳語があてられています。Love Potion No.9に出てくる薬も、アンダーグラウンドまで含めてそこらで売っている薬ではなく、謎の惚れ薬であり、だから、medicineでもなければ、drugでもなく、postionを使っているわけです。
この曲も、そういうたぐいの怪しげな、いわば空想上の「薬」をいっているのでしょう。これがたとえば、コカインを指すだなんて思われたりしたら、ラジオのエア・プレイはほぼゼロになってしまうはずで、この曲が大ヒットしたということは、だれもそういうようには勘繰らなかったことを証明しています。
◆ 「ものすごくものすごい」のだろうか? ◆◆
Moonlight feels right(「月もちょうど頃合いはよし」といったぐらいの意味でしょう。月齢と色事には密接な関係があるという仮定がないと出てこない歌詞)と繰り返すだけのコーラスがあって、セカンド・ヴァースへ。
And watch the moon smilin' bright
I'll play the radio on southern stations
Cause southern belles are hell at night
You say you came to Baltimore from Ole Miss.
A class of seven four gold ring
The eastern moon looks ready for a wet kiss
To make the tide rise again
「寝転がって星座を観察し、月が明るく微笑むのを眺めよう、ラジオは南部の局にしよう、南部の女たちは夜になるとすごいから、きみはミシシピーからボルティモアにやってきたという、74年卒の金の指輪、東の空の月は、ウェット・キスでまた潮を満ちさせようとしている」

この歌で、現実に、すでに起きたことは、時制の使い方から考えるに、彼女が「いいわよ」と承知したところまでで、あとは語り手の空想ないしはプランにすぎません。このヴァースも、すでに起きたことは皆無で、これから起きるであろうことのみが語られています。だから、彼女がじっさいにミシシピーの出身かどうか、74年に大学(ミシシピー州立大?)を卒業したかどうかわかりません。そういうタイプの女性であろうと空想しているだけなのかもしれないのです。
◆ どこがどう痒いのやら ◆◆
また、Moonlight feels rightというコーラス、さらにマリンバおよびシンセサイザーの間奏をはさみ、ラスト・ヴァースへ。
And watch it fade the moon away
I guess you know I'm giving you a warning
Cause me and moon are itching to play
I'll take you on a trip beside the ocean
And drop the top at Chesapeake Bay
Ain't nothin like the sky to dose a potion
The moon'll send you on your way
「日曜の朝、太陽が昇り、月をかき消すのを見よう、きみに警告していることはわかっていると思うけれど、ぼくと月は遊びたくてうずうずしているんだ、きみを海のそばにつれていこう、チェサピーク湾のところで車の幌を下ろすんだ、薬を一服やるのに、空の下ほどいいものはない、月が遠くに運んでくれるから」
itching to playがよくわからないし(なにをプレイするというのか?)、なぜ月までそこにふくまれるのかも奇妙です。itchはかゆみなので、なんとなく、品のよくないことを思い浮かべちゃいます。だいたい、はじめから清く正しい恋の雰囲気はなく、いきなり一晩で決着をつけようとする意図が語り手のいうことに感じられると思うのですが、どんなものでしょうか。
◆ 「強い」デビュー・シングルの副作用 ◆◆
このところ、ムーグやアープなどのアナログ・シンセサイザーの野太い音が懐かしくなり、そういうものをよく聴いています。「シンセサイザー」とひとくくりにされていますが、アナログ・シンセとディジタル・シンセではまったく音がちがいます。片やアナログは、プレイヤー(というよりプログラマー)によって音が異なり、したがって楽器としての要件を満たしているのに対して、片やディジタルは、だれがやっても同じ音、楽器ではなく、機械に分類されるべきものと感じます。
こんな簡単なことなのに、ディジタル・シンセの音があふれかえったときは、どうして居心地悪く感じるのかよくわかりませんでした。楽器じゃないのだから、快感に直接には結びつかないほうが正常で、あれが直接的な快感になるとしたら、工場の騒音が音楽に聞こえるようになったみたいなもので、感覚が狂ったということでしょう。

歌詞はへんてこりんで、意味不明のところがあちこちにありますが、サウンドはすばらしいものです。マリンバ、シンセ、そしてドラムも、すべてがピタリとはまり、あざやかなサウンドスケープを生みだした、じつに幸福なシングルです。
アルバムを聴くと、こんなにうまくいっている曲はなく、みなどこかぎこちない出来です。そしてなによりも大きいのは、Moonlight Feels Lightには感じられる奥行きがなく、ひどく平べったい、ボール紙のようなサウンドばかりだということです。Moonlight Feels Lightだけは、月の魔物のおかげか、ヴードゥーのおかげか、霊薬のおかげか、なんだか知りませんが、偶然にすべてがうまくいってしまったのでしょう。

Moonlight Feels Rightには、たんなる(官能的な)ラヴ・ソングに終わらない、なにか得体の知れないものが隠れている感触があります。それこそ月の魔物みたいなものが、音の向こうに潜んでいるのです。キャッチーであると同時に、そういうもやもやした正体不明のものの感触があるのはこの曲だけで、あとはみな、たんなる平たいポップ・ソングなのです。
こういうのは、意図してどうにかなるものではなく、フォロウ・アップがうまくいかなかった理由をたとえ彼らが自覚していたとしても、どうすることもできなかったでしょう。そういう不思議な奥行き、厚み、深みというのは、つくるものではなく、授かるものだからです。
◆ 瞬時に消えた永遠 ◆◆
わたしはMoonlight Feels Rightというトラックが好きなだけであって、作り手にはあまり興味がなく、また、シングル盤というのは、本来、そういう匿名的なもの、ただ音だけが独立して宙にあるものなのだと思います。いちおう、そうお断りしておき、最低限のバイオを書いておきます。

編集盤でこの曲だけもっていますが、これといって取り柄のない凡庸な楽曲のまわりにゴテゴテとハーモニーの飾りをつけて、なにかあるように見せかけただけの、あの時代にはよくあったタイプの張りぼてサウンドで、ビルボード69位というチャート・アクションは、楽曲の実力以上、出来すぎの順位だと思います。

なにか、もうすこし書くようなことがあると思ったのですが、ミシシピー生まれが歌詞に関係がある、これを書いておけば、それで十分なようです。それ以上の興味がある方は、ファン・サイトのバイオでもご覧になってみてください。
繰り返しになりますが、やはり野におけ、というヤツで、ラジオでシングルを聴いているときに感じた謎めいた印象は、アルバムを聴くときれいさっぱり消え失せ、厚さ1ミリのボール紙にすぎないことがわかって、じつにもって興醒めです。ときには、あれこれと聴かないほうがいいこともあるようです。いや、ときには、ではなく、たいていの場合は、でしょうかね。