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Hurricane by Joe Maphis
タイトル
Hurricane
アーティスト
Joe Maphis
ライター
Larry Collins
収録アルバム
Flying Fingers
リリース年
未詳(late 50's?)
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◆ 噂にたがわぬ速度 ◆◆
本日は時間がとれず、休みにしようかと思ったのですが、かわりに、タイトルだけでこじつけて、インストゥルメンタル曲をご紹介します。

ジョー・メイフィスはカントリー・ピッカーで、この人のことを知ったのは、ビリー・ストレンジを通じてのことです。彼が何度かメイフィスについて言及しているのです。ひとつは、最初のモズライト・プレイヤーという意味で、もうひとつは、彼に大きな影響をあたえたプレイヤーとして、です。

f0147840_2331884.jpgモズライトのプレイヤーで、しかもビリー・ストレンジが賞賛しているとあっては、一度、聴いてみたいと思ったのですが、メイフィスのクレジットのある盤は、わが家には、ビリー・ストレンジと「バンジョー・プレイヤーとして」共演した盤、それに、どこにいるのかわからないけれど、とにかくどこかで弾いていると書いてあるリック・ネルソンのベスト盤だけで、彼のギター・プレイをちゃんと聴くことができませんでした。

つい先日、ようやくメイフィスの編集盤を手に入れたのですが、一聴して、ひっくり返りました。ビリー・ストレンジが、メイフィスはうまいと賞賛しているし、カントリー・ピッカーなのだから、速さで勝負の人なのだろうと予想はしていましたが、予想を上まわる速さでした。Flying Fingersというアルバム・タイトルそのままの、天翔るスピードです。

ざっと検索したかぎりでは、試聴できるところがかなりあるようなので、カントリーだから好きずきがあるでしょうが、ギターの歴史にご興味がおありの方は、頭の30秒でいいので、ぜひお聴きになってみてください。当今のフニャ弦ウソ速度とはちがう、ちゃんとピッキングしたホンモノの速さを聴くことができます。楽曲としては、Flying Fingerがおすすめです。頭の30秒だけでもうまさがわかります。

いや、こういう場合はやはりYou Tubeでしょうか。Hurricaneの作曲者ラリー・コリンズと共演したFlying Fingersをはじめ、多くのテレビ・ライヴがあります。コリンズもやはりワンダー・キッドですねえ。

◆ 速度へのこだわり ◆◆
しかし、カントリーの世界というのは、なぜ速さにこだわるのか、昔からその起源がわからず、不思議に思っています。子どものころ、テレビでカントリーのコンテストというものをチラッと見たのですが、出てくる人、出てくる人、ギターだろうが、フィドルだろうが、バンジョーだろうが、楽器に関わりなく、外の世界に出しても、速さでは負けないという人ばかりで、唖然としました。

キャロル・ケイは、カントリー・ピッカーではなく、ビーバッパーですが、チョッパーなんてまだるっこしい、あんなのでは速く弾けない、わたしは速さではだれにも負けたことはない、といっていました。たしかに、教則ヴィデオを見ていると、ベースでもむちゃくちゃ速いなあ、と思います。セッション・ワークで速さを要求されるケースはまずないのですが、あの正確なグルーヴは、この速度に裏打ちされているのだな、と思いました。

f0147840_2332430.jpgそのCKさんが、スタジオで、しばしばグレン・キャンベルとギターの速弾き競争をやっていたのだそうです。グレンに確認したわけではありませんが、彼女は、一度も負けなかった、わたしの全勝だったと主張しています。

後年、グレンがスターになって、テレビでレギュラー番組をもったとき、ある回で彼女がゲストとして呼ばれ、いつもスタジオでやっていたこの競争を、番組上で再現することになったのだそうです。野球なんかでもそういうことが起きますが、このとき、いつもとは違う環境のせいか、彼女はミス・トーンをやって、グレンに負けてしまったのだそうです。たった一度だけ負けたのが、人気番組でのことだったのが悔しかったらしく、彼女はしきりに残念がっていました。

なんでしょうねえ、この速さへのこだわりは? いや、わたしにもよくわからないのです。ひとつだけ思いつくのは、なにかの楽器をはじめたとき、なにを目指すかということです。多くの場合、正確かつ高速にその楽器をプレイできるようになることを目標とするのではないでしょうか。「表現」などというのは、大人のいうことであって、子どもはまず正確性と速度によって楽器の習得度合いを見るはずです。

◆ ユートピアとしての速度 ◆◆
「子ども」ということにポイントがあるのかもしれません。子どものころから反吐が出るほど楽器を弾きつづけてきたいい大人が、テレビカメラの前にまで出て、どっちが速いか今度こそ決着をつけよう、などと「決闘」するのは、子どものユートピアの再現なのではないでしょうか。

f0147840_23332586.jpg大人は、ときに子どもに返ることを強く欲します。複雑性に支配される前の、すべては二値論理で構成された単純きわまりない世界への回帰です。われわれがスポーツに熱狂したりするのは、そういうことなのだろうと思います。

音楽の世界はきわめて複雑です。速いだけでは、プロとしてどこかに行き着けるわけではありません。エディー・コクランは、その最大のヒット曲Summertime Bluesでは、速弾きを封印したどころか、ギター・ソロすらやらず、コードしか弾きませんでした。速いだけでは、「音楽は曲芸でもなければトラック・レースでもない」といわれてしまうのです。いや、わたし自身、いつもそういうことをいっています。

でも、ジョー・メイフィスを聴いていて、この気持ちよさはなんだろうと、考えこんでしまいました。とりあえず思いついたのは、われわれはみな、子どものとき、メイフィスのようになることを目指したものであり、その記憶を刺激されるのだ、ということぐらいでした。
by songsf4s | 2007-10-05 19:58 | 嵐の歌