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Full Force Gale by Van Morrison
タイトル
Full Force Gale
アーティスト
Van Morrison
ライター
Van Morrison
収録アルバム
Into the Music
リリース年
1979年
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気象用語の基準というのは、どうやら各国まちまちのようで、昔、日米の風力の表現を比較検討したことがありますが、まったく異なった考え方を前提としていることがわかりました。

科学の世界で計測基準が共通化されていないのは、ちょっとめずらしいことではないかと思うのですが、それだけ気象というものが人間の生活に密着していることをあらわしているのでしょう。

Galeという言葉を辞書で引くと、「1 疾風、大風;【海・気】 強風 《時速 32-63 マイル; ⇒→BEAUFORT SCALE》;《古・詩》 微風 a ~ of wind 一陣の強風」などと書いてあります。

この曲のタイトルはFull Force Galeなのですから、「No.7 moderate gale or near gale(強風)、No.8 fresh gale or gale(疾強風)、No.9 strong gale(大強風)、No.10 whole gale or storm(全強風)」と4段階に分かれているgaleのなかでも、最大の「全強風」と解釈するべきでしょう。日本式にいうと、全強風は毎秒24.5から28.4メートルで、小さな台風なみの風速です。この上にはもう「暴風」と「台風」しかありません。

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考えてみると、ゲイル・ストームというシンガーは、とんでもない芸名をつけたものです。「嵐強風子」ですからね!

◆ 強風に乗った速い展開 ◆◆
それではファースト・ヴァース。

Like a full force gale
I was lifted up again
I was lifted up again by the Lord

「とてつもない強風のように、わたしはふたたび宙にもちあげっれた、ふたたび主にもちあげられたのだ」

とりあえず、ここは検討せずに、つぎのヴァースへ。

And no matter where I roam
I will find my way back home
I will always return to the Lord

「どこを漂泊していようと、家に帰る道は見つかるだろう、わたしはつねに主のもとに帰るだろう」

サード・ヴァース。

In the gentle evening breeze
By the whispering shady trees
I will find my sanctuary in the Lord

「おだやかな夜のそよ風のなかで、よく茂ったさわさわと騒ぐ木のそばで、わたしは主のなかに聖域を見つけるだろう」

Sanctuaryは、「聖域」より「避難場所」とみなしたほうがいいかもしれません。

ブリッジ。

I was heading for a fall
Then I looked up and saw
The writing on the wall

「わたしは真っ逆さまに墜ちようとしていた、そのとき、顔を上げると、壁の落書きが目に入ったのだった」

以上ですべてで、あとは、これまでに出たヴァースまたはブリッジを繰り返すだけです。

◆ 私生活とサウンド ◆◆
なにか、覚るところがあったのでしょう。そうとしか思えない歌詞です。宗教色の強いアルバムではないのですが、サウンドとしては、全体に「復活」を感じるものになっています。もう、ヴァンとの付き合いをやめようかと思っていたところに、この秀作が出たので、ひときわ印象に残りました。

Full Force Gale by Van Morrison_f0147840_23511283.jpg他人の私生活などどうでもいいようなものですが、ヴァンはTupelo Honeyのスリーヴにいっしょに写っていた夫人だか恋人だかと別れ、しばらくひどい状態だったということをなにかで読んだ記憶があります。それが、1974年の力強いライヴ・アルバムIt's Too Late to Stop Nowから、77年のA Period of Transitionのあいだに起きたことなのでしょう。あんなにいい状態だったシンガーが、そう簡単に落ちるはずがありません。私生活上のトラブルが意欲を殺したというのなら、納得がいきます。

74年のVeedon Fleeceから3年をあけて(74年までは年1、2作のリリースがあったのだから、この空白は長い)リリースされたA Period of Transitionは、まだ陰鬱な空気におおわれ、「リハビリ中」の印象を受けますが、78年のWavelengthになると、復調の気配が強くなりました。

