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Windy by the Association
タイトル
Windy
アーティスト
The Association
ライター
Ruthann Friedman
収録アルバム
Insight Out
リリース年
1967年
他のヴァージョン
Baja Marimba Band, the Ventures
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クラシックス・フォーのStormy同様、疾風怒濤の時代に横目でチラッと見ただけで通りすぎたバンドの登場です。

クラシックス・フォーにはちょっと気が動いただけですが、アソシエイションは、バンドとしてはあまり興味がわかなかったものの、一点だけ、すごく気になるところがあって、かなり食指が動きました。その点については後述します。

この曲を嵐の特集に繰り入れるのは、こじつけもいいところで、理由といっても、歌詞のなかにstormyという単語が登場するにすぎません。でも、そんなことはどうでもいいのです。わたしが口を開けばかならず出てくる曲なので、いずれ、なにか口実をつけて扱うつもりでした。

◆ ゴミ箱行きの意味不明歌詞 ◆◆
ファースト・ヴァース。

Who's peekin' out from under a stairway
Calling a name that's lighter than air
Who's bending down to give me a rainbow
Everyone knows it's Windy

f0147840_2347723.jpgサウンドしか聴いていないようなものなので、改めて歌詞を見ると、なんの話なのか、さっぱりわかりません。そもそも、はじめて聴いたとき以来、歌詞などまったく気にしたことがないので、テキトーにやっつけます。

「階段の下から外を覗き、空気より軽い名前をを呼んでいるのは誰だろう? わたしに虹をくれようとしてひざまずいているの誰だろう? それはウィンディーだと誰もが知っている」

くだらねえなあ、のひと言です。文字を追いかけることはできますが、意味を取ることはできません。意味不明の箇所には拘泥せず、どんどんいきます。セカンド・ヴァース。

Who's tripping down the streets of the city
Smilin' at everybody she sees
Who's reachin' out to capture a moment
Everyone knows it's Windy

「会う人みなに微笑みながら町の通りをスキップしていくのは誰だろう? 手を伸ばして瞬間を掴まえようとしているのは誰だろう? それはウィンディーだと誰もが知っている」

ファースト同様、これもゴミ箱直行ヴァースのように思いますが、こちらのほうが少しマシに感じます。といっても、たんに、ファーストよりは溌剌とした少女の面影のようなものが漂ってくるような気がしないでもない、といった程度のことにすぎません。

コーラス。

And Windy has stor-my eyes
That flash at the sound of lies
And Windy has wings to fly
Above the clouds
Above the clouds

「ウィンディーは嵐のような眼をしている、それは偽りを見ると光る、ウィンディーは空飛ぶ翼をもっている、雲の高みへと昇る翼を」

ここも、ヴァース同様くだらない代物ですが、And Windy has stormy eyesというセンテンスだけは、われわれロッキン中学生のお気に入りでした。ここだけは、いまでもいいと思いますし、これがあったから、かろうじて歌詞として通用したのだと思います。

歌詞についてはこんなもので十分でしょう。愚作です。

◆ ありえないうまさ ◆◆
しかし、歌詞のくだらなさとは対照的に、サウンドはいまでも素晴らしいと思います。中学のとき、この曲のどこが気になったかというと、ドラマーがありえないほどうまかったことです。おかしな表現かもしれませんが、まさにそういう印象でした。

アソシエイションというバンドのことを、わたしは「軟弱なコーラス・グループ」とみなし、ロック・バンドとは思っていなかったという前提があります。といっても、Cherishだけの印象なのですが、のちにNever My Loveを聴いて、この印象はさらに強くなります(よけいなことですが、この曲の「かなわぬ恋」という邦題は、ポップ史上三本指に入る大誤訳または意図的大曲解、とんでもないインチキです。Never, My Loveと、本来は入れるべきカンマが略されているのでわからなくなっていますが、「そんなことはけっして起こらないさ、わたしの愛する人よ」といっているのです。「かなわぬ」悲恋どころか、とうの昔に完璧にかなっちゃっている恋なんです)。

そんな軟弱な連中なのに、ドラマーだけはメチャクチャにうまい、というのが、この曲を聴いたときの驚きでした。こんなすごいドラマーは、あらゆるロック・バンドを見渡してもそうはいないわけで、そんな驚異のプレイヤーが、なんだって、アソシエイションのように、ドラマーなんか必要としないような軟弱コーラス・グループにいるのか、そこがまったく理解できなかったのです。ありえないこと、あってはいけないことだったのです。

アソシエイションが分解したら、このドラマーはもっといいバンド、ドラマーの技術が生きるグループに移って大活躍することになる、というのが、わたしの予想でした。これはみごとな大ハズレ、同時にみごとに大当たりでした。

◆ オクトプラス・モンスター・セット ◆◆
もちろん、この曲のドラマーがハル・ブレインだったことはいまではわかっています。「もっといいバンドにいって」というわたしの予想はハズレでしたが、「大活躍する」というほうの予想は当たりだったことになります。ドラマーを見る目はまちがっていなかったけれど、音楽業界とはどういうところなのか、ということは、まったく理解していなかったわけです。

