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Stormy Weather その2 by Django Reinhardt
タイトル
Stormy Weather
アーティスト
Django Reinhardt
ライター
Harold Arlen, Ted Koehler
収録アルバム
Django In Rome 1949-1950
リリース年
未詳
他のヴァージョン
Lena Horne, Frank Sinatra, Jackie Wilson, Joni Mitchell, Gladys Knight, Diana Ross, Earl Grant
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◆ 「知り合い」のお父さん ◆◆
リーナ・ホーンのStormy Weatherは、1941年12月15日録音と記録されています。1941年は昭和16年です。太平洋戦争の開戦は、日本側の日付では、この年の12月8日。開戦から一週間後に、この曲は録音されたことになります。

以前から予定されていたことで、戦争と無関係なのかもしれませんが、わたしにはどうも関係があるように思えます。戦意昂揚にはつながらず、どちらかといえば厭戦気分を助長するような曲ですが、制作者の頭のなかには、真珠湾の被害、そして、東南アジア戦線での連合国側の連戦連敗があったのではないかという気がしてしかたありません。

その当否を判定する材料は見つからないので、かわりにパーソネルでもご覧ください。じつは、ハリウッド録音なのです。さすがにこの時代のものは、サウンドを聴いても、録音場所を判断することはできません!

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この時代には、「知り合い」なんかいやしないと思ったのですが、これが左にあらず、ちゃんと知っている人がいました。ギターのペリー・ボトキンです。この人がもちろん、ペリー・ボトキン・ジュニアのお父さん。Wonderful Summerで宿題として棚上げにしたことをやっと片づけることができました。

マニー・クラインというトランペッターは、リーナのヴォーカルに対して、コール&レスポンスのような形で、ミュートでなかなかいいオブリガートをつけています。

◆ 他のヴォーカル盤 ◆◆
残りのヴァージョンを見ていきます。まず、ヴォーカルものから。

f0147840_23591664.jpgどれも文句なしとはいかず、いろいろ不満があるのですが、しいていうと、ジャッキー・ウィルソン盤が好みです。弦の使い方がなんだか青江美奈の「伊勢佐木町ブルース」みたいで、ここでもまた、日本的な「ブルース」を連想してしまいます。リトル・ウィリー・ジョンのFeverも似たようなストリングス・アレンジで、ほかにもまだ類似のものがあったと思います。「伊勢佐木町ブルース」のアレンジは、きわめて日本的なもの、歌謡曲的なものと思っていましたが、案外、アメリカの曲を下敷きにしているのかもしれません。

f0147840_024985.jpgつぎはやはりフランク・シナトラでしょうか。この曲でのシナトラの歌そのものはあまり好みではありませんが(スロウな曲でのシナトラは概して苦手)、ゴードン・ジェンキンズのアレンジにはうなります。ファースト・ラインのDon't know whyにくっついて出てくるストリングス(および、ごく薄い管、おそらくはフルート)のオブリガートだけで、すぐにそれとわかっちゃうほど、ジェンキンズ印がそこらじゅうにペタペタ押してあります。いやはや、弦の裏に薄く管を重ねる技には感心します。予算潤沢じゃなければ、こういう羽織の裏に凝るようなことはできないでしょうから、シナトラならではのサウンドともいえるわけですが。

f0147840_042776.jpg女性陣は、レベルの低いところでドングリの背比べとくるから困ったものです。しいていうと、オーケストラの豪華さでジョニ・ミッチェル盤でしょうか。ジョニのヴォーカル自体は、彼女も「マリアンヌ・フェイスフル症候群」に罹患したことがよくわかるおばあさん声で、十年後には魔女だろうなあ、とガッカリしてしまいます。ジョニ・ミッチェルという金看板があるから手をもらえるだけのことであって、これが素人のど自慢だったら、だれも拍手なんかしないでしょう。

f0147840_092694.jpgしかし、オーケストラはすごいものです。もともとはAT&Tが顧客に配るためにつくった盤に収録されたものだそうです。さまざまな女性歌手を一堂に集めておこなわれたコンサートでのライヴ録音で、なるほど、巨大企業が金に糸目をつけずにやったわけね、と納得しました。そうじゃなければ、こんな大オーケストラの費用は正当化できないでしょう。これで利益を出そうとしたら、オーケストラのサイズは半分以下に縮小するしかありません。フロントの女性シンガーたちの顔ぶれはじつにつまらないのですが(彼女らのせいではなく、こちらが年寄りなので、みんなつい最近「スター」になったお子様歌手に見えるだけです)、シンガー抜きなら、このライヴ盤の録音会場にいて、オーケストラを聴きたかったと思います。さぞかし強烈なサウンドだったことでしょう。

f0147840_0113132.jpgグラディス・ナイトは、まあ、年を取ったら、そういう方向しかないよね、と同情はできます。サウンドも、そこそこのものです(ブースのメンツはトミー・リピューマ、フィル・ラモーン、アル・シュミットと、タイム・マシーンに乗って70年代に飛んでしまったようなぐあい)。でも、アルバムを通して聴くと、思いきりダレます。まあ、こういう音楽はそもそもダレるのが目的なのだろうから、それでいいのでしょうが、わたしのようなジャズ嫌いは、すこしはシャキッとせんかい、と星野仙一となってしまうのでありました。