Full Force Gale by Van Morrison_f0147840_2355562.jpg前作のオリー・ブラウンというドラマーがかなりタイムが遅く、躍動感のないタイプだったのに対し、こちらのアルバムのピーター・ヴァンフックはノーマルなタイムだったのも、アルバム全体の印象を左右していると感じます。極端にタイムが遅いドラマーだと、どうしても暗いグルーヴ、乗れないビートになってしまいます。ザ・バンドが典型です。

そして、その翌年にリリースされたのが、このFull Force Galeを収録したInto the Musicです。タイトルからして積極性が感じられますが、中身はまさしく完全復調、力強い秀作です。

◆ 明るい復活 ◆◆
Full Force Gale by Van Morrison_f0147840_23563669.jpg70年代前半のヴァン・モリソンは、かなりいいバンドとツアーおよびレコーディングをしていて、どのアルバムも腹が立つようなことはないのですが、ツアー・バンドに義理立てしすぎたきらいはあります。ツアー・バンドとスタジオ・バンドは別物で、本来は、スタジオ・レコーディングにツアー・バンドを使うのはいいことではありません。レベルがちがうからです。

70年代中期以降は、おそらくツアー・バンドの維持をやめ、WavelengthやInto the Musicの録音は、ワン・ショットのプレイヤーが多いのではないかと想像します。ヴァンの気分が持ち直したことのみならず、バンドが充実したことも、この2作の高揚感に寄与していると感じます。もちろん、タイムのよいドラマーへの交代というのが、内なる高揚感をサウンドとして表現できた最大の理由でしょう。

全盛期をすぎてから、Into the Musicのような秀作が生まれたのは、ほとんど奇蹟的と感じます。アルバム・オープナーのタイトルが、Bright Side of the Roadで、中身もタイトルどおり軽快ですが、そのつぎがこのアップテンポのFull Force Galeで、歌詞はどうであれ、サウンドは素晴らしいと感じました。ライ・クーダーのアコースティックによる間奏も、勝負を急ぐ必要があるせいか、彼自身の盤のときより、ずっと中身の濃い、緊張感のあるプレイになっています。

Full Force Gale by Van Morrison_f0147840_021680.jpgヴァンはテンションのついた変なコードは使わず、メイジャー、セヴンス、マイナー、メイジャー・セヴンスといったあたりまえのコードを組み合わせて使うタイプのシンプルなソングライターです。なかでもInto the Musicは循環コードばかり、わるくいえばクリシェだらけなのですが、ヴァンの前向きな気分のおかげで、それがいいほうに作用して、このアルバムが明るいものになったと感じます。じっさい、こんなに明るいヴァン・モリソンは、これ以前にも、これ以後にも見られません。

◆ 「お経」もまた楽しからず哉 ◆◆
ヴァンの盤にはかならずお経のような、長ったらしくて鬱陶しい曲があるのですが、Into the Musicでは、それもあまり気になりません。And the Healing Has BegunとIt's All in the Game/You Know What They're Writing About(タイトルも寿下無のように長い!)の2曲が「お経」トラックですが、I-IV-Vタイプのコード進行(And the Healing Has Begun)と、ドラマーのグルーヴのおかげで、かつてのListen to the Lionみたいに、死ぬ目に遭うようなことはありません。なんとなく終わってくれます。

「お経」(まあ、一般にはfillerにあたるものといっていいでしょう)ですら、けっこう聴けるのだから、ほかのまともな曲はちょっとした出来で、ヴァンの全作品のなかで唯一、全曲を何度も繰り返し聴きました。It's Too Late to Stop Nowと並んで、グルーヴがよく、好きなアルバムです。

MoondanceやTupelo Honeyのアクの強さに跳ね返されたリスナーは、より一般性のある、このInto the Musicからお入りになるのがよいでしょう。
by songsf4s | 2007-10-10 23:56 | 嵐の歌