ハル・ブレインのボックス・セットをつくるなら、プレイからいっても、チャート・アクションからいっても、彼のサウンドおよびプレイ・スタイルの変遷からいっても、この曲はぜったいに外せないでしょう。

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ハル・ブレインは、60年代終わりから、近年では「オクトプラス」という名前で知られるようになった、8個のコンサート・タムがラックに並ぶモンスター・セットを使うようになります。特許を取っておけばよかった、とハルが後悔するほど、この種のモンスター・セットはのちに猖獗を極めますが、この時代には、2タムか、多くても3タムのカスタム・セットしか知られていませんでした。

脇道ですが、キャロル・ケイがオクトプラス・セットをはじめて見たときのことを書いています。あんまり馬鹿馬鹿しいので、「それでメロディーでも叩いたら」とからかったら、ハルが即座に叩いてみせたのでひっくり返った、といっています。

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ただのタムではなく、コンサート・タム、つまり、ちゃんと音階にチューニングするようになっているということで、ドレミファソラシドの8音だから、8個なのです。ということはつまり、メイジャー・スケールの曲ならメロディーを叩けるということです。そんなことをやった事実は、盤のうえからは確認できませんが、プロデューサーに求められれば、ハルは即座にやってみせたでしょう。

f0147840_03670.jpgハル・ブレイン回想記の共著者である、デイヴィッド・ゴーギンというライターが怠慢なために、このオクトプラス・セットがいつ導入されたか明確な日付または楽曲は明らかではありません。わたしは、69年導入と考えています。

f0147840_0632.jpgリリース時期から考えて69年録音と推測できるカーペンターズのTicket to Rideで、すでにピッチの異なる数多くのタムが鳴っています。70年のニール・ダイアモンドのSoolaimonおよびCracklin' Rosieでは、明らかにオクトプラスによるプレイを聴くことができます。

f0147840_011467.jpgしかし、これ以前にすでにピッチの高いタムの音がしているトラックがあります。なにかのインタヴューだったか、ハルは、初期のラック・タム・セットは、ティンバレスをラックに載せたものだったといっています。それで思いだしたのが、Windyのフィルインに使われている、ピッチの高いタムまたはティンバレスらしき音です。

68年から69年前半にかけては、オクトプラスによるプレイと断定できる曲は見つけられないので(いや、数が多いので、見落とした可能性も高いのですが)、67年のWindyの録音時にすでにオクトプラスがあったとは思いませんが、タムのかわりにティンバレスを使ったということは推測できます。だとするなら、これがオクトプラス開発の出発点になったのではないかと考えたくなります。そういう意味でも、Windyはわたしにとっては重要な曲なのです。

◆ ハル・ブレインのプロフェッショナル魂 ◆◆
何度か書きましたが、ハル・ブレインは派手なフィルインで有名なものの、じつは、細かいプレイ、ささやかな工夫にも特長があるプレイヤーです。Windyでは、間奏の入り口での、スネアによるあざやかな高速ストレート・シクスティーンス(16分のパラディドル)に耳を引っぱられがちですが、注意しないと聞こえてこない、キックの細かな使い方にも彼らしさがあらわれています。

f0147840_0231218.jpgフィル・スペクターの諸作のフェイドアウトや、ママズ&パパズのCalifornia Dreamin'などが典型ですが、ハル・ブレインは、しばしばキックに極端なアクセントをつけます。リズム・パターンを変えるだけでなく、クワイアット・パートとラウド・パートでは、キックの踏み込み方がまったく異なるのです。

この曲の終わりのほうは、「Who's skippin' down the streets of the city, smiling at everybody she sees, who's reachin' out to capture a moment, everyone knows it's Windy」をイヤになるほど繰り返し、フェイドアウトするという構成ですが、この繰り返しのあいだ、ハルはしだいにキックの音数を増やしていき、踏み込み方も強くしていくことで、この馬鹿馬鹿しい繰り返しが単調に堕すのを救っています。

わたしがハル・ブレインというドラマーに最敬礼したくなるのは、こういうプレイを聴いたときです。つねに、そのトラックをよりよいものにしようと工夫を怠らず、最善を尽くした立派なプロフェッショナルでした。あれほどのプロ根性をもったプレイヤーはほかにはいないでしょう。

◆ サウンドの「肉体美」 ◆◆
ジム・ケルトナーが、なんとかハルのベース・ドラム・サウンドを盗もうと、チューニングなどに工夫してみたが、あの音は真似できなかったといっています。ということはつまり、脚力の差なのでしょう。

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瞬発力とパワーで他のドラマーにまさっていたから、ハル・ブレインはあのような美しいキック・ドラム・サウンドがつくれたにちがいありません。打者でいえば、抜群のスウィング・スピードでボールをスタンドまで運ぶタイプです。

体力の問題に行き着いてしまうのではアンチクライマクスかもしれませんが、音楽とは、つまるところ、すぐれて肉体的なものなのだと思います。うまいドラマーは掃いて捨てるほどいますが、ハルのように美しいサウンドをつくったドラマーはほかにはいません。だから、わたしはまだハル・ブレインのプレイを聴きつづけているのです。
by songsf4s | 2007-10-09 23:42 | 嵐の歌