こういうラウンジ風味のジャズ・ヴォーカルというのは、そこらの半チクなおネエちゃんが、あたしも大人になったよねえ、とかいって一杯やりつつ、しみじみするするための音楽であって、一人前の大人、大の男が聴くものじゃないでしょう。オレは八十になっても、こういうだらけきった退廃的音楽を聴くような堕落のしかただけはしないぞ、と誓っちゃいました。グッド・ロッキン・エイティーズを目指して生き抜くぞ。

f0147840_0132895.jpg年を取らなくてもすでにたっぷり腐っていたのがダイアナ・ロス。下手なくせに、ジャズ・シンガーっぽくやってみたかったのでしょう。所詮、器ではないし、そもそも、前提がおおいなる勘違いで、みなこうして、ババアになってパアになって腐って終わっていくわけだな、とうんざりさせられました。そもそも、好きでもないシンガーの、ろくでもない盤を、オレはなんだって買ったのか、と昔の自分の馬鹿さかげんに腹を立てています。

◆ インスト盤2種 ◆◆
f0147840_016088.jpgジャンゴ・ラインハルト盤はイケます。わたしは、アコースティックでのプレイはあまり好きではないのですが、腐ったおばあさんたちを立てつづけに聴いたあとに出てきたら、こりゃやっぱりいいなあ、と思いました。買っただけで、ろくに聴いていなかった盤なのですが、ダイアナ・ロスの腐りきった歌のおかげで、買っておいてよかったと感じました。弦や胴のせいではなく、弾き方のせいだと思うのですが、ジャンゴ・ラインハルトという人は、アコースティックなのに、独特のトーンをもっています。なぜそうなるのかは、わたしには謎なんですが。

f0147840_0184011.jpgアール・グラントは、At the End of a Rainbowのヒットが有名ですが、歌は余技で、本職はピアニスト、オルガニストでありまして、Stormy Weatherでは、タイトルに合わせて、イントロではちょっとワイルドなオルガンのプレイ(キース・エマーソンはグラントの物真似だったのね、なんてことはないですが)を聴かせてくれています。パーソネルの記述はないのですが、ピアノも味のあるプレイをしています。グラント自身のオーヴァーダブでしょうか。

歌もの、とくに女性陣はめげるものばかりでしたが、この2つのインスト盤はどちらも出来がよく、ホッとします。ガッツのあるサウンドはやっぱりけっこうですねえ。音楽は年齢じゃないと思うのですが、女性たちはみな最後は年齢にしてやられるようです。年を取って味が出るのは男ばかり哉。ああ、秋風が身に染みる。

◆ アーレン=ケーラー・コンビ ◆◆
Stormy Weatherの作曲者、ハロルド・アーレンの曲は、当ブログでもすでにIt's Only a Paper Moonをとりあげています。あのときは、時間がなくて、ネグってしまいましたが、今回はそうもいかないので、すこしは作者と背景について書いてみます。

f0147840_0225862.jpgアーレンはジュディー・ガーランドの『オズの魔法使い』のスコアを書いたのだそうです。ということは当然、あの映画の主題歌である、Over the Rainbowも書いたことになります。ほら、偉い人が出てくるからスタンダードはイヤだっていったとおりでしょう? アーレンのオフィシャル・サイトのMusicページで代表作を聴けるようですので、よろしかったらどうぞ。わたしはReal Audioはいっさい聴かない主義なので、聴いていませんが、けっこうな数の曲が並んでいます。このサイトでは、経歴を読ませていただき、アーレンとStormy Weatherの作詞家テッド・ケーラーの2ショット写真をいただいてきました。

ハロルド・アーレンは、ニューヨーク州バッファロー生まれ(たしか、トミー・テデスコも同郷です)のジュウィッシュで、音楽教師になってほしいという母親の希望でピアノを習い、その希望とは裏腹に、ポピュラー・ミュージックにとりつかれ、十代なかばからバンド・リーダーとして活躍するようになりました。

f0147840_0261244.jpg彼の夢はつねにシンガーだったのですが、アレンジと作曲の才能を認められ、(たぶん)ティン・パン・アリーの楽曲出版社と契約し、作詞家のテッド・ケーラーと組んで最初に生まれたヒットが、1929年のGet Happyだそうです(うちにもシナトラをはじめ、4種のヴァージョンがあります。「ハッピー・ソング特集」なんていうのをやりましょうかね)。十代のアーレンはラグタイムのシンコペーションが好きだったそうですが、それが反映されたにぎやかな曲です。この曲で、アーレン=ケーラーは、「ブルージー・リズム・ナンバー」のチームとみなされるようになったとか。

20年代終わりから30年代はじめにかけて、アーレン=ケーラーは、かのコットン・クラブのショウのために曲を書くようになり、ここから多くのヒット曲が生まれました。1933年のStormy Weatherも、コットン・クラブのキャブ・キャロウェイが歌うことを念頭に書かれたものの、結局、エセル・ウォーターズが第21回の「コットン・クラブ・パレード」ショウで歌うことになったそうです。この曲のレオ・レイズマン・オーケストラ盤が評判を喚んで、コットン・クラブもおおいににぎわったと書かれているので、オリジナル・ヒットはレオ・レイズマン盤ということになるようです。

まだハロルド・アーレンのサクセス・ストーリーははじまったばかりですが、目的の曲にたどり着いたところで、切り上げさせていただきます。It's Only a Paper Moonまではいきたかったのですがねえ。
by songsf4s | 2007-10-15 23:55 | 嵐の